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2−1、特別応接室までの道中にふと思った事(幻聴に導かれながら)

 特別応接室に向かう。

 付いてこいと言わずに歩き始めたインカナの後に、アルザギール様と僕は続いた。

 アイン、ミナレット、フォエニカル隊長はそれぞれ役目があるとの事で途中で別れた。

 隊長とアインは荷降ろしや共回りとして付いてきた者の世話に(「いい加減トランキノに加勢しないと文句言われるからな」。と隊長は言っていた。雑務を押し付けた事を一応は申し訳無いと思っているようだった)。ミナレットは自身の家族が管理している茶畑へと向かった(家族が恋しいとかいう殊勝な気持ちがあるのかと僕は内心驚いたが、以前隊長にお茶っ葉をあげると言ったので、その約束を果たす為に行ったそうだ。変なところで生真面目である)。

 残った三人。僕らの足音が廊下、いや、岩肌とでも呼ぶべき何の装飾も無い剥き出しの通り道に反響している。

 城の内部はまるでアリの巣のようだった。

 無骨だ。

 壁に掛けられている松明が通路を照らしているが、目につく部分は全てそのまま岩だ。

 これは城と呼ぶにはあまりにも自然過ぎるのではないか? と思わないでも無いが……大きさが大きさだし、手を加えるにも限界がある。それに、これでこその天然の城塞というわけなのだろう。

 ところどころ、壁が四角にくり抜かれている。恐らくは空気の通り道と覗き窓を兼ねているのだろう。そこから外の景色が見える。

 一方は僕らがやって来た方。舗装された道が一本だけ通っている草原。

 一方は街。

 街には明かりが灯っている。それなりに多くの者がここで暮らしているようだ。

 畑らしき場所も見える。自給自足で生活が出来ているのだろうか?

 街の奥には、これもまた壁がある。

 切り立った崖だ。

 明かりは見えないので、ここのように城塞化はされていないらしい。


「この城は元々洞窟だったんだ。んで、そこに見える街は元々森だった」


 僕が外の景色を眺めていたのに気付いて、インカナが説明を始めてくれた(間違いなく自慢話が始まるとわかったが、口を挟むのも面倒なので黙って聞く事にした)。


「かつての大戦の時にな、この近辺に拠点一個作りてぇなぁ〜って思ってよ。そんで色々探してたら、偶然この洞窟を見つけてなぁ。折角だから探検でもしようぜ! ってな感じで進んでいったら出た先には森があってよ。もちろん巨獣が住んでたんだが、拠点にするにはここが丁度良さそうだったんで、そいつらをぶっ殺してこの土地を奪ったわけよ」


「へぇー」


「ここはいいぜぇ〜。こっちこれであっちは崖になってるからな。守りが堅ぇ。昔は巨獣が表から結構攻め込んできたもんだが、楽勝で返り討ちにしてたもんよ」


「そうですか」


「今じゃあここに住んでるやつらが食っていく分には困らねぇくらいに農作物を育てられてるし、工芸品も作って外に売ってる。茶畑もやってる。ミナレットとその一族のお蔭で茶畑は他の場所でもやれてる。儲かって仕方ねぇぜ」


「なるほど。凄いですね」


「おい! ユーリてめぇさっきから反応が薄いぞ! もっと褒めろ! このインカナ様の活躍でここは、このベルロゼッタと名付けた街は、こんなにも素晴らしく住みやすい場所になったんだぞ?」


「本当に凄いです。インカナ様」


 僕は心の底から感心していた。

 素直な感想がこれだった。

 なのに、インカナは不満だったようだ。


「アァルザギールゥッ! こいつにこのインカナ様をちゃんと褒めて称えるよう命令しろ! もっと心を籠めて褒めさせろ!」


「そのような命令を下す事は容易ですが、いいのですか? 命令で無理やり褒めさせて、あなたは嬉しく思えますか?」


「おう! 当たり前だろ! 無理矢理でも褒められたら嬉しいに決まってるじゃあねぇか!」


「だそうですが、どうですか? ユーリ」


 アルザギール様がこちらを向いて微笑まれた。

 アルザギール様の微笑み……。

 心臓が一際激しく高鳴るのを感じた。

 松明の暖かな光の中に浮かび上がるアルザギール様のお姿は、いつもに増してお美しい。

 勿論、月の光をお浴びになっている時も大変お美しく、どちらが優れているかなど比べる事は出来ないのは当然であるのだが、普段見慣れていないせいか未知の美を感じさせる佇まいである。


「ユーリ?」


「あ……申し訳ありません。はい。畏まりました」


 アルザギール様のお美しさに見惚れてしまい言葉も意識も失っていた。大変申し訳無い限りである。

 僕は慌ててインカナに向けて褒め言葉を口にした。


「本当に凄いですね、インカナ様は。僕は大変感動致しております。凄いです。いや本当に素晴らしいご活躍です。凄いです」


「褒めるの下手くそかてめぇ……もういい。萎えた。黙っとけ」


 頑張って褒めたのに……ため息をぶつけられた。

 しかし、このやり取りを見てアルザギール様は表情を綻ばせておられたので、プラス・マイナスで考えれば大幅なプラスである。良かった。本当に良かった。無理にでも褒めてみるものである。僕は胸を撫で下ろした。

 ……だが、腹の底には黒い感情がある。

 もやもやとした、それでいてドロドロとしている……漠然とした、どうしようもなく手に負えない感情。

 この笑みも、もう見られなくなってしまうのだ。

 そう思うと暗澹たる気持ちが押し寄せてくる。


「愛する者を失う気持ちがわかりましたか?」


 ふと、暗い闇が広がる窓の外から声が聞こえた。

 空耳だ。

 わかっている。

 何故ならこの声は、少し前に出会ったルドベキアから掛けられたものだからだ。

 精神的に虚ろになっているせいか、僕の心の中で声が反響する。


「愛する者を失う気持ちがわかりましたか?」


 虚無感とはどこから来るのだろうか?

 ……虚無感が来る。というのはおかしいか。

 虚無とは無いという事だ。

 無い。という事がどこかからやって来るのはおかしい。

 虚無とは穴のようなものだろう。

 無いものをに穴に例えるのは変な感じがするが、そう例えるより他はない。

 ぽっかりと、突然空いた穴。

 僕の心には現在虚無感がある。

 虚無感がある。これも変な言葉遣いだ。

 無いのに有るとは。

 おかしいな。

 でも、そういうおかしなものなのだろう。

 それのせいで、僕はおかしくなっているのだろう。

 困ったものだ。

 それにしても、何故、あいつはあんな事を言ったのだろうか?

 アルザギール様がこれから死んでしまう事を知り、僕を嘲る為に、あんな事を……いや、たぶん、そうじゃない。

 記憶の糸を手繰り寄せる。

 あの時のあいつの顔は僕を蔑むでもなく、憎しんでいるでもなく……むしろ、哀れんでいるように……見えた気がしないでもないが……思い違いかもしれない。

 僕はあいつと愛し合っていた竜人を殺したのだから、恨まれるのが当然だ。哀れみの感情が向けられていたと考えてしまうのは、僕の心が同情を求めているからなのかもしれない。

 可哀想に……。

 そう思われたい。慰めて欲しい。

 誰に?

 そんな言葉を掛けてくれる者は誰もいなし、僕も掛けて欲しくない。

 気の迷いだ。

 僕はまだ迷っている。

 アルザギール様をお救いする為に何か出来る事はないのか? と。

 アルザギール様の死を拒否する僕がいる。

 その心と向き合う事は未だ出来ていない。

 だというのに、アルザギール様と共に他の吸血鬼との会談の場へと向かっている。

 矛盾だな、と思う。

 考えれば考える程、わけがわからなくなる。

 もしここで僕がアルザギール様を攫って逃げたらどうなるだろうか?

 出来もしない事を想像してしまう。

 あなた様を死なせない為に、あなた様が他の吸血鬼と会えないようにします。

 なんだそれは? 

 馬鹿げている。

 僕もいかれたものだ。

 本格的におかしくなっている。

 それはアルザギール様を裏切る行為である。わかっているはずのに、そんな下らない妄想をしてしまうなんて……。

 らしくない。

 僕はアルザギール様を裏切らない。決して。

 あの時、吸血鬼へと成ってしまったあの時……あの暗い部屋から出してくれると約束して、出してくれたのはアルザギール様だ。

 アルザギール様は僕を裏切らなかった。

 だから、僕もアルザギール様を裏切らない。

 僕はアルザギール様の為に生きている。

 アルザギール様の望みを叶える為のものになっている。

 ものは考えない。ただ主の命じるままに動くだけ……なんて、そんな風に割り切れたら……残念ながら、僕はそこまで滅私奉公出来ていない。

 自我が邪魔をする。

 アルザギール様を想う心が、僕を強くする。そして苦しめる。強く苦しめる。


「愛する者を失う気持ちがわかりましたか?」


 また、声が聞こえた。

 精神が参っているせいだ。

 これが絶望なのか?

 愛する者を失う時に味わう気持ちなのか?

 ……。

 自らに問いかけても、返事は無い。

 沈黙だ。

 返事をする事を拒んでいる。

 答えを明確にする事を避けている。

 しかし、こんな状態をいつまでも続けるわけにはいかない。


「迷うな」


 声がした。

 これも幻聴だ。

 さっき、インカナが言った。

 迷うな……。

 迷っていても、体は動きそうだった。

 アルザギール様を殺そうとする者を排除しようとした。

 たぶん、体は迷っていないのだ。

 僕はそうなっている。

 アルザギール様の戦奴となったあの日に、そうなった。

 それが答え……なのか?


「迷うな」


 自分に言い聞かせているのか?

 他人の言葉で保証して貰って、それで心を奮い立たせようとしているのか?

 他人の言葉……。

 アルザギール様ではない、誰かの言葉に……だと?

 そんなものに頼っているのか? 僕は?

 ふざけるな。

 自分に憤る。


「冒険者になりたいんです!」


 怒りの感情の下から、不意にステラの夢が浮かんできた。

 世界が良くなったら、冒険がしたい。彼女はそう言った。

 この世界が良くなる事を彼女は願っていた。

 街の様子を見て、近い将来世界は秩序を取り戻すと思っていた。

 あの街は次の世界だ。

 吸血鬼のいない世界だ。

 そこにアルザギール様はいない。


「恐ろしく思うのは間違いではない。しかし恐怖で足を止めてはいけない。後悔だけはしないように、やれる事はやっておきなさい」


 ラエにそんな言葉を掛けられた。

 やけに長い台詞なのに、不思議と思い出せた。

 意外にも印象に残っているらしい。

 僕にしては珍しい。

 とにかく頑張れという事だ。

 死にゆく者に向かって、後悔だけはしないようになんて……正論だな。

 後悔、か……。

 世界に日の光が戻る、その時が訪れたとして、その時に僕が後悔するとしたら……。

 それはやはり、アルザギール様をお救い出来なかった事。

 死なせてしまったという事。

 けれど……同時に、後悔を感じないのかもしれないな。とも、ふと思った。

 その時が訪れるという事は、アルザギール様の望みを叶える事が出来た。という事なのだから。

 後悔しながら、後悔せずに僕も最後を迎える。

 これも矛盾だ。

 負と正の感情が混ざり合う。

 黒と白で灰色を作るみたいに。

 悪い方が黒で、良い方が白。それは誰が決めたのだろうか?

 ふと、どうでもいい事を思う。

 黒と白でわける必要があるのだろうか?

 それはそこまで単純化する事が可能な問題なのだろうか?

 黒と白……灰色……。

 矛盾……。

 割り切れぬ想い……。

 割り切れないという解……。

 もしや、それこそが……。


「着いたぜ」


 これも幻聴……ではない。

 色々と考え事をしていたせいで無意識だったが、皆が足を止めたのと同時に、アルザギール様にぶつからないよう僕の歩みも止まっていた。

 体は常にアルザギール様を慮っている。

 やはり、僕の全てはアルザギール様の為にあり、アルザギール様に僕の全ては注がれている。

 そう思った。


「ここが特別応接室だ」


 インカナが自慢気に言った。


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