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1−2、くだらない命令

 当然ながら、僕は驚愕した。

 一方で、声を掛けられた当の二人は、


「はーい」


「はい」


 当たり前のように軽快に返事をして、そして——剣を抜いて——


「う、わっ!?」


「——」


「ちぃっ!?」


 構えて、その姿勢のまま——アインは半歩。

 ミナレットは三歩後退し——体を強張らせ、動きを止めた。

 ついでに何故か隊長も飛び跳ねるようにしてアルザギール様のお傍を離れ、アインの横に並んだ。

 

「くくっ! おいおい〜な〜にやってんだよフォエニカルよぉ〜。護衛が主の側から離れるのはだめだろ〜」


 愉快そうな、インカナの含み笑い。

 これには僕も全く同じ感想である。

 警備隊長ともあろう者が一体全体何をしているのか。どこに行っているのか。そちらは殺せなどと口走った方だ。敵の方だ。

 もしも僕が警備隊長だったらこのような振る舞いをする者は殺しているところだ。

 やれやれである。

 僕は呆れた。


「警備隊長として申し開きもないですけどね……今みたいな殺気が背後からいきなり来たんだから、仕方ないでしょうよ」


「あん? なんだてめぇ? 言い訳か?」


「言い訳です。言い訳ですよ。何か文句ありますか?」


「ははは。ないない。文句なんかねぇよ。てめぇの言う通りだ。このインカナ様も結構驚いたから、今のは仕方ない。むしろ咄嗟に剣を抜かなかっただけ褒めてやるよ。本能を抑えつけるとは、やっぱり有能だよ、てめぇは」


「はいはい。お褒めに預かり光栄ですよ。……アルザギール様、大変申し訳ありませんでした」


 自虐的な隊長の受け答えを見るに、ミスをしたという自覚は強いようである。即座の謝罪からも、それは窺える。

 これにアルザギール様は、


「構いませんよ、フォエニカル」


 と、海よりも深く空よりも広い寛大なお心で以ってお許しになられた。

 流石はアルザギール様である。このように仕事をきちんと出来ない者は、処罰して然るべきだというのに……。

 僕が隊長の立場だったら涙を流して跪き、アルザギール様の慈悲深さに感謝する。隊長もそうするべきだと思う。そこまでしないのが納得いかないくらいだ。……とはいえ、今はそんな事についてあれこれと追求する状況ではない。

 考えるべきは、相対している三人についてだ。

 無礼にも剣を抜いたアインとミナレット。敵となるのはこの二人。

 残り一人はくだらない命令を下したインカナ。

 こいつらをどうするべきか?


「フォエニカルに比べて、アインよぉ。てめぇよく半歩で堪えたなぁ。大したもんだ。褒めてやる。フォエニカルの後任にてめぇを選んで正解だったぜ」


「いえいえ。そんなに褒めないでくださいよ。インカナ様が背後にいたからこれ以上退けなかっただけですから」


「あ? そうなのか? じゃあいなかったらどうしてた?」


「逃げてます」


「このインカナ様を置いて逃げんなよ」


「逃げますって。死にたくないですし。ほら、ミナレットさんを見てくださいって。結構距離取ってるでしょ? あれくらい退かないと死ぬんですから。この距離とかまだ危ないですよ。ユーリさんがその気になってたらぼく死んでますから。と言うか、踏み込んでたらぼく死んでましたよね? ねぇ、ユーリさん」


 アインはへらへらと笑っている。

 自分の死について語り、それが事実だと言うのに……余裕がある。

 しかし……「ユーリさんがその気になってたら」とアインは言った。

 僕が攻撃していたら。という意味だろう。

 これに関しては、彼らが上手だった。

 アルザギール様を殺せというくだらない命令を下したやつも、それを実行したやつも、即座に殺さなければならなかった。しかし、それが出来なかった。

 何故なら、こいつらから殺気を感じ無かったからだ。

 攻撃の前にやってくるはずの、今からお前を殺す。という、強い気配。

 ミナレットは別として、インカナとアインにもそれが無かった。ミナレット並の手練というわけでは無さそうだが……何にしてもそれにより、僕は反射的な攻撃を行えず、逆に自ら殺気を放って二人を牽制するに止めた。

 ……けれどもまあ、いくら殺気が無かったとはいえ、もしもアインが踏み込んでいたら僕の体は勝手に反応して一撃を繰り出していたはずだ。

 その攻撃を……たぶん、アインは一撃だけならぎりぎりで躱せる。

 直感だが、そう思う。

 だが、一撃だけだ。

 仮に躱せたとしても、最初の一撃だけ。次の一撃で終わりだ。

 こいつは瞬く間に殺せる。僕と互角に斬り合う程の実力は、こいつには無い。

 それは対峙している本人もよくわかっているようだが……それなのに、この態度だ。

 死を重く考えていないのか?

 戦いの果にそれが待っているのは当たり前だとでも思い、恐怖心を捨てているのか?

 あるいは、戦士としての挟持とか、言葉とは裏腹にインカナへの高い忠誠心があるとか、そういう理由があるのか?

 僕は少し考えた。ほんの少しだけ。

 思考はすぐに切り替わった。

 何にしても、どうでもいい事だ。

 こいつはどうとでもなる。


「それにしてもよぉ、ミナレット、まさかてめぇが下がるとはなぁ」


「いけませんか?」


「いーや。いい。てめぇはそうでなくっちゃあなぁ。てめぇのそういう素直なとこ、結構気に入ってるぜ」


「気に入っていただきまして、ありがとうございます。インカナ様」


「ほんと素直なやつだよなぁてめぇは……んで、どーよ?」


「どう、とは?」


「アルザギールは殺れそうか?」


「そうですね……ユーリさんと剣を交えれば、アインさんはすぐに死んでしまうでしょうから……私一人ですと、少し難しいですね」


「はっはっはっ! そうか! アイン、てめぇすぐに死んじまうんだってよぉっ!」


「いやだからぼくもそう言ってるじゃないですか。笑いすぎでしょ」


 少し難しい、だと?

 それではまるで、出来ない事は無い。と言っているように聞こえる。

 ミナレット……こいつは僕と戦える自信がある。そしてそれは、ある程度事実なのかもしれない。

 僕自身、こいつを確実に殺すイメージが想像出来ない。

 今の僕の実力ならば簡単に首を落とせそうな気がする……が、それを実行しようとして、行動を起こすと、こいつの剣が僕の首を斬っているような気もする。

 強くなったというのに、半信半疑だ。

 やってみなければわからない。という感じがある。

 ……試してみるか?

 試行回数を増やして動きに対応していけば……不死身に近い肉体を持つ僕の方が、最終的に勝つ……そう思えなくも無いが……。


「でも、今のミナレットさんの言い方はちょっと気になりますね。……ねぇ、ミナレットさん、一人じゃなかったらいけるんですか?」


「はい。インカナ様の手をお貸し頂けるのであれば」


「ほーう。このインカナ様を使おうってか、てめぇは」


「はい」


「えぇ〜? インカナ様ぁ、まさか本気で戦ったりはしませんよね?」


「腰抜けは黙ってろよ、アイン」


「あのせめて特別応接室の方でやってくれませんかね? こうなる場合を見越してあの部屋をバルヴェニア様に作って貰ったんでしょう?」


「うるせぇよ。面白くなってきたのはここだ。場所を移る暇なんざねぇよ。やるってんなら、ここでやらねぇでどうするよ?」


 インカナが面白そうに口の端を吊り上げた。

 尖った犬歯が覗く。

 紅の瞳に狂気が宿る。

 吸血鬼の証。

 失念していた。

 命令を下した者が何もしないなどという事は無いのだ。

 インカナは吸血鬼だ。

 戦う力はある。

 戦う力があるのだから、自らがアルザギール様を襲う可能性もある。

 敵は三人だ。

 戦闘のプランを修正しよう。

 まずはアインを殺す。ミナレットは一先ず牽制出来ればいい。深追いはしない。インカナは……殺せるか?


「お? てめぇ、このインカナ様を殺すつもりか? あ? そうなのか?」


 そうだ。

 殺す。

 どのような攻撃手段を持つか知らないが……関係ない。

 一撃で。あっという間に。始末する。

 僕は素早く吸血鬼を殺す事が出来るのだから。


「……いいな、てめぇ。いい殺気だ。鋭いな。研ぎ澄ましてるな。一撃を狙ってやがる。くくっ……本当に吸血鬼を殺すつもりだな。おもしれぇなぁ。さっきまで全然使えそうになかったのによぉ……これ、あれか? 主人を守るためか? だよな? そうだよなぁ? それで、これ程の……くくっ……く、ははは……はは……」

 

 どのような感情が内で渦巻いているのか。それを読み看取る前に、インカナは不意に目を見開き、そして口も大きく開き、高らかに笑った。


「あっはっはっはっはっ! アルザギール! てめぇはやっぱり大したやつだよ! よくもこんな! こんないかれたやつを作れたもんだっ! すげぇなぁっ!」


 アルザギール様を褒めたのか、貶したのか。

 言い方としては貶しているようだが、言葉は熱を持っていた。

 アルザギール様へと惜しみなく注がれる、称賛の熱。

 しかし、アルザギール様はその言葉に対してどのような反応もお示しにはならなかった。

 小さなお口を真一文字に閉じておられた。

 紅の瞳はまっすぐにインカナを見据えておられ、瞬きもしていない。

 完璧に整った麗しい眉を怪訝そうに顰めたりもなされなかった。

 いかれたやつ。と、インカナは僕の事をそう表現した。アルザギール様はそれにお怒りになったのだろうか? それで、無反応なのだろうか?

 僕はそう思いたかった。

 アルザギール様のお心が少しでも僕に向けられていると信じたい。


「ちっ! くそっ! こんだけのもんに仕上がるならよぉ、原生住民を育てるんじゃなくて人間使って吸血鬼作るべきったなぁ〜。こっちのやつは吸血鬼にならねぇし、そもそも最初から吸血鬼じゃねぇやつはどうやってもちゃんとした吸血鬼にならねぇと思ってたけどよ……面倒臭がらねぇでやりゃあよかったなぁ。そうすりゃあ、てめぇみたいに立派なもん作れたかもしれねぇよなぁ」


「ちょっとちょっと、インカナ様ぁ。ぼくたちのこと馬鹿にしてませんか? 役立たずと思ってませんかぁ?」


 アインが抗議するようにふてくされた声を上げた。


「そういうわけじゃねぇよ、アイン。てめぇもミナレットも、かつての大戦の時だったら英雄として持て囃されたくらいの力はある」


「え〜? それ本当ですかぁ?」


「このインカナ様が嘘つくわけねーだろ。なめんじゃねぇ。てめぇらの力は誇っていいくらいだ。と言うか誇れ。このインカナ様が保証してやるからよ。……だけどなぁ、吸血鬼ってのは、てめぇらとはそもそもからしてまるで違うものなんだよなぁ。全くの別物なわけだ」


「全くの別物ですかぁ」


「そうさ。だから吸血鬼であるそいつとてめぇが張り合う必要はねぇ」


 インカナは未だ熱を保つ視線をアルザギール様に注いでいる。


「けどよ、だからこそ、人間を吸血鬼にするってのは……すげぇ難しいんだろ? なぁ、アルザギール」


「はい」


 ここでようやく、アルザギール様が静かにお口をお開きになり、肯定の言葉を発せられた。


「とても難しいのです。吸血鬼を生み出すというのは。私達以外の吸血鬼が存在しない事が、それを証明しています」


「だがてめぇはやった」


「運が良かっただけです。……それに、私がそれを行ったわけではありません。魔女リヴェットが行った実験の結果を、私が譲り受けた形になります」


「ほーう……そうかいそうかい。なるほど。魔女リヴェットか。そこのそいつに喰い殺されたっていう、魔女リヴェットが全部やったのか」


「はい」


「全部ねぇ……そう言えば、リヴェットはあのバルヴェニアのやつも一目置いてたなぁ。とにかくすげぇ研究熱心な魔女だったとかいう風に聞いてるが……ふーん……まあ、いいか。そういうことにしといてやる」


「……」


「よしよし。よーし。わかった。ユーリ、てめぇは合格だ。おい。てめえら、もういいぞ。いつまでもそんな物騒なもん出してんじゃねーよ」


「はーい」


「はい」


 インカナが二度手を叩いた。

 それで、アインとミナレットは剣を鞘へと納めた。

 不意に訪れた幕引きだった。


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