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1−1、インカナ

 インカナ・ハ・クスト・ラーセイタという吸血鬼に対しての第一印象は、デカい。だった。


「よう。てめぇらどうだったかぁ? シンスカリは美しい街だっただろう?」


 まず、背がデカい。

 これまで出会った中で一番の巨体を誇っていたルーレス程ではないが、それに匹敵する。一九〇センチくらいはありそうだ。

 スラリと伸びた手足と同じくらいスッキリとしている胴体。

 ボディラインを浮き立たせる、ぴったりとした服の魅力を存分に引き出す体型。

 顔つきも鋭い。

 紅の瞳は大きく三白眼で、威圧的と言っても過言ではない強烈な眼光を放っている。

 髪はショート。色はピンク。染めているらしく、染料と思われる何かの汁が形容し難い変な匂いを発している。

 そういう様々な面で目立つ人物なので、存在感が増しており、見た目以上に更に大きく感じる。


「いや待て待て。やっぱりてめぇらの感想なんて聞くまでもねぇな。あそこはこのインカナ様が直々に選んだ人材に統治させてる街だしな。美しいに決まってる。美しくないわけがない。故に、てめぇらのどーでもいい感想は不要だ。美しい。とだけ言っておけ。他の褒め言葉はいらん」


 次に、態度がデカい。

 自分の事を様付で呼んでいるとは恐れ入る。

 これまで何人も権力に溺れて自意識が過剰になり高圧的になったクズ共を見てきたが、インカナの自意識の高さはそいつらを遥かに超えていた。クズでは無いようだが……いや、クズ以上なのかもしれない。


「てめぇらが褒めるべきはここだ。ここの美しさを理解しろ。ほら、どうだ? 一目見ればわかるだろ? 美しいな? 美しいだろ? この城は。この街は。美しいとしか言いようがないよなぁ」


 美しい。と連呼しているが、僕の感想は、デカい。しかない。

 インカナの居城は、巨城でもあった。

 要塞と言ってもいいのかもしれない。

 遠目から見た時、壁だと思った。

 隊長と共に馬の背に跨がり、アルザギール様のお乗りになる馬車を先導していたところ、これが見えた。

 断崖絶壁。

 そういう表現をするしかなかった。

 この岩壁を迂回して進んだ先にインカナの居城とやらはあるのだろう……などと呑気にも考えていた僕の頭上から「てめぇどこ見てやがる! こっちだ! アルザギール!」というアルザギール様に無礼なくらいに親しげな声が降ってきた。

 僕は急いでその声を追い、岩壁の中腹辺りから身を乗り出しているそいつ——口調の割にやたらとにこやかにしていたインカナ——を視認した。

 そこでようやく、気付いたのだ。

 これは城の外壁である。という事に。

 近付くと、その巨大さは凄まじいものだった。

 自然のもの、山に出来た洞窟をそのまま利用して拵えたのだろう。

 そうでなければこれ程の大きさの建造物など造れまい。

 ビルで例えると、何階分になるのか……全く想像もつかない。

 圧倒された。

 思わず息を呑んでいると、城門らしき物が目に入った。

 門番と見える鎧姿の黒耳長達の誘導に従い、開かれたその中に入ってみると、更に驚いた。

 松明の光にのみ照らされたトンネル。

 広くはない。むしろ、狭かった。

 天井は低い。馬車が通れる余裕はあるが、それくらいだ。

 道幅も狭く、隊列は二列が限界だ。

 光量が少ない事により空間の狭さがより強調されている。

 その上トンネルの距離がそこそこ長いというのもあり、大抵の事では心を動かさない自信がある僕でも、圧迫感を覚えずにはいられない程の閉所のように感じた。

 知らない洞窟を探検していたら、いつの間にかわけのわからないところに入ってしまい、身動きが出来なくなって餓死していく……そんなイメージがふと思い浮かんだりもした。

 最近はどうも不吉なイメージばかり思い浮かべてしまう傾向にあると自分でも思う。

 良くない傾向だ。

 原因はわかっているとはいえ、答えを見付けていないのでどうにもならない。

 暗い気持ちのまま進み、そこを抜けた。

 すると、目の前には街が広がっていた。

 それがついさっきの出来事だ。


「ここベルロゼッタはこのインカナ様の美しい手腕によって美しく発展を遂げた場所だ。見下ろしてみろ。ここに生きる者達を。ここに暮らす者達を。闇の中でも皆美しくある」


 現在僕ら——アルザギール様と、その付き人に選ばれたミナレットとフォエニカル隊長と僕(トランキノは隊長に荷降ろしなどの雑務を押し付けられたのでここにいない。本人も狩りではないからと乗り気では無かった。護衛なのにそれでいいのか? と思わないでもないが、彼女はどうでも良さそうだった。やれやれである)——は壁のような城の頂上部にいる。

 高所に恐怖を感じる者がここに来たら卒倒してしまうに違いない。いや、そもそもここに辿り着く前に心が折れるだろう(僕はそうでなくて本当に良かったと思う)。ここはそれ程までに高い場所だ。

 この頂上部は街を見下ろせるからかインカナのお気に入りの場所らしく、足場はきっちり整備され石畳になっており、広さは十分にあるので、風に煽られて不意に落ちてしまうという事が無いのが救いと言えば救いか……それでも落ち着かない高さなので、話しをするには向かない場所だと思う。個人的には。

 ちなみに僕はアルザギール様の右隣に控えており、隊長は左に。ミナレットはアルザギール様の背後に。という立ち位置である。開けた場所なので(こんなところまで襲って来れるやつがいるとは思えないが)、一応の用心である。

 それにしても……ここはとても高いところだが、空は暗いので距離感が無く、近くにあるようには感じられない。

 遥か眼下には、ついさっき目の当たりにした街がある。

 インカナの言葉通り、美しい街だ。

 門番達から案内を引き継がれた者達に連れられ、客人の為の宿泊施設らしき場所に通されたが、そこに至るまでの最中に少し街並みを眺めただけで、これまでこの世界では一度も目にした事がないような秩序の存在を感じた。

 訓練場らしきところで、剣術の訓練に励んでいる白耳長と黒耳長。

 小さな畑で農業に励んでいる獣人。

 配達か何かで急ぎ足で荷物の持ち運びをしている獣人。

 修繕だろうか鎧をハンマーで叩いて矯正している竜人。

 採れたてらしく瑞々しい野菜を売っている白耳長。

 ありふれた光景——でありながらも、そうではなかった。

 人々の目には、生気があった。

 獣人などの奴隷は大抵死んだ目や、薬物で濁ったり、憎しみで暗黒を湛えた瞳になっているというのに、ここにいる彼らにはそれが見受けられなかった。

 力による支配が行われていないのは一目瞭然だった。

 勿論、武器があり、訓練をしている者がいるので何らかの争い事はあるようだが、それはこの街の中で起こるものではないようだった。

 何故なら、強い血の匂いがしなかったからだ。

 誰かが誰かに殺されているような暴力の匂いが、ない。

 澱んだ空気が流れていない。

 清浄に保たれている。この街は。

 一つ前に訪れた街、シンスカリのように……きっとこちらが、シンスカリの元なのだろうけれど。


「ほら、どうした? 何してんだ? あ? 拍手はまだか? 拍手をしろよ。このインカナ様の美しさと素晴らしさと全ての物事をこれ以上なく上手く運んだ手腕に賛美を送れ」


 インカナは僕たちに向けて大きく腕を広げた。

 これから送られる拍手を全て受け取ってやる。そういうポーズである事は間違いなかった。

 そんな中で、真っ先に手を叩いたのは、


「いやはや。誠に素晴らしいご活躍でした。インカナ様。ベルロゼッタに住む住人を代表して拍手をお送り致します」


 インカナのすぐ側、右隣に立っている、フルプレートの鎧を顔以外にしっかりと着込んだ白耳長の男……? だった。

 何故疑問系なのか?

 理由は、外見上はどう見ても女にしか見えないからである。

 ついさっき、


「アイン・ナナ・ルインです。インカナ様の付き人を務めさせて頂いている者です」

 

 と簡単に自己紹介された。

 金色の長髪。金の瞳。鼻筋の通った凛々しい顔立ち。パーツだけを取り上げれば美少女である。声も高い。歩き方や、手、指先のちょっとした動かし方など、非常に女性らしいしなやかさだった。

 けれど、吸血鬼として強化された感覚を持つ僕は、僅かな挙動から察知した。

 鎧の下には、鍛え抜かれた肉体が存在する事を。

 腰に携えている長剣を軽々と振るえる膂力がある事を。


「良い拍手だ。美しいぞ。アイン」


「ありがとーございます」


 見下したような笑みのインカナに、頬を上気させ満面の笑みを返す男、アイン。

 のほほんとした光景だが、だからこそ得体が知れない。

 絶対的な支配者である吸血鬼と共にありながら、これだけの自然体……。

 忠誠心の高さ故に……なのか?

 何にしても、それなりの手練だ。

 それを直感した。

 同時に、アインから一拍遅れて、アルザギール様もニコニコと微笑みながら拍手を送った。


「本当に素晴らしいですね、インカナ」


「おお……アルザギール……いつ以来だ? てめぇから拍手を貰ったのは?」


「私の記憶が正しければ、あなたがこの城を造った時以来ですね」


「ああ……あー……そうだ。そうだったな。これを造った時、てめぇは拍手を送ってくれたな。今みたいに。……懐かしいな。本当に。思い返してみれば、つい最近の事のように記憶は瑞々しい……けれど、あれは遥か遠い過去の出来事だ……」


「だから、美しいままなのですよ」


「てめぇ、おい、アルザギール。このインカナ様の台詞を取るなよ。ここで美しいという言葉を真っ先に言うのはこのインカナ様だ」


 インカナは口の端を吊り上げて、鋭利に尖った犬歯を露出させて笑った。

 凶悪な顔つきだが、満更でもなさそうな笑みに見えた。

 そんな顔を、そのままフォエニカル隊長の方へと向けた。


「んでぇ? てめぇはいつ拍手を送ってくれるんだ? フォエニカル」


「はいはい。今送りますよ、ラーセイタ様」


 パチパチと渋々ながらの拍手をする隊長。


「ちぇっ。ラーセイタ様、か。……皆と同じくインカナ様と呼んでくれねぇのか……随分と嫌われたもんだなぁ。なあ、てめぇ、まだあのことを根に持ってんのか?」


「そりゃあ、まあ。持っていますとも」


「そうかいそうかい。そりゃあいいじゃないか。それだったら、もう一度このインカナ様の下で働く気はないか?」


「今の質問のあとによくそーいうこと言えますねぇ……。ちゃんと答えておかないと何回も聞かれそうだから、言っておきます。働きませんよ。二度とね。遊ぶならそいつで遊んでください」


 隊長は気のない視線をアインへと向けた。

 アインは表情を崩さず、涼しい顔でにこやかにそれを受け止めている。

 一種独特の空気が流れる……。

 不穏とまではいかない。張り詰めているとも言わない。そこまででは無い。ただの嫌味の言い合い……なのだろう。たぶん。

 何にしても、隊長とインカナの間には、何か確執があるようだ。

 それについては何も知らないし、今の会話の情報量では推測する事も出来ない。……まあ、僕にとって、二人の間にある問題などはどうでもいい事ではあるが……。


「おい、そこのてめぇ。てめぇはいつ拍手をくれるんだ?」


 僕は部外者です。という雰囲気を纏っていたのがいけなかったのか、インカナの棘のある声が僕にぶつけられた。


「ユーリとか言ったな。てめぇ、さっきからずっとそこでぼーっと突っ立ってやがってよ。やる気あんのか? あぁ?」

 

 声がデカいな。と思った。

 田舎のヤンキーみたいだな。とも思った。いや、田舎に限らないか。どこにもでいる典型的なヤンキーだ。こいつは。

 こういう手合は人間だった頃から苦手だ。接し方がわからない。何を言っても文句を言われそうだ。面倒なので無視……というのは、流石に不味いか。インカナはアルザギール様のご友人であると聞いた事がある。そのような相手に無礼な真似をするわけにはいかない。

 やはり、ここは形だけでも適当に拍手をしておくべきだろう。

 色々と考えた挙げ句、僕は手を叩こうとした……が、


「ちっ……だめだな、こいつ。やる気なさすぎだ。こうなったら仕方ねぇ……おい、アイン。インカナ」


 不意にインカナは二人に声を掛けて、


「はーい。何ですか? インカナ様」


「何でございましょうか?」


「アルザギールをれ」


 いきなり、そういう命令を下した。


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