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6ー2、吸血鬼たちの質問

 大魔女グレン。

 それがどのような人物なのか、僕は知らない。知るつもりもない。ただ、アルザギール様が頼りにする程の存在であるのは確かだ。

 アルザギール様のお役に立つか否か。

 アルザギール様が欲っするものを持っているのか否か。

 僕にとって重要な事はそれだけである。

 だから、僕は沈黙していた。

 当然、この場で最初に口火を切るべきはアルザギール様であるからだ。

 ……が、


「あのよー、グレン。俺様から質問してもいいか?」


 何故か、ルーレスがのんびりと手を上げていた。


「ルーレス・ノビリス・ベイ・ルーレル。君からとは意外だね。アルザギール・グラト・ピエンテ・マグノエリス。君が構わないなら私も構わないよ」


「構いませんよ。私は。ルーレス、お先にどうぞ」


「すまん。どうしても、一つ聞きたいことがあってな」


 申し訳なさそうに、上げた手で頭をぼりぼりと掻いてから、ルーレスは質問を口にした。


「ここにいるユーリについてなんだが」


「え?」


 僕?

 何で?


「こいつ、何でこんなに強いんだ?」


「あの、ルーレス様……僕の事はどうでもいいですから」


「お前はよくても、俺様が気になってるのだ。アルザギールも構わんと言っただろう?」


「それは……そうですが……」


 そうは言っても、非常に申し訳なく思い、アルザギール様に視線を送った。アルザギール様は、にこやかに微笑んでおられた。

 そんな事は気にしていませんよ。という笑みだったが、やはり内心では大変申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 なので、ここは変に遮らず、ルーレスと大魔女に喋らせてさっさと僕に関する質疑応答を終わって貰おうと思って口を噤む事にした。


「答えてくれ。大魔女グレン」


「答えよう。ルーレス・ノビリス・ベイ・ルーレル。それは吸血鬼が元々強いからだよ」


「そんなことはわかっている。吸血鬼が弱いわけがない。だが、こいつのような吸血鬼の成り立てが、俺様に匹敵する力を有しているのは不思議でならない」


「なるほど。そうか。そうか。ユーリの強さが既にかなり高いところにある。という事を。君は気にしているんだね」


「そうだ。魔女は、こいつに何かしたのだろう?」


「ユーリを改造した魔女リヴェットに代わって答えよう。それはユーリの改造に君達の血が使われているからだ」


「な、なんだと?」


「ルーレス・ノビリス・ベイ・ルーレル。君は気にしていないようだけどね。君達吸血鬼の体に流れている血は。君が思っている以上に重要なものなんだ。私が特別な魔法を掛けているからね」


「特別な魔法……」


「そう。その身に宿す力を悲観するなら。呪いと呼んでもいい。それはそういうものだよ」


「……」


「かつての大戦で勝利を収めた君たちの血は特別だ。戦闘力という意味で。かなり高い領域まで到達している。それが使われているのだよ。ユーリには」


「俺様たちの血が……こいつに……」


「バイロ・トレニ・アニ・フルニエッリの血を全て吸い尽くしたのは大きかったね。勿論。アルザギール・グラト・ピエンテ・マグノエリスがかなりの血を注いだ事で。強さの基盤が出来ていたわけだけども」


「……そうか。だったら、ユーリがその力をこれまで発揮出来なかったのは何故だ?」


「ユーリが君達の力を知らなかったからだよ」


「何? 知らなかったからだと?」


「そう。知らなかったのさ。吸血鬼がどれだけの力を持つか。どれ程の事が出来るのか。それを知らなかったから。それなりの力しか発揮出来なかったわけさ」


「む……」


「ユーリが知っている吸血鬼の力と。君達の力とは。かなり大きな隔たりがあるという事さ」


「む……? ユーリの知る吸血鬼とは何だ?」


「君達の世界とユーリの世界とは違う。吸血鬼の概念もまた異なっているんだよ。様々な点で違いがある。同じところもあるけどね」


「ユーリの世界では弱いということなのか? 吸血鬼が?」


「そうだとも言えるし。そうでもないとも言える」


「……」


「何にしても。何かしたのは魔女だけじゃないさ。ユーリの強さを引き出したのは君だ。君がユーリに言った通りなんだ。頭が無くなって何も考えなくなったからだよ。それでユーリは力を全力で振るえるようになったわけだ。外れたんだよ。枷が。意識が無くなった事で解放されたんだ。血の中に眠っていた力が。それで。ユーリの中で強さに関する認識が書き換わったんだ」


「あれは適当に言ったのだが……まさか本当に、考えなくなったからだったとは……」


「そうさ。大体のところは君の思っている通りさ。ルーレス・ノビリス・ベイ・ルーレル。私が愛する吸血鬼」


「……何だか、気恥ずかしいなぁ……。愛するなどと言われては」


「恥ずかしがる必要は無いさ。私は全ての生命を愛しているんだから。君も特別な一人という意味での愛さ」


「……そうか。グレン。お前は、変わらないな」


「君達もね。私の愛する吸血鬼諸君」


「くくっ……」


 ルーレスは寂しげな低い笑い声を漏らした。


「ははは」


 大魔女は、器用に口だけを動かしてまるで笑っているかのような体を装っている。


「質問は終わりかな? ルーレス・ノビリス・ベイ・ルーレル」


「ああ。終わりだ。質問に答えてくれて礼を言う。大魔女グレンよ」


「どういたしまして」


 大魔女は頭を下げない。と言うか、さっきから少しも動いていない。体は完全にそこに固定されているかの如く、不気味なくらいに直立不動だ。


「この森で一目見た時から感じていましたが、強くなったのですね。ユーリ」


 不意に、アルザギール様が僕に澄んだお声を掛けてくださった。

 僕は畏まってお答えした。


「はい。ルーレス様ほどではありませんが……」


「それでも、あなたは強くなりました」


「はい。……あの、アルザギール様……不躾ながら、いくつか質問させていただいてもよろしいですか?」


「はい。どうぞ」


「今、大魔女が言った事は本当なのですか?」


「はい。本当ですよ」


「僕に、全ての吸血鬼の血が使われている。というのもですか?」


「はい」


「僕に、アルザギール様の血が使われている。というのもですか?」


「はい」


「……そうだったのですか」


 かなりの血を注いだ。と大魔女は言っていた。

 アルザギール様の、かなりの血が、僕の中に流し込まれていたのか……。


「私の血が体に流れていると知り、不快に思いましたか?」


「ま、まさかっ! むしろ、その逆です。アルザギール様」


 何を言っているのだ! と僕は思った。

 そのような事を、冗談でもお口になさらないで欲しい。


「逆とは?」


「腑に落ちました。このような事を言うのは憚られますが……その、アルザギール様の血は、とても、僕の好みに合っていたと言いますか……あ、いえ、好みというのは……何と言うか、その、とても、体に合っていた気が、ずっとしていたのです」


「まあ、そうだったのですか」


「はい」


 アルザギール様の血は、とても美味しいと感じる。

 何故か? 

 それは、自分の血だったからである。

 喜んでいたのが、僕の体が。

 その大部分を構成している、血が。

 自らの一部と再会し、喜びの声を上げていたのだ。

 それが、僕の味覚には美味しい。と感じられていたのだ。

 何故これ程までに僕とアルザギール様との血は相性がいいのかと考えた事もあったが、ようやく納得出来た。

 ああ……しかし、それにしても……。


「アルザギール様」


「どうかしましたか?」


「僕は今、幸せを感じております」


「幸せを?」


「はい。アルザギール様の血が、僕の体に流れていると知り、感動しております」


「ふふっ……嬉しい事を言ってくれるのですね、ユーリは」


「このような気持ちは、自身の内に秘めておくべきかとも考えましたが……やはり、主であるアルザギール様に伝えた方が良いと思った次第です」

 

 微笑みを向けられると、少し、照れ臭かった。

 冷静になっている頭の片隅では、告白みたいだな、と野次を飛ばしている僕がいた。

 僕はその声を無視した。

 想いは伝えられる時に伝えておいた方が良いと思ったまでである。

 ……まあ、きっと、ここ何日もアルザギール様にお会い出来ていなかったせいで、それを寂しく思っていたせいで、自身の存在をアピールしたくなっただけなのかもしれないけれど。

 そういう下心でも、もう言ってしまったのだから、引っ込める事は不可能だ。

 つまらない事を言うな。とでも怒られたらどうしよう。とは思わないでもなかったが、結果オーライである。

 アルザギール様は微笑んでくれた。

 僕はそれが嬉しかった。

 僕の体の事も、アルザギール様の反応も、何もかもが、嬉しかった。


「アルザギール・グラト・ピエンテ・マグノエリス。何か私に質問はあるかな?」


 僕たちの会話の終わりを見計らってか、大魔女がアルザギール様に声を掛けた。


「はい。あります。大魔女グレン……あなたに、質問が」


 アルザギール様は、僅かに顎を引いて小さく頷くと、質問を口にした。


「この世界に陽の光を戻すには、どうすれば良いのですか?」


「え?」


 思わず、僕は声を上げてしまった。

 陽の光を戻す……とは?

 この世界は、月明かりのみに照らされた、暗黒に近い世界ではなかったのか?


「陽の光を。そうか。そうか。それが君の質問か」


 大魔女は、その時、初めて動いた。

 壊れたからくり人形みたいに、ガクガクと、首をぎこちなく前後に振った。

 それは、どのような感情による動作なのか。

 常人には計り知れない何かがあるように感じるのは、気のせいなのか……。


「そうか。そうか。そうか。本当に。本当にその答えが知りたいのかい? アルザギール・グラト・ピエンテ・マグノエリス。私の愛する吸血鬼」

 

 大魔女は問うた。


「はい。私のその答えが知りたいのです。陽の光で、再びこの世界を照らす方法が知りたいのです」


 アルザギール様は、知りたいと繰り返された。

 何故か、僕は寒気を感じていた。

 理由はわからない。

 あるいは、鋭敏化された感覚がこれから起こる事象を察知し、警報を鳴らしていたのかもしれない。

 これからアルザギール様が発言する事を、聞くべきではない、と。

 ああ、しかし、恐れていた事は起こってしまった。


「陽の光を浴びれば君達は消滅する。灰となる。死ぬ。それでも。君は陽の光をこの世界に戻したいと願っているんだね? アルザギール・グラト・ピエンテ・マグノエリス」


 大魔女は言った。

 静かに。


「はい。私は陽の光をこの世界に戻したいと願っているのです。例えその光を浴びて、私が、私達吸血鬼が、滅び去るのだとしても」


 アルザギール様はそうおっしゃった。

 同じく、静かに。

 自らの死を語ったのに、とても、とても静かに。

 一切の動揺など見せずに。

 僕は声を上げる事が出来なかった。

 遮る事は愚か。止める事も出来なかった。

 冗談でもそのような事は口にしないでください! と、声を荒げたりもしなかった。

 ただただ、呆然としていた。

 アルザギール様が言った言葉の意味を理解しようとして、理解出来て、理解出来なくて、何を言ったのか、そのお口から説明して欲しかったのだけれど、アルザギール様の意識は、完全に大魔女の方を向いていた。

 そして、アルザギール様は、


「この世界に陽の光を取り戻す方法を、どうか教えてください。大魔女グレン」


 再び、質問を繰り返された。


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