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4ー1、折角だから。

 僕が吸血鬼としての本来の力に目覚めてからというもの、狩りは滞りなく進んでいる。

 常に仏頂面のトランキノも「こんなに仕留めたのは初めてだ」「気持ちがいいものだ」「一族の者も喜ぶ」などと少しばかり顔を綻ばせていたくらいである。


「貴様とルーレス様が殺した死骸を放置しているからだ」「血の匂いが漂い、巨獣共はそれに引き寄せられ、集まって来ている」「巨獣共は血に飢えている」「この世界の全てを喰らい尽くそうとしている程だからな」とトランキノは説明してくれた。


「普段はこんな事はしない」


「何故ですか?」


 また一体、二撃で仕留めた。首と片腕を失い、ピクリとも動かなくなった巨大な白い虎に似たもの——今は赤で塗られ死骸となったもの——を見下ろしつつ、尋ねた。


「囮というか、罠というか……このやり方ならば効率よく、多く狩れるのではないですか?」


 綺麗に殺して解体し、売り物にする。とは言っても、解体の過程で血は流れる。それを利用して今の僕たちみたいな事をすればいい。

 簡単に、僕はそう思ったが、


「それは出来ない」


 即座に否定された。


「何故ですか?」


「巨獣が強いからだ」


「強い?」


 僕は二撃。ルーレスは一撃。トランキノも一撃で倒している。

 それが強い?

 僕は困惑した。


「貴様は最初に巨獣と戦った時、苦戦したはずだ」


「苦戦という程では……」

 

 手間取っただけだ。

 負ける要素は一つも無かった。


「殺せた。だが、あれが一体だけでは無かったならば、どうした?」


「それでも……」


 倒せた。

 二体でも三体でも。問題なく。


「殺せたか? では、五体、六体……それ以上。数えきれないくらいだったらどうなった?」


「それは……」


 どうなっただろうか?

 わからない。


「一体殺したとして、二体殺せたとして、続けてやってくる三体目、四体目……それに手間取るうちに、取り囲まれる。そうなったら、こちらが狩られる側となってしまう」


「そんな事には……」


「なる。かつてそれで死んだ吸血鬼がいる。スオウ様だ。知っているか?」


「……そんな死に方をした吸血鬼がいたという話しは、聞いた事があります」


 間抜けな話だ。

 僕以上の力を持っていただろうに、この程度の敵に殺されてしまうとは。

 信じられない。

 余程油断していたとしか思えないが……。


「吸血鬼を殺せるだけの数が、かつては存在していた。という事だ」


「……」


 数の暴力……。

 実例があると、恐ろしく感じなくもないが……。


「スオウ様の死を教訓として、自分たちはそういう状況を避ける為に、まとめて仕留めようとせず、一体ずつ仕留めているのだ」


「なるほど。そうでしたか」


 頷いた。上辺では。

 正直な内心では、どれだけ数がいようと今の僕が負けるはずがないのだが? と思ってしまっている。

 吸血鬼は血を食料とし、武器とする。

 とすると、無数の敵との戦いは食料も武器も無数に調達出来る事になる。

 体力的な問題はあるだろうが、例えば何体か殺して、その血で巨大な武器でも作って振り回せば、あっという間に敵の数を減らせるはずだ。

 そういう事をしなかったのだろうか? 疑問が浮かぶ。

 戦闘狂とでもいえばいいのか、力任せで、戦い方が余程下手くそだったのか……。

 何にしても、スオウという吸血鬼は遥か昔に死んでいる。もはや当時何があったのかなどそいつに話しを聞く事は出来ない。

 そんな風に雑談をしていたところ、後続の僕らがこない事を不審に思ったのか、ドシンドシンと重々しい足音を響かせながら、先行していたルーレスが戻ってきた。


「俺様は額に汗して働いとるというのに……お前らずいぶんとのんびりとしているなぁ……」


「汗など掻いていないはずだ。ルーレス様が流すのは血だけだ」


「中々格好いい事を女の子から言ってもらえて、俺様としては大変嬉しいわけだが……流石に一人でいるのは少々寂しくてな」


「寂しくとも進め。自分たちもすぐに行く」


「本当か?」


「本当だ。だから早く持ち場に戻れ、ルーレス様」


「そこまで言うなら……」


 ガシャンガシャン。ドシンドシン。

 大きな音を響かせながら、ルーレスはいま来た獣道を戻っていった。

 巨獣を殺して得た血で補強したのか、一回り以上大きくなっているその背中には、哀愁が漂っていた。

 久しぶりに実家に帰ってきた娘に会おうとしたら、邪険にされてすごすごと退散する親に似ていた……ような気がした。

 懐かしい光景だ。

 あちらの世界ではよく見たようなシーンだった。


「ユーリ、貴様も行け」


「はい」


「自分は上から狙い撃つ」


 トランキノは木を蹴り、枝の間を駆けていった。姿をすぐに見えなくなった。

 鋭敏になった感覚で彼女の動きを追ってみるが、完璧に自然に枝の中に紛れているので、見付からない。

 大したものである。

 何か切っ掛けが、弓を放つ音でもすれば、それを辿る事は出来るかもしれないが……今やるべきは彼女とのかくれんぼではない。

 巨獣の狩りだ。

 己の受けた使命を胸に、ルーレスの後を追った。

 合流はすぐに出来た。

 ルーレスはとても暇そうな様子で地面に腰を下ろし、足下に咲いている花を眺めていた。


「ユーリか。ちょっと遅かったな。ここら辺の巨獣はあらかた始末したぞ」


「早いですね……流石です」


 もはや元がどんな姿をした巨獣だったかなどまるでわからなくなっている肉塊。

 それが見える範囲にいくつもある。

 既にいたやつらを殺して、僕たちのところまで来て、戻って、血の匂いを嗅ぎつけてやって来たやつらを殺した。

 そんな風な光景だった。

 事実、その通りなのだと思う。

 僕の出番は無かった。楽が出来たと思う半面、近くにアルザギール様がおられるはずなので、これまでよりも一層活躍しなければとはりきっていたところであり、少々残念だ。


「あ、そうだ。今暇だから、折角なんでお前の弱点について教えておこうか」


 と、少し悲しい気分に浸っていたところで、ルーレスが出し抜けに話題を変えた。


「僕の弱点、ですか?」


「ああ」


「それは、どのような弱点なのですか?」


「拳で教えよう」


「え? 拳で?」


「とは言っても、お前はいつも持っておる剣。あれを出せ。拳を使うのは俺様だけだ」


 ルーレスは立ち上がって、拳を握って、こちらに向けた。

 構えろ、という意味なのか……?

 ……不意に、寒気がした。

 頭が吹き飛んだ時の精神的なショックか何かが、僕の心か、体の中に残っているからだろうか?


「始めていいかぁ?」


「え?」


 始める?

 何を?

 疑問が浮かんだ、直後、


「ふんっ!」


 握られた右拳が引かれ、次の瞬間には、顔面に向かって放たれていた。


「なっ!?」


 咄嗟に仰け反って、そのまま転がって、不格好な回避をして、不格好な立ち上がり方をして距離を取った先で、僕は、


「一撃で死ななかったか……やはり強くなったな。よしよし。始めるぞ」


 そこでようやく、巨獣相手ではなく、吸血鬼との本気の戦闘が始まった事を悟ったのだった。


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