3ー2、バルヴェニアによる不十分な説明。
結論を最初に持ってくる。というのが最も効果的なプレゼン方法である。と、以前学校で聞いた事がある。
話しを聞いている相手の興味を一気に引き込む為だとか、要点がわかりやすくなるからだとか、色々理由があるらしい。
そういう事を知ってか知らずか、恐らくは前者だろうが、バルヴェニアは言った。
「会うつもりだ。大魔女に。アルザギールは」と。
「……大魔女だと? 大魔女グレン……あいつが、この先にいるのか? しかし、何の気配も感じていないが……」
ルーレスは深い闇の中に沈んでいる森の先に目を向け、細めた……ような気がした。装甲の奥にある瞳の動きはわかない。だが、いつもの呑気な様子ではなく、真剣な雰囲気を感じた。
「いる。今は。それより。気配などという武人的な物の考え方はやめるべきだと何度言ったらわかる? 身に付けろ。魔法を。君なら出来る。ルーレス」
「いいや、何度も言ったと思うが、俺様にはこれで充分だ」
拳を握る。
大きな拳だ。
巨獣を一撃で死に至らしめる必殺の拳。
一方で、バルヴェニアからはそういう明確な強さのようなものを感じない。
本体がここにいないし、服装のせいで体つきもわからないので、見た目から読み取れる情報が少ないせいもあるとは思うが……それを差し引いても、見たままの印象では、単純な強さであればルーレスの方が上だと思える。
「魔法を会得すれば様々な事が可能となる。巨獣を殺すのには、確かに拳で充分だが」
「様々なことというのは、それか? 今のお前のようなものをか?」
「凡そ全てが可能となる。君の考えるくらいの事は」
「ふふん。ならばやはり拳で充分だ。俺様の考えていることは、巨獣を殺すことだけなんだからな」
「相変わらずだな」
「変わらんよ。俺様は。……いいや、俺様たちは。と言うべきだろうな」
「そうだね。本当に」
バルヴェニアとルーレスは低く笑った。
旧友同士。心を許している者同士の間にある、壁のない空気感。
もしアルザギール様もここにおられれば、屈託のない笑みをお見せになられるのだろうか?
アルザギール様がこのような立ち話しをするところなど、想像も出来ないので、お茶会に誘ったりなされるのだろう。そうして、昔話に美しい花を咲かせるのだ。
ほんの少しだけ、そういうシーンが想像出来たところで、
「さて。終わりだ。話しは」
「え? 終わりですか?」
唐突に話しは終わった。
「その大魔女? という人物に会って……アルザギール様が何をなさるおつもりなのかは……」
「直接聞くといい。アルザギールから。それは」
「……」
確かに、アルザギール様が森の奥へとお入りになれる理由はわかったが、むしろその後こそが重要ではないだろうか?
今の説明では、結局のところ何もわかっていないのに等しいのではないか。
これではバルヴェニアもトランキノと差して変わらないのだが……。
「直接聞くといい。アルザギールから。それは」
不服そうなこちらの顔を見てか、バルヴェニアは精密な機械の如く全く同じ台詞を全く同じ調子で繰り返した。
「……」
僕はちらりと横目でルーレスを見た。
彼は腕組みをして「ふむ」とだけ頷いた。納得しているようである。
……まあ、僕もそうだ。
どうせもう少ししたらアルザギール様にお会いする事が出来るのだ。その時に、直接お話しをお伺いすればよいのである。
故にアルザギール様の真の目的については、一旦置いておこう。
一先ず、他に聞きたいのは、
「大魔女とは何なのですか?」
アルザギール様のお会いする相手についてである。
これに、バルヴェニアは簡潔に答えてくれた。
「大魔女は大魔女だ」
「……」
瞬間、僕は直感した。
このバルヴェニアとかいう吸血鬼は、とてつもなく説明が下手である。という事を。
恐らく、それで自らアルザギール様のおっしゃった事を僕たちに伝えなかったのだろう。そうに違いない。
やれやれ。全く。困ったものである。
僕は視線をルーレスに移した。
彼は仕方なさそうに、億劫そうにして、口を開いた。
「大魔女とは、魔女の親……のようなものだ」
「魔女の親、ですか?」
「ああ。全ての魔女を生み出したのが大魔女だ」
「……?」
生み出す……?
魔女は今も大勢いるらしい。一人で産める数ではない。そうすると、始祖的な意味合い……なのだろうか?
「わからないか? ならば、造り出した。と言い換えよう」
「造り出した……?」
言い換えられてもわからず、僕は首を傾げた。
そんな僕を見兼ねてか、バルヴェニアが口を開いた。
「造り出したのさ。全ての魔女を。大魔女が。改造によって」
「改造……」
その単語を聞くと、メカニカルな印象を受ける人が大半だろうが、この世界の改造は生々しい。
巨獣と人間とを掛け合わせて戦闘用、労働用、愛玩用の奴隷を作り出したり、生き物同士の部分部分を繋ぎ合わせたりと、凡そまともな精神を持つ者には出来ないような、悪魔じみた所業。
それが改造だ。
僕もそれで吸血鬼にされた。
魔女もまた、そうやって大魔女から作り出された……。
それで、親……なのか?
しかし、かつての大戦から現在まで、永い時が過ぎただろうに、そんな存在が今もまだ生きているとは思えないが……。
「よくわからないのですが『大魔女』という称号が受け継がれており、それを受け継いだ者が、魔女を生み出している。という風に考えればいいのですか?」
「いいや、ユーリ。大魔女はそういう存在ではない。称号などではない。受け継がれてなどいない。大魔女はずっと大魔女だ」
「……つまり、吸血鬼のような存在という事ですか?」
ルーレスの言葉に、疑問を返す。
魔女は得体の知れない存在だが、僕は以前殺した事があるから、不死では無い……しかし、今も生きているからこそ、アルザギール様がお会いになるのだから……。
大魔女とは、殺さない限り死なない、吸血鬼と似たような存在である。と僕は考えたのだが、
「大魔女は大魔女だ」
バルヴェニアが同じ台詞を繰り返した。
僕の考えを否定しているようである。
「グレンという。大魔女の名だ。それが」
初めて聞いた名前だった。
その名がアルザギール様のお口から紡ぎ出された事は無い。と、僕は記憶している。
「……そのグレンという大魔女は、どのような人物なのですか? 何が出来るのですか?」
大魔女とは何なのか?
根本的なところはわからないままだが、とりあえずそれは一旦置いて、質問してみた。
これにルーレスは、考えながら、言葉を選びながら、言った。
「大魔女の人物像を語るのは難しいのだが……何が出来るか? と問われれば……何でも出来る。と答えるしかないだろうなぁ……」
「何でも、ですか?」
「出来る。凡そ君の考える事は。何でも」
ルーレスの言葉を継いだバルヴェニア。
「……」
僕は首を捻った。
それは流石に誇張し過ぎではないか?
普段なら、有り得ない。と、決めつけて訝しがるところだが……ルーレスとバルヴェニアが冗談を言ったようには見えなかった。
そう言えばさっき、バルヴェニアは魔法について語った時もそんな事を言っていた覚えがある。
「トランキノさんは、大魔女について何か知っていますか?」
手持ち無沙汰で、その上、睡眠を妨害されたせいでぼんやりとしている様子のトランキノに声を掛けた。
彼女は夢うつつとなっていたらしく、一瞬、ビクッ! と体を震わせたが、さもこれまでの話しをちゃんと聞いていました。と風を装って、口を開いた。
「知らん」
とだけ、だが。
「そうですか」
これまでの話しを聞いていたのかどうなのか。わざわざ確認するのも手間だし、どうせ狩りにしか興味ないから本当に知らないのだろう。という事にした。
「……」
大魔女グレン。
かつての大戦から今日まで、吸血鬼と同じ時を生きていると思われる存在。
改造で魔女を生み出し、魔法で何でも出来る。
説明されても、それが一体どのような者なのか、全く想像すら出来ないのだが……。
アルザギール様はそのような相手にお会いして、一体何をなさろうとしておられるのか……。
「わざわざ大魔女に会おうとするなど……何か、あいつには大きな目的があるはずだ。途轍もなく、大きな目的が……」
ルーレスもまた、わからないようである。
しかし、
「大きな目的、ですか」
僕は小さく呟いた。
アルザギール様にとっての大きな目的とは「この世界を美しくする事」であると僕は思っている。
その為に、大魔女の力を借りるのだろうか?
僕なんかでは、何でも出来ると言われる大魔女の魔法を、どのようにして「この世界を美しくする為」に使うのかまるでわからないが……。
「近いうちにわかる。答えは。来ているのさ。すぐそこまで。アルザギールは」
考え込む僕たちに向けて、バルヴェニアは言った。
「アルザギール様が……お近くに……」
慌てて周囲を見回した。勿論、アルザギール様はいらっしゃらない。僕が知覚出来る範囲にはおられない。もしいればとっくに気付いている。わかっている。バルヴェニアの言葉程近くにはいないという事は。
それでも、存在を感じ取れないものかと気を配らせた。
不気味なくらいの森の静けさが鼓膜に染みた。
視界を失ったと勘違いする程に暗い闇が口を開けていた。
今日はかなりの数の巨獣を狩ったので、そのせいもあると思うが……僕は森の深さを今一度実感した。
そうして、静まり返っている中で、バルヴェニアが口を開いた。
「そろそろ失礼する。また会おう。機会があれば」
落ち着いた声だった。ここにいる僕たちにしか聞こえていないかのような。遠くまではいかない。脳内に直接響く、不思議な質感の声だった。
ルーレスは、それに疑問を被せた。
「むむ? 待て待て。そもそも、お前は何の為に俺様たちの前に現れたのだ? アルザギールの事をわざわざ伝えに来たわけではないだろう?」
「見たくなっただけだ。旧友の顔が」
「……バルヴェニア。俺様の記憶では、お前はそんな台詞を言うようなやつではなかったと思うのだが……」
「思い違いだ。ルーレス。それは。私はいつだって君たちと共にある」
「……やはり、なんというか……なんか調子狂うなぁ」
「私さ。これもまた」
「うーん……?」
「君もこうなるかもしれない。アルザギールの話しを聞けば」
「何だと?」
「失礼する。今度こそ」
喋りたい事だけを喋って、現れた時と同じように、バルヴェニアは唐突に姿を消した。
目にも止まらない速度で動いたのではなく、突然のその場からの消滅。
誰かがそこにいたという痕跡は無い。
ずっと見ていたが、いつどうやって消えたのかはわからなかった。
幻……。
「あ……」
そう言えば……聞き忘れた事があった。
「何だ? どうかしたか?」
「いえ……バルヴェニア様は、何故僕のいた世界の事を知っていたのか? と思いまして……」
「そんなことか。それはあいつが言った通りだ。魔女の下で魔法を学んでいるからだ」
「魔法、ですか……」
「異なる世界を行き来する魔法があると聞く。魔女はそれを使い、お前のいた世界から人間とか人間の道具とかをこちらに持ち込んでいるそうだ」
「そうですか。それで……」
魔法。凡そ全ての事は出来る……らしい。実際のところはどうだか知らないが。
とはいえ、僕は魔女の使う何らかの魔法によって拐われてこの世界に来たのだし、他の人間もそうやって連れて来られたのだろうから、魔女があちらの世界にそれなりに詳しくても不思議ではない。そんな魔女と仲良しと言っていたのだから、バルヴェニアがあちらの世界について知っていても、それもまた不思議ではない、か……。
「……」
いや、そんな事よりも……やはり気になるのは、凡そ何でも出来る、だ。
それを用いて、アルザギール様は何を為そうとしておられるのか?
わかるはずもないが、繰り返し、繰り返し、つい、考えてしまう。
アルザギール様の事を、想ってしまう。
「おい」
「何ですか?」
アルザギール様についての思考を巡らせているのだから邪魔をするな、と言いたいところだが、トランキノの声は機嫌が悪そうだったので、波風を立てないようにした。
「自分は眠い」
「そうですか」
「寝る」
「はい。どうぞ」
二度寝ですか。などと文句は言わない。
途中で起こされたから眠いのだろう。元を正せばバルヴェニアのせいだが、僕の殺気に驚いて起きたというのもある。
僕としても、少しは責任を感じているのだ。
だから、何も言わずにそのまま寝床へと行く彼女を見送った……が、途中で、不意に彼女はこちらを振り返った。
「ルーレス様、ユーリ」
「何だ?」
「何ですか?」
「自分が目覚めたら狩りを再開する。アルザギール様が近くまで来ているようだから、これまでより速度を上げて、巨獣を狩る」
「おう。任せろ」
「はい。わかりました」
僕たちは頷いた。
トランキノはそこでようやく、不機嫌そうな顔をやや満足気とも言えるものに変化させて(本当に僅かに目つきが穏やかになったくらいで、感覚の強化された今の僕でなければ気付かかなったと思われる)、今度こそ寝床へと行った。
そして、暫くして、目を覚まして、言った。
「狩りを始める。森の奥へ進むぞ」




