プロローグ3、力の痕跡。
夢を見ていた。
とても美しく、そしてとても幸せな記憶が蘇っていた。
それから覚めた僕の視界に入ったのは、仄かな赤色を帯びた土煙だった。
「な……?」
何だ?
これは……?
まるで、血煙みたいなそれが、周囲を漂っている。
ついさっきまでの森の風景ではない。
どこだ……ここは……?
困惑しながら、辺りを見回した。
見えるものは、岩……いや、地面……なのか?
地面がひっくり返された。とでも言えばいいのか……。
岩に付着している少量の緑。
独特な森の青臭さ。
何らかの衝撃を地面がまともに受けて、緑の下にあった赤土色の大地が本来の姿を見せているらしい。
木々は文字通りの根こそぎになっており、四方八方へ吹き飛んでいる。
ここは森の一部で間違いないだろうが、僕が意識を失った地点なのかどうかはわからない。ついさっき殺したはずの巨獣の死骸などはどこにも見当たらないので、場所が変わっている可能性もある。
しかし、だ。
何か想像もつかない出来事が起こったのは疑いようがない。
不格好にせり立つ地面に触れて、風が歪な啼き声を上げている。
まるで巨大な隕石でも落ちて来たかのようだ。クレーターは出来ていないけれど、破壊の規模は大きく、広い。
戦闘の、痕跡……なのか?
「一体、何が……?」
何故こんな事になっているのか?
記憶は全く無い。
この惨状を前にしても、脳裏にフラッシュバックする映像は一切無い。
僕はルーレスと戦おうとしていた……しかし、何をするまでもなく、ルーレスからの先制攻撃を受けてしまい、頭部を欠損し、意識を失った。
それから、何かが起こった。そして、こうなった……。
僕の意識が無い間に、ルーレスは規格外の巨体を誇る森の主的な巨獣と凄まじい激戦を繰り広げたりでもしたのか?
想像もつかない暴力を持つ者同士の戦い……かつての大戦では、このような圧倒的な破壊が頻繁に起こっていたのだろうか……?
辺りに漂う土煙みたいに、霞が掛かったままの判然としない頭で様々な予想をしていたところ、
「まさか、この俺様が膝をつくとはなぁ……」
近くで、声がした。
知らない声だった。
高い声だ。少年のような……どこか、楽しげな雰囲気も感じさせる声だった。
慌ててその音の発生源を辿り、目を向けると、そこには岩……いや、鉄の塊が……違う。岩でも鉄の塊でもない。片膝を付いて、身を屈めているせいで塊のように見えたが、全身を黒鉄色の甲冑で覆っている何者かがいた。
「……?」
誰だ?
まさかこれが、ルーレスなのか? 十二人の吸血鬼の一人の?
だが、地面に膝を付いて何をしている?
浮かんでくるいくつもの疑問。
何から聞くべきか。
本当にルーレスなのか? とか、ここで何があったのか? とか、混乱しているせいか、どれを優先するべきかわからない。
この人物に、どう声を掛けるべきか……と、迷っていると、背後から声を掛けられた。
「何なんだ……貴様は……」
「トランキノさん?」
振り向くと、いつの間にそばに来ていたのか、トランキノがいた。
信じられないものを見た。とでもいうように、目を見開き、全身に警戒の色を強く纏って、立っていた。
常にマイペースな彼女がここまで驚愕を隠せずにいるとは……やはり、とてつもない戦闘があったようである。
「何があったのですか?」
とりあえず、何か知っているであろう彼女に問いかけた。
「覚えていないのか?」
「え?」
逆に返された、問い。
覚えていないのか? そう問われたという事は、つまり……。
「これをやったのは貴様だ」
「これを……僕が……?」
「貴様とルーレス様との戦いによって、こうなった。大地が割れた」
ゆっくりと、辺りを見回すトランキノ。僕も彼女が見ている景色を追った。
森は姿を変えられた。
圧倒的な暴力により。
メチャクチャにされた。
破壊された。
「貴様にここまでの力は無かったはずだ」
確認するように、彼女は言った。
「ついさっき、貴様は巨獣一匹ろくに狩れなかった」
「……そうですね」
素直に頷いた。
トランキノの言う通りだ。
僕は自分の実力を理解している。
時間を掛けて巨獣を倒し、竜人に傷を負いながらも勝利し、ミナレットに傷一つ負わせる事の出来ないくらいでしかない。
その程度だ。大した事は無い。
「ならば、これはどういう事だ?」
「……」
答えられなかった。
トランキノと全く同じ疑問が頭の中を埋め尽くしていた。
「ルーレス様と五角以上に戦うとは……貴様は一体、何なのだ?」
以前、そんな質問を隊長からされた事があったなぁ。などと呑気に過去を思い返していた。そうやってつい現実逃避をしてしまうくらいには、現実感が無かった。
もし、これを僕がやったのだとしたら、僕は僕自身の理解を遥かに変える力を有している事になる。
そんな事はありえない。と、理性的な僕の思考は言っている。
これが真の力だぜ! と、声を大きくして騒いでいる僕はいない。
こんなのは、ありえない。
僕じゃない。
そう思っている。冷静に。
だが、そうやって逃避してもしなくとも、答えは同じだ。
無回答。
トランキノの問いに対する答えを、僕は持っていない。
だから、沈黙するしかなかった。
最強の存在と互角に戦ったなんて……記憶を無くしている間に、僕に何が起こったのだろうか?
僕はどうなってしまったのだろうか?
僕は一体何なのだろうか?
当然ながら、この問いに答えてくれる者はいなかった。
だから、僕はただただ呆然と立ち尽くしていた。




