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2ー1、ご褒美の夜。

「今日は素晴らしい活躍でしたよ、ユーリ」


「お褒め頂き、光栄の極みです。アルザギール様」


 壁に掛けられている蝋燭が、暖かな明かりを灯している部屋の中、豪奢なベッドに腰を掛けているアルザギール様の前に跪き、僕は深々と頭を垂れた。

 アルザギール様が直々にお選びになった、素晴らしくセンスの良い赤い絨毯の毛先が目の中に入るくらいに、深く頭を下げた。

 ここはアルザギール様の住んでいらっしゃる屋敷の、その寝室である。

 広々とした部屋で、木製の机と化粧棚、クローゼットが隅にあり、部屋の真ん中には貴族が夜を過ごすのに相応しい豪奢なベッドが陣取っている。

 僕のようなただの戦奴風情はこの部屋に入る事は愚か、絨毯をこうして踏んでいる事すら……否、アルザギール様と同じ場所で息を吸っている事すらおこがましいというのに、それを許容してくださっているアルザギール様の懐の深さには頭が上がらない。


「頭を上げなさい、ユーリ。そんなに畏まらなくとも、今ここには私達二人しかいないのですよ?」


「しかし、それは……」


 そのような事を仰せられるから、頭を上げる事が出来ないのです。とは言えず、僕は言葉に詰まった。

 アルザギール様はそんな僕の困った様子を見て、クスクスと小さく笑った。


「では命令します。戦奴、ユーリ。頭を上げなさい」


「し、しかし……」


「聞こえませんでしたか? これはあなたの主人からの命令なのですよ? ユーリ」


「……はい。畏まりました」


 命令ならば、仕方が無い。

 僕なんかがこんな間近でアルザギール様のご尊顔を拝謁するなどとは誠に恐れ多いのだが、命令なのだから聞くしかない。自分に言い聞かせ、僕は頭を上げた。

 すると、目の前にあったのは、アルザギール様のお美しいお顔だった。


「うわっ!?」


「あら? どうしました?」

 

 眼と鼻の先で、天使よりも可愛らしく、悪魔よりもいたずらっぽい微笑みを浮かべるアルザギール様。

 流石に、この状況は……まずいのではないだろうか?


 「ち……ち、近過ぎます。アルザギール様……」


 「近過ぎる? 私とあなたの顔の距離が近過ぎると、何かあなたに不都合でもあるのですか?」


 「い、いえ! 不都合などは、全く御座いませんが……」


 口ではそう言ったものの、アルザギール様の息遣いが聞こえる程の距離なのだ。こんなにも近いと緊張してしまう。もしも僕が改造されていなかったから、きっと心臓が止まっていたに違いない。それ程の緊張なので、ついついまた頭を下げてしまいそうになるが、そういう動きを読んでいたのか、頭を下げさせまいと、アルザギール様の右手が僕の頬に触れた。


 「眼を逸らさずに、私を見なさい、ユーリ」

 

 「……はい」


 更に顔の距離が縮まり、アルザギール様の口から漏れた吐息が、鼻に掛かった。

 瑞々しさを感じさせる程に、濃い血の匂いがした。

 アルザギール様のお食事の残り香……。


「……」


 思わず、ごくり、と生唾を飲み込んでしまった。

 匂いでわかるが、このような上質の血を召し上がっておられるアルザギール様の血は、さぞかし美味しいに違いない。と思うと、自然と喉が鳴っていた。


 「あら、ユーリ。あなたは、お腹が空いているのですか?」


 「い、いえいえ! そんな事はありません!」

 

 耳聡く喉の音を聞いておられたアルザギール様のお言葉を必死で否定する。

 主人に食事の心配をさせてしまうなど申し訳なかったし、お腹が空いている訳でもないからだ。

 今日は闘技場で敵を殺し、血を吸い取った。吸血鬼の食事は専ら血液なので、僕の食事はその時点で終了している。だから、お腹は空いていない。

 喉が鳴ったのは、美味しそうなものを想像したからだ。アルザギール様の血がとても美味しそうだと思ったので……とは、口が裂けても言う事など出来ないが……。


「ふふっ」


 僕が慌てる様子が余程面白かったのか、アルザギール様は触れていた頬から手を離し、口元を抑えて笑った。

 心が安らぐ、愛らしい笑みだった。

 しかもこの笑みを見ているのは、今この世界で僕一人だけだ。

 この世で僕だけが、今この瞬間、アルザギール様の笑みを独り占めしている。

 それは、なんと……なんと、幸せな事だろうか。

 背筋が、震えた。

 恐れ多さからの震えではない。歓喜の震えだ。狂喜だと言ってもいい。

 こんなに贅沢な瞬間があってもいいのだろうか? 

 そもそも、これは現実なのか? 

 実は夢なんじゃないか? 

 僕はあの獣との闘いで無残にも死に、死後の世界でこんな笑みを見ているのではないか?

 などと、ふとそう思ってしまうくらいに、アルザギール様の笑みは浮世離れしておられた。


「ユーリ? どうかしましたか?」


「い、いえ……」


 あまりのお美しさに言葉を失っておりました。と言うわけにもいかない。

 アルザギール様は、ご自身の魅力を充分に理解しておられる。故に、今更僕が言うまでもない。むしろ僕なんかがアルザギール様にそんな言葉を掛けるのは失礼だというものだ。

 今、僕が口にするべき言葉は……ここに招かれた理由についての質問だ。

 僕は、一つ咳払いをして気持ちを切り替えた。

 アルザギール様の寵愛を一身に受けて緩んでいた気持ちを、戦奴としての引き締まった気持ちに切り替えた。


「アルザギール様。僕はお話しがあるとお聞きして、恐れ多くもアルザギール様の寝室にお邪魔いたしたのですが……そのお話しとは、どういったお話しでございましょうか?」


「そうでしたね。そう言えば、ユーリに話しがあって私の部屋に呼んだのでした」


 ついさっきまで忘れていた。というように、ぺろりとお茶目に舌を出してから、アルザギール様は御要件についておっしゃられた。


「話しとはもちろん、今日の事です」


「今日の事、ですか?」


「ええ。あの頭が二つあった奇特な獣人の戦奴を、開始と同時に、それも一撃の元に葬るとは、とても素晴らしい働きでした。あのバイロの顔が、驚きで歪んだところを見られたので、私は大変満足しました。どうもありがとうございました。ユーリ」


 アルザギール様は、あの豚の引き攣った顔を思い出しておられるのか、愉快そうにころころと顔を綻ばせた。


「アルザギール様のお心を満たす事が出来、光栄の極みです」


「あら? また頭を下げていますよ?」


「も、申し訳有りません……」


 自覚は無かったが、気付くと視線は床に向いてしまっていた。自然と頭が下がっていたようだ。

 奴隷としての習性と、アルザギール様への絶対の忠誠故に無意識で行動していた。これは良い傾向だが、頭を下げるなと言われている手前、無礼な振る舞いをしてしまい申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうだ。

 そんな僕の沈痛を知ってか知らずか、アルザギール様は薄く笑ってお話しをお続けになった。


「半年程しか訓練を積んでいないあなたが、戦奴の大会に出たいと言った時、私はとても驚きましたが……今日のように、私を愉快な気持ちにさせてくれるのであれば、出場した意味があったというものです」


「その節は……出過ぎた事を口にしてしまい大変申し訳有りませんでした。主人であるアルザギール様の願いも聞かず、出場したいと言ってしまい……」


「ふふっ。ユーリ、あなたを責めてなんていませんよ。私個人の願いなどよりも……あなたが自ら決断した事が重要なのです。そういうあなたを見る事が出来て、私は、とても嬉しいのです」


「アルザギール様……身に余る勿体無いお言葉です。ありがとうございます」


 僕は頭を下げる代わりに、眼を伏せた。

 この大会に出たのは僕の意志だ。だけど、戦奴の分際で主人にお願い申し上げるなど、大それた事をしてしまったと今でも後悔の念が頭を過る。

 それを、アルザギール様は簡単にお許しになった。

 なんと寛大なお心だろうか。

 絨毯を汚してしまう事を心配していなければ、涙を流していたところだ。


 「それはそうとユーリ、願いで思い出しましたが、あなたがこの大会で優勝したあかつきに、褒美として手に入れたいものについてですが……それが何であるのか、まだ、私に話してはくれないのですか?」


「それは……」


 戦奴の大会では、主催者であるバイロの権限により、優勝者に褒美が与えられる事になっている。

 この世界の統治者の一人として持っている、強大な権力を行使する事が可能なので、褒美とは何でもよく、優勝者の望むものを何でも与えるという。

 金や女、領地、それこそ、戦奴から解放されて自由の身になり、武人や平民への格上げすら可能である。

 なので、大抵の戦奴は自由を勝ち取る事を目的として闘っている。

 自由の身になったからといって、良い暮らしが出来るとは限らないが、その高い戦闘能力を買われて、富豪お抱えのボディガードや、武術師範として活躍している元戦奴も少なからずいると聞く。

 元奴隷という身分故に差別を受けたりもするらしいが、それでも自由は自由だ。

 ちなみに、今回の僕の相手だった獣のような、自分で考える事が出来ないような者が優勝した場合だと、その戦奴の所有者が願いを代弁すると言って、自らの願いを叶えて貰ったりもするらしい。

 そういうヤツらが望むのは殆どが富とか領地とかだと聞く。私腹を肥やしたい連中が欲しがりそうなものだ。

 しかしながら、もちろん、僕の欲しいものは、そんなものではない。僕の願いは、そんな低俗なものではない。


「もしかして、欲しいものが決まっていないのですか? ただ戦いたかっただけなのですか?」


「いえ。既に決まっております」


「では、何ですか? こう言ってはなんですけれど、私の権力があれば、大抵の物は手に入ります。私に仕えてくれているお礼に、あなたが望むものを、私が手に入れてあげる事も出来るのですよ?」


「……」


 言葉も無い。

 ただの奴隷風情にこんな言葉を掛ける事が出来る者が、この世に存在するだろうか? いや、いるはずがない。アルザギール様を除いて、他にいようはずもない。

 僕は感動で溢れ出そうになる涙を堪え、アルザギール様の深紅の瞳を見詰めて、言った。


「有難いお言葉ですが……申し訳有りません、アルザギール様。今はまだ、口にする事は出来ません」


「そうなのですか……」


「本当に、申し訳有りません。これは、僕が自分の力で手に入れなければならないものなのです。ですから、どうか僕が優勝するまでお待ちになられますよう、お願い申し上げます」


「自分の力で手に入れなければならないもの、ですか……一体何かしら?」


 アルザギール様は、天井に眼を向け、自らの顎先を右手の人差し指でゆっくりと叩いた。

 アルザギール様が物思いに耽る時の癖である。

 僕はアルザギール様のこの仕草が大好きだ。

 いつもは毅然とした態度でおられるが、この時ばかりは想像の翼を広げようとしているただの乙女のようであり、普段とは違った可愛らしさが垣間見えるからだ。

 アルザギール様は暫くそうやってお考えになり、僕はその間ずっとそのお姿を眺めていた。

 この沈黙は、とても心地いい。

 一定のリズムで聞こえる、アルザギール様の指の音。

 僕の心音もそれと等しくなっていく。

 そうやって、恍惚に浸っていたところ、アルザギール様は動かしていた指を止めた。


「色々とあなたの欲しそうなものを考えてはみましたが、やっぱりわかりません」


 困った表情で、アルザギール様はそうおっしゃられた。

 その顔を見た瞬間、僕は、欲しいものについて今すぐ話さなければならない! という強烈な強迫観念に駆られたが、寸でのところでそれを口に出すのを堪えた。


「……」


「……」


 お互いに黙ってしまった事で生まれた、僅かな間。

 この沈黙は、好きではない。こんな沈黙が生まれるぐらいならば、話した方がましだと思いそうになる。

 だけども、僕がそうやって心を痛め、その痛みに耐えられなくなる直前に、アルザギール様は小さなお口を開かれた。


「……まあ、いいでしょう。話せないのならば、これ以上は無理に聞かない事にします。あなたが優勝した時の楽しみにしておくとしますね」


「申し訳有りません、アルザギール様。お心遣い、深く感謝致します」


「いいのです、ユーリ。私にとってあなたは……あの日から、とても、とても大切な存在なのですから」


「大切な、存在……?」


 意外な言葉に、驚きを隠せなかった。

 すると、アルザギール様は僕の反応が意外だったような顔をした。


「そうですよ。……あら? まさか忘れてしまったのですか? あの日の事を。私が初めてあなたに出会い、血を舐めさせてあげた時の事を……」


「ま、まさか! 忘れるはずがございません! ……よく、覚えております。今でも、昨日の事のように」

 

 あの日の出来事は、とてもじゃないけれど、一生忘れられそうに無い。

 人間の世界からこの魔界に連れて来られて、改造されていた僕に、初めて優しく接してくれたのが、アルザギール様だった。

 もしあの時、アルザギール様と出会わなかったとしたら、僕は気が狂っていただろう。そしてどこかの貴族に買われ、死ぬまで家畜のような扱いを受けていたはずだ。

 アルザギール様がいてくれたからこそ、僕は今ここにいられるのだ。


「あの時のあなたは、とても情熱的でしたね」


「あ……あの時は……本当に……大変失礼致しました」


「いえ。あなたの助けになれて、本当に良かったです」


「……勿体無き、お言葉です」


 あの時の僕は、飢えていたとは言え、それでも狂ったようにアルザギール様の血を求めてしまった。

 何でも何度も、アルザギール様の美しい指が、唾液でふやけそうになるまで、ずっと舐め続けてしまった。

 あれは、最高の味だった。

 この上ない、極上の甘露だった。


「……っ」


 その時の事を思い出し、口の中に涎が溢れて来たので、僕は慌てて口元を左手で抑えた。


「ふふっ」


 こちらを眺めていたアルザギール様は小さく笑い、不意に右手の親指の爪で、あの時みたいに、右手の人差し指の腹を切った。


「ア、アルザギール様!?」


 人差し指の腹から、ぷくりと血の瘤が盛り上がっている。


「落ち着きなさい、ユーリ。これはあなたへのご褒美です」


「ご、ご褒美……ですか?」


「ええ。ささやかながらですが、初戦突破のお祝いです」


そうおっしゃって、アルザギール様は右手を僕の顔の前に伸ばした。


「さあ、ユーリ、お舐めなさい」


「そ、そんな……」


 アルザギール様のお美しいお指を、アルザギール様の麗しいお血を舐め取るなんて、滅相も無い。と僕が口にする前に、アルザギール様は畳み掛けるようにお言葉をお紡ぎになった。


「早くしないと血が絨毯に垂れてしまいます。絨毯の色は血と同じ赤色ですので、表面上は目立ちませんが……あなたは、私の部屋の絨毯を汚すつもりなのですか?」


「うっ……」


 そう言われると、困る。

 まるで僕が悪い事をしているみたい……と言うか、主人の命令に逆らっているのだから、悪い事をしてしまっているのか……?

 戦奴としての身分と、主人の無茶な命令の狭間で悩んでいた僕だが、考える時間はそう長くは与えられ無かった。


「ユーリ。私の血を……あっ」


「――っ!」


 血が絨毯に落ちる刹那、僕は咄嗟に舌を伸ばして、その先でアルザギール様の血液を受け止めた。

 瞬間、舌先から歓喜が広がり、僕の全身を駆け巡った。

 なんと美味な血なのだろうか。

 筆舌に、尽くし難い。


「――」


 アルザギール様。

 この世界を、遥か昔から統治している吸血鬼である、この御方が、最良の血液を体内に取り込み続け、長い年月の中で熟成させると、血は、こんなにも深い味わいを持つようになるのか……。

 殺した相手から摂取している血液とは比べものにならない。

 これは天上の味だ。

 かつてこの世界を支配していたという、竜や巨大な獣達との闘いに勝利し、新たな支配者として君臨した者の歴史が、この血に凝縮されていると言っても過言ではない。


「ふふっ、美味しいですか?」


「……はい」


 感動に浸りながら喉を鳴らし、血液を嚥下する。

 アルザギール様の血が、僕と一つになっていく。

 足りなかった部分が、埋まっていくような感覚……。

 その余韻が冷めやらぬうちに、アルザギール様は紅い瞳を細め、微笑んだ。


「さあユーリ、私の指を綺麗にしなさい」


「畏まりました」


 もう一滴だけお願いします。などと卑しいことを言うつもりなどない。

 一滴で充分だ。いや、充分過ぎる程なのだ。

 これ以上を望むのは、不敬である。


「失礼致します」


 僕はベストのサイドポケットから白いハンカチを取り出し、それで、アルザギール様の右手の人差し指の腹を、丁寧に拭き、血を綺麗に拭いとった。


「ありがとうございます、ユーリ」


 傷口がすっかり再生した人差し指を見詰めて、アルザギール様は感謝の言葉を述べてくださった。


「いえ、礼を言わなければならないのは、僕の方です。このようなご褒美をくださいまして、本当にありがとうございました。アルザギール様」


 ハンカチをポケットにしまい、眼を伏せた。

 アルザギール様の血が付着したハンカチ……これは、絶対に永久に保存しておかなければならない……と思ったが、しかし、主人に内緒で主人の痕跡の残った物を持っていていいものだろうか?

 僕なんかが持つには、これはあまりにも重過ぎる物ではないか?

 いや、しかし、このハンカチは僕の物であり仕事の一環で使ったのだから、僕に持ち帰る権利はあり、ずっと持っているべき物ではないか? ……などと、ハンカチの扱いに思い悩んでいたところで、アルザギール様が、おもむろにお口をお開きになった。


「さて、用件も済んだ事ですし、もう下がってかまいません。今日はお疲れさまでした。明日も頑張りなさい、ユーリ」


「はい。アルザギール様の為に、明日も勝利する事を約束いたします」


「ふふっ。ありがとうございます」


 太陽の無いこの世界では、一日のサイクルがよくわからないが、恐らく、アルザギール様がおやすみになられるこの時間帯が、夜に相当するのだろう。

 それにしても、ここ魔界にいる吸血鬼達はかなり生命力が高いらしく、杭で心臓を貫かれても何事もなく再生するし、首を斬られてもくっつく。頭を潰されても、意識は失うが死ぬ事なく再生する。とはいえ流石に一度に大量の血液を失うと絶命するが、殺す方法はそれくらいしかない。が、太陽が無い。という事は、やはり太陽の光を浴びれば死んでしまうに違い無い。

 ここにはニンニクも無い事から、弱点となるものを徹底的に排除したようである。

 そういう点から考えると、僕のいた世界に伝わっている吸血鬼の伝承とあまり違いはないようだが……まあとにかく、ほぼ不死身の吸血鬼にも睡眠は必要なので、アルザギール様はお休みなさる。

 名残惜しいが、話しは終わったし、褒美も貰ったので、潔く退出するとしよう。


「ではおやすみなさい、ユーリ」


「はい。おやすみなさいませ。アルザギール様」


 深々と一礼し、僕はアルザギール様の部屋から退出した。

 それと入れ替わりで、黒耳長の若い女のメイドが、アルザギール様のお部屋に入っていった。

 メイドは僕を一瞥もしなかった。戦奴である僕は、彼女のようなメイドにとっては取るに足らない虫けらに等しい存在なのだ。

 しかし逆に、僕にとってもメイドなどはどうでもいい存在だ。

 僕にはアルザギール様だけがいてくれればそれでいい。

 あの日、僕をあの部屋から出してくれたアルザギール様だけが、僕にとっては神にも等しい絶対的な存在なのだから。


「どうか健やかに。アルザギール様」


 扉の外で祈りを捧げ、用事を終えた僕は、明日の闘いに備えて、屋敷の外にある、自分の住居、宿舎へと、向かった。


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