転章
孤児院を壊滅させて、さあこれからアルザギール様の下に帰ろう。そして今回の活躍を褒めていただこう。と爽やかな気持ちになっていたところで、そこに馬に乗った何者かがやってきた。
近くにいた住民が騒ぎを聞きつけてやって来たのだろう。追い払うのは面倒だし、無視するか。とそいつに構わずミナレットの馬の後ろに乗って帰路に着こうとしたが、よくよく見るとそれはトランキノだったので、僕は驚き、馬から降りて、やって来た彼女に声を掛けた。
「トランキノさん? どうしました? こちらの仕事は、もう終わりましたが?」
「見ればわかる。自分が来たのは、別の要件でだ」
「別の要件、ですか?」
てっきりこちらの仕事の手伝いに来たのだと思ったが、違っていた。
「アルザギール様からの新たなるご命令だ、ユーリ。これから貴様は、自分と共にルーレス様の下へと向かう」
「……え? 今から、ですか?」
「今からだ。後ろに乗れ。行くぞ」
「いや、しかし……僕は、アルザギール様へのご報告が……」
アルザギール様からの新たなる命令……それは理解したが、まずは今回の件のご報告をする必要があると僕は思うのだが……しかし、命令は絶対であり、行けと言われたので、行かなければならないのもそうなのだが……。
アルザギール様の下に帰らなければ。という想いと、命令に従わなければ。という理性がぶつかり合い、脳が混乱しているところに、隣から声が掛けられた。
「アルザギール様へのご報告につきましては、私がしておきます」
「え? ミナレットさんが、ですか?」
「はい。ですので、どうぞお気遣いなく。ユーリさんはトランキノさんと共に、ルーレス様の下へ行ってください」
「……」
和かな、微笑み。
大丈夫です。後の事は任せてください。と言っているような雰囲気だが……こいつは僕の事が嫌いだと言ってたし……嫌がらせというか……僕をアルザギール様に会わせない為に、そういう事を考えてこういう提案をしたのでは……というのは、流石に考え過ぎか……。これは正真正銘、彼女の気遣いだ。打算なんて無い。彼女にとっては、殺しこそが全てなのだから。
「……」
とはいえ、やれやれだ。
新しい仕事を与えられたのは嬉しいが、アルザギール様にお褒めの言葉を掛けて貰いたかった。残念である。
僕は軽くため息を吐いて、突然の事に混乱した思考を落ち着かせた。
「ユーリ」
「……はい。わかりました」
そして、呼ばれるまま、トランキノの乗る馬の背に跨った。
「トランキノさん。一応、聞いておきたいのですが……」
「何だ?」
「アルザギール様は、何の為に僕とあなたでルーレス様の下へ行け。とご命令になったのですか?」
「何の為か、その理由は聞いていない」
「は?」
「ただ、アルザギール様はこうおっしゃられた。『森へ行って、巨獣を殺してください』と」
「巨獣を……?」
「そうだ。故に、我々は巨獣を殺す」
「……」
つまりは、狩りなのか? だとしても、何の為に? と疑問を浮かべたのも束の間、次の言葉に驚かずにはいられなかった。
「そして、こうもおっしゃられた『私の為に、道を作ってください』と」
「道、ですか? ……それは、アルザギール様が森へと入られるという事ですか?」
「そうだろう」
「アルザギール様が……森へ……」
「森に入り、何をするのかまでは聞いていない」
「……」
やはりトランキノは狩り以外に興味は無いらしい。普通、何をするか聞いておくべきだとは思うが……。
「どのような理由であれ、道を阻むものを全て排除する。それが我々の為すべき事だ」
それにしても、アルザギール様が直々に森へ向かわれるとは、一体何事なのか?
ルーレスと直接話でもするのか?
他に何か理由があるのか?
こればかりは、アルザギール様から直接聞かなければわからない。わからないので、考えても仕方が無い。
とにかく立ちはだかる敵性対象を排除し、アルザギール様の為に、アルザギール様が歩くに相応しい道を作ればいい。という事なのだ。
僕は己の役目をそのように理解した。
「飛ばすぞ、しっかり掴まっていろ」
「はい」
会話の終わりとみて、手綱を引き、トランキノは馬を走らせた。
こうして僕は、森へと向かうことになった。
エリエア・トランキノという獣人の狩人と、二人で。
この世界の支配者の一人であり、この世で最も強いと言われる吸血鬼、ルーレス・ノビリス・ベイ・ルーレルが住み、未だに無数の巨獣が生息するという、深い、森の中へ。




