表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/101

3−9、力なき者の結末。

「嘘……」


 それは否定の言葉。

 しかしながら、起こった事は嘘ではなかった。

 僕も嘘だと思いたかったが、これは嘘ではないのだ。


「今の……完璧だと、思ったんだけどなぁ……」


「完璧でしたよ。あなたは」


 そう完璧だった。

 僕は気付かなかった。

 今の今まで、攻撃を受けるまで。

 アネモネが敵だとは、全く思ってもいなかった。


「じゃあさぁ……何で……」


「……」


「何で、わたしの方が……やられちゃってるわけ……?」


 彼女は視線を落とした。

 僕もそこに目を向けた。

 立ち位置などから推測しての一撃だったが、上手く入っていた。

 彼女の腹部に、僕の右の掌から伸びた血の刀が、突き立っていた。


「うっわぁ……お腹の中、ぐちゃぐちゃじゃん……気持ちわるっ……はは……これ、もう助からないやつだね……」


「そうですね」


 血の刀は肉体をただ貫いただけではない。内部で枝のように変形している。内臓を切り裂いている。致命傷だ。自分で言った通り、もう助からない。

 僕は刀を抜いた。

 腹が裂け、彼女の中に入っていたものが、どろりと、地面に落ちて広がった。

 支えを失い、体勢が崩れる。流れ出たものから少し遅れて、地面に膝がついた。ぐちゃっ、と、ぬかるみに足を突っ込んだような音がした。


「けほっ……」


 力なく垂れ下がった両腕には、もはや剣を握る力すら無いらしく、二本の剣は地面に転がっている。

 一本は、初撃の、僕の首を斬り落とすはずった剣であり。

 もう一本は、追撃を加えるはずだった剣である。


「首、落とせなかったなぁ……血を、硬めたんだね?」


「はい」


「やっぱり……あの音……骨にしては、硬すぎると思ったんだよねぇ……でも、何で?」


「何で、とは?」


「反応、早すぎだよ……もしかして……あれかな? わたしのこと……疑ってた?」


「いえ」


「じゃあ……わたしが、誰かいるって……言ったから? あれで……警戒させちゃった?」


「いえ」


「えぇ……?」


 理由がわからず、彼女は困った顔をした。

 僕は、答えを告げた。


「集中していただけです」


「集中?」


「何があっても、対応出来るように」


「……あはは……なに、それ……」


 呆れたように、彼女は笑った。

 実際、呆れるしかなかったのだろう。

 さっきのは、確実に首を落とせる一撃だった。

 それこそ、ついこの前までの僕であれば、落とされていた。


「それ、一体、いつから……集中、してたの……?」


「ミナレットさんと戦ったあの日から、ずっとです」


「え〜……何それ……もう……冗談きついってぇ……ほんと……」


 ため息と共に咳き込み、血が吐き出された。

 呼吸が荒くなっている。

 腹部からも、とめどなく血が流れていく。

 命が、流れ出していく。

 この女は、もうすぐ死ぬ。

 内臓の大部分が既に地面にあるのだ。助かる方法は無い。

 まあ、仮に方法があったとしても、助けるつもりなど、僕には無いが。


「失敗、したね……ユーリ君……わたしの、腕、一本だけ、斬り落とす……とか、だったら……止血して、拷問とか出来て……色々情報を、引き出せた、だろうに……こんな……お腹だと……もう……」


「あなたは、手加減が出来る相手では無かったので」


「はは……褒めてくれて……ありがと……」

 

 理想としては、首を狙った一撃を回避し、腕か脚を一本か二本落としたかった。そうして戦闘能力を奪ってしまえば、色々と情報収集が捗ったはずだ。

 しかし、そうはいかなかった。

 本人は残念がっているが、アネモネの技量は僕の想像を超えるものだった。

 首筋に刃が潜り込むまで、攻撃に気付かなかった。

 極限まで集中していたからこそ、反射的に血を硬質化させ、手の平から刀を出して反撃する事が出来たが、それで精一杯だった。

 他の事をする余裕などなかった。

 その場しのぎの防御と攻撃を行うことしか出来なかった。

 どちらも上手くいったので良かったが……もしミナレットとの戦闘がなかったらと思うと、ぞっとする。

 あの時に、服を斬られていなかったら……あのような醜態を繰り返さない為に、極限の集中を維持し続ける事などしなかっただろうし、出来なかっただろう。


「もし、僕があの日……ミナレットさんではなく、他の誰かと戦っていたら……今の状況は逆になっていたかもしれません」


「ミナのせい、かぁ……こんなことに、なるなら……あの時、一番に……手を上げて、おくべきだった……かなぁ……」


「……」


 少しの後悔。

 残念そうな声。

 だが、それだけだ。

 感情の揺れは、少ししかない。

 これから死ぬというのに、悲壮感は薄い。


「アネモネさん」


「な、に?」


 最後は近い。

 聞きたい事は、いくつかある。

 誰に雇われたのですか?

 吸血鬼からの命令ですか?

 どうしてアルザギール様を殺そうとしたのですか?

 金ですか?

 何か別の目的が?

 ソナレの襲撃と、あなたの目論んでいた暗殺とは関係があったのですか?

 何故僕からだったのですか?

 僕がトランキノと交代していなかったら、どうしていましたか?

 などなど。

 色々と、ある。

 だが、悠長に話しをしている時間は、もう無い。

 だから、ほんの少し悩んで。

 そして、僕が聞きたい事を聞く事にした。


「あなたはさっき、僕に、命を大事にしろ。と言いました」


「……うん。言った、ね……」


「何故、あなた自身はそうしなかったのですか?」


 僕を殺して、アルザギール様を殺して……それから、この場から逃げるなど……そういう事が可能だと本当に思っていたのだろうか?

 どう考えても無理だ。と僕は思う。

 トランキノもミナレットも隊長も、皆、手練だ。強者だ。

 仮に僕を殺せたとしても、アルザギール様の下にたどり着くなど不可能だっただろうし、まず有り得ないだろうが、万が一にもアルザギール様を殺せても、ここから出る事は叶わなかっただろう。

 少し考えれば、わかるはずだ。

 これが、不可能な仕事だという事が。


「命が大事なら、こんな暗殺を引き受けるべきではなかったのでは?」


「そう……だね……」


 力なく、アネモネは微笑んだ。


「ほんと……なんで、受けちゃったんだろうね……」


「……」


「わたしなら、出来るって……思ってたの、かも……ね……」


「……」


「自分は、強いって……思ってた、から……」


「……」


「これまで……孤児院を出てから、ずっと……一人で、生きてきたし……」


「……」


「だから……」


 この世界では力が全てだ。

 それを持っていれば、何でも出来る。

 彼女は強かった。

 力を持っていた。

 だから、彼女は何でも出来るつもりだったのか。

 自らの力で、好きなように生きていく事が出来る。と、そう思っていたのか。

 しかし、それは過信だった。

 お互いに不意を打った形であり、全力を出し切っての戦闘では無かったが、これが結果だ。

 彼女の力は、僕のそれには及ばなかった。


「あ、そう言えば……」


「何ですか?」


「最後に……一言、だけ……」


 彼女はそう言って、眠そうな視線を上げた。

 そして、動きの鈍くなっているであろう口を無理やり、開いた。


「き、君と……アルザギール様が、美しい、世界を……望んでるなら……わ、わたしの……孤児院の人たちを……どうか……」


「……」


 最後まで言い切らずに、そこで、アネモネの言葉は止まった。

 死んでいた。

 目を見開き、口を半開きにして。

 腹部から出ていた血は、もう止まっていた。流れ尽くしていた。


「アネモネさん……」


 つい、さん付けで呼んでしまったな。と思いながら、僕は彼女を抱き上げた。命の抜け殻は、少し、重たかった。

 感傷は無い。

 死体を抱き上げたのは、焼却場まで運ぶ為だ。

 死体は燃やす。

 さっき殺した暗殺者たちと一緒に。

 区別はつけない。

 アルザギール様を殺そうとした者なのだから、当然である。


「一緒に働くなら、あなたのような人が良かったのですが……残念です」


 少し一緒に歩いて。

 最後に本心からの言葉を口にして。

 僕は彼女を、死体の山の中に投げ込んだ。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ