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3−8、一撃。

 ご報告を終えて宿舎に戻ると、一階の共同スペースにアネモネがいた。

 二振りの剣を腰に携え、薄手の胸当てを身に付けきちんと装備を整えているのに、手持ち無沙汰というか暇そうに伸びをしているところだった。


「アネモネさん? どうかしましたか?」


「ん? あー……これから警備なんだけど……二人一組で行動するよう隊長から言われてるから、トランキノちゃんを待ってるんだよねー」


「待っている? そうすると、トランキノさんは……水浴びですか?」


「当たり〜」


「そうですか……」


「これから仕事するんだから、後でいいじゃんって言ったんだけどねぇ……ちょっと仮眠とって、寝汗掻いたからって……」


「……そうですか」


「ちなみにミナも、一仕事終えたからって一緒に水浴びに行ったのよね〜」


「ミナレットさんもですか……」


「一緒に行ってるから、時間掛かるかもね〜。トランキノちゃん、ああ見えて結構おしゃべりだし」


「そうですね」


 ミナレットは言葉通り一仕事終えているのでいいとして、トランキノのやつ……兎にも角にも水浴びとは……一見すると静かで真面目な印象を受けるが、その実は結構マイペースな性格らしい。

 警備の仕事があるのに水浴びをするなど、やめて欲しいところだが、言っても聞かないような気がする。マイペースだから。

 どうでもいいが、水浴びをする場所は宿舎の側にある。近くの川から清流を引いているとの事で、澄んだ綺麗な水がある。水浴びだけでなく、洗濯もそこでする。隊長は専ら部下の男の人に洗濯をさせている。下着などを男に洗われても気にしていない。洗い物は洗い物だからと、竹を割ったような性格の隊長らしいと言えばその通りだが、僕は気になるので自分の物は自分で洗濯している。アルザギール様から直々に頂いたこの服を他人の手に委ねる事など出来ない。

 閑話休題。

 ……何にしても、本当に、トランキノのやつ……アルザギール様に雇われているというのにこのやる気の無さはなんなのだろうか? アルザギール様の為の働くと言ったのに、その気概が無いのではないか? 腕は立つようだが、精神性は僕を模範にして欲しい。と思ったので、


「良かったら、僕が一緒に行きましょうか?」


 ついつい、アルザギール様への忠誠心故に、言ってしまった。


「え? ……でもユーリ君って、今帰ってきたばっかりじゃん。疲れてるでしょ?」


「いえ、大した事はしていないので、疲れていません」


「え〜? そう? でもちょっとは休みたいでしょ?」


「いえ、大丈夫です」


 実際のところ、僕は何もしていないと言ってもいい。

 屋敷にいた兵士はミナレットが全員殺していたし、馬も彼女に乗せてもらった。

 それに、ソナレは誰かにやられた。

 僕はただ遠出して、ソナレの死を見届けて帰ってきただけに過ぎない。

 今回は、僕の出る幕など無かったのだ。

 無駄足。というやつである。

 それに、


「それに、今警備をしている人たちも、早く交代して休みたいはずです。今日はいつもより忙しかったので」


「……うーん。……ま、そっか。そうだね。だったら、お願いしちゃおうかな」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 そうして、僕たちは二人揃って宿舎を出て、警備に勤しんでいた者達と持ち場を交代した。

 アネモネは、隊長の部下である彼らに気さくに声を掛け、談笑していた。

 彼女はまだほんの数日しかいないのだが、上手く溶け込めている辺り、コミュニケーション能力が高いようである。

 明るく空気を読める人だ。

 こんな風にはなれない自覚はあるけれども、僕としても見習いたいところだ。

 と言うか、僕だけではなくミナレットもトランキノも見習った方がいい。


「付き合わせちゃってごめんね、ユーリ君」


「いえ」


「この埋め合わせは、今度するから」


「いえ、それこそ大丈夫です」


「え〜? なんで? ねぇなんで? 何か欲しい物があるならお姉さんが買ってあげるよ? お給料が入ったらだけど」


「欲しい物など、無いので」


 何かが欲しくてこの仕事を買って出たわけでは無い。

 全てはアルザギール様の為だ。

 他に理由は無い。

 だというのに、アネモネはどうしても埋め合わせをしたいらしい。


「服とかどう? この前、破れちゃったでしょ?」


「あれは……まあ、替えがありますし、大丈夫です」


「そう? でも、偶には違う服とか着たくない?」


「着たくありません。この服はアルザギール様からいただいた物ですので。この服以外を着るなど、考えられません」


「ふーん。そっか。なら、無理強いするのも悪いよね」


「はい。ですから、気持ちだけありがたくいただいておきます」


「気持ちだけじゃなくて、何か受け取って貰いたいところだけどね、わたしとしては」


 義理堅いというか、何というか……。

 借りを作らないタイプなのだろうか?

 真面目だ。

 けれど、堅物ではない。

 取っ付きやすい。

 取り留めも無い、どうでもいい話しをしながら共にお庭を歩くのが、苦では無い。

 僕としても自然体に近い。

 ゆるりとした空気が発生しているが、適度な緊張感はある。

 そこら辺の線引きも、上手い。

 様々なところを巡ってきた傭兵というだけはある。


「あ、そう言えば、ユーリ君に言っておきたいことがあったんだよね」


「何ですか?」


「ユーリ君の戦い方について」


「僕の戦い方……?」


「ああいう戦い方は、もうやめた方がいいよ」


「……どういう意味、ですか?」


「ミナとやった時みたいなのは、やめた方がいいって意味」


「ミナレットさんと?」


 唐突な話題の転換にも、頭はしっかりと付いて行っている。

 だが、あの時は、どんな戦い方をしたのだったか……別に、普段通りに戦っただけで、特別な事は何もしていないと思うのだが……。


「ああいう、命を投げ出すような戦い方だよ」


「……?」


「その反応……自覚ないんだね……」


 アネモネの少し悲しそうな瞳が、僕に向けられた。


「ミナとやってる時、相打ち覚悟であの子を倒そうと……ううん、殺そうとしたでしょ?」


「いえ、相打ちの覚悟なんてしていません」


 勝つつもりだった。

 殺すつもりだった。


「でも、自分はどうなってもいいから、ミナを殺そうとしたよね?」


「それは……はい。そうですね」


「吸血鬼だから、不死に近いから、そんなことをしようとしたんだろうけど……そういうのは、やめた方がいいよ」


「……何故ですか?」


「死んだら終わりだからだよ」


「……?」

 

 当然のような正論に、僕は戸惑った。

 アネモネは、重ねて言った。


「死んだら、もう何も出来なくなっちゃう。戦えないし、守れない」


「……」


 それもその通りだ。わざわざ言葉にして確認するまでもない。

 わかっている。理解している。ただ、自分が死ぬところがまるで想像出来ないでいる。


「そうなっちゃうのは、嫌でしょ?」


「……そうですね」


 僕は頷いた。

 適当に。話しを合わせて。

 僕は死にません。などと反論をせず、作った素直さで上辺を取り繕って。


「じゃあ、もうやめようよ。ユーリ君は、もっと自分を大事にした方がいいよ」


「……」


「ね?」


「……はい」


 僕は再び頷いた。

 こういう手合いは、頷かないとずっと同じ話をしてくる。

 そうなると、面倒だ。

 だから、不承不承首を曲げただけだ。

 心の内では、肯定はしていない。

 僕はこれからも、僕のやり方を貫く。

 アルザギール様の為に。


「絶対大事にする気の無い返事じゃん。今の」


 アネモネも、こちらの本心を察したのか、軽いため息を吐いた。


「はい」


「はい。じゃないって」


「すみません」


「謝られてもねぇ……まあ、気が向いたらでいいよ。気が向いたらで」


「はい」


「だーかーらー、はい。じゃないって。そこいい返事するとこじゃないから」


 やれやれと、アネモネは困ったような顔をした。

 どうにか僕を変えたい。とでも思っているのか。

 本当に、この人はお人好しだ。

 そう思った、その時、


「……あれ?」


 不意に、アネモネが足を止めた。


「どうしました?」


「あそこ……誰かいない?」


 視線は前方に向いている。

 それを追って、僕も同じところに目を向けた。

 暗い闇が、そこには広がっている。


「……」


 強化された視覚。トランキノ程では無いかもしれないが、それでも、普通の種族よりかは遥かによく見える。

 ……しかし、何も見えない。

 気配も、無い。

 穏やかな風に乗って流れてくるものは草の匂いだけで、不穏なものは、何も無い。


「見えた?」


「いえ……」


「気のせいかなぁ?」


「どうでしょうね……」


 先程の襲撃時の敵が残っていた……いや、敢えて何もせずに機を窺い、潜んでいた可能性はある……。


「……」


 確認の為に、僕はそろりと、静かに一歩を踏み出した。

 瞬間、背後で、風切り音がした。

 何の音なのか、振り向く間も無く、


「——」


 首筋に、重い衝撃が奔った。

 肉が裂けた。

 硬質な物体同士のぶつかる音がした。

 視界が揺れた。

 血が、地面に落ちて、染みを作った。

 そして、


「嘘……」


 アネモネの、腹の底から絞り出したような、小さな声が聞こえた。


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