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3−6、吸血鬼の力。

 月明かりのみが照らす廊下を、息を潜めて進む。

 ゆっくりではなく、かといって、早くもなく。

 足音と気配を隠せる、ぎりぎりの速度。

 それを保って、目的を果たす為に、進んでいる。


「……」


 幸いにもうるさいやつとはついさっき別れて、僕一人なので、とても静かだ。


「今の騒ぎを耳にした事で、ソナレが逃げ出すかもしれません。急ぎましょう。私はこのまま右に進みます。ユーリさんは左に進んでください」と言うや否や、ミナレットは小走りに駆け出した。


 止める間も無かった。

 誰のせいで急ぐ事になったと思っているんだ。と文句を言う暇も無かった。

 しかし、目標であるソナレを見つけるには二手に別れた方が効率的なので、素直に従った。ソナレを殺したら、反対に行った相手を追えばいい。それで合流出来る。

 そう言えば、もしミナレットが殺されたら僕はアルザギール様のお屋敷に帰れなくなるなと、ふと思ったが、彼女が誰かにやられるところなど全く想像出来ないので、つまらない心配をするのはやめにした。

 心配すべきは、ソナレに逃げられる事だ。

 ここでやつを討てなかったら、わざわざこんなところまで来た意味がなくなってしまう。


「……」

 

 ミナレットが叫び声を上げて、警備兵を呼び集めて殺した後、屋敷は静寂を取り戻している。慌ただしい雰囲気は無い。だから、まだソナレは逃げておらず、何事があったのか見極めようとして、息を殺してどこかに潜んでいると、僕は思うのだが……。

 これは希望的観測に過ぎないので、急ぐに越した事は無い。が、焦りもまた禁物である。

 

「……」


 一つ、扉があった。

 逸る気持ちを抑え、立ち止まり、扉を開けて、中を見回す。

 部屋を埋める複数の二段ベッドが目に入る。

 兵士か召使いの部屋だったのか、現在は使っている者はいないようで、他に物は無い。誰もいない。

 耳を澄ませ、気配を伺う。

 気配も無い。

 一見するとわからないところにソナレが気配を殺して潜んでいる……という事は無いと思う。

 一度しか見た覚えは無いが、暴力に優れている様子は見受けられなかった。

 この街ではそれなりに大きな財力を誇っていたというだけの、小太りの男だった。

 故に、ここにはいないと断言出来る。

 僕は先へと進んだ。


「……」


 ちらりと、外に目を向ける。

 門の方には死体が二つあるが、誰も通りがかっていないのか、騒ぎは起きていない。

 まあ、こんな世界なのだから、死体が二つあったくらいでは騒ぎなど起こらないだろう。

 暴力に渦の中に自ら進んで飛び込んでいく者などいない。

 死体を見れば早々にそこから距離を取る。

 強い力には触れない。

 この世界の住人は、殆どが皆、そうする。


「……」


 どうもでいい思考。それが終わる頃には、廊下の突き当りが見えてきた。

 手前には、扉が一つ。

 残る部屋は一つのようだ。

 ここまで敵の増援は無し。守りの薄さはこの屋敷の主人がこちら側にいない事を示しているのではないか?

 僕の方はハズレだったのか?

 不安が過る。

 ミナレットに手柄を取られてしまうのは少々、いや、かなり口惜しいが……アルザギール様の敵を排除出来るのであれば、それでいいのだ。と思う事で何とか心を落ち着けながら、僕は扉の前で足を止めた。


「……ん?」


 半ば諦めていたが……今度は気配が……あった。

 誰かいる。

 荒い呼吸音。

 忙しない心音。

 ……怯えている。


「当たり、かな」


 僕は無造作に扉を開けた。

 同時に、


「ああああああああああっ!」


 中にいたやつが、野太い叫びをあげながら、猛烈な勢いで突進を仕掛けてきた。

 諸刃の長剣を両手で握っている。

 この勢いのままぶつかり、剣をこちらの腹にでも突き刺すつもりのようだ。

 渾身の一撃……なのだろう。たぶん。

 こいつにとっては。

 僕にとっては、全然大した一撃では無い。


「はぁ……」


 あまりの遅さにため息を吐きつつ、僕はその剣を、右の掌から血の刀を出して、ほんのちょっとだけ振って、弾いた。


「ううぅっ!?」


 たったそれだけで、相手の剣は宙を舞って床に落ち、剣を持っていた本人も腰が抜けたのか、剣と同じく床に、高価そうな絨毯の上に、背中から派手に倒れた。

 重々しい音が響く。

 弛んだ肉体だ。

 鍛えていない。

 弱い。

 力の無い者だ、こいつは。

 僕は倒れた相手を見下ろした。


「やはり、あなたがソナレでしたか」


 一度見た顔だった。

 アルザギール様に、血を提供しますと言いに来たやつだった。

 ソナレは激しい呼吸を繰り返しつつ、視線を上げて、そこでようやく僕が誰なのかわかったらしい。


「あ……お……お、お前は……」


「あなたが殺したかったのが、僕というのは、本当ですか?」


 つまらない問答をするつもりはない。単刀直入に、質問をした。


「お前……ユーリ……お、お前さえ、いなければ……っ……」


 この憎悪に満ちた反応。

 これが答えと言っても差し支えは無いだろう。


「まさか本当に僕が狙いだったとは……はぁ……」


 正直なところ、半信半疑だった。

 真実を知って、再びため息を吐かずにはいられなかった。


「あぁ……」


 あぁ……誠に申し訳ございません。アルザギール様。僕のせいで、アルザギール様の完璧な空間が汚されてしまう事になろうとは……夢にも思いませんでした。これも、バイロを殺しただけで満足していた僕のせいです。アルザギール様からのご命令を一つ果たしただけで、何もかもやりきったと勘違いしていた僕の不徳が成してしまった事なのです。故に、次からは、このような悪意の芽が息吹かぬよう、敵勢力の周辺は徹底的に排除します。それこそが正に、アルザギール様が望む美しい世界への礎となる事でしょう。

 ですので、


「とりあえず、あなたを殺します」


 アルザギール様への謝罪と、新たなる決意を胸に、僕は刀をソナレの鼻先へと突きつけた。

 何事も目の前の事から解決していく事が大切である。


「ひっ!?」


「ああ、そうだ。これまであなたは様々な罪を犯しています。特に、アルザギール様のお庭を汚してしまった事などは許しがたい重罪なのですが……それについてはお構いなく。諸々の後始末は、僕がやっておきますので」


 アルザギール様に低品質の血液を売りつけようとした事や、アルザギール様のお庭に十人も汚らわしい獣人を入れた事や、死ぬべくして死んだバイロの事を逆恨んだ事など、諸々の罪はとてつもなく重いが、それをわざわざ一つ一つ償わせるのも無駄というものだ。

 このような輩にアルザギール様のお庭のお掃除をさせてしまっては、逆にアルザギール様のお庭に失礼である。

 なので、それらに関しては、僕がやる。

 こいつには、この場で、命を以って償って貰う。


「それでは」


 僕は刀を振り上げた。

 ソナレは声を張り上げた。


「ま、待てっ! 待ってくれぇっ! 話すっ! 何でも話すからっ! だから命だけはっ! 頼むっ!」


「今更何か話す事がありますか? 主犯はあなたで、狙いは僕。それで終わりですよね?」


 見苦しい命乞いだ。

 不敬にもアルザギール様に手を出した時点で、こうなる事はわかりきっていただろうに……よくよく部屋を見れば、高そうな壺とか、絵画とかがある。金を得て良い暮らしをしていたからか、自分の命に執着があるようだ。

 しかし、こいつにはもう何の価値も無い。

 話しの筋は通った。

 だから、殺して終わりだ。


「た、た、頼まれたんだっ! あの御方から!」


 けれど、振り下ろそうとした腕は、その一言で止まらざるを得なかった。


「あの御方?」


 まだ背後に誰かいるのか?


「そうだっ! あ、あの御方が……お前を始末するなら手を貸してくださると……獣人の戦奴の手配も……屋敷の見取り図も……あの、あの御方から……」


「誰ですか? その、あの御方というのは?」


 この言い方からして、こいつより更に上流の階級に位置する者なのは間違いないが……。


「名前を言えば……た、た、助けて……くれるか……?」


「言ってください」


「命を……」


「言え。言わなければ今すぐ殺す」


 はい。というのは簡単だが、このような手合いの要求を呑む気は更々無い。

 立場を弁えて欲しいので、強い口調でそれを告げた。

 ソナレは、しかし、それでも、今すぐは死にたくなかったらしい。

 答えても死ぬと理解しているようだが、口は、動いていた。


「あ、あの御方は……吸血鬼——」


「吸血鬼!?」


 この世界の支配者。

 アルザギール様のお仲間。

 それを聞き、僕が驚いた、瞬間——だった。


「あ——?」


「うっ!?」


 ソナレの体、胸の辺りから、何かが出ていた——いや、何かではない。棘だった。杭と言ってもいいかもしれない。

 赤く、根本は太く、先端は細く、尖っているもの。


「あ、あ——」

 

 ソナレはそれを、呆然と見詰めている。

 まるで、現実感の無い瞳で。


「——!」


 攻撃——ではない。

 ここには僕とこいつしかない。

 他には誰もいない。

 間違いない。

 それに、遠距離から何かが飛んできたわけでもない。

 それならば、この部屋の壁を突き破らなければ不可能だ。

 そんな破壊は起こっていない。

 これは、ソナレの肉体から出てきた。

 内側から出てきたのだ。

 いきなり。

 何の前触れもなく。


「あの——男——」


「え?」


 何だ?

 男?

 男と言ったのか?

 確認しようとしたが、もう、遅かった。


「——」


 飛び出てきた杭が形を失い、液体として、ただの血液として、床に広がった。

 その後を追うように、ソナレもその広がったものの中に、血溜まりの中に、倒れこんだ。

 死んだ。 

 ソナレは動かない。さっきまでは、あんなに震えていたというのに……。

 しかし、それにしても……。


「吸血鬼の仕業、なのか……?」

 

 血を用いた攻撃……これが吸血鬼の仕業なのは疑いようが無い。けれど、こんな事が出来るのか? と、驚かずにはいられなかった。

 僕の血は、自らの支配が及ばなくなった時にその形を失う。

 例えば剣が折れると、その折れた先はすぐに硬度を失い、切れ味を無くし、ただの血となり、床に落ちて染みを作る。

 それなのに今のは、ソナレの体から出てきた。

 恐らく、握手か何か、肉体が接触した際に仕込んでいたのだろうが……自らの肉体を離れても、血はその吸血鬼の支配下にあったという事である。

 攻撃の発動条件は、時間経過か、名前を言おうとしたからなのか……それとも、血を通してソナレから情報を得ており、名前を言われそうになったから殺したとも考えられなくもない。

 何かしらの条件があるのだろうが、これが吸血鬼の力の一端だという事に、僕は息を飲んだ。


「本物の吸血鬼は、こんな事が出来るのか……」


 静けさを取り戻した部屋で、一人、呟いた。

 そして、やり場を失った血の刀を、体内へと戻した。


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