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3−5、襲撃返し

 目的地付近。道の端で馬を降りて、徒歩で向かったそこには、少々大きめの門があった。

 格子の隙間から見える奥には、金を基調とした悪趣味な色合いの屋敷。

 店ではなく、自宅らしい。

 装飾からして、どうやらバイロの存命中はかなり儲かっていたようだ。


「門のところに、見張りが二人いますね……」


 アルザギール様のお屋敷に踏み込むなどと、とてつもなく大それた事をしたのだから、反撃を恐れて何か対策をしていると考えていたのだが……意外な事に門番は二人だけである。どちらも黒耳長の屈強な男だ。

 僕を殺そうとしたのは独断で、部下には何も知らせていないという事なのだろうか?

 金持ちにはありそうな思考とも思えるが、不用心ではある。

 出来れば不意を突いて、静かに始末したいところではあるが……。


「どうしますか?」


「殺します」


 言われるまでもなく、もちろんそのつもりだ。

 問題は、やり方である。


「どうやって、ですか?」


「近付いて、殺します」


 そのまま、ミナレットは軽やかな足取りで近付いていった。


「え? ミナレットさん? 何を……?」


 疑問を口にしたものの、あまりに突然で、尚且つ予想外な行動に僕は膠着してしまい、後を追えなかった。

 男たちもまた、同じだった。

 自然過ぎる歩み。

 用事がある人物が近付いて来たと思ったに違いない。

 止めて、声を掛けるか。

 相手が要件を口にするのを待つか。

 ミナレットに対する、一瞬の躊躇。

 そこで、終わりだった。


「えいっ」


 まずは、短剣を一閃。

 いつ抜いたのか、左手には宿舎で熱心に磨いていた短剣があった。

 すばっと、彼女の前に立つ男の首が、半ばまで切れた。


「ーー」


 男は、声を上げる間も与えられなかった。

 そしてそれは、少し離れたところにいる男も同じだった。

 男の右目には、今しがた振るわれた短剣が突き立っていた。

 ミナレットは振り抜いた短剣を、そのまますぐに、手首のスナップだけで投擲していたのだ。

 重い一撃ではない。

 むしろ、軽い。的当てなどの曲芸に近い。

 咄嗟に腕を上げていたら、簡単に払う事が出来ただろう。

 しかし、それは出来なかった。

 僕でも出来なかったのは明白だ。

 遠間から、事の最初から最後までしっかりと見ていたというのに、いつの間にか男たちはやられていた。目で見ていたのに、状況に頭が追いつかなかった。


「さあ、行きましょう。ユーリさん」


 ミナレットは死体となった男の顔面から無造作に短剣を抜き取ると、ついでと言わんばかりに、腰にあった鍵を手に取り、まるで何事も無かったかかのように門を押し開けて、歩き始めた。

 僕は少し距離を取りつつも、慌てて後ろに続いた。

 そうして、そのまま、屋敷の中へと入った。

 分不相応に広い玄関には鍵が掛かっていたが、ミナレットが門番から奪った鍵の束の中からいくつか試すと、すぐに開いた。

 中で何かあった時の為に門番にも鍵を持たせていたようだが、それが裏目に出た。


「……」


 僕は、足音を殺して静かに屋敷の内部へと侵入した。

 皆眠っているのか、誰もいない。

 明かりも無い。

 しかし、天窓から注ぐ月光で中の様子は窺える。が、何よりも先にまず真っ先に、何とも言えない強烈な臭いが鼻を突いた。


「うっ……」


「何かが腐って……いいえ、食べ物ですね、これは。果物や肉などが腐ってる臭いです」


「……そのようですね」


 腐っているのは、ミナレットに言われずともわかったが、頷いて、屋敷の中に目をやった。

 そこそこ広い。大広間とでも言えばいいのか。儲かってた時は、ここで幾度となくくだらないパーティーを開いていたであろう。そんな光景が目に浮かぶ。

 けれど、そんな場所に今は、いくつもの大きな袋が無造作に並べられている。

 臭いはそこから出ている。

 近付いてみて、中を覗いた。

 袋の中身は様々だった。

 何かの肉(変色して赤黒くなっている。腐っている)。

 香辛料的な粉っぽい赤い何か。

 紫色をした薬草的な何か(しなびているのか、乾燥しているのか。恐らくは前者だろう)。

 黄色い果物的な何か(傷んでいるのか、所々に茶色が目立つ)。

 香辛料などはまだ大丈夫そうだが、それ以外は駄目そうだ。


「売れ残り、ですか?」


「そうでしょう。ここはお店ではないというのに、これだけ売れ残った商品を置いているとなると……やはり、アルザギール様から拒絶された事で、商売が立ち行かなくなったようです」


「……そうですか」


 可哀想などとは思わない。

 杜撰な商売をしていた結果だ。

 僕はこちらの世界の食べ物について全く詳しく無いので、何を見ても何かわからないが、目の前に、唯一わかるものがあった。


「……」


 それは、血だ。

 煌びやかな装飾の施された円柱状のガラスケースにたっぷりと入っている、黒に近い紅の血液。

 血だけは、詳しい。

 だから、この血の状態が悪いという事は、すぐにわかった。

 色々な生き物の血を混ぜているようで、僅かに色が異なり、層のようなものが出来ている。

 質より量の典型と言った感じである。

 これはやはり、アルザギール様が口にしていいものでは無い。

 バイロが生きていた時は、吸血鬼と取引をしている証として、店の真ん中にでも飾っていたのではないか。それを彷彿とさせるケースの様相だが、今となっては虚しさを強調させるだけの代物である。


「吸血鬼は血が食事だと聞いています。折角ですので、血を飲んで行きますか?」


「飲みません。こんな血は」


 こんなところで食事? 何が折角なのか意味不明だ。ただ見ていただけに過ぎない。僕は強い口調で否定した。

 ミナレットは、そんな僕を見ておかしそうに笑った。

 冗談のつもりだったのか?

 何を考えているのか、まるでわからない。

 僕は彼女を無視して、少々汚れが目立つ、赤い絨毯を踏みしめながら進んだ先に、扉があった。

 ミナレットがそれを、慎重とは程遠い動作で開けると、先には、右と左で、廊下が二つの方向に伸びていた。


「思っていたよりも広いお屋敷ですね」


 感心したような声を上げるミナレット。

 敵地だというのに、声量は、いつもと変わらない。

 しんとした廊下に、声が響いていく。


「ミナレットさん、こういう時は静かにした方が……」


 左右を油断なく見つつ、声を落として注意した。

 普通こういう時は隠密行動である。気配を殺して、静かに事を為す。それが定石だ。

 だというのに、ミナレットには、そういう考えが無かった。


「静かにした方がいいのですか? 私は、逆だと考えていたのですが……」


「逆?」


 それは、どういう意味なのか。

 問おうとした直前で、彼女は口を開いた。


「ええ、こんな風に——きゃあああああああああああああああっ!」


「な——っ!?」


 唐突な、叫び。

 普段は大声を出しませんが、今回は一生懸命頑張って声を出しました。とでもいうような、甲高い声。

 それは当然、静まり返ったこの空間を貫いていった。

 ばたばたと慌ただしい足音が、いくつもの声が、至る所から聞こえてくる。

 すぐに警備に当たっていた者が駆けつけて来る。間違いなく。


「何を——!?」


 もはや声の大小など関係無い。僕も声を荒げていた。

 これでは侵入が台無しだ。

 一体どうして、敵地に入り込んで大声を出すなどという行為を考えついたのか。

 理解出来ない。

 僕には。

 だが、ミナレットはそうではなかった。

 彼女には彼女の考えがあった。


「何事だ!?」


 張り上げられた声と共に、右の廊下の奥から、黒耳長の警備兵と思われる者たちが、次々と姿を現した。

 数は、五人。

 全員が胴体部に鎧を身に付けており、手には既に鞘から抜き放たれた諸刃の長剣を握っている。

 臨戦態勢、とまではいかないものの、それに近い状態の男たち。

 そういう男たちを視認すると同時に、そこに向かって、ミナレットは走った。


「きゃああああああああああああっ!」


 嘘臭い叫び声を上げて。

 小さく腕を振って、衣服の裾を揺らし、典型的なお嬢様のようにして。

 走るのに慣れていません。とでもいう様子の、小走りで。

 男たちとの距離を詰めていく。

 先頭にいた男は、ミナレットを見て、怪訝そうな顔をした。

 何でここに白耳長の女が?

 こいつが侵入者なのか?

 ならば何で叫んでいる?

 そういう、戸惑いが浮かんだ。

 そうやって戸惑っているものの、足を止めず、とりあえず状況を確認しようと不用意に彼女に近付いたのが、運の尽きだった。


「な——」


 何をしている? とでも問おうとしたのだろうけれど、口を開いたと同時に、僅かに振られた短剣で、男は喉を切り裂かれた。

 ごぼっと、血が口から溢れた。


「え——」


 すぐ後ろにいた男は、前の男が倒れるのを見て、足を止めたところで、同じく喉を切り裂かれた。

 次も、その次も、最後の一人も、喉だった。

 鎧で守られていない、剥き出しの弱い部分。

 そこを寸分違わず、きっちりと適度に、死に至る程度に斬って、一息の間に殺してみせた。

 恐ろしい光景だった。

 男たちは、何が起こったかもわからなかったに違いない。

 強張らず、唖然とした顔で死んでいる男たちの顔を見ると、それが想像出来る。

 手に持つ短剣に僅かな量の血液が付着しているだけで、服には、一つの汚れも無い。

 殺しが好きとかいうタイプは、血を好むかと思ったが、そんな事は無さそうである。

 美しさが全てという吸血鬼に褒められた事がある。と言っていたが、確かに、それだけの事はある。

 とはいえ、美しいとか汚いとか、そういう事に関心があるとは思えない。

 最適な行動をしたので、結果として美しく殺したように見えるだけだ。

 こいつは本当に、ただ殺しただけなのだ。

 命を奪っただけなのだ。

 殺さずにはいられない。奪わずにはいられない。

 その言葉が真実であると、それが、よく理解出来た後ろ姿だった。


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