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2−3、ミナレット・ルル・ルピナシウスの語った事。

「……」


「……」


「……あ、あの……先日は、その、突然にも不躾な言葉をぶつけてしまいまして、大変申し訳ありませんでした」


「あなたの事が嫌い。などと、口にしてしまいまして……」


「初対面だというのに、あんなにも感情を露わにしてしまい、お恥ずかしい限りです。ようやく二人きりになれましたので、この場を借りて謝罪させていただきます」


「そんなに驚かないでください……。殺しても死なない方は、ユーリさんが初めてだったので、苛立ちを抑えられず、つい、あんな風に……」


「吸血鬼とは、心臓を突いたり、喉を切ったくらいでは……あの程度では、死なないものなのですね。大量に出血させればいいと、他でもないインカナ様からお聞きしておりましたので、心臓を狙ったのですが、再生力が私の予想を遥かに超えておりました」


「でも、血は出ていましたね。微量ですが。ならば、あのまま切り刻み続けていればいずれは失血死するのでしょうね」


「次の機会があれば、試してみたいと思います」


「私が殺しに拘る理由ですか?」


「何故そこまで殺したいのか?」


「特に理由はありません」


「殺さずにはいられないというだけです」


「奪わずにはいられないというだけなのです。他者の、命を」


「そのように、生まれてしまっただけなのです」


「幼少期に酷い虐待を受けただとか、武術の達人に戦い方を教わったとか、そのような事は一切ありません。私がこのようになってしまった切っ掛けなど、思い出の中にはありません」


「気付いた時には、殺していました。お庭にいた虫を。お家で飼っていた生き物を。雇っていた奴隷を。訓練をしていた戦奴を」


「ユーリさんも、子供の頃に無意味に虫を潰した記憶などがあるのではありませんか? あれと同じです」


「ただ潰せるから、潰した。それだけです。それと同じなのです。私にとって誰かの命を奪うのは、それだけの意味しか持たないのです」


「そのように、殺しばかりしていた私に、父は頭を抱えていました。これは心の病だとして、医者や、果ては魔女を訪ね、治す方法を探りました。逆に、満足すれば終わるだろうと考え、何十人もの労働用の奴隷や、戦奴をあてがって、一日中殺しをさせてくれたりもしました。それ以外にも、様々な方法を試してみました。けれども、結局、私は私のままでした」


「それで、父は諦めました」


「諦めて、私をインカナ様に差し出したのです」


「名目上は、奉公でした。吸血鬼という、この世界の支配者に仕え、様々な事を学んできなさい。というものでした」


「実際は、体の良い厄介払いです。父はインカナ様に、あれは殺しが得意なので森を拓く際の道具としてお使いください。とでも言っていたのでしょう。私は農地や茶畑の開拓の為に、森へと向かわされました。巨獣の住む、深い森でした。インカナ様は、私がどれくらい使い物になるかを見定めようとし、一方で父は、私の死を望んでいたと思います」


「結果、私は生き残りました。数日掛かりましたが、そこにいた巨獣を全て殺して」


「これにインカナ様はお喜びになり、以後は、私を最も使ってくださりました。私はインカナ様の指示に従い、各地へ赴き、殺し続けました。殺せと命じられた全てを」


「父はきっと、私の活躍を聞かされて表面上は喜んだと思われます。けれど、心の内ではどう思っていたのか……恐れていたのでしょうか……それとも……。少しは気になりますが、今となってはどうでもいい事です。家を出て以来、父とは会っていませんし、もう会う事もないでしょう」


「つまらない私語りをしてしまいました。お耳汚し、大変申し訳ありませんでした。ユーリさんが聞きたいのは、このような事では無いですよね。……私がここに来た理由は、インカナ様のご推薦によるものです」


「同志であるアルザギール様の助力の為に」


「そして、ここならば大勢殺せる。と、インカナ様が、そうおっしゃったからです」


「何故大勢殺せるのか? と、疑問にお思いですか? 戦争を起こすわけではないのに、と。ならば、理由を述べましょう」


「アルザギール様は、先日、バイロ様を殺しました。その後、お付き合いする御方を選んでおります。どのような基準で選んでいるのか、ユーリさんはご存知ですか? ……そうですね。この世界に必要かどうか。でしょう。もっと言えば、アルザギール様にとって必要か否か。という事でしょうけれど……いえ、何でもありません。それもまた、世界の為であると思います」


「しかし、そのような理由であれば、お付き合いを出来なかった者がいずれ反旗を翻す事もあるでしょう」


「商人の世界とは、信用の世界です。吸血鬼というこの世界を支配する御方に切り捨てられた者は、世間への信用も失墜します」


「バイロ様がお亡くなりになった今、アルザギール様とお付き合い出来ないという事は、商人にとっては死と同義なのです」


「故に、彼らはこの街を出るしかなくなりますが、出て、どこに行けばいいというのでしょう?」


「商売を一から始めるというのは、並々ならぬ努力と熱意が必要なものです」


「今日までの努力が実り、成功を収め、安住の地を手に入れていたのに、それが明日には無くなる……これに耐えられる者は、そういないでしょう」


「若く、財力と行動力があれば、あるいは、再起を図るかもしれません」


「ですが、成功を収めている者の大部分は現在では既に年老いています。財力や土地を持っていても……いいえ、それらを持っているからこそ、彼らに次はありません」


「だから、殺すのです。支配者を」


「バイロ様は殺されました。それにより、今までの良い暮らしが失われました。ならば、アルザギール様を殺して、それを取り戻そう。自らの富と権力を守り抜こう」


「そのような浅慮で行動を起こす者は、必ず出てきます」


「そして、そのような者たちを殺すのが、私の役目です」


「インカナ様は、こうおっしゃられていました。世界を美しくするというのには大賛成だ。醜い者は殺し尽くせ、と」


「あの御方は、美しさこそが何ものにも勝るものである。と考えておられます」


「この世界では力が全てですが、その力も、美しさからきているとおっしゃっておりました」


「例えば私なども、まず見た目が美しいと言われますが、それだけでなく、返り血を浴びずに殺すのが美しい。と褒められた事があります」


「美しい者は、その美しさに相応する強い力を持つ。故に、美しくあれ。と、あの御方はそうおっしゃいました」


「だから、でしょう。美を絶対的な価値基準とするあの御方は、共感しているのです。アルザギール様の、世界を美しくする、という思想に」


「御二方は、かつての大戦の際に共に後方で活躍した間柄である。とも聞いております。昔から仲が良かったそうです。今でも暇さえあれば顔を出したいとの事でしたが、インカナ様のお仕事が忙しく、中々暇が取れないのが、会えない理由だそうです」


「私はインカナ様のお側にお仕えしておりましたので、これが真実であるという事が、よくわかります。あの御方は、絶対に嘘は吐きません。嘘は醜いものだからです。インカナ様はそのような醜い事を絶対に行いません」


「インカナ様は美しい御方です。アルザギール様もお美しいですが、それとはまた異なるお美しさをインカナ様は誇っておられます」


「あの方が求めているのは、究極の美しさなのですから……」


「何にしても、私は仕事をきちんとこなします」


「殺せて命じられれば、きっちりと殺してみせましょう」


「例えそれが、吸血鬼であったとしても」


「そう言えば……これはユーリさんには関係の無い事でしょうが、宿舎の料理は全くと言っていい程美味しくないですね。驚きました。当番制ではなく、きちんとした料理人を雇った方がいいのではないですか?」


最後だけ嫌味のような感情が籠っていたが、ミナレットは終始淡々と語っていた。

これまで話しを聞いた中で、個人的に一番信用出来ないのがこの女である。

服を破かれたから怒りを感じている。というのもあるし、殺さずにはいられないなどと意味のわからない理屈を持つ危険なやつだから。というのが大きいが……。

そう言えば、隊長がミナレットは殺し屋以上だと言っていたが、それはこの事だったのだろう。アルザギール様からミナレットの境遇を聞いていたのか、それとも、何となく察していたのか……とにかく、あの時の言葉の意味が納得出来た。

確かにこいつは、殺し屋よりも遥かに殺しに慣れているに違いない。

だとしたら、毎日殺せばこいつのようになれるのなら、試してみる価値はあるかもしれない。と考えている僕がいる。

普通の生活を送っていた頃は、自分の為に誰かを殺すなどと考えた事は一度も無かった。

どれだけ怒っても、殴ってやりたいとか、殺してやりたいとか思っても、それを実行に移す事は無かった。

そんな僕が今では大量の殺戮について思いを巡らせていて、それを実行に移すかどうか真剣に悩んでいる。

僕も変わったものだ。

けれど、まだまだ変わらなければならないのだ。

アルザギール様の為に。

アルザギール様繋がりで言うと、インカナがアルザギール様の思想に共感したというのなら、それが送り込んできたミナレットが暗殺者であるとは考え難い。

同じ考えを持つ者を始末するメリットなど無いはず。

共感したなどとは嘘で、甘い言葉で信用させてから寝首を掻こうとしている可能性もなくはないけれど……ミナレットの話しでは、アルザギール様とインカナは仲が良いらしいし……。

まあ、何にせよ、三人から話しを聞いてわかった事は、誰も信用出来ない。という事だけだ。

僕には嘘を見抜く事など出来ないという事がよくわかった。

隊長の言う正攻法を、戦わず普通に聞き込みをする。というのを試してみたが、結局のところ話しただけではわからなかった。

こうなっては、行動を観察する他無い。

常に疑念を抱き、僅かな淀みを見逃さずに、注視する。

そして、必ず、見つけ出す。

アルザギール様の為に。

あぁ……それにしても、仕事だから仕方ないとはいえ、暗殺者かもしれない者たちと行動しているせいで、アルザギール様にお会い出来ていないのが、辛い……。

同じ世界で、同じ空気を吸っているというだけでも、満足していると言えば満足しているのだが……それでも……それでも、出来ることならば、どうか毎日、この両の眼でアルザギール様のお美しいお姿を見て、両の耳でアルザギール様の麗しいお声を拝聴したい。

とはいえ、僕のアルザギール様へのこの熱い想いを優先したりはしない。

何もかも、全ては、アルザギール様の為である。

僕の為では無い。

焦る気持ちを抑えて、一度も集中を切らさず、僕は皆と過ごした。

それから、更に何事も無く数日が過ぎた。

ともすれば、この中に暗殺者などいないのではないか? と思ってしまう程に、穏やかな日々が流れた。

だが、当然ながら、そんな平凡な日常は終わった。

アルザギール様のお屋敷が、襲撃された事によって。


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