2−2、エリエア・トランキノの語った事。
「エリエアと名で呼ぶな。トランキノと呼べ」
「トランキノは誇り高き我が一族の名」
「戦いの庭で勝利し、自由を手に入れ、自らに付けた名だ」
「故に、トランキノと呼べ、敬意を込めて」
「アルザギール様の下で働く理由は、共感したからだ」
「この世界を美しくする。と、アルザギール様はおっしゃられていた」
「それに共感した」
「自分も、世界を美しくしたい」
「巨獣を殺して」
「森に未だ潜む巨獣を殺し、我が一族の住む森を美しくする」
「その為だ。他に理由は無い」
「眼を狙うのだ」
「気の抜けた顔をするな。巨獣の殺し方だ。教えてやる」
「眼か、耳だ。そこなら一射で殺せる」
「頭を潰せば死ぬ。吸血鬼以外の生き物は」
「即死させろ」
「慈悲では無い。体力と矢の節約だ」
「一撃で殺せるものは一撃で殺せ」
「それが狩りの鉄則だ」
「気配を抑え、隙を突く。注意を逸らし、不意を打つのも常套手段だ」
「わかったか? ……何? バイロ様について、だと?」
「狩りの話しはいいのか? ……そうか、いいのか」
「確かに、バイロ様は我が一族に自由を与えてくれた……が、先も言ったように、それは我が一族が自らの力で勝ち取った自由だ」
「強い者は自らの力で生きる。弱い者は自らの力の無さ故に死ぬ」
「強大な力こそが全てだ」
「それがこの世の掟だ」
「故に、バイロ様の死について思うところなど無い」
「弱い者が強い者に殺された。それだけの意味しか持たない」
「バイロ様の死により、痛手を負う者も多いだろうが、それも仕方がない」
「弱い者に付いたのが失敗であり、自らの力で生きられない事が罪なのだ」
「ルーレス様については……」
「……ルーレス・ノビリス・ベイ・ルーレル様は、間違いなくこの世で最も強い御方だ」
「力こそがこの世の掟なのだから、あの御方は、この世で最も自由に生きる事が出来ると言っても過言では無い」
「全ての生き物は、あの御方に生殺与奪の権利を奪われている」
「生かすも殺すも、あの御方次第」
「しかし、あの御方はその力で以って、支配を行ったりはしない」
「興味が無いのだ。己の強さ以外に。己を高める事以外に」
「あの御方は、強さの極地を目指しておられるのだ」
「だからこそ、森に籠もり、ただひたすらに巨獣と戦い、殺し、血を啜っている」
「今この時も、強くなっておられる事だろう」
「何? ミナレットとどちらが強いかだと? ふん……馬鹿な事を聞くな。ルーレス様に決まっている。あの小娘は殺しが得意なだけだ。強いのではない。ルーレス様の足元にも及ばん」
「もう一度言う。ルーレス様は最強だ。誰も勝てない。何者も、あの御方の強さを超える事は出来ない」
「もし貴様が、何らかの理由でルーレス様と戦う事になったとしたら……」
「やめておけ。あの御方には絶対に勝てない」
「アルザギール様からのご命令であっても、自分ならば、逃げる。勝てない相手と戦う程、愚かでは無いのでな」
「どうした? 主人の命令を無視するという言葉が気に障ったか?」
「撤回はしない。自分はそういう性分だ」
「それに、アルザギール様程に器の大きな人物ならば、それすらも許してくださるだろう」
「自分はそう思う。そう思ったからこそ、下に付いた」
「話しは終わりか? 自分と貴様は、共に働く仲間だ。聞きたい事、言いたい事があれば、いつでも聞け、言え。遠慮はするな。お互いを理解する事が、組む上では重要だ」
「なので、先に言っておく」
「自分は日に三度は水浴びをする」
「汗を掻いたら必ずする。その時は止めるな。自分に気持ち良く水を浴びさせろ」
「わかったか? わかったならいい」
「貴様も、己の掟があるのならば、今のうちに言っておけ」
トランキノはそう言ったが、ぱっと思いつく限り、僕には言いたい事など特に無かったので、そこからは黙った。
しかし、トランキノは話しをしたがっていたようで、狩りについての話題などを唐突に口にしたりしていた。
口調は淡々としているが、その実、どうやらかなりおしゃべりが好きらしい。
ずっと森にいたそうなので、誰かと話すのが久しぶりで、舞い上がっているだけなのかもしれないが……。
それにしても、エリエア・トランキノ。
獣人の狩人。
彼女の言葉の端々からは、ルーレスを強く信望している雰囲気が感じ取れた。一方で、バイロの死について何も思っていないのは真実だという事も、よくわかった。
一族に自由を与えたバイロを殺したから、僕とアルザギール様を恨んでいる。という線は無さそうである。
また、ルーレスがトランキノから聞いた通りの人物だとすると、暗殺などはしないタイプに思える。
アルザギール様にすら興味が無い。などとは、僕かしてみれば到底考えられない事なので、信じられない。だから、ルーレスもきっと、興味が無いといいつアルザギール様を意識しているはず……だけれども、だからといって、暗殺を行う動機は見当たらない。
トランキノは暗殺者では無い……のかもしれない。しかし、まだ断定するのは危険だ。
油断は出来ない。
油断させて、隙を突く。というのは、暗殺の常套手段であると僕は考えている。
故に、限りなく白に近いとは思いつつも、僕は気を抜かずに、トランキノの隣を歩いた。
けれど、特に何事も無く、不意のトランキノのおしゃべりを除けば静かなまま、その日の警備の任務は終わった。




