2−1、アネモネ・コロナリアの語った事。
「いやぁ〜昨日は大変だったね、ユーリ君。いきなり心臓をブスッ! とやられて、続けて喉をバサッ! と斬られて……酷い目にあっちゃったみたいだけど、大丈夫……みたいだね! うん! よかったよかった! お姉さん、これでも結構心配してたんだよ?」
「あ、わたしのことはアネモネお姉さん。とか、アネモネお姉ちゃんって呼んでくれていいよ?」
「嫌だ? ……そう。ちょっと残念。ユーリ君ってわたしよりも年下みたいだから、そういう風に呼んでくれると嬉しかったんだけどなぁ」
「……え? そんなことより、わたしがアルザギール様の下で働こうと思った理由を聞きたいって? いきなりだねぇ……いやいや、言いたくないなんてことはないよ。でも、うーん……。こんな事を言うのはあれだけど、金目当てなんだよねぇ」
「うん。お金の為。アルザギール様はお金の払いがいいからね〜流石は吸血鬼様だよ」
「用途は、旅費と実家への仕送りだよ〜。わたしって各地を転々としてるから、結構旅費が必要なのね。え? 転々とする理由? あー……知らないところに行きたい、色んなものを見てみたい、みたいな? よくある理由だけど……後は、安心するからってのもあるね。一仕事終えて、誰も自分を知らないところに行くと、一息吐けるというか……仕事から解放されたのが実感出来て、安心するの。それが理由かなぁ」
「わたし、孤児院の出でね。そこへの仕送り。小さい時に……ううん、今でもいっぱいお世話になってるから、少しでも感謝の気持ちを伝えたくてね。頑張ってたくさんの子供たちを養ってるわけよ〜。どう? 偉いでしょ?」
「ちなみに、そこでお姉ちゃんって呼ばれてたから、ここでもそうやって呼んでくれたらなぁって思ったわけ。ユーリ君以外はそういうこと言ってくれそうにないから、期待してたんだけど……だめ? だめかぁ……はぁ……」
「まあ、でも、別にいいけどね。今度休みもらったら、孤児院に帰っていっぱい呼んでもらうから。……あ、折角だからユーリ君も一緒にどう? ここからそんなに遠くはないから……って、結構です? 遠慮しないで……え? 遠慮してない? ……つれないねぇ」
「……ん? 他の吸血鬼の方の下で働いたことはあるかって? そりゃああるよ、もちろん。お金の払いがいいからね〜。……えーっと、これまでは、ロジェ様、トリフォリ様、アルマ様の下で働かさせていただいたね」
「ふーん……ユーリ君、他の吸血鬼の方のことはよく知らないんだ。アルザギール様一筋! っていうのは、フォエニカル隊長から聞いてたんだけど、ほんとにその通りなんだね……いやー、すごい! すごいね! わたしとは全然違ってすごいよ! わたしなんか、いっつも主人を変えてるからね〜。ユーリ君のその姿勢には尊敬しかないよ〜」
「他の吸血鬼の方々がどんな人物だったか聞きたいの? お姉ちゃんって呼んでくれたら……冗談! 冗談だって! だからそんな嫌そうな顔はやめて? ね? わたしの印象でよければ、話してあげるからさ」
「まずは、ロジェ・ヘリオト・ヘリオ・ガレリオ様。これぞ紳士! 貴公子! って感じで、ものすっごく真面目な御方だったね。あと、すごい格好良い。絶世の美男子ってやつ? あの御方の為なら喜んで全ての血を捧げます! って女の人とか結構いたよ。ロジェ様はやんわりとお断りしてたけど……。でも、そう人がいるくらいに見た目も心も美しい御方だった。それに、仕事の出来るやつは取り立てて、出来ないやつは切り捨てる。そういう線引きがちゃんと出来てたね。自分の中に確固たる信念があるというか、そんな感じ。近くの街で何か問題があると聞くと、すぐに自らが出張って解決したりしてたから、すごく有能な御方だったなぁ。……ちなみにわたしは別に切り捨てられたわけじゃないから! 専属で雇うって話しもあったんだけど、それをわたしが無礼にも拒否しただけだから! 切り捨てられたわけじゃないからっ!」
「……で、本当に切り捨てられたわけじゃなくて、そろそろ別のところに行きま〜すって言った時に、ならば次は彼女のとこで働いてみるといい。って紹介されたのが、トリフォリ・クロバ・フォウ・シャムシャジーク様だったわけなのね。トリフォリ様は、まあ、こんなことを言うのもあれだけど、結構暗い感じだったかなぁ……一人でいる時間が多い人で、大体は自室に籠もってた。何をしてたのかはわかんない。絵を描いてるって噂はあったけど、誰もそれを見たわけじゃないし。正直に言うと、よくわかんない御方だった。命令も、静かな環境を作れ。って言われただけ。だから、わたしは専ら近くの森で巨獣を退治してたかな。人里からかなり離れたところだったから、巨獣が多くてね〜、結構働いちゃったよ。給料は良かったけど、一番きつい職場だったなぁ……静かなところがいいなら、適当な田舎にでも住めばいいのに……って思わないこともなかったけど、なんか、今住んでるあのお城に拘る理由があるんだろうね。……どんな理由があるかは、知らないけど」
「そんで、ここに来る前までいたのが、アルマ・モリア・ノーア・ハイズ様のところだね。アルマ様はすごくお優しい御方だったよ。よく近くの街を回ったりして、自ら買い物とかして、みんなと分け隔てなく接してた。奴隷とかにも優しくてね。奴隷の状態が悪いとその店の店主を呼び出して注意したりもしてた。だから、戦奴を使ってあんな見世物のみたいな殺し合いをさせてたバイロ様の事は嫌ってたところはあったかな……でも、バイロ様の死を知った時は、悲しそうでもあったけどね……あ、ごめん。別にアルザギール様のことを悪く言ってるわけじゃないから。そんなこともあったなぁっていう思い出話しだからね、これは。だから、怖い顔しないでよ。ね?」
「ちなみに、アルザギール様の下に来たのは、アルマ様の紹介なの。距離もそんなに遠くないし、給料も良い。それに、吸血鬼殺しがどんな人物なのか気になるなら、自分の眼で確かめてくればいい。って言われてね。……うん。そう。別に、嘘ついたわけじゃないよ? 私にとっては、お金が一番だから。それがアルザギール様の下で働く理由で間違いないよ。これは、単純な私の興味。かつての大戦を共にした、同じ種族……この世に数えるくらいしかいない吸血鬼の、その中の一人を殺したアルザギール様という御方は、一体どのような人物なのか……それが、気になっちゃって、ね。その人を知るには、その人の下で働くべし! っていうのが、私の信条だから。それで……ごめんね。何にしても、アルザギール様をお守りしたい。とかユーリ君みたいな立派な動機じゃなくて、不純なもので。でも仕事はきっちりするから、許してね」
「あ、ちなみに他の吸血鬼の方々については、ミナとトランキノちゃんに聞いた方がいいかも。ミナはインカナ様の推薦で来たって言ってたし、トランキノちゃんの一族はバイロ様が開いてた大会のお陰で出世して狩人になったらしいんだけど、暮らしてる森は、ルーレス様がいるところの近くって聞いたよ。……そーいうわけで、他に何か質問ある? 無いなら、ユーリ君の話しを聞かせて欲しいな」
警備をしながら、僕はアネモネからそういう話しを聞いた。
色々と話しを聞いた見返りというわけではないけれども、僕はアネモネに自分の身の上話しをした。
アネモネは若干引き気味で聞きつつも、途中では「辛かったね」などと言い、少しばかりの涙を流していたりもした。
嘘を吐いているようには見えなかった。
演技のようにも見えなかった。
僕の境遇を哀れんでいるように感じた。
なので、哀れむ必要はありません。アルザギール様に会えたのですから。と僕が強く言うと、彼女は「それもそうだね。今が幸せなら、それでいいよね」と言ってくれた。
柔軟な人。という印象を受けた。
相手に合わせるのが上手いというより、相手の価値観を受け入れるのに抵抗が無い性格のようだった。
一緒に働くなら、こういう人がいい。そう思えるタイプの典型のような人物だと思った。
とはいえ、数多くの吸血鬼の下で働いていたという経歴は気に掛かる。
アルザギール様は、吸血鬼の中に自分を殺そうと画策している者がいる。とおっしゃっておられた。
ならば、吸血鬼と関わりの多いアネモネは、依頼を受けるタイミングがあったという事であり、暗殺者である可能性が高い。
まあ、暗殺者ならばこんな簡単に自分の情報を漏らしたりしないとは思う(あるいはこちらがそう読むことを織り込んで真実を述べ、油断させる腹積りなのかもしれない)が……何にしても、今はまだ信頼出来ない。
信頼したい。とは、思うけれど……。




