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1−3、わからなかった事。わかった事。

 別段、速い動きではなかった。

 漫画とかでよく見た、武道の達人が使うような、一瞬で距離を詰める特殊な歩法ではなかった。

 むしろその逆で、街中で友人に会った時に似た、軽やかな駆け足だった。

 緩急を付けた動きでも何でもなかった。

 故に、動きは見えていた。

 ワンピースの裾や、長い白銀の髪が靡くのすら見て取れていた。どのような動作も少しも見逃したりはしていなかった。

 それなのに、気付いたら、刺されていた。

 右手の剣だ。

 左手は、その剣の柄を後ろから押し、刺突が僕の肉体を貫くのに必要純分な威力を与えていた。

 刀身を横向きにして、綺麗に肋骨の隙間を通していた。

 上手い一撃だった。

 人一人殺すのに丁度良い一撃だった。

 吸血鬼でなければ、即死だった。

 そこまで理解して、真っ先に思ったのは「しまった! やられた!」ではなかった。「あぁ……アルザギール様。あなた様から頂いた服を、こんな風に傷物にしてしまい、本当に申し訳有りません。これは僕の油断が招いた事態です。アルザギール様のものとなり、剣となって敵を斬り払い、アルザギール様のお願いを叶える所存です。と言っておきながら、まさかこのような無様な姿を晒してしまった僕を、どうかお許しにならないでください。アルザギール様はとてもお優しいので『構いませんよ。それよりあなたが無事で何よりです』と慈愛に満ち満ちたお言葉をお掛けなさってくださるでしょうが、僕はあなた様のものなので、このような失態を犯した場合は、どうぞ厳しく物申していただきたい次第です。重ね重ね、本当に申し訳有りません。つきましては、恥を濯ぐ為に、こいつは殺します」だった。

 こいつは殺す。

 どの程度の腕前を持つか、試すのはやめだ。

 ここで、確実に。

 殺す。

 殺し合いの最中に、改めて殺意を固めると、頭に上っていた血が、スッと引くのを感じた。

 精神的なダメージはかなり、いや、とてつもなく、筆舌に尽くし難い程に大きいが、だからといって、怒りに身を任せて行動したりはしない。

 これまで何人も殺してきたが、いつだって、頭は冷えていた。

 アルザギール様に対して申し訳ない気持ちで胸がいっぱいであり、己の不甲斐なさに絶望し、どこの馬の骨とも知らないこの女の不敬な行為には烈火の如き怒りが湧く……が、それで自分を見失ったりはしない。

 こういう時こそ、冷静にならなければならない。

 心を落ち着けて、状況を的確に判断し、速やかに、殺す。


「——」


 極限の集中により、ゆっくりと流れる世界の中で、思考だけが加速し、無数の言葉が羅列され、様々な想いが過ぎ去っていき、結論は即座に下された。

 まずは、相手の動きを止める。

 筋肉を収縮し、更に、溢れる血で剣を縛り、固定した。

 心臓を貫かれたのは、致命傷ではない。

 他の生物にとっては急所だが、吸血鬼にとってはそうではない。

 こんなのは、大事な服を破かれた。という意味しか持たない(もちろん、これは僕にとって非常に、とてつもなく大きな意味を持つのだが、ここは我慢である。ひたすら我慢である)。


「あら?」


 ミナレットの、不思議そうな顔が眼に入った。

 剣が動かない事に気付いたのだ。

 剣を引き抜き、二撃目を繰り出そうとしていたようだが、それは阻止された。

 これで、隙が出来た。

 僅かな、しかし決定的な動作の淀み。

 力を込めて行う動作が不発だった事で生じた、肉体の硬直。次の行動を起こす為の思考時間の増加。

 これを見逃す僕ではない。

 挙動は最小限に。

 腕は振らない。

 間合いが近過ぎるから。

 右手から伸びている刀。その切っ先を曲げて、伸ばす。

 狙いは、胴体部。

 左の脇腹。

 見たところ衣服ただの布製であり、甲冑などではない。防御力は無いも同然である。当たれば、刀は確実に敵の肉体を斬り裂き、体内に侵入し、内臓をズタズタにする。

 一撃必殺を狙う。

 そしてこの狙いは、速やかに達成される——はず、だった。


「——っ!?」


 僕は驚かずにはいられなかった。

 何故なら、ミナレットが、身を引いたからだ。

 それも、ほんの少しだけ。

 僕の放った一撃を躱すのに、十分なだけ。

 紙一重。

 そうとしか言えない、完璧な見切りによる、回避。

 しかも、攻撃の来る方向を全く見なかった。

 視線は、僕の顔に向けられたまま。

 今も、彼女は僕を見詰めている。

 攻撃を視認していなかった。それなのに回避するなど、そんな事が可能なのか? と、疑問が浮かんだ瞬間には、剣が、引き抜かれていた。


「がは——っ!?」


 何という事だろうか。

 隙が出来たのは、僕の方だった。

 必殺の一撃が躱され事で驚いてしまい、集中が乱れ、剣の拘束が緩んだ。

 時間にすると、たぶん、一秒未満の時間だったと思う。

 それを、この女は見逃さなかった。

 再び血の飛沫が宙を舞った。

 直後、銀光が煌めいた。

 攻撃が来る——わかっている。見えている。なのに、喉が裂かれた。


「——!?」


 ぱっくり、半分。骨にまでは達していないのが、せめてもの救い……ではない。違う。わざとだ。骨を避けたのだ。心臓も、肋骨の隙間から刺された。硬い部分を避けているのだ。

 なんて的確な攻撃なんだ。

 敵を殺すのに必要十分な攻撃だ。

 けれど、残念ながらこれも僕にとっては致命傷ではない。

 再生するまでの間、息苦しさを感じるくらいだ。

 首と胴体が完全に切り離されて、思考と肉体が分断されないのであれば、問題はない。


「——」


 それにしても、また、さっきと同じだ。心臓を貫かれた時と同じだった。

 一体、何がどうなっているのか?

 全く反応出来なかった。

 ミナレットの動きが驚異的に速いわけではない。

 剣の速度は、隊長やアギレウスより遥かに遅い。

 剣を振り被って、振り抜くまで、見えていた。

 右手の剣が、左に振るわれたのが視認出来ていた。

 だが、見えているのに、反応出来ない。

 咄嗟に体が動かない。

 ミナレットから発せられる圧力に体がすくんでいるわけでもないのに。

 不思議だ……が、これはチャンスだ。

 ミナレットの体は、剣を振り抜いた事で、泳いでいる。


「っ——!」


 僕は、即座に左の掌から血の刀を伸ばした。

 速度は十分。

 これは避けられない。

 今度こそ、胴体に当たる。

 当たる。

 貫いた——


「——!」

 

 かに、見えた。


「——なっ!?」

 

 金属同士がこすれ合った後の、残響。

 いつの間にか、ミナレットは剣を左手に握っていた。

 振り抜いた直後に、右手から剣を離し、左手で受け取っていた。そして、その左手の剣を僕の刀にほんの少しだけ当てて、軌道を逸らした。結果、刀は彼女の体を貫いたように見えたが、その実、ただ横を素通りしただけに終わった。

 こちらの攻撃のタイミングを完璧に読んでいなければ出来ない芸当だ。

 もしも防御が遅ければ、僕の刀に胴体を貫かれていた。

 逆に速ければ、僕は攻撃の目標を変更し、別の部位を狙っていた。

 ほんの少し遅くても速くても、今の防御は成功しない。

 ここしかないというタイミング。

 それを、彼女は見切っていた。


「怖い顔ですね」


 一瞬の攻防の終わりと同時に、呟いて、彼女は軽やかな動作で後方に下がった。


「……?」


 仕切り直しのつもりだろうか?

 今攻められていたのは僕なので、こちらが距離を取るのが普通だ。何故距離を空けたのか、意図が読めない。

 ならばここで逆に攻勢に出て、強引に流れをこちらに手繰り寄せるか……? と思わないでもなかったが、僕は追わなかった。

 僕は僕で、考えていた。

 あの、異様な見切りについて。

 先の一撃も、今の一撃も、どちらも完璧に不意を突いたはずだった。なのに、躱された。完全に。

 こちらの心を読んでいるのだろうか?

 あれだけ綺麗にこちらの攻撃を躱したのだから、そういう可能性も考えたくなる。けれど、ミナレットの攻撃は、こちらの心を読んで防御をすり抜けてくる。などというものではなかった。

 僕は防御などしていなかった。

 どのようにして受けるか考える間もなく、防御動作を行う前に、貫かれ、斬られた。

 ならば、あれは、心を読むとかそういう類の特殊な能力によるものではないはず……。

 もっと、異質なものだ。

 僕の経験した事のない、得体の知れないものだ。


「……」


 しかし、だ。

 それはそれとして、こいつは殺さなければならない。

 向こうの攻撃は当たる。こちらの攻撃は当たらない。お互いに二撃ずつ繰り出して、今のところ僕が一方的に斬られている状況だが、もう少し仕掛けてみれば、何かわかるかもしれない。

 こいつに関しては、現状わからない事しかないが、今はまだわからないだけに過ぎない。

 殺し合いを続ければ、何か見えてくるものがあるはずだ。

 いや、必ず、見える。見付ける。

 どうせ、僕は簡単には死なないのだ。

 ならば、見極めてやる。


「本当に、吸血鬼というのは死なないのですね。心臓を刺して、首を斬ったのに。こんなにも生き生きとしているなんて……」


「……」


 状況分析のつもりか、静かに喋るミナレットを無視して、僕は両手に持つ刀を構えた。

 心臓部は再生し、鼓動を再開した。首もまた同じく元通りになり、呼吸が戻った。

 戦闘行動に支障は無い。

 いつでも全力で動ける。


「……はぁ」


  一つ、息を吐く。

 集中力を、更に高める。

 全神経を、緊張させる。


「……ふぅ」


 一つ、息を吸う。

 見て反応出来ないのであれば、触覚に頼る。

 次は皮膚に剣が当たると同時に血液を硬化させ、受け止める。

 受け止め、その瞬間にカウンターを狙う。

 攻撃に攻撃を合わせる。

 どのような攻撃にも、そうやって対処する。

 こいつを殺すには、そうするしかない。

 それを繰り返すしかない。

 いくらでも肉を斬らせてやる。必要とあらば骨も断たせてやる。だから代わりに、命を貰う。


「……」


「……」


 こちらの覚悟を察したのか、ミナレットがピタリと動きを止めた。

 お互いに、無言。

 僕は無表情。

 ミナレットも無表情だ。

 変わらず、何の気配もない。

 強い闘気も、息苦しくなる程の殺意も、何も、感じない。

 これでは、仕掛けるべきタイミングが見付からない……ならば、こちらから行くしかない。


「……」


「……」


 やるか?

 やれる。

 今か?

 今だ。

 行くか?

 行こう。

 ほんの少しばかり自問自答を繰り返し、心を決めた。

 悩んでいる時間が勿体無い。

 無駄な思考は、ここで終わりだ。

 見極めて、殺す。

 そうして、踏み出そうとした、その時——


「そこまでにしとけ、ユーリ」


 背後からの声に、思わず、体は動きを止めた。

 僕は敵から目を離さずに応えた。


「ですが、隊長。これは殺し合いです。こいつを殺すまで、終わりではありません」


「一体何回やられるつもりだ、お前は? ま、あれだ、ちょっと落ち着け」


「僕は落ち着いています。こいつは殺します」


 そう。僕は落ち着いている。冷静そのものだ。どうやってこいつを殺すか、しっかり考えて組み立てているのだから。


「ユーリ……今やってたのは確かに殺し合いだが、試し合いでもある。ミナレットの実力はわかっただろう? そいつはお前とやりあって生き残った。だから、終わりだ」


 軽いが、有無を言わせぬ口調だった。

 こういう時の隊長には、逆らうべきではない。

 普段は飄々としているが、フォエニカル隊長はこのお屋敷の警備隊長であり、アルザギール様の次に大きい権力をこのお屋敷の中で担っている。

 後で「ユーリのやつがこっちの命令を聞かないで大変でしたよ」などとアルザギール様に告げ口をされては堪らない。


「……わかりました」


 僕はゆっくりと刀を体内に戻した。


「終わりですか? これで? まだユーリさんが死んでいないのに?」


「終わり終わり。終わりだって。お前の実力はよーくわかったよ、ミナレット。アルザギール様から聞いた話しだと、お前はラーセイタ様からのご推薦という事だったが……あれは冗談じゃなかったんだな。大したもんだ」


「それは……どうも、ありがとうございます」


 ミナレットは、照れたような、はにかんだ表情を浮かべた。

 今の今まで殺し合いをしていたというのに、褒められて喜んでいる様子である。

 唐突の和やかな雰囲気に、僕は困惑せずにはいられなかった。

 一体何なのだ? この女は?

 戦えば何かわかると思っていたが、何もわからなかった。

 何の気配も発さずに、淡々と闘う事が出来るのは驚嘆に値するが……いや、逆に考えれば、そういう事が……わからない。という事がわかったのか?

 こいつは、闘気のような強い気配を発していなかった。

 一撃目も二撃目も、何も感じなかった。

 今も、次の動きが読めない。

 何をするか、わからない。

 笑いながら、人を殺せる者……だけど、快楽殺人者ではない。

 自らの喜びの為に相手を殺すのなら、僕の心臓を刺した時、笑ったはずだ。

 こいつは、笑わなかった。

 無だった。

 その時、どのような感情も、こいつからは出ていなかった……ように、思える。


「……」


 僕は、戦闘体制を解いても、ミナレットを見ていた。

 ミナレットもまた、僕を見ていた。

 剣は握ったまま、しかし、切っ先は地面に向けて、戦う気は無いという意思表示をしつつ、こちらを見詰めていた。いや、睨んでいたと言った方が正しいか。

 そして、彼女は、予想外な言葉を口走った。


「ユーリさん。私は、あなたのことが嫌いです」


「え?」


「殺しても死なない。というのは、卑怯です。心臓を貫かれたのだから、即死してください。喉を裂かれたのだから、呼吸を止めてください。殺したのだから、死んでください」


「……」


「私は、嫌いです。大嫌いです。あなたのような、死なない殿方は」


「……?」


 怒っている……のか?

 隊長に褒められて喜んでいたかと思えば……急に、怒りを露わにしている……?

 何だ? こいつは?

 ミナレットという人物の事がまるで理解出来ず、それに加えていきなりの罵詈雑言にどう反応していいかわからないで、立ち尽くしていると、


「次はきちんと、潔く死んでください」


 ミナレットは顰め面のままながらも、こちらに恭しく一礼して、白線の外に出て、剣をアネモネに返し、にこやかに会話を始めた。そこには命のやり取りをしていた雰囲気や、文句を言った雰囲気など一切残っていなかった。

 社交界のワンシーンというか、そういう時に見せるような、商人の娘らしさが前面に出ていた。

 対して僕は、ボロボロだった。

 肉体的にではなく、精神的に。

 全身に強い疲労を感じる。

 こんなに疲れたのは、いつ以来だろうか……改造された時程ではないが、久しぶりに、心底疲れた。

 僕は大きく息を吐いた。

 それから、呼吸を整えていると、


「あれは違うな」


 隣に来た隊長が、小声で言った。


「あんな、如何にも殺し屋っぽい戦い方をする暗殺者なんて、いるわけない。普通は上手く隠す」


「……同感です。ですが、逆にわかりやすくして、こいつは違う。と僕たちの疑いの目を反らすのが目的では?」


「ないない。あんな実力を見せておけば、警戒されるに決まってる。これから暗殺をするってのに、警戒させてどーするよ?」


「警戒させておいて、こちらの神経を削り、集中力を落として、ここぞという時に暗殺を実行する……という事もあると思います」


「ははは。そこまで考えてるとはなぁ。お前の方がよっぽど暗殺者らしいぞ、ユーリ」


「……」


 冗談で言っているのでは無いのですが?

 可能性を口にしているのですが?

 と、僕は隊長をきつく睨んだ。

 隊長はおかしそうに笑いつつも「すまんすまん」と平謝りをした。

 そして、一言付け足した。


「でも、あいつはそういう事をするやつには見えない。あたしはそう思う」


「……そうですか」


 結論を出すには早い。と僕は思った。

 何事も、まだわからない。

 わかった事といえば、ミナレットはとてつもない強者である。という事くらいである。

 あの気配の無い攻撃。

 あれは、一体……。


「何でいいようにやられたのか、不思議か?」


「はい」


「相手の攻撃が読めなかったか?」


「はい」


「あー……お前はこれまで、相手の気配を察知して戦ってきたからなぁ……それが裏目に出たってところだな」


「気配を察していたのが、裏目に?」


「気配から相手の行動を先読みして、相手よりも僅かに早く動く。意識してないと思うが、お前はいつもそうしてた。それで経験の差とかそういうのを補って、あの竜人の戦奴……アギレウスだっけ? あれみたいな強いやつとも互角以上に戦えていた。……でも、今回はそれが出来なかった。気配を感じ取れなかったから、お前は自分がどう動けばいいのかわからなかった。それで咄嗟に何も出来ず、一方的に斬られた」


「……」


 確かに、動けなかった。

 一方的に斬られた。

 反論はしない。認めよう。

 では、どうすればいいのか?


「でも、ああいうのには、訓練すれば対応出来るようになる」


「なりますか?」


「神経を研ぎ澄ます。集中する。そして気配じゃなくて、敵の動きそれ自体を見て、勝手に体が動くようになれば……」


「敵の攻撃を受けられる、というわけですか?」


「そうそう。受けてから攻撃も出来るようになる。相手が何をしようと関係無い。こっちは相手に合わせて勝手に動くんだからな」


「なるほど」


 とにかく訓練を積んで、反射や、無意識で対応出来るようにしろ。という事だろう。一応のところはわかった。


「……ではミナレットのあれは? あれも、反射的に攻撃していたわけですか?」


 勝手に体が動いて、攻撃してきた。

 だから、気配がなく、読めなかった。

 と、僕はそう思ったが、


「体が勝手に動いていた感じだけど……あれはたぶん、攻撃じゃない」


「攻撃ではない?」


 答えは正解であって、違うものでもあった。


「しかし、僕は刺されました。斬られました」


「そうだな。だけど、あいつはそれを攻撃と思っていないんだ。だから、殺気も闘気も無かった」


「攻撃と思わないで、攻撃を繰り出していたという事ですか?」


「毎日毎日殺しまくっていたら、あんな風になれるんだろうなぁ、たぶん」


「毎日殺しを? それって……」


 まさに、暗殺者では? と言おうとしたが、


「暗殺者以上さ。あいつは」


 隊長が口にしたのは、それ以上の存在についてだった。

 暗殺者以上。それはどういう意味なのか?

 問おうとすると、隊長はその前にこの話題を打ち切った。


「……ま、とにかくだ。今日はここまでにしとこう」


「いえ、まだやれます」


 まだ、二人いる。そいつらとも殺し合わなければならない。それが、僕の仕事である。与えられた責務である。アルザギール様から承った、果たすべき使命である。

 だというのに、隊長はひらひらと手を振った。


「いや、やっぱりこのやり方はやめだ。やめ。お前には向いてなかった」


「やめる? ……どうしてですか?」


 僕には向いていない?

 まさか、僕の実力では相手の力量を測るのに不十分だからだろうか?

 確かに、ミナレットは僕よりも強かった。今のは油断しただけです。などと言い訳をするつもりはない。だが、それは現時点での事である。続ければ、僕の刀は彼女に届く。届かせる。


「だーかーらー、落ち着けって、ユーリ。別に、お前が弱いからってわけじゃない」


 こちらの心中を察してか、隊長は続けて、言った。


「では、何故ですか?」


「お前が相手を殺すまでやるつもりだからだ」


「……?」


 殺し合いなのに、殺すまでやってはいけないのか?


「あのなぁ、お前に勝ったら終わり。って言っただろう?」


「はい」


「だったら、負けたと思った時は、そこで終われ」


「……? 僕は負けていませんが?」


「ほらー、そういうとこだぞ? お前、ほんとに負けず嫌いだもんなぁ……」


「そうですか?」


「そうだよ。自覚が無いのか? お前、吸血鬼じゃなかったら二回も死んでるんだけど……ま、いいや。あんまり言うのもあれだ。とにかく、方法を変える。このままだと暗殺者以外も殺してしまうからな」


「では、どうしますか?」


「こんな方法じゃなくて、正攻法でいこうと思う。だからとりあえず、今日のところはもう終わりだ。休んでいいぞ」


「……わかりました」


「わかればよろしい」


 渋々と頷いて、一礼した僕を満足そうに見届けて、隊長は三人のところへと歩いて行った。

 きっと、探りを入れに行ったのだろう。

 僕も行くべきかどうか悩んだが、休んでいいと言われたし、女同士の方が話しが弾み、色々と聞き出せるはず。と考え、素直に部屋に戻った。

 それから、着替えて、その足でアルザギール様の下へと向かい、不覚にも服を破られた事に関して深々と頭を下げて、謝罪した。

 これに、アルザギール様は「服如き、変えはいくらでもあります。どれだけ破られようとも構いません。それより、ユーリ。それ程の手練れを相手にして、あなたが無事だったのが何よりです。いい経験になりましたね」と、想像していた以上のお言葉をお掛けになってくださった。

 僕はそんなアルザギール様に深々と頭を下げて、感謝を口にし、それから、もう二度とこんな事が起こらないように、精進し、鍛錬に励みます。と宣言した。

 アルザギール様は僕のこの宣言に、慈しみに満ち満ちた微笑みを向けてくださった。その上「ユーリ。私のものとして、これからも頑張ってくださいね」と、激励の言葉までお掛けになってくださった。

 これで、もう二度とあのような事は起こらなくなった。

 次は、服になど届かせない。

 絶対に。

 アルザギール様からいただいた服を、これ以上無駄にはしない。

 自室に戻った僕は、ベッドには倒れ込まず部屋の真ん中に立ち、両手から血の刀を出して、先の闘いを思い返しながら、素振りを始めた。

 どう受けて、どう斬り返すか。

 どう攻めて、どう殺すか。

 いつもより深く集中し、頭と体を動かし続けた。

 


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