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6−3、勝者

 瞬きの間に、幸せな記憶が頭を過った。

 僕が僕になった日の記憶だ。

 その記憶が流れて行く最中、闘技場に響き渡っていたのは、野太い叫びの声だった。

 観衆の誰もが、それを勝利の雄叫びだと思っただろう。

 しかし、声の主は苦しんでいた。

 まるで獣のような、竜人の痛みに満ちた叫びが、闘技場に木霊していた。


「だから……言ったじゃないですか」


「ガアァアアアアアアァッ!?」


 僕の上に馬乗りになっているアギレウスは、激しく上体を振っている。首を前後に振り、尻尾をばたつかせている。

 突き立てた爪で、内蔵をめちゃくちゃに搔き乱そうとして、そういう動きをしているのではない。

 むしろその逆で、僕の腹に突き込んでいる両手を、引き抜こうとしているのだ。


「アアアアアアアッ!?」


 観衆も、声の異質さに気付き、アギレウスが苦しんでいると知り、ざわつき始めた。

 貴賓席に目を向けると、アルザギール様の隣に座っていたルドベキアが、焦っているのか椅子から立ち上がるのが見えた。


「ギィィアィィ!?」


 アギレウスは、声を荒げて叫んでいる。


「はは……あなたも、そんな風に叫ぶんですね」


 その姿が滑稽で、つい、笑ってしまった。

 笑うと口の端から血が垂れてしまったが、笑わずにはいられない。

 最強と噂された、鍛え抜かれた戦士でも、爪の隙間に刃を突っ込まれるのは痛いらしい。

 ……いや、正確には、爪の隙間に刃を突き込まれ、その刃が体の中を進んでいくのには耐えられないようだ。と言うべきか。


「ガアアアアアアアアッ!?」


「そんな眼で、見ないでくださいよ」


 憎悪と驚愕に満ちた視線を受けて、僕は口元に、薄く笑みを浮かべた。

 作戦成功……だけど、視線を下げると破れた服が眼に入ってしまい、それを見てかなり憂鬱な気分になった。

 アルザギール様からいただいたシャツとベストがズタズタの血まみれになってしまった。

 折角いただいた物を、こんな風にしてしまうなんて……本当に、本当に……アルザギール様に申し訳が立たない。


「あぁー……最悪だ……本当に……」


 作戦は単純だった。

 武器を奪い、素手で攻撃させる。竜人は鋭利な牙と爪を持っているのだから、どちらかを使わせる。

 そのどちらかが体内に入ったら、血を操って刃を作り、牙なら口、爪ならその隙間から刃を敵の体内へと侵入させ、内部から体を斬り刻んで、殺す。

 外が硬くとも、内側なら何とかなるだろうと思っての作戦だ。

 僕は、その作戦を実行する事、ただそれだけに集中した。

 闘いは、何をしてもいいのだ。

 剣を交えないとは正々堂々とした闘い方ではない。と言われても、僕は気にしない。

 正々堂々と闘え。というルールなんて無い。

 ここでは、最後に立っていた者だけが、勝者だ。


「グアアアァアアアァアアアアッ!?」


「はぁ……」


 アギレウスが叫ぶ度に、唾が飛んで来る。

 みっともない姿だ。こんな程度で痛がらないで欲しい。

 けど、痛がっているという事は、この攻撃が効いているという証だ。しかもこの悲痛な叫びからするに、効果は抜群のようだ。


「ア、ア、アッ……ア、ア……ガ……ア……」


 不意に、アギレウスの声が小さくなり、体がビクビクと痙攣し始めた。

 感覚でわかった。

 アギレウスは、もうすぐ死ぬ。


「……」


 何となく貴賓席に目を向けると、ルドベキアが立ち上がって何か叫んでいるようだった。集中すれば聞き取れるが、あの女の声を聞き取る必要なんてない。

 少しは隣におられるアルザギール様を見習え。

 アルザギール様は毅然とした態度で、僕達の闘いを見守っておられるではないか。

 それなのに、ルドベキアはわめいているだけだ。

 お前のくだらない感傷を、僕達の殺し合いに挟むな。

 闘いの結果は、生か死か、その二つだけだ。


「やっぱり死ぬのは、あなたでしたね」


「……」


 憎まれ口を叩いても、アギレウスは何も言わなかった。言えなくなっていた。

 彼の体の中はぐちゃぐちゃだ。骨も筋肉も肺も臓腑も心臓も、生きる為に必要な部分は全て斬り裂き、破壊した。


「……」


 震えていたアギレウスの体が、完全に止まった。


「よいしょ……っと」


 僕は腹部に刺さっている彼の腕を引き抜き、胴体を蹴飛ばして、立ち上がった。

 アギレウスは地面に横たわり、ピクリとも動かなかった。

 静かな決着だった。

 我ながら地味な殺し方だったな、と思うが、いくら娯楽とはいえ派手に殺さなければならないというルールなんて無いので、これでいい。

 僕は、顔に付いた血を手の甲で拭い、それから、物言わぬアギレウスの開いた瞳に、右掌から出した血の刀を突き立てた。

 脳を貫いた、柔らかな手応えが、刃の先から伝わってきた。

 念の為のとどめと、勝利の証である。

 この行為を見届けて、審判が高らかに声を張り上げた。


「決勝戦、勝者! アルザギール・グラト・ピエンテ・マグノエリス様の戦奴、ユーリ!」


 僕はアルザギール様の方を向き、頭を下げた。

 観衆の声が、拍手が、静寂を打ち破り、闘技場を揺らした。


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