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6−2、戦闘。

 剣を受ける、流す、身を躱す。

 刀で突く、弾かれる、斬る、弾かれる。距離を取る。

 戦況は一進一退。けれど、硬直状態というわけではない。やや押されているのは僕の方だ。

 躱して、突く。そのギリギリの綱渡りを、先程から続けている。


「ハアアアアアアァッ!」


「ちっ!」


 ルドベキアの庭では、大剣を受ける事が出来たが、あれはやはり、アギレウスが本気ではなかったから出来た事だった。

 今日の彼の剣撃は、先日よりも遥かに鋭く、重い。

 真面に受けてしまっては、いくら硬化させた刀であろうと両断される。故に、極力受けないよう立ち回るしかない。

 しかしながら、そうやって避けるばかりではいずれ追い詰められるので、この流れを変えようと何度か攻撃はしているものの、どこを狙っても突きは弾かれるし、斬り付けてみても鱗の表面を撫でただけだった。

 眼や鼻などの露出している弱い部分を狙ってもみたが、その度に素早く反応され、腕や剣できっちりと防御されてしまう。

 他に弱い部分は、指先や、爪の隙間、耳の穴などだが、俊敏に動き回っている敵が相手では、その小さな部位に正確に攻撃を当てるのは難しい。

 出来れば口を開いて噛み付いてきて欲しいところだが、彼はそういう弱い部分を自ら露出させたりはしない。


「ヌンッ!」


 剣撃が、更に速度を増して振り下ろされた。


「く……うっ!」


 回避が間に合わず、大剣を、右手の刀で、角度を付けて受け、斜め下に逸らした。

 限界まで血液を凝固させ、刀の硬度を上げているが、一度でも受けると刀の刃先は砕け、欠けてしまう。

 欠けた残骸は、ただの血となって落ち、地面に赤黒い染みを作っている。

 不死身と言われる吸血鬼でも、死ぬ時は死ぬ。かつて巨獣の群れに無謀にも突っ込み、バラバラにされて死んだ吸血鬼が一人だけいる。とアルザギール様は言っていた。

 なので、このまま延々と闘い続ければ、いずれ僕は失血死する。だけど、そんないずれが訪れるまで、血みどろの試合を続けるつもりは、無い。


「……ふぅ」


 勝負は、一瞬でつけられる。

 隙を突いて、一撃で殺す。

 僅かで良い。

 少しでも隙が出来れば、僕はそこに、この血の刀を突き通してみせる。

 集中だ。

 集中しろ。

 神経を研ぎ澄ませ、反応速度を上げろ。

 パワーで負けているのなら、スピードで翻弄しろ。

 敵に負けている要素が多くとも、どこか一つでも勝っているところがあれば、そこを使って相手を殺せ。

 アギレウスが正統な訓練を積んできたのと同じように、僕も隊長の指導の下で、道から外れた訓練を積んできた。

 隊長は言った。

 闘いに掟は無い、と。

 シンプルだが、真理だ。

 勝つ為には何をしてもいい。それが闘争というものだ。

 今この瞬間、この場所に、僕達を縛るルールなど存在しない。何をしてもいいのだ。

 勝つ為に、生きる為に、敵を殺す為に、ありとあらゆる事をする。

 そういう事だ。

 そういう事なら、ここがそれをする時だ。


「フンッ!」


「……っ!」


 右から迫る横薙ぎの一撃を刀の腹で受け、そこを支点としてくるりと小さく飛んで、大剣をやり過ごす。


「ムウッ!」


 躱すや否や、すぐに左から大剣が戻って来る。が、それも、躱す。

 間合いの中で、繰り出される斬撃を躱し続ける。

 そんな攻撃の最中に放たれた、真上からの振り下ろし。


「――!」


 ここ、だ。

 距離も角度も、これがベストだ。

 これからの自分の行いを思うと、酷く憂鬱になるが、仕方が無い。勝つ為だ。僕は勝つ為に必要な事をするのだ。

 刹那の間、自分に強く言い聞かせて、刀を頭上で交差させ、今までのやり取りとは異なり、強引に、大剣を防いだ。

 硬質な物体同士がぶつかり、鈍く重い音が、響いた。

 アギレウスは、刀毎僕を両断せんと、大剣に力を籠めた。

 その力に合わせて、こちらも更に刀を硬化させ、出来うる限り威力を削いだ――が、当然ながら、刀は真ん中から折れた。


「ぐ――あ、っ!」


 肩口に叩き付けられた、重い一撃。

 強化された全身の骨がバラバラになりそうな、とてつもない力を、左肩の一点にぶつけられ、僕は苦痛に顔を歪め、たまらず片膝をついた――が、


「むっ!?」


 予想外の事態に驚愕の表情を浮かべたのは、アギレウスの方だった。

 驚くのも、無理は無い。

 確実に両断したはずの僕の体が全く両断されておらず、しかも、斬り込んだ肩口からは、刀よりも硬質な金属音がしたのだから。


「う、ぐ、あっ!」


 口から漏れた苦しい呻きは、傷が痛むからではない。

 アルザギール様からいただいたこの服を傷付けてしまった事が悔しくて、その悔しさのあまり、心に激しい痛みを感じたからだ。

 こんな手段しか取れなかった自分への不甲斐なさで心が痛んだのだ。

 しかし、その痛みが怒りへと変わった事で、僕は驚いているアギレウスよりも僅かに速く動けた。


「っ!」


 裂けた左肩から血液を放出し、大剣に巻き付け絡め取る。

 同時に、右手の刀をアギレウスの腹部を覆う鎧目掛けて突き出した。


「――オォッ!?」


 想定外の事態への驚きで一瞬動きが止まり、続いて大剣を引き戻そうとして戻せず、また一瞬動きが鈍り、それによって生まれた、二呼吸程の隙。

 僕は鎧を刀で刺し貫くと見せ掛けて、剣先を流動させ、鎧の隙間へと流し込んだ。

 どんな鎧にも、隙間はある。

 普通の剣ならば、そんな僅かな隙間に攻撃を加える事は出来無いが、僕のこれは血だ。決まった形は無い。そして、どんな鎧も、流動する切っ先と闘う事を想定してなどいない。


「――!」


 血が、アギレウスの肌に触れた感触が掌に伝わった。

 やや硬いが、鱗程ではない。

 全身を強固な赤い鱗で覆われているが、腹部を鎧で守っているという事は、そこは鱗よりも防御力が低い。という事に他ならない。

 瞬時に血液の先端を尖らせ、刺し込んだ。

 ぶつり、と肉を突き破る確かな手応えが伝わった。

 その時、


「ケアアアアアアアアアアッ!」


 アギレウスは怪鳥の如く……否、竜本来の叫び声を上げた。

 そして、


「ぐはぁっ!?」


 僕は、後方へと大きくぶっ飛ばされた。

 たぶん、蹴りだったのだと思う。

 勝利を確信したその心の緩みを、突かれた。

 腹の前で何かが爆発したみたいに、僕は吹き飛ばされた。


「あ……が……っ!」


 飛ばされた先で、背中が地面にぶつかるよりも先に、左肩に食い込んでいる大剣の先端が地に触れた。

 骨に直接響く音を聞いたのは久し振りだ。不快だが、気付には丁度いい。

 僕は剣の拘束を解き、足腰の力を使って即座に立ち上がった。

 大剣が、ずるりと肩から離れ、地に落ちた。


「か、は……はぁ……あぁ……くそっ……」


 思わず、溜め息が出た。

 こうなるとわかってはいたが、破れた服を見るのは心が痛い。

 肩の傷口は塞がり、折れた鎖骨もギギギと音を立てて修復を始めているが、心の傷はしばらく癒えそうにない。


「……」


 視線を落とすと、腹部にも四つ、穴が空いていた。どうやら爪先で思い切り蹴飛ばされたらしい。

 竜人のパワーは思っていたよりも凄まじく、胴体の穴だけでなく、内蔵が破裂した感覚がある。口内までせり上がってきた血は飲み込んだので、表面上はダメージが深くないように見えているだろうけど、内蔵の回復には少し時間が掛かる。

 一分……いや、三十秒もあれば回復し、戦闘行動に支障は無くなる。それまでは、何とか攻撃を凌ぐしかない。


「はぁー……」


 それにしても、自分の迂闊さには腹が立つ。

 服を犠牲にしてまでの作戦だったのに、失敗した。もう少し速さがあれば、あそこで終わらせる事が出来ていた。それなのに……。

 がっかりせずにはいられないが、敵の武器を奪えたので、目的の一つは達成出来た。


「これはこれで、いいか……」


 僕はベストをはたいて、付着した砂埃を落とした。


「ぬう……」

 

 アギレウスは警戒しているようで、先程の位置から動いておらず、鎧の上から腹部を摩っている。

 血の刃は皮膚を破った。が、浅かった。致命傷にはなっていない。

 それを確認し終えて、彼は地面に落ちている大剣を見て、それから僕に眼を向けた。


「今の手応え……肩の一点に血液を集中させ、固めていたという事か?」


「そんなところです」


 ネタは割れているので、アギレウスの問いを肯定した。

 僕は大剣で斬り込まれる寸前、肩に血液を集中させ、皮膚の下で固めて盾にした。刀で威力を削いでいた事もあり、何とか斬撃を受け止める事が出来た。

 アギレウスは、僕の持つ能力についての認識を改めているらしく、深追いせず立ち止まっている。

 そうやって深読みしてくれると、回復の為の時間が稼げるのでありがたい。

 折角なので、もう少し時間を稼がせて貰おう。


「どうしますか? 武器は無くなりましたけど、棄権しますか?」


「……」


 皮肉を込めた言葉に対して、アギレウスは黙って、眼だけを動かして貴賓席の方を見た。僕もつられて見上げると、いつも通りお美しいアルザギール様が見えた。何を思っているのかわからないが、じっと、僕達を眺めている。

 一方、ルドベキアはと言えば……口惜しそうにしているかと思ったが、意外にも毅然とした態度で僕達の方を……いや、アギレウスを見詰めている。

 顔に不安の色は浮かんでいない。自分の愛する者への、絶対的な信頼が見て取れる。

 その視線を受けてか、アギレウスの闘志は萎える事無く増幅した。


「武器を奪っただけでいい気になるなよ、ユーリ。俺は竜人。この五体全てが武器だ」


「そうですか……一応言っておきますが、武器も無しに僕とこれ以上闘えば、あなたは確実に死にますよ?」


「死ぬのは貴様だ、ユーリ」


 一応忠告しておいたが、彼にそれを聞く気はないらしい。

 アギレウスは、鎧を外し、腰を低く落とした。

 四つん這いに近い、まるで獣のような姿勢だ。


「ハァァァァ……」


 生臭そうな呼気が、開かれた口から漏れている。

 なるほど。これから戦士ではなく、一匹の獣として……いや、一匹の竜として闘うつもりなのか。


「ふぅ……」


 僕も、短く呼気を吐いた。

 足下の大剣を背後に蹴り飛ばし、両手に再び刀を形作り,構えた。

 ここからの相手は、竜人アギレウスじゃない。竜のアギレウスだ。

 そう思い、思考を切り替えようとした、刹那、


「ゴギャアアアアアアアアアアアッ!」


 アギレウスが、咆哮した。


「――っ!?」


 大気が震え、鼓膜が破れそうになる程の、強烈な音の衝撃波を真正面から受けてしまい、僕がひるんだその一瞬の隙に、アギレウスは突進して来た。


「うっ!?」


「アアアアアアアアッ!」


 地を這う疾走で、あっという間に距離が詰まり、爪が振り下ろされる。


「ぐ、あ――っ!」


 その爪を、刀で弾く。弾く、弾く、弾く、躱す。

 両手持ちの剣を捨てての、両手の爪による攻撃だ。

 さっきよりも遥かに攻撃の速度は速く、手数も倍以上に増えている。


「くっ、ぅっ!」


 刀では対応し辛い。

 爪撃を受け、刀をわざと折らせ、短くする。

 形状は少し大きめのナイフに近い。これで何とか、敵のスピードに対応出来る。

 と、そう思ったのも束の間、


「っぁ!?」


 突然、足下に衝撃が奔り、体勢が崩された。

 ナイフの一撃を躱し、半身になったアギレウスが、赤い鱗に覆われたその尻尾で、僕の左脚を叩いていたのだ。

 首や胸を狙った両手の爪撃に意識を向けさせておいて、その実足下を狙っていたとは。

獣と思っていた事を後悔した。

 戦闘スタイルは獣のものでも、戦術は人のそれだ。

 めぎり、という嫌な音と共に後悔しても、時既に遅く、衝撃に体が泳ぐ。


「ケアッ!」


「ちぃっ!」


 顔面に向かって放たれた、左からの爪を弾き、一旦距離を取ろうと、無事な右脚で地面を蹴って後方に飛んだ――だが、しかし、アギレウスはその動きに付いて来た。

 鎧と剣を捨てた分、スピードが上がっている。


「ガアアアアアアァッ!」


 向かってくる右の拳。

 これは、ナイフを交差させて防ぐしかない。

 片腕だと力負けする。


「くっ!」


 瞬時に判断を下し、防ぐも、そのまま、僕は地面に押し倒された。


「ぐうっ!?」


 背中を強かに打ちつけたが、ナイフを持つ手の力は緩められない。

 少しでも力を抜けば、僕の顔は、この赤い拳によって潰されてしまう。

 吸血鬼は頭を、脳を破壊されても、死なない。再生する。けれど再生するまでの間、思考能力は失われる。この状況でそうなると、ただのサンドバックだ。負けは確定してしまう。故に、そうなることだけは、避けなければならない。


「う……ぐ……っ!」


「もう逃げ場無い。終わりだ、ユーリ」


 両腕に力を込め、何とか拳を押し止めている僕を見下しながら、アギレウスは勝利宣言をした。

 確かに、逃げ場は無い。

 だが、攻撃手段はまだある。


「まだ、まだっ!」


 僕はナイフの強度を保ったまま、先端部分のみを流動させ、アギレウスの顔面に向かって伸ばした。

 血液に形は無い。

 僕の好きなように形を変える事が出来る。一部を硬化させ、一部を流動させるなど、造作も無い。


「いけっ!」


 狙いは、眼と耳だ。

 口を開かないのであれば、そこに刃を突き立てるしかない。

 この距離ならば、一瞬でそこに到達する――はずだった。


「クアアアアアアアアッ!」


 攻撃の狙いを察して、アギレウスはこういう場合に残していたのであろう左手を振り、尖った爪で、血の刃を弾き飛ばして、爪を、僕の腹部へと突き込んだ。


「あ――」


 ベストが引き裂かれ、シャツに、血が滲む。

 強烈な異物感に、体が震える。

 内蔵から溢れた血が、口元までせり上がって来る。

 ごぼり、と変な音がしたと思ったら、血が口から出ていた。

 口の端から流れていく、僕の血液。


「不死身の吸血鬼と言えど、大量に出血すれば、死ぬ」


 彼は右の拳を、未だに何とか強度を保っているナイフの前から引いて、同じく爪を、僕の胴体に、突き込んだ。


「――」


 また、服が破られてしまった。

 熱い指先が、内蔵に触れている。


「このまま、解体してやろう」


 内蔵のどこかが破れたらしく、腹部から勢いよく血が溢れ出している。

 手首を捻ったのか、ぐじゅり、と、体の内部がかき回された音がした。


「死ぬのは貴様だったな。ユーリ」


アギレウスが、僕の耳元で囁いた。


「――」


 その時、アギレウスが頭を下げたお陰で、客席が見えた。

 眼に入ったのは、アルザギール様の麗しいお姿だ。

 アルザギール様はこの光景が信じられないのか、驚き、小さな手で口元を覆っておられた。

 ああ……本当に、驚かせてしまい、申し訳ない限りです。


「ほ――」


 本当に、申し訳ございません。アルザギール様。

 そう言おうとしたのに、僕の口からは言葉は出ず、代わりに血が溢れ出た。

 ナイフが溶けるように形を失い、顔に降り注いだ。

 流れ落ちた血で、視界が、真っ赤に染まった。

 絶叫が、闘技場に響き渡った。


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