繰り返しの中で得たもの
もういくつ目の名前がついたのだろう。
勝吾、ライヴァルト、フィラマルス、スレイン、康也、バルス、メルセデス、ジョン、ディアマト、カトル、ポルトガ、……。
まだまだあった。全ての名前が頭に記憶されているが、あまり思いたましたくはない。思い出す意味もないだろう。もはや、名前なんて無意味だ。
俺は様々な世界であの二人の悲劇を見てきた。科学文明の発展した世界、魍魎が蔓延る世界、魔法や魔術を操る世界、同族同士で争い続ける世界、はては人間が人間を喰らう世界なんてのもあった。
けれど、どの世界でもあの二人は出会い、悲劇を繰り返す。
いつしか、俺はなんとも思わなくなっていた。観測することをやめ、世界の知識を貪るように吸収していた。しかし、俺がどんなにあの二人から離れていても必ず悲劇に巻き込まれるようになっていた。大体の場合、彼女が自殺をすると俺が殺した、もしくは、俺が指示をしたことになっていて、どんなに逃げようが無駄だった。そして、彼女の死を目の当たりにしたあの男は例外なく、自殺を選択する。
あの二人が出会わないように画策したこともあった。もちろん、あえなく失敗。原因はわかっている。偶然を装った必然、呪いが彼女ら引き合わせるのだ。それが無駄だとわかった時点で諦める。
ちなみに、二人にこのループの話をしたこともある。例外なく、二人は互いを求め、出会い、終わる。
無駄なんだ。全てが無駄。だから、割りきることにした。これはある意味無限の生を授かったと言える。いくら死んでも、知識おを、記憶を引き継いで生まれ変わるのだから。それから、俺は様々な世界の知識を蓄えた。二人が出会うまでというリミットはあるが、それでも何度も繰り返すうち、知識は膨大な量になっていた。前の世界での知識を忘れないよう、甦った直後に、必ずまとめていた。親切なことに、俺は観測者として、記憶の継続がある。これで俺はどんなにやり直したとしても、最高の地位を得られる。なんて最高な人生だ。ははは……。
そういえば、あの二人は断片的にしか覚えていないようだ。彼女の方はリセット直後からあいつを探しているあたり、覚えてはいるのだろう。けれど、自分がどうやって死んでいるのかを覚えてないように見える。あいつの方は、リセット直後は全くの白紙に見える。完全に別の生を歩んでいて、彼女と出会い彼女が死んだ直後に思い出している節がある。恐らく、それであいつに後追いをさせているのだろう。なんて優しい神様なんだろうな。
……今ならわかる。最初の世界の“何か”、あれは神だ。そして、あの二人が食べた実は神の力の元となるものだろう。あれを食べて、二人は永遠の愛を自分たちのものにしようとしていたのだ。
何で俺はあんなやつらの為に頭を下げ、赦しをこうたのか。馬鹿馬鹿しい。本当に……。
……でも、それでも、助けられるのなら、彼女だけでも、この無限の地獄から助け出したい。矛盾していることは自分でもわかっている。それでも、この地獄を抜け出させてあげたい。
だから……、だから、俺は知識を蓄えていた。地位も名誉もどうでもいい。俺は神を敵に回してでも彼女を救いたい。この気持ちだけは枯れさせたくない。ある意味、これも呪いなのかもしれない。俺は神にいいように踊らされているのかもしれない。……今は笑っているがいいさ。精一杯踊ってやるよ。絶対に彼女を救い出してみせる。
そして、ある人物との出会いがこの絶望を終らせる一筋の光となる。
◆
「先生、先生! 」
「ダルトさん、俺より歳上なのに、俺のことを先生と呼ぶのは止めてくれませんか」
見た目が10歳前後(実年齢は裕に100を越えているだろうが)の俺を、今年で25歳になるダルトが先生と呼ぶ光景は、街中でかなりの人目を引く。奇異の目で見られることは慣れているが、むやみに注目されたいとは思わない。
だから、俺はダルトに先生と呼ばないでほしいと懇願するのだが……。
「何をおっしゃいます、先生!誰も知らない秘術を使って、俺を助けてくれた方を先生と呼んで何がいけないのです!あの時、先生がいてくださらなければ、俺は間違いなくの垂れ死んでいたでしょう!ならば、俺が先生の秘術を受け継ぎ、先生の志を目指すからには、…………!」
俺は心の底からやってしまったと思った。彼は未だになぜ俺を先生と呼ぶのかを大声で語り続けている。回りには物見遊山の見物人が集まりはじめて、しまいには、彼の言葉に聞き入って、俺を尊敬の眼差しで見るものまで出てきた。
近くにいたおばさんなんて、「小さいのに偉いのねぇ、これ持っていきな」と、大根を渡してきた。
有り難いし、嫌がったらバチが当たるのだろうが、これはさすがに気まずい。
俺はダルトが夢中で話している隙に、その場を抜け出した。
街の裏道を通り、町に接している森の中へと入る。そして、目印を辿って小さな小屋へとやって来た。
「まったく、ダルトのせいでひどい目に遭った」
俺はぼやきながら、手に持っていた大根を台所に置いた。すぐさま、暖炉の脇に立ち、一つだけ大きさの違う煉瓦を押し込むと、暖炉の前に人一人分の穴が開く。穴の中は階段がついており、地下に繋がっている。
俺は階段を降りて、地下へ潜った。少し降りたところで、壁に取り付けたスイッチを押し、入り口を閉じる。一瞬、真っ暗になるが、すぐに蛍光灯へ電気が流れ辺りを照らす。
そこそこ長い階段を下ると、扉が見えてきた。
そして、扉を開いた先には、俺が他の世界で手にいれた知識、研究の一部が広がっている。
あらゆる世界を見てきた俺は、物質の体系をおおむね二つの系統に分けた。その二つとは、科学と魔法。
そして、その二つは様々なものを内包している。例を挙げるならば、科学には、物理、化学、生物学などである。それらはさらに分岐され、非常に数多くの分野が存在する。
しかし、科学と魔法、両方が同時に発展している世界は皆無だった。理由は簡単だ。魔法があれば、科学を考えるものはいない。魔法はそれらの法則とは別に成り立っているからだ。それ故に魔法を発展させようとすればするほど、科学からは遠退いていく。
逆に、魔法がない世界は、世界にあるもので、世界そのものを考えようとするため、科学が発展する。しかし、ないものの発展などあり得ない。
だからこそ、俺はその二つの先にかけた。世界の法則とも違う別の法則を見つけだす。そうすれば、神の呪いを打ち破る何かが見つかるのではないかと考えたのだ。
ただ、これは無数にある選択肢の一つでしかない。これが正解である確率は限りなく低いと思っている。
……本当はこれが間違いだと認めるのが怖いだけだ。いくら無限に時間があるとはいえ、膨大な時間をかけた実験が失敗すれば、かなりの精神的ダメージを負う。それを少しでも和らげるための予防線とも言える。
俺は机の上に置いてあった腕時計を持ち上げた。今、この時計の秒針は動いていない。時計に繋がれていた魔法具によって時計の時間そのものを止められていた為だ。この魔法具は三つ前の世界で得た知識をもとに作成したものだ。ちなみにその世界では知識を得ただけで、この魔法具の作成に取り掛かることはできなかった。呪いによって次の世界へ飛ばされてしまったためだ。運の悪いことに、そことその次の世界では魔法が使えなかった。故に、前二つの世界で理論を形成し、この魔法が使える世界に来て、真っ先にこれの実験を開始した。
この魔法を呪いから逃れる手立てに使えないかと、俺は考えている。呪いはあの二人が出会うことで発動する。ならば、出会うこと自体を遅らせる、または、二人の時を止めてしまえばいいのではないか。けれど、まだ問題がある。時を止めたとしても、呪いの強制力によって、この魔法具が破壊されてしまうのではないかと思う。だからこそ、別の実験では、魔法の結界の強度と持続性をあげることを目指している。持続性に関しては、この時を止める魔法具が有効ではないかと踏んでいる。
しかし、まだ、どちらの魔法も完成には至っていない。
俺はにらみつけるように時計を観察していると、実験室の扉が開いた。
「ひどいですよ、先生!置いていってしまうなんて」
ダルトの両手には食べ物がわんさか抱えられていた。大方、あの大演説でこいつを気にいった街の人達が押し付けまがいにくれたのだろう。
俺は追い払うように手を振り、両手の食料を置いてくるように指示する。そして、雑念も一緒に振り払い、実験の考察に没頭した。その没頭ぶりは騒がしく入ってきたダルトに気づかないほどであった。
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