俺は必ず・・・
俺の好きな人の名前は――。彼女が10歳の時、俺は彼女と出会った。一目見たときから、俺は彼女を好きだった。その頃、彼女も俺のことを好きでいてくれたと思う。俺たちは本当の兄妹のように、毎日、日が暮れるまで一緒に遊び、夜は必ず彼女の傍で寝た。彼女は俺を抱き枕にして、ぴったりと張り付いて寝る。彼女の温もりが心地よくて、俺は毎日、ぐっすりと眠ることができた。
そんな幸福な毎日が消えてしまったのは、あの男が現れてからだ。
あの男の名は――。あの男がこの家の隣に住むようになってからというもの、彼女は俺と遊んでくれなくなってしまった。毎朝、あの男は彼女を迎えに来る。彼女もそれを待ち遠しくしているのが、はた目にもわかった。帰りはいつも夕方頃で、帰ってきてただいまと俺の頭を撫でてくれるが、それだけであまり俺に近づいてくれなくなった。夜も彼女は一人で寝るようになった。俺が彼女のベッドに近づくと、メッと俺を叱り、俺が近づくことを許してくれなくなった。俺にも自分のベッドはある。暖かい毛布だってある。けれど、一人で眠る夜はとても寒く、毎日、凍えていた。
そして、彼女との別れの日がやってきた。
その日、俺はとうとう我慢ができなくなり、二人のあとをつけることにした。俺の体はそんなに大きくないから、木陰に隠れてしまえば、二人に見つかることなんてなかった。
二人はしばらく歩いていた。森を抜け、山を登り、そして、一本の大きな樹の前にやってきた。そこは不思議な場所で、その樹の回りは岩で囲われていて、光があまり入ってこない。それにも関わらず、樹は自らが光り輝くかのように、その存在を示していた。
二人はその樹を見つけたとき、大変な喜びようだった。
――これでずっと一緒にいられる――と。
二人は樹に近づき、樹になっている一つの実をもいだ。そして、実を半分に分け、同時に食していた。
変化はすぐやってきた。二人の体から光があふれ出したのだ。二人の体からはこの世のものとは思えないほど神々しい力が発せられた。それを見た俺は直感的に、二人が人ではない別の“何か”になってしまったのだと理解した。
二人は大変喜んでいた。けれど、それもすぐに終わりを告げた。
――我の供物を盗むとはいい度胸だ――
その声は、天から降り注ぎ、直接心に響いてきた。
――人のみで永遠を手にしようなどと身に余る欲望を持つもの共、罰を受けよ――
一瞬だった。二人の体が黒い光で覆われ、一瞬にして影も残さず消えさった。
――永遠の愛を望むものには、永劫の輪廻にて繰り返される悲劇こそ罰となろう――
その言葉の意味は分からなかった。けれど、自分の大切な人が、人やこの世に生きるすべてのものとは違う“何か”によって、罰せられたことがわかった。
俺はどこにいるかもわからない“何か”に向けて言葉を発した。
「待ってください!あの女の子は、――だけは許してください!私はどうなってもいい!だから、――だけは……」
頭を地面にこすりつけ、天に向かって赦しを請う。しかし、頂上の存在に向かって、そのようなことが赦されるはずがなかった。
――あのようなもの共に飼われるとは哀れな奴よ。裏切られてなお主人を思うその心には敬意を表するに値しよう。しかし、あのもの共を赦すことはできぬ――
「どうかお願いいたします」
――ならぬ!そんなにもあの愚か者どもを慕うというならば、貴様もあやつらのあと追わせてやろう。貴様はあやつらの繰り返される終わりを幾度となく見続けよ。それが我に歯向かった貴様への罰だ――
そして、俺の意識は途絶えた。
次に意識を取り戻した時、俺は荒野にいた空腹に耐えかね食料を求めて彷徨い歩く。そして、たどり着いた先で出会ったのは、俺から――を奪い、挙句彼女を巻き込んだあの男だった。あの男は何も覚えていなかった。俺はこの男を監視することにした。俺たちをここへ来させた“何か”は言っていた。――繰り返される悲劇こそ罰となろう――と。ならば、何かが起こるはずだ。そして、その何かには彼女も巻き込まれる。ならば、俺が見張っていればいい。そうすれば、彼女だけでも救うことができるはずだ。
俺のその考えは半分当たっていて、半分外れていた。悲劇、確かにそれは起こった。けれど、それは止められるようなものではなかった。そう。本当に一瞬の出来事なのだ。
彼女とあの男が出会った瞬間、彼女は笑顔のまま自らの首を切った。
止めることなどできるはずがなかった。俺は男を突き飛ばし、彼女のことを抱き留める。すでに彼女の心臓は動いていなかった。俺は泣いた。泣きわめいた。
そして、目の前に男が茫然と見ているに気が付いた時、衝動的に男の首をはねていた。
俺は彼女を抱えたまま、彼女と同じように首を切り、彼女と一緒に眠った。これで悪夢から解放されると。
しかし、俺の目の前には、またも、別の世界が広がっていた。
その時、ようやく理解した。――永劫の輪廻――それは繰り返される死を意味していたのだと。死んだところで何も終わらない。むしろ、悲劇が生まれるのだと。
俺は“何か”を呪った。あの男を呪った。
なぜ俺と彼女を苦しめるのかと。そっとしておいてくれればよかったのにと。
そして、俺は立ち上がった。必ずこの悲劇を止めてやる。彼女を救いだして見せると。
けれど、それが不可能であると気づくには、まだ、時間が必要だった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
気が向いたら、続きを書きますので、いったん完結といたします。