僕はあなたを・・・
今日も空は青い。僕はいつも、教室の窓から空を見上げる。この空を見ていると心が落ちつくと同時に、何か思い出さなきゃいけない、そんな焦燥感に苛まれる。そんな毎日を16年ずっと抱えてきた。
家族とテレビの話をしたり、友達と遊んだりするのは楽しい。勉強はめんどくさいけど、テストで平均点が採れる程度にはやっている。運動が苦手なわけじゃないけど、部活には入っていない。やりたいことがあるわけじゃないし、時間に縛られるのも好きじゃないから。家が借金だらけってわけじゃないから、バイトもある程度で済んでいる。
他人から見たら、十分幸せな人生を歩んでいるだろう。
でも、何だろう。何が足りないんだろう。僕はそれをずっと考えている。
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「なぁ、繋。聞いたか、今日から転入生が来るらしいぜ」
勝吾は運び込まれた空の机と椅子を指した。
「そうなのか?女子? 」
「あぁ、女子!かわいい子だといいな! 」
の言葉に、近くにいた男子は頷き、女子は「これだから男子は」と罵り事を口にする。僕はと言えば、女子かと聞いてはみたものの、内心どうでもよかった。
予鈴がなり自分の席に着く。先生が教室へ入り、教壇の前へと立つ。
「えぇ、耳の早いやつは知ってると思うが、今日からこのクラスに新しい仲間が加わる。間違ってもいじめとか起こすんじゃないぞ」
先生は前置きを話してから外で待っていた生徒に教室へ入るよう促した。
鎮まりかえる教室に扉を開ける音が響く。みんなの注目が集まる中、一人の女子生徒が入ってきた。
特に興味があったわけではない。誰であろうと諍いさえ起こらなければいい。ただ、みんなに合わせて彼女見ただけ。それだけのはずだった。彼女の顔を見るまでは。
目があった。僕は彼女を知らない。少なくともこの16年生きてきて、彼女と会ったことなど一度もないと言い切れる。
けれど、僕は彼女を知っている。もっとずっと昔から、僕が生まれるずっと前から、僕は知っている。
そんなわけがない。そんなオカルトみたいなことありえない。幽霊が見えたり、宇宙人を見たりなんてことも、未来が見える、超能力が使えるなんて人も信じていない。少なくとも、自分の回りにそんな人はいない。だから、ありえないはずだ。
僕の混乱を他所に彼女は淡々と自己紹介を始める。僕はその言葉一言一句聞き漏らすまいと、彼女凝視していた。
「……初めまして。募 会です。私の名前は人と会う方の会いです。自分でも珍しいと思いますけど、私はこの名前を気に入っています。親が転勤族で何度も転校しているので、こういう自己紹介の話のネタにできますから。どうぞよろしくお願いします」
募さんが話終えるとクラスに拍手が響いた。けれど、僕は拍手をすることすらできず、ただ、彼女を見続けていた。彼女は先生の誘導で空いた机へと移動する。
僕の横を通るとき、再び彼女と目が合う。彼女は僕を見てほほ笑んだ。気のせいではないと思う。なら、彼女も僕を知っているのか?
彼女は僕に特に何かを話すことなく自分の席へとついた。
早く彼女と話したい。強烈な想いを抱えたままの1限目の授業は全く頭に入らなかった。
1限目が終わった後も彼女に話かけることはできなかった。みんなが我先にと彼女の回りに集まったためだ。仕方なく、次の休み時間を待った。けれど、2限目、3限目の終わりも僕は彼女と話すことができずに終わってしまった。そして、4限目が終わりお昼の時間、ついに彼女と話すチャンスがやってきた。
「募さん、食堂に行くの? 」
募さん席を立ち、教室を出ようとしたところを、目ざとい女子が声をかけた。彼女は少し困ったような顔をして、答えを返す。
「ううん、幼なじみ……友達と約束があるの」
そう言いながら、僕の方に少しだけ目を向ける。そして、一瞬だけ上を見た。
「そっか。いろんなとこに転校してるって言ってたもんね。知り合いが居てもおかしくないよね。それにしても、その幼なじみって……男? 」
「えっと、その……」
「その反応は男だね!誰々!?このクラス!?それとも、あいたっ! 」
捲し立てる女子の頭を、見かねた他の女子がひっぱたく。
「ごめんね、この子にはよく言い聞かせるから。時間ないでしょ、行っていいよ」
募さんは助け舟を出してくれた女子に礼を言って、教室を出ていった。目的地はおそらくあそこだろう。
僕は彼女のあとを追おうと立ち上がった。
「繋、どこ行くんだ?トイレ? 」
「いや、ちょっと……」
僕と昼食をとろうとしていた勝吾に呼び止められ言い淀む。なんと言えばいいかわからず戸惑っていると、勝吾がふき出して笑った。思わず唖然としてしまい、僕はいぶかしむが、すぐに勝吾が謝罪をしてきた。
「いや、悪い。繋にしては珍しいと思ってさ。いつも周りにあわせてるだけで、本当に興味を持っているように見えなかったから。そんなお前が他人に、それも女子に興味を持つし。それに、普段と違って表情が変わるお前を見てたら、つい、な。さ、早く行けよ。戻って来たら、どういうことか聞かせろよ? 」
勝吾は本当に人を良く見ている。自分では上手く隠せていると思っていたけれど。
それがばれていたとわかって、まずいと思うよりも嬉しさの方が勝っていた。僕は慌ててかけながら、勝吾へと返事をする。
「うん、分かった。上手く言えるかわからないけど、必ず言うから」
「なんだよ、それ」
勝吾はクラスメイトの目も気にせず笑っていた。
僕は気持ちを高ぶらせて募さんの待っているだろう場所へと向かう。
この時の僕はわかっていなかった。なぜ僕が彼女を追うのか。なぜ彼女が知っている素振りを見せるのか。もっとよく考えて、思い出すべきだったんだ。そうすれば、ここで何かが変わったかもしれなかった。
けれど、それができていたところで、僕らにかけられた運命は変わらない。それを僕は思い出さなきゃいけなかった。
お読みいただきありがとうございました。