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「ここ? 」
俺達に用意された新しい家は、城から遠く離れた森の中にあった。今までよりもずっと小さな家だが、ここにはセンやライアが遊びに来ることはない。母さんと二人なら、きっと狭く感じることもないだろう。
ここで、ずっと暮らすのか。
「必要だと思うものは用意したつもりだが、足りないものがあれば言うといい」
置かれた家具を一つ一つ確かめながら、ルーク伯父さんが母さんに向き合う。母さんは黙って首を振った。
「必要な物は、ありません。だけど一つだけ聞かせて。私を側室から外したのも、シュウに王家の子息を名乗らせないようにしたのも、この家を手配したのも、本当は貴方でしょう? なぜ? 」
「……」
「私を捨てたがっていたのは、王? それとも、王妃の従者? 」
「君に、側室は向かない。シュウに王家の子息は向かない。そう思った、私の判断だ」
「……」
「では、シュウに仕事の話をしても? 」
「仕事? 」
「そう、仕事だ」
俺の仕事。
アクセサリーを作り、市場で売る。買い物に来る者、市場で生計を立てる者とたくさん話をすること、信頼を集めること。
それが、国を導くことになるのか。不安を抱えた俺の顔を見ても、ルーク伯父さんの表情は変わらない。
「では、また新月の夜に」
狼の姿を取り、瞬きのうちに闇に溶けていく。
次の朝から、母さんからアクセサリー作りを教わり始めた。一通り用意されていた道具。何に使うのかもわからず戸惑うばかりの俺と違い、母さんは手早く綺麗な石をならべ、形を作っていく。
「母さん、上手だね」
「すぐにシュウも上手になるわ。紅茶の入れ方も、アクセサリー作りも。そうしたら、今度はシュウが誰かに教えてあげなさい」
「……うん」
俺の作るアクセサリーは、とても売れる様なものではない。母さんが、一つ一つ丁寧に作り直す。それを何度も何度も繰り返し、初めて一人で満足のいくブローチができた。銀色の木に、鳶が止まっているデザインは、俺の願い。いつか、俺がセンを休ませることができるように。
新月の夜に訪れたルーク伯父さんは、出来上がったアクセサリーを見て満足そうに微笑んだ。母さんは紅茶を入れてもてなしているが、俺はどうしても側に行く気になれず部屋の隅に座り込んだ。
「腕は落ちていないな。量を作る必要はない。満足のいくものを時間をかけて作って、月に一度市場に行ってくれたらそれでいい」
「ありがとう」
穏やかに微笑む母さんを、素直に綺麗だと思った。満月の夜の憂い顔よりも、ずっと綺麗だ。
「これは、セン? 」
俺の作ったブローチを見て、ルーク伯父さんが笑う。
「わかるのねぇ。王女だとは、思わなかった? 」
「王女とは、違う」
「シュウが作ったのよ」
「そうか」
嬉しそうな顔で、ブローチを手に取り眺めるルーク伯父さん。センは、ライアはどうしているのだろう。出かかった言葉を、必死で飲み込んだ。まだ、聞いちゃいけない。俺が、やるべきことをやってから。でも、せめて。
「センに渡してほしい」
「……自分で渡すといい」
部屋の隅で呟いた言葉を拾ってはくれたが、返ってきたのは冷たい言葉。
渡すことができるのは、いつだろう。
日々は穏やかに過ぎていく。
新月の都度、ルーク伯父さんが届けてくれるアクセサリーの材料。作品がたまれば市場に売りに行くが、売れた金額なんて、俺達にはどうでもいい。市場には、遊び相手になる年の近い子供や、商売や生き方を教えてくれる大人がいる。狭かった俺の世界は一気に広がった。いつか、センの役に立てるように俺はこの国の民を、暮らしを知りたい。
時折やってくるじい様から政や剣術を習い、時間があれば一人で習った事を繰り返す。そうして、センもライアも居ないこの家で、日々を過ごしていく。
家の周りに畑を作り、狩りをして食事を作る。作れないものは、市場に行ったときに自分で選んで買ってくる。その暮らしは、俺だけでなく母さんにも新鮮なものだったらしい。いつしか、母さんが大きな声で笑うようになっていった。満月の夜に憂いを帯びて月を見つめていた姿は、もうどこにもない。
この家に来た時の母さんの言葉をルーク伯父さんは否定しなかった。ずっと気になって、ルーク伯父さんの顔を見るたびに、喉の奥に違和感が広がる。
「ルーク伯父さんが、俺達を城から出ていくように仕向けたの? 」
満月の夜に政を教えに来てくれていたじい様が、急な俺の問いかけに目をそらした。それは、肯定なのだろう。
「俺が、王家の子息にふさわしく無いから? 母さんは、側室にふさわしくなかったの? 」
あの城にいても母さんは幸せではないだろう。それでも、追い出されなければいけなかったのは納得がいかない。母さんが、俺が、ふさわしくない何をしたというのだ。
「誰が、そのような事を? 」
「ルーク伯父さん……」
目を丸くしたじい様に、この家に来た時の母さんとルーク伯父さんの会話を伝えると、深く重く、嘆息した。
「ふさわしくないかどうかは別じゃが。ルーク様は、マリが側室になるときも随分反対したんじゃ」
「どうして? 」
「マリが城に上がった時には、もうエルがいた。センも、ライアも」
「うん」
「王の寵愛は、エルにしかなかった。それでも、側室を取った。エルだけが側室になる事が無いように。側室の子が、センだけにならないように」
「……」
「お前の母、マリは先代王の側室の姪。ルーク様の従妹じゃよ。両親を早くに失くしたマリは、ルーク様と一緒に育った。お前が以前暮らしていたあの家でな」
「従妹? 」
「そう、仲の良い兄妹のようじゃった。ルーク様が今の地位を築いたのは、妹のように思っていたマリを嫁に出すときに兄として恥ずかしくないようになりたいと、嫁に行くまではマリが働く必要などないようにの思いからじゃ。なのに、ルーク様が王の補佐として城にあがると、それを追うようにマリは王妃の侍女として城にあがった。ルーク様の思いとは違ったが、マリは王妃を慕い良き侍女になるように努め、王妃もマリを可愛がっておった。あの頃は、幸せそうにしておったよ」
「その頃センが産まれ、城を訪れる者の中には王女を産んだ王妃よりも、王子を産んだエルを敬う者が増えていったんじゃ。そのせいで、城内ではエルを憎く思う者も増えてきた。王妃も、エルも、お互いを憎く思ってはいないのに」
「センも、憎まれていた? 」
「王の息子じゃからのう。王妃が産んだのは娘、側室が産んだのが息子。城内のセンへの悪意、王妃の立場にエルは自らを責め、城を出たいと申し出た」
「城を、でる? 」
「わしは、嘆き悲しむ王に、『エルばかりに寵愛が向くことで、王妃と王女の立場が悪くなり、結果、エルが一番苦しむことになる』と進言した。王には、もっと王妃を敬って欲しかったのじゃ。それが、何を思ったか、王はもう一人側室を取る事にした。それが、マリじゃ。王から『側室』にと求められれば、拒むことは出来ぬ。城で育ったマリは、それを良く知っており、何も言わずに受け入れた。自分がいることで、エルの立場が軽くなるように。お前がいることで、センが笑えるように」
「……」
言っている意味が、よく分からない。満月の夜の悲しそうな顔は、愛しい人を待つためではないのか。あの憂いは、誰のためだというのか。愛されない事を知りながら、側室として城に上がった母さん。自分の愛した女性を守るために、憎まれ役としてさらに側室を取ったこの国の王。俺達の父親。
それでも、王妃も母さんも、センの母を嫌ってなどいなかった。
憎まれるのがわかっていながら城に残ったセン。愛されていない事を知りながら、城にいる王妃とライア。
「『女には、女の政がある』マリに側室は勤まらないと、王を説得しようと躍起になっていたルーク様に、マリが言った言葉じゃ」
『側室には向かない』そういったルーク伯父さんの声は、優しかった。
「ルーク様は、マリをとても大切にされていた。じゃが、マリは王の望みを叶え側室となり、エルを守ることで王の心を守ることを選んだ。ルーク様と並び、国を導くために」
「マリは、側室でいるときも幸せだと言っておった。じゃが、今の方が楽しそうじゃな」
満足そうに笑ったじい様に、俺は思わず頷いた。いつも穏やかに笑ってはいたが、時折見せる憂いを帯びた顔。それが、ここに来てから全くなくなったんだ。
楽しそうに畑を耕し、アクセサリーを作り、紅茶を入れる。市場では元締めに場所の交渉をし、お客さんと大きな声で笑いながら楽しそうに話をしている。
俺も、敵意に満ちた城にいるよりもずっと毎日が楽しい。
センはどうしているのだろう。ライアは泣いていないだろうか。
毎日が楽しければ楽しいほど、城に残った兄姉を思い出すときは胸が締め付けられる。
それなのに、どうしてもルーク伯父さんにもじい様にも、聞けずにいた。
「もう、お前一人で作れるのか? 」
「はい」
「それなら、必要な物もわかるだろう。次から、材料はお前が城に取りに来るといい」
「……は? 」
いつも通りの新月の夜。いつもと違う、ルーク伯父さんの俺への視線は、思ってもいなかった言葉に変わった。
もう、二度と城に行くことはないと思っていたのに……。




