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大切なものは

作者: 有栖紫苑


それは古い古い言い伝えでした。


季節の女王は、古来より国の循環には必然である。その存在は永遠なり。その大事な御身、情に流されることがあれば、季節の停滞を招くだろう。災いを招きたくなければ女王となる者は賢くその生を全うせよ。さすれば末永く平穏がもたらされるであろう。



いくらでも、解釈のしようがあるその言い伝えは、時に言葉を変え意味を変え人々に受け継がれていたのです。


ーーーーーーーー。


赤、黄、茶、色とりどりの枯葉が舞い散る中に一人、甲冑を着込んだ男性が城の窓を見上げて言いました。


「あぁ…、なんと美しき冬の女王なのでしょう。その御身が、私のものとなる時は永遠と来ないのでしょうか。」


陶然とうぜんした表情で、切なさ混じりにそう呟くのは夏の女王を守護する赤の騎士です。


それはまだ秋の季節。季節の塔にはまだ秋を司る女王が暮らしている頃でした。


気高き孤高の女王とされた季節の女王たちは、皆見惚れるほどに美しく純粋な乙女だったのです。


「いいえ、いいえ、赤の騎士様。わたくしは…!」


歓喜と迷いの狭間で震える冬の女王は、キラキラと美しい瞳に涙を湛えて言葉を紡ぎました。誰が見ても美しいと言われる薄水色の白銀とも呼べる髪は、まるで雪の結晶のような色艶で輝きまさに冬の女王にふさわしい髪色でした。


赤の騎士は考えます。

この美しい娘を娶るには如何するのが良いかと。

しかし、古い古い言い伝えにより女王と騎士の間には掟があったのです。


季節を司る女王は、恋をしてはならない。

守護する騎士は、情を持ってはいけない。


それは世界が生まれてから代々守られてきた言い伝えの解釈でした。

しかし、一度芽生えた感情というものは、そう簡単に消せません。それは選び抜かれた騎士であっても同じことでした。彼は恋に身を焦がしたのです。


時が経ち、季節は巡り冬になります。


赤の騎士は、塔に入っていく冬の女王を見送りながら考えを巡らせました。


塔の中であれば、誰に見咎められることもないのではないかと。


幸い塔は城の外れ、普段は誰も立ち入らない場所にありました。


本来の守護騎士としては、何もかもがあるまじき思いでした。しかし、恋に身を焦がした彼がそれに思い至ることはありません。


ーー私のものにならぬのなら、いっそ季節など回らなくてもよいではないか。ーー


燻り続けた思いを爆発させ、暗澹あんたんたる思いを抱いた彼はその夜、赤の騎士が思った通り誰にも見咎められることなく塔に忍び込みました。



終わらない、終わらない、終わらない。

さんさんと、しんしんと、ぽってりした雪がいつまでも降り積もる。


冬の女王は?

まだ塔の中にございます。


春の女王は?

まだ城で寛いでおいででごさいます。まだ、よいだろうとおっしゃて。…どういう意味なのでしょう?



降り続く雪は辺りを白銀へ変え、全てのものを呑み込んでいく。草木も人も街も。

冬は、終わらない、いつまでも。


このままではいけない。


そう思った王様はついに御触れを出しました。




冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

季節を廻らせることを妨げてはならない。



ーーーーーーーーー。


あの方と一緒にいるのは、ドキドキして、ふわふわして…そしてとても嬉しい。

わたくしはあの方と共に生きていきたい。


それは生まれて初めて、自身で願った望みでした。




わたくしは、生まれてこのかた外の世界を知りません。周りのものはみな、わたくしに傅くだけ。

何も教えてはくれなかったのです。

わたくしもそれが当たり前だと思っておりました。

順番で季節が巡るとわたくしたちが塔に入る。 その順番を待ちながら義務と言い聞かせて怠惰で退屈な生活をしておりました。

それでいいと、それが正解だと思っていたのです。

しかし、ある時を境に知らないということはとても罪なことだと気付きました。



季節の女王と呼ばれるわたくしたち四人は揃うことはないけれど、とても仲がよいのです。夏の女王は、とても温かい心の持ち主でそれに付き添う赤の騎士も同じ惰性でした。内気だったわたくしはすぐに打ち解けました。秋の女王は、クールで穏やかな方。春の女王はふわふわした可愛い女の子です。秋の橙の騎士も、春の緑の騎士も、わたくしの白の騎士もみなその季節に似合った惰性でした。


しかしみな、わたくしと同じように悩んでおりました。塔に入るまでは、やることと言ったらお話をしたり、お茶を頂いたりその程度。それがわたくしたちにとっては当たり前でしたから、何も思いません。

しかし自分たちが“知らない”知識を知っている侍女や侍従の人達に不審に思うきっかけはいくらでもありました。ある時私は指に火傷をしてしまいました。


「すぐに冷やして、消毒しましょう」


当たり前のように言われた言葉は、彼らにとっては当たり前ですが、わたくしにとっては驚くべきことでした。


「なぜ、冷やすのですか?」


「火傷の処置はそのようにするものです」


「私は知りませんでした」


「習っておられないのでしょう」


その時世界から拒絶されたような、一人取り残されたような孤独感に包まれました。


真実、わたくしは“何も”知らなかったのです。


そばにいてくれる騎士達にも相談しました。これはおかしいと。その時、赤の騎士に抱くこの感情も知りたいと思いました。

その末。


同じ籠の鳥で育ったわたくしたちは、行動しようと決めました。それは後にとてもとても大きな波紋となって、しかし大きな一歩となりました。


ーーーーーーーーー。


王様が御触れをだした三日後。

事態は動きました。


王様に御触れを取り消すように願ったものがいたのです。



「「「女王様がたは決めました。想い合っても報われない。誰もなにも教えてくださらない。ただの季節の女王となるのなら、春の女王はこれから先も塔に入らないでしょう。そして冬の女王は塔から出ないでしょう。これはわたくしたち、女王様を守護する騎士と女王の総意です。自由を下さい。好きな方と想い想われ結ばれる自由を。学べる自由を。」」」


夏、秋、春の守護騎士たちです。

一番そばにいて、苦悩する女王たちを見てきた彼らは赤の騎士の思いも冬の女王の思いも痛いほどに分かっていました。彼らが随分と前から惹かれあっていたのは、周囲から見ても一目瞭然でした。


ただ、彼らはあまりに無知だったのです。


それ故に自ら訴え、抗うことすら知りません。ですが、人の想いというのは時に知らないことですら無意識に行動させます。


この騒動は、“必然”でした。


たとえ今起こっていなかったとしても、将来必ず破綻していたことでしょう。もしかすると今よりも酷い状態になっていたかもしれません。


必死に懇々と説明し願う騎士たちを見て王様は、考えを改めました。


言い伝えというのも大事だが、それ以上に大切なものを見失っていたのだと。季節の女王も自分と同じ頭と心を持っているのだ。何かを思い、考え、したいとおもうのは当たり前のことです。それになぜ気づかなかったのか。


王様もその周りの人々も、季節の女王というのは人智を超えた存在であるとどこかで思っていたのです。


それから騎士たちに事情を聞いた王様は、冬の女王と赤の騎士を祝福しました。知らせに驚いた二人ですが、彼らは幸せそうに微笑みました。そして三人の女王も我が事のように喜びました。


知らせを聞いて王城から出てきた春の女王が塔に入りようやく季節が巡りました。


訴えて気付かせてくれた騎士たちに褒美を取らせることにしました。


「では、ひとつだけ。これから先の女王を私たちに。その季節の時のみ逢瀬は致しません。その代わり彼女たちにも自由を与えて下さい」


王様は快諾しました。


自由を与えられた王女達は、自ら考え行動するようになりました。

過ごしやすい春を少しだけ長くしよう。それで作物に影響は出ないかしら?どうだろう?

この国は今まで以上に安定しました。


この時を境に言い伝えに、一文が書き加えられます。



人の心は、何をもっても縛るべからず。縛れば、世界が崩壊するであろう。



行動を起こした季節の女王たちは、終生幸せに暮らすことができました。


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