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6、一難去ってまた一難

「餞別に、それを残しといてやるよ」

「な、なにを……したの」


 痛みは、まったくなかった。胸元に触れてみるが、流血をしている感覚もない。

 ミュセアの切れ切れの問いかけに、シャイスリッドがほの暗く笑う。


「クフフフ。覚えているが良い、イシュターラの女。次に俺様が覚醒したときには、真っ先におまえを……殺してやる」


 シャイスリッドの流し目が、一つのぶれもなくミュセアをとらえてくる。

 たじろぐミュセアの前に、体勢を立て直したクラウディアが再度進み出る。構えた杖から、いくつもの風刃が放出され始めた。

 シャイスリッドの口元が不敵にゆがみ、辺りをつんざくような哄笑があげられた。その瞬間、彼のまとっていた黒いオーラが完全に消え去る。

 それを確認し、クラウディアはふう、と息をつくと杖を立てた。


「どうやら封印に成功したみたいね。イシュターラのお嬢ちゃん、無事……かしら?」

「はあ、なんとか……生きているみたいです」


 両手を自分より前につき、ミュセアは大きく肩で息をする。ヘナヘナ、とその場で脱力しそうになるのを我慢して、そういえばと彼女はクラウディアを見上げた。


「あの、クラウディアさん。前から気になっていたんですけど、その呼び方」

「呼び方? まさかここにきて、お嬢ちゃんじゃなかったって言うのかしら?」

「ち、違います! いや、違いませんけど!」

「じゃあ、お嬢ちゃんが気に入らないの?」

「気に入らないというか、なんとなく違和感があって……。それにさっき、クラウディアさん、私のこと名前で呼んでくれました」

「そうだったかしら? 記憶にないわぁ」


 杖をクルクル回しながら、クラウディアは意味ありげにほほえむ。


「それで、イシュターラのお嬢ちゃん。アナタ、一体魔王になにをしたっていうの? 見ていた限りだと、なにかをしたって感じはしなかったんだけれど」


 結局変わらない呼び方にミュセアは小さく嘆息すると、ゆっくり立ち上がった。それ以上その話に触れることなく、先ほどの記憶をたどっていく。


「えっと手首をにぎられたり、ロザリオをつかまれたりはしましたけど……。私がしたことって、しいて言うなら――魔王の頬をひっぱたいたことくらいです」

「なるほど。もしかしたら、その衝撃がレインの眠っていた意識を文字通り叩き起こしたのかもしれないわねぇ。そういう封印の仕方もありなのか、ふーん。興味深いわぁ」

「それよりも私、あの魔王から堂々と命狙います宣言されたんですけど……」

「そうみたいねン。アナタのココ、紫の刻印がされているわ」


 はだけられたミュセアの胸元に杖の先をかざし、クラウディアが言う。

 「!」とはじかれたように、ミュセアは胸元を隠す。クル、とクラウディアに背を向け、彼女も確認してみると、そこには紫の複雑な文様が刻まれていた。


「一種の呪いみたいなものかしらね。どこにいても、アナタの居場所がわかるようなそんな類のヤツ。まあ、頑張りなさいな」

「えっ! 助けてくれないんですか?」

「あいにくと、アタシの今の魔力じゃ解呪は無理そうだわン。それにアタシが守らないといけないのはあそこにいる勇者王子、ただ一人だけなのよねン」


 示された方向で、グラリとレインの身体がくずれ落ちていく。

 「あ!」とミュセアが一歩踏み出す前に、クラウディアが転移ワープしレインを受け止める。そのまま床に横たえ、クラウディアは緑の瞳を細めながらレインの様子を眺めた。


「見た感じ、あの時と一緒ね。気を失っているだけのようだわ」

「そうですか、よかった」

「とりあえずベッドに移動させるわ。よ、と」


 クラウディアが、軽々とレインを抱きかかえる。

 ふらつきもなくベッドに向かうその後ろ姿に、ミュセアは唖然となる。ここに連れてこられたときに、ミュセアも抱き上げられた経験があったが、今彼女が腕にしているのは男であるレイン。ミュセアより重いだろう彼をベッドにゆっくりと置き、クラウディアはホッと胸をなでおろした。


「これでよし。ふふ、相変わらずかわいい寝顔ねぇ。食べちゃいたいくらいだわぁ」

「た、食べ……!?」

「ああ、お嬢ちゃんにはちょっと刺激が強かったかしらン」


 目を白黒させているミュセアに歩み寄り、クラウディアは微笑みながら彼女の薄桃色の髪をなでる。ポン、とその手が優しく離され、クラウディアはそのまま部屋の出口へと向かった。


「それじゃあ、あとは頼むわねン。イシュターラのお嬢ちゃん」


 ヒラヒラ、と後ろ手にふり扉から出ていくクラウディアに、ミュセアもあわてて両手をふる。扉の閉まる音を聞き終えてから、ベッドの端に腰をおろす。

 眠ったままのレインは、穏やかな表情だった。

 しばらく彼の寝顔を見つめていたミュセアは、そっとレインの隣にもぐりこむ。

 クラウディアがレインを置いた位置は、ちょうどベッドの真ん中だった。ミュセアの横になる場所がせまくなり、彼とどうしてもどこかしらが密着してしまう。

 気にはなったものの、不意に押し寄せてきた疲労と睡魔に負け、ミュセアはいつしか深い眠りに落ちていった。

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