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3、少々難ありな寝床

「……なかなか、慣れないものだね」

「ええ、ほんとに……」


 一つのベッドで向かい合いながら、ミュセアとレインは苦笑する。

 食事を終え、レインが自室に戻るのについてミュセアも彼の部屋に移動していた。お互いに隅の方でそそくさと寝間着に着替え、先にレインが部屋の中央にあるベッドに入った。ちょっと間をおいて、ミュセアもそれにつづく。

 一人だと余裕のあった広さも、二人で使うと寝返りをうつのも困難なものになっていた。

 赤い瞳が、申し訳なさそうに影を帯びる。


「すまない、ミュセアさん。封印のためとはいえ、君をいろいろなことに巻きこんでしまった」

「いえ、私は平気です。封印を維持するためには、こうして常におそばにいなくちゃいけない。仕方がないことですし、それが私の役割ですから。殿下……じゃなくてレイン様こそ、嫌じゃないですか? 偽装とはいえ、私と、こ、婚約までしちゃいましたけど……」


 ミュセアの問いかけに、レインは微笑む。


「僕は、全然気にしていないよ。それに、そうでもしないと僕の両親に説明のしようがないからね。出かけるときも、食事をするときも、寝るときもずっと一緒なのに、ただの友人ですとも言えないだろ? 封印のことを知られて、余計な苦労や面倒はかけたくないんだ。ただでさえ、魔王討伐のときに過剰なほどの心配をかけてしまったから」


 レインが憂いをのぞかせながら、掛け布団に顔をうずめる。

 静かに目で追っていたミュセアは、「あ」と思い出したように声をあげた。


「あれから、身体の具合はいかがですか?」

「うん。今のところ特に変わってはいない、と思う。とはいっても、あの時の記憶は僕には全くないから、何とも言えないけれどね」

「そうですか。なら、一応はお勤めを果たせているということでしょうか」


 ほ、と安堵の息をミュセアはこぼす。

 ここに初めて連れてこられた時のことを思い出した。


 宮廷魔術師を名乗る背の高い女性に、教団から逃げ出そうとしているところを拉致されたのが、そもそもの始まりだった。

 気づけば、メファスティアスの勇者王子の私室、つまりはこの部屋にいた。

 その時そこで会ったのは、見た目は今のレイン王子そのものだったけれど、中身は別人だった。

 全身に黒いオーラをまとい、美しい紫の目だけで周りを射殺せそうなほど冷酷に満ちた表情。残忍にゆがんだ唇から、覚醒をよろこぶ哄笑があげられた。


 「レイン!? くっ、例の発作か……!」横からの宮廷魔術師の焦った声に、何が起きているのかわからないまま「イシュターラのお嬢ちゃん、頼んだわよっ!」と一方的におしつけられ、「た、頼まれてもこの状況、一介のシスターでしかない私じゃどうにもでき……って、うきゃぁあああああ!!」抵抗もむなしくビュン、とものすごいスピードでミュセアの身体は宙を滑空していき、そして。

 その結末がよみがえり、ミュセアは怒りやら羞恥やらいろいろなもので頬に熱がともるのを感じた。


(い、いきなりあんなことするとか、あの宮廷魔術師のクラウディアとかって人、ひどいし……! 男の人と、しかも初めて会った人とあんなに近い距離でだ、抱きかかえられるとか、普通ありえないでしょ……っ)


 グルグルと、思考が回っていく。

 今、手を伸ばせば触れられるところに、その本人がいる。覚えていないのだろうから、気にも留めてはいないのだろうけれど。

 なんだか現実離れしすぎて、このまま目をつぶって朝を迎えてしまえば、すべては夢でしたで終わるのではないだろうか、そう考えてしまう。


「と、とりあえず、寝ましょうか」

「うん、そうだね」


 ミュセアの提案に、レインも同意する。

 二人同時に目を閉じて――、しばらくして二人同時に目を開けた。


「ご、ごめん」

「い、いえ、こちらこそ」


 視線が合い、気まずくなった二人はいそいそと上掛けにもぐりこむ。

 何とも言えない空気の中、視線をさまよわせていたレインが恥ずかしそうに意見した。


「……お互いに、違う方を向いて寝ようか」

「そうですね、それがいいと思います」


 ミュセアも即座に賛成する。

 どちらからともなくお互いに背を向け、再び目を閉じれば――いやでも背中越しに相手の熱が伝わってくる。

 もう何度目だろう、この状況。

 こうなるのはわかっていたはずなのに、昨日も一昨日も思ったはずなのに、二人は目を見開くと同時に同じことを心の中で叫んだ。


((ね、眠れない……!))


 邪魔にならないように、背筋を伸ばしたりベッドの端までそっと移動してみたり。

 いろいろ二人でやってはみたけれど、どうしても制限がかかってしまい、何も改善されないままレインがつぶやいた。


「ベッドのサイズ、もっと大きくしてもらおうか」

「そうですね。そうして貰えると、私も助かります」


 即答してから、ミュセアはもぞもぞと身を縮ませる。

 まばたきを繰り返しているうち、いつしか心地よくなってきた温もりにゆだねるように、彼女の意識は眠りの中に落ちていった。

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