2、とある食事
カチャカチャ、と手にしたナイフとフォークが乾いた金属音を立てる。
それほど丁寧に扱ったことのなかったそれらに悪戦苦闘していると、テーブルをはさんだ向かい側に腰かけた女性がゆったりとした口調でミュセアに話しかけてきた。
「お城には慣れましたこと? ミュセアさん」
「あ、はい……」
まだ全然、と心の中でつぶやき、ミュセアはぎこちなく微笑む。
ついこの前まで質素な教団暮らしを送っていた彼女にとって、突然放り込まれた王宮の生活は、目のくらむようなまばゆいものだった。
着る服が黒一色の修道服から、きらびやかなドレスに変わった。食事やティータイムには、今まで見たことのないような料理やお菓子が並ぶようになった。寝床は……、少々難ありだけど。
ミュセアの視線が、無意識に女性の隣へと移る。そこに座っていたのは、女性と同じサラサラの金色の髪と整った顔立ちを持った美男子。
勇者王子レインドルク。魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらした当人だった。
優雅な仕草でグラスを傾けていた彼はミュセアの視線に気づくと、燃えるような赤い瞳を優しげに細めた。
「母上」と女性を呼びながら、彼女に顔を向ける。
「ミュセアがここに来て、まだ一週間も経っていないのですよ? そうそうすぐに慣れるはずがないでしょう。それまでは、神に仕える敬虔な聖女だったのですから」
「あらあら、まだそんなにしか経っていなかったかしら? なんだかもう、ずっと一緒に生活をしていたように感じてしまって」
「ははは。気をつけねばならんぞ、ヴィアンヌ。おまえは、彼女にとって未来の義母になるやもしれん。怖がらせてしまったら、せっかく王子の方から申し出てくれたこの婚約が、破談になってしまうやもしれぬぞ?」
茶化すように会話に入りこんできたのは、ミュセアの横一つ先に腰を落ち着けていた初老の男性だった。
「やだわ、陛下ったら。わたくし、そんな怖い姑にはなりませんわ。だから安心してくださいね、ミュセアさん」
「は、はい。ありがとうございます、王妃さま」
「ああ。幼い頃から剣術ばかりに傾倒していたあのレインが、ようやく……。わたくし嬉しさのあまり、いつものダンスが三倍速くらいで踊れそうですわ」
「それはすごい。ぜひとも見てみたいものだ」
「ふふ、ちゃんとエスコートしてくださいませね、ロズオルト陛下」
「もちろん。よろこんでお相手しましょう、我が妃」
幸せそうに微笑みあう王と王妃に、ミュセアはわずかに頬を染める。
あわてて視線をそらした先には、金髪の王子。ニコっとさわやかな笑みを返され、先ほどの二人のそれと重なり、彼女はさらに頬が熱くなるのを感じながらそっとうつむいた。