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extra:ソーマルート②

 新聞には相変わらず物騒で不景気な記事ばかり載っている。

 あの夜の召喚事例は、表向き、教団内部でのボイラー火災という事に落ち着いたようだ。

 死傷者が合わせて10人以上出たらしいが、同じ日に起こった学校の崩壊事件のせいで扱いが小さい。

 皆大きな事件に慣れ過ぎている。


 朝からため息が出る。

 自販機で買った牛乳を飲み干すと、僕は星審の寮を後にした。

 今日も朝から日差しが強い。


 パンを買いに入ったやなせベーカリーで、ジジと出会う。

 まだコート姿だが、それには触れない。

 本人は頑なに暑くないと言い張るし、あまり強く脱ぐ事を勧めると、なんだかセクハラをしている気分になるからだ。


 クリームパンの籠はいつものように空っぽで、僕はいつものようにあんぱんを一つ買う。

 店を出るとジジがまだそこにいた。


 抱いているのはもちろん、クリームパンのぎっしり詰まった紙袋。

 表情の乏しい顔に、やや得意げな気配を感じたが、気のせいか。

 飲み物を買い、歩きながら話をする。


 宮坂は儀式の前に、研究資料をすべて破棄していたらしい。

 おっとり刀で駆け付けた神智研の召喚事例対策班は、緑の月の神の欠片どころか、宮坂に任せっきりにしていた全ての関連資料を確保し損ねたという。


 そのおかげで、巫女の力を失ったソーマは自由の身になれたのだから、彼は彼なりに考えがあったのかもしれない。

 発表された死者の中に宮坂も含まれていたが、本当の所、彼の安否は未だに不明だ。


「ねえ……、アレから連絡はまだ入らないの?」


 物思いに耽る僕の脇腹を、ジジがつついて来る。


「あれから? 海の藻にくっついて来る、小さな甲殻類?」

「……それは破殻。端脚目ワレカラ科の甲殻類の総称。海産で、主に海藻の間にすむ。体長数センチの細長い円筒形で、胸部は七節からなり、第三、四節を除く各節から細長い付属肢が一対ずつ伸びる。第二節のものははさみ状。ちなみに、秋の季語」


 丁寧に突っ込んでくれる。冗談だと理解出来ていないのかもしれないが。


「『我からの 音を鳴く風の 浮藻かな』 ……だったかな?」


 ジジの目は笑っていない。気まずい沈黙が続く。


「……あの子はどこなの?」

「『あのこ』だと、主に幼児や女の子を指す言葉だけど、『おのこ』だと成人男性を指す言葉に早変わりするんだね。ふしぎ!」


 脇腹をつつく物がいつの間にか短剣に変わっている。

 ジジの目は笑っていない。こわい!


 誠心誠意、心の底から謝って、何の連絡も無い事を正直に話す。

 あれから何度も同じ様なやり取りを繰り返し、僕があまりアスキスに関して触れたがらないのを知っているから、ジジもそれ以上追求はしてこない。


 名前を出すのさえ嫌なのに、そんなにアスキスの事が気になるのか。

 二人の少女が、正確にはどんな関係なのか、未だに理解出来ない。


 黒衣の魔女はあの夜、使い魔を伴って空に消えたっきり姿を現さない。

 まるで正義のヒーローのようだと、口にしかけて考え直す。

 あれは悪魔だし、自分の為にしか戦っていないのだから。


 不意に黙り込んだ僕を気遣うように、ジジが覗き込んでくる。


「……お互い片想いは辛いね」


 安心させようと軽口を叩いたら、首筋にナイフが飛んできた。

 皮一枚でかわすが、ジジの目は相変わらず笑っていない。

 手加減してくれているのは判るけど、刃物で突っ込むのは止めようよ。


 途中でジジとは分かれる。今日は検査の日だとか。

 

 ジジが昨日また校舎を半壊させた。

 夏休み中に復旧が済むか、怪しくなってきた。


 夏休みに入ったからそれ程用が無いとはいえ、寮暮らしでお小遣いも潤沢ではない僕にとっては、学園で時間を潰せないのは痛い。

 バイトの申請をしたら、許可は下りるだろうか。


 事件のせいか夏休みだからか、月に一度の検査が週二回になったのが面倒だ。

 以前のように拘束されないだけましかと自分を慰める。


 一人でいると考え事が多くなる。

 また嫌なニュースでいっぱいになりかけた頭を、元気な声がリセットしてくれる。


「行ってきます。お姉ちゃん、今日はハローワーク行かなきゃ駄目だよ」


 しっかり物の妹と駄目な姉の朝の風景。

 ここ数週間ですっかり馴染みの物となった。


「……ソーマ、あたいは病み上がりなんだから、もうちょっと優しくしておくれよ」


 情け無い海南江の声に、腰を手に声を尖らせるソーマ。


「お姉ちゃん、そう言って昨日も徹夜でゲームしてたじゃない!」

「勘を鈍らせちゃあ、仕事にならないさ!」


 銃を構える仕草。

 右足はまだギプスで固められているが、腕のギプスは取れたようだ。

 この人はガンコンを持つと何時間でもテレビの前にいる。

 以前一緒にプレイしたときは、5時間ぶっ続けで付き合わされたうえ、諸共にソーマに叱られた。


「ダメ! もう銃使うのは禁止! だいたい、セブンライブスは魔女に持ってかれちゃったんでしょ!?」


 両手でバツを作り、首を振るソーマ。可愛いむくれ顔を作る。

 海南江がこの顔に絶対に勝てない事を、僕は知っている。


「あー、でも、あたいハロワは苦手なんだよ。姉ちゃんの時代は、就職氷河期だったからね」

「お姉ちゃん、就職活動した事あるの?」


 ばつの悪い表情を作り、言い訳を始める海南江を情け容赦なく斬って捨てるソーマ。


「そこ! 何笑ってんのさ!?」


 苦笑しつつも何となく一連のやり取りを眺めていた僕に、唇を尖らせた海南江が、パンチのジェスチャーを繰り出してくる。


「おはよう。奏氏」

「おはよう。ソーマ、海南江さん。今日はプールの日?」


 ソーマが持つ手提げ鞄を見やり声を掛ける。


「うん。毎日でも泳ぎたいんだけどね」


 初等部や中等部の校舎は無事だったらしい。

 正式な編入は夏休み明けになるだろうが、ソーマは暇さえあれば学園に遊びに行く毎日を過ごしている。

 同年代の友達が出来たのだろうか。


「少年もソーマに怪我人を労わるように言ってやってくれよ……」

「僕も仕事は早く探した方が良いと思いますよ?」


 僕の言葉に「Boom Boom!」と、さらにパンチを繰り出してくるが、不意に顔をしかめて右腕を抱え込む。


「お姉ちゃん、大丈夫!?」


 顔を曇らせ不安な声を上げる妹に、「平気さ!」と右手で銃を作り不敵に笑ってみせる姉。


「ああもう! お姉ちゃんは家でゆっくりしてれば良いよ」


 でもゲームは禁止ねと付け足すソーマに、不満のブーイングを返す。


「奏氏は今日も図書館? いってらっしゃい」


 ソーマの笑顔に見送られて再び歩き出す。



 あれから一ヶ月。

 仕える神との繋がりを無くした巫女の重要度は低いのだろう。

 神智学研究所の監視は付いているようだが、ソーマは海南江と共に平凡な暮らしを許可されている。

 少なくない宮坂の資産の受取人は、養女であるソーマになっていた。

 成人の暁にはその全てを自由に出来る手続きが成されていたという。


 巫女を失ったとはいえ、アキシュ=イロウの試みは潰えていない。

 産み出した巫女が儀式を執り行うまで、8年の歳月を費やしたが、永劫の時を生きる神にとっては瞬きほどの時間だろう。

 緑の月が空に上るとき、宮坂は再びその姿を現すのかもしれない。

 そしてまた、黒衣の魔女も。


 地球温暖化だの避けられない食糧危機だの少子化だの時間単位で絶滅してゆく種だの無差別殺人だの。

 メディアは相変わらず不景気なニュースを垂れ流している。

 人々はそれに慣れきり、神々の企てには気付きもしない。

 それでも、この姉妹のように平穏な日々を過せるのなら、それはそれで良しとすべきなのだとも思う。


 あれは興味が無い様子だったが、これは日常や平凡が性に合ってるらしい。

 黒の淵に記された神名はあと27。


 夏も盛り。

 見上げた空は晴れ渡り、魔女の姿は見当たらない。



                              ep. Myth Prayer END

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