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extra:ソーマルート①

 ノベルゲーム版では存在したソーマルート。

 こっちを先に読むとアスキスの印象が極悪ガチレズになります。

 アムリタを飲み込んでしまわないよう、もがく僕の前に、逆さまにソーマが浮かぶ。


「大丈夫。怖くないよ。みんな一つになれば、悩みも苦しみも無くなるんだから」


 儀式の時より、少し子供っぽい普段の語り口。

 驚いて空気を吐き出してしまうが、苦しくない。

 口内からも鼻腔からも、直接甘く爽やかに感覚が広がって行く。


「ほらね。わたしの神様は酷い事なんかしないもの。奏氏は何を悩んでいるの?」


 無邪気な笑顔。

 僕の悩み? 僕は何を悩んでいるんだろう……


「そう、記憶が無いの」


 心配そうに眉をひそめるソーマ。


「でもね。記憶なんか無くったって、一つになればみんなの想い出が奏氏の想い出だよ。怖いのも不安もすぐになくなっちゃうよ」


 満面の笑みで両手を差し伸べる幼い巫女。


「さあ、心を開いて」



 翠に輝く海の中、たゆたう人々の意識が繋がってゆくのが感じ取れる。

 すぐ身近で、幼い巫女が楽しげに見守っていてくれる気配がする。

 何処までも広がってゆく開放感。

 このまま消えてしまうかもしれないと、意識の片隅で微かな不安を覚えるも、全てがどうでも良い事のように感じられる。


 不意に異物感に突き当たる。

 膝を抱え込んだアスキスが、頑なに心を閉じているのが伝わってくる。

 何処に行っても意地っ張りなんだな、こいつは。


「本当に強情だね」


 呆れたようにため息を吐くソーマ。


「大事な人がいなくなっちゃったの? 大丈夫。みんなと一つになれば寂しくないよ。私の神様は、あなたや名付けざられしものだって、ちゃんと受け入れてくれるよ?」


「うるさい! 黙れ! 誰も銀貨の代わりにはなれないんだよ!!」


 魔女の血を吐くような叫びが微かに、だが確かに響いてくる。


 銀色の少女の後ろ姿。

 ただひたすらの渇望。


 僅かに漏れる底知れぬ喪失感に触れて、何故だか僕は甘やかな痛みを感じた。



 巫女の困惑が伝わってくる。


 『お姉ちゃんも一緒じゃないと』彼女は確かにそう口にした。

 ソーマは大切な誰かという感覚が理解出来ないのだろうか?

 アスキスの傍に佇み、同時に僕の側を浮遊する彼女の意識に触れてみる。



 真っ白な部屋。真っ白な服。

 注射はきらい。痛いから。

 お薬もきらい。苦いから。


 大きな意志が常に側にいる感覚。

 満月の夜には語り掛けてくる。寂しくはない。


 他者という概念が理解出来ない。


 人形をくれた男。外にはたくさんの人がいるという。

 繋がっていない無数の個。漠然とした不安と恐怖。


 大きな声。乱暴なしぐさ。

 人を殺す道具を持ったこわい人。

 でも、抱き上げてくれた手は暖かくて。

 埋めた柔らかい胸からは、安心できる匂いがした。



「一つじゃないから嬉しいんじゃないの?」


 僕の言葉に、顔を上げるソーマ。

 眉尻の下がった、困った顔。


 僕の見ているものは、彼女の見ているもの。

 海南江といる時に見せた、ソーマの生き生きとした表情。

 儀式を執り行う、巫女としての顔。


 僕の聞いたものは、彼女の聞いたもの。

 金次第で神でも悪魔でも相手にすると嘯いたセブンライブス。

 でもそれは、自分の命を投げ出してでも誰かを守ろうとする人間の本心であるはずが無い。

 銃使いは自分の魂を使うとき、確かにこう呟いた。


『ごめんな、ソーマ』


 巫女の意識は僕にも魔女にも向かっていない。

 ただアスキスに破れ、無残に地面に倒れている用心棒にのみ向けられている。


 早撃ち、曲撃ち、百発百中の銃捌き。

 だらしないひと。いつもお昼まで寝ている。

 二人で食べるカレーパン。サクサクの生地。ちょっぴり辛口の。

 はじめて誰かといっしょに眠る。

 見たことの無い世界の話。知らない国の子守唄。


『はじめましてだな緑の月の巫女。今日からあたいがあんたの用心棒だ。姉ちゃんだと思って甘えるがいいさ!』



「お姉ちゃん……」



 不意に重力を思い出したかのように、巨大な水球が弾ける。

 地面に投げ出された僕は、咳き込みながら肺にまで浸入したアムリタを吐き出す。

 綺麗に足から着地した黒衣の魔女は、煩そうに頭を一つ振り雫を振り飛ばすと、幼い巫女を睨み付ける。


「小賢しい真似をしやがって! あたしを相手に精神戦なんざぁ、100年早いんだよ!!」

「このっ!」


 叫び声を上げ、アスキスに突っかかって行くソーマ。


「威勢が良いな、小娘。相手になってやる!」


 華麗なスウェーで大振りな拳をかわすアスキス。

 上体の動きだけでソーマを翻弄する。


「ぬるいぞ! 小娘! そんなモンでこの銀の鍵の魔女を止められるガッ!」


 油断したのか、ソーマの拳がアスキスの顎を捉える。

 ……結構痛そうだ。


「上等だ!!」


 子供相手に本気で殴り返すアスキス。

 ソーマは何度吹っ飛ばされても立ち上がり、ただがむしゃらに突っかかって行く。


「……お姉ちゃん、は、……わた、しが、……守、るから……」


 上空ではハスターとアキシュ=イロウが互いを喰らい合っている。

 疑似アムリタの効果が続いているのか、信徒達は座り込み、あるいは立ち尽くしながらも緑の月を見上げている。

 神々の争いの影響を受けてか、不意に頭を抱えて蹲る者や、偽足に掬い上げられる者が現れても、誰もこの場を離れようとしない。


 アムリタを吸ったドレスが動きを阻害するのか、アスキスの動きから目に見えてキレがなくなっている。

 対するソーマはローブを脱ぎ去り、下に着込んでいた水着姿になっている。


 泥まみれになっての低レベルな争いは続く。

 ソーマは月との感応を絶ったまま、アスキスはハスターの力を使わぬまま。


(どういう事だ?)


 困惑する道化の思考。


 これが彼女の答えだろ。巫女として緑の月を受け入れ一つになる事より、個として戦う事を選んだ。アスキスは全力でそれに応えてる……んだろうな。


 苦笑しながら返した僕の説明に、釈然としない様子の道化。


(これでは今までの人間と何も変わらない。観察する価値が無い)


 そうかな。これには結構楽しいけど。

 ……またアスキスがいいのを貰った。


(そうか。それはこれとは違う慰めを見出せたか)


 遠ざかる道化の意志。

 珍しく、ほんの少しだけ感情を含んでいたように感じたが、それが僕に対する失望なのか羨望なのかは、結局解らずじまいだった。


 体格では勝るアスキスだが、重く張り付くドレスに邪魔をされ、水着姿のソーマといい勝負だ。

 人形のような白い貌は今では痣だらけだが、その表情はどこか楽しげに見える。


 体中擦り傷だらけ、右目が開けられないくらい腫れ上がっているソーマは、涙で顔をくしゃくしゃに汚しながらも立ち向かう事を止めない。


 偶然、ソーマの拳がカウンター気味に入った。

 縺れる様に倒れ込む二人の少女。お互い体力の限界なのか、そのまま仰向けに転がり、荒い息を吐いている。


 仰ぎ見る空には、緑の海も異形の残骸も見えない。

 ただ白い月だけが、無様だが誇り高い勝者達を優しく照らしていた。

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