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14. 夏はやっぱり白くまアイスですよね





「もうすぐ夏休みですね。毎年恒例の、夏休みの課題を発表したいと思います」

 長子先生が言うと、生徒たちは「夏休みどこ行く?」などとそわそわし始めた。

 人間界でも魔界でも、夏休みが楽しみなのは共通のようである。

「――夏休みの課題は、今年も『人間界で人間を驚かせること』です」

 えーめんどくさーい、という声が教室のあちこちから上がった。

 とりわけ大きな声で「今の時代に人間驚かせたって大して意味ねーよ長子先生の婚活パーティーと同じくらい意味ねーよ」とボヤいたカケルの顔面には長子先生の頭突きが光の速さでクリーンヒットした。

「――ごほん。それぞれ好きな場所で自由に人間を驚かせて構いません。ですが、人間界のどこで、どのように驚かせる予定なのかを今からプリントに書いて提出して下さい。嘘を書いてはいけませんよ、ちゃんと先生たちが人間界へ見回りに行きますからね」

 神多先生お願いします、と長子先生が言うと、教育実習生の神多が生徒たちにプリント用紙を配布し始めた。

 先生の見回りあるんだってサイアクー、と生徒たちが口を尖らせている中、

「やっぱりないなあ……」

 のり子は鞄や机の中をガサゴソと捜索していた。

「どしたの御握さん。何探してんの」

 隣の席のカケルが、先ほどの頭突きで出た鼻血をティッシュで拭いながら話しかけてきた。

「父にもらった例の誓約書、どこかに落としてしまったみたいなんです。今朝登校する前に確認した時には、ちゃんと鞄の中にあったのに……」

「ああアレね。霧之助のサインまだあきらめてなかったんだ?」

「ちょ、ちょっと大きな声で言わないで下さい!」

 慌ててカケルの口を手で押さえた。すぐ目の前に霧之助がいるのだ。

 のり子が本当は普通の人間であることや、父親が鬼切であること、借金や誓約書のことは全てカケルしか知らない秘密なのだ。

「……サインの件はもうとっくにあきらめてましたよ」

 のり子はため息を吐きながら言った。

 父から託された誓約書は、誤魔化紙というアヤシイ紙で作られた物。そんな得体の知れない誓約書に、霧之助のサインを書いてもらうわけにはいかない。

「サインはあきらめていましたが、あの誓約書に何が書かれているのかを父に聞きたかったのに……」

 父は住み込みの仕事(オカマバー)が忙しいのか、なかなか自宅には帰ってこない。近いうちに父の職場(オカマバー)へ直接行って、詳しく問い詰めてやろうと思っていた矢先、誓約書を紛失してしまったのだ。

「まあ、あんないかがわしい紙は必要ないから、なくしたって別にいいんですけどね」

 ただ落とした誓約書を誰かに拾われていたらなんとなく嫌だなあと、のり子は思った。

 しかし見つからない物はどうしようもない。のり子が探すのをあきらめて座り直したその時、

「――書き入れ時よ!」

 突然、左隣の口裂け女・咲子が雄叫びを上げながら立ち上がった。

「夏はまさに稼ぎ時! 人間を驚かして驚かして驚かしまくるわよー!」

 エイエイオー! と何人かの生徒と一緒に盛り上がり始めた。咲子と同じように、人間を驚かせることで家賃を払っている魔界人なのだろうか。かと思えば、「人間驚かせるのめんどくせー」と項垂れている生徒も複数いる。

 人間を驚かすことで利益を上げている者と、そうでない者がいるらしい。その区別は何なのか、のり子にはよく分からない。

「――霧之助様っ!」

 閻魔の娘・閻道冥子が走ってきて霧之助に力いっぱい抱きついた。

「良かったら夏休みに冥子の別荘に遊びに来ませんか? バルコニーからの眺めが最高なんです! 八大地獄が一望できて、特に大焦熱地獄の炎のきらめきはとってもロマンチックなんですよ!」

 なにその別荘超怖い。

 想像してのり子は背筋が冷たくなった。

「今年の夏は父さんが強化合宿をやるって言ってるからなあ」

 霧之助が相変わらずの無表情でつぶやいた。

 年頃の美少女に抱きつかれても顔色一つ変えないというのはなんだかすごいことのように思えた。

「なにその強化合宿って。何を強化すんの?」

 霧之助の話に興味を持ったのか、鼻の穴にティッシュを詰めたカケルが身を乗り出して聞いてきた。

「俺もよく知らないんだけど、吸血鬼としてのレベルを上げるって父さんが張り切ってた」

「なんかすげーな。トランシルヴァニアに行ったりとか?」

「ううん。埼玉県で滝に打たれるって言ってた」

「滝に打たれる吸血鬼とか初耳なんだけど」

「俺もだよ」

 でも父さん言い出したら聞かないからなーと霧之助が独りごちた。

 確かにあのお父さんは暴走し始めたらきっと誰にも止められないだろうなと、のり子も同感した。

「――御握さんは魔女の修行とかするの?」

 急に霧之助が振り返って聞いてきたので、のり子は飛び上がりそうなくらい驚いた。

 霧之助のすぐそばでは、冥子が険しい顔でこちらを睨んでいる。霧之助がのり子に話しかけたのが気に入らないらしい。

「え、ええと、魔女の修行は……昔はよくやってましたが、最近はめっきりしなくなりました。やらなきゃいけないなあーとは思っているのですが……」

 ダイエットか、とカケルが小声でツッコんできた。

 のり子は「余計なことを言うな」という目でカケルを睨みつけた。

「魔女の修行って、どんなことするの?」

 霧之助が真顔でさらに深く質問してきた。

 普段はどちらかと言えば無口なくせになぜ今日に限ってこんなに話しかけてくるのか。

「え、えー? ええとですね……」

 のり子は全身から冷や汗が噴き出した。魔女の修行なんて全く知らないし想像もつかない。とにかく頭をフル回転させた。

「……て、鉄下駄を履いたままホウキで空を飛ぶ訓練、とかですかね」

「へえー。なんかすごいね」

「し、しかもその鉄下駄は熱い炎で焼いてあるんです」

「うわあ、なんか大変そうだね」

 霧之助がとても感心している。どうやら信じてくれているらしい。

 隣でカケルが口を押さえて小刻みに震えながら笑いを堪えている。後でカケルには鉄拳をお見舞いしてやろうと心に決めた。

 霧之助が「俺も父さんに焼いた鉄下駄履かされたら嫌だなあ」と不安そうに言うと、

「――合宿とかいいねそれ!」

 咲子が嬉しそうに声をかけてきた。マスクで口元を覆っていても笑顔なのが見て分かる。

「ねえ、どうせみんな人間界に行くわけだからさ、一緒に合宿やらない? 人間界のコテージか何かに泊まって、観光客を驚かせまくろうよ!」

 咲子の提案に「それいいじゃん!」とカケルも食いついた。

「……そうか。みんなで合宿するって言えば、父さんも納得するかも」

 霧之助がうんうんと頷きながらつぶやいた。

 いつもの無表情だが、なんとなく声が弾んでいるように聞こえる。

 その横で「霧之助様が参加するなら冥子もついてゆきます!」と冥子が叫んだ。

「なになに面白そう。僕も混ぜてよ強化合宿」

 金色の髪を輝かせながら、悪魔の優也も話に入ってきた。今日もいつも通り華やかできらびやかで爽やかである。ちなみに、かかとのウオノメは完治したらしい。

「お前はこれ以上何を強化するつもりなんだよ」

 と、優也に向かってカケルが言った。カケル的には、優也には合宿とか修行とかいうものがおよそ似合わないらしい。

「何言ってんのカケル。僕もまだまだ悪魔修行中の身だよ。誘惑から契約成立までをもっと短時間でスムーズに運べるようにならないとね」

「悪魔も色々大変なんだな」

 カケルが「まあ契約ノルマ頑張れよ」と優也の背中をぽんぽんと叩いた。やっぱりどこぞの営業部みたいな会話だな、とのり子は思った。

(……そう言えば、カケル君や咲子さんは、優也君のお母さんのこと知ってるのかな……?)

 霧之助も初耳だったみたいだから、やはりカケルたちも知らないのだろうか。しかしそんなことをのり子の口から聞くわけにはいかないので、心の中にしまっておくことにした。それにきっとカケルや咲子は、優也の母親のことを初めて知らされたとしても「へえそうなんだ。そんなことよりラーメン食いに行こうぜ」みたいな反応をするに違いない、と想像すると、なんだかちょっぴり愉快な気分になった。

「――合宿ならやっぱ海だよ海! 海水浴客を恐怖のどん底に陥れようぜ!」

 カケルが咲子の机に大きな地図を広げながら嬉しそうに言った。

 着々と合宿の計画を立てているらしい。

「それってアンタが水着見たいだけじゃないの?」

 と、咲子が呆れた声を出した。

「あーやっぱ古びた温泉旅館もいいな。浴衣いいよね浴衣」

「それも浴衣見たいだけしょ」

「見たいよそりゃ」

「カケルこそ滝に打たれて修行した方がいいんじゃない?」

「いらねーよそんなの。俺はもうクリアしたの。満月見ても変身しなくなったし」

 カケルと咲子の会話を聞いていたのり子はふと疑問に思った。

「……あの、カケル君は満月の夜に、狼に変身したりしないんですか?」

 と、のり子が聞くと、カケルが「まーね」とドヤ顔を見せた。

「ガキん頃は満月見る度に変身してたけどな。今はコントロールできるから全然ヨユー」

「コントロール、ですか」

「うん。満月じゃなくても変身できるし、好きな時に元に戻れるし」

「へえ、すごいですね」

「まあね。上級者じゃないとできないよコレ」

「じゃあ上級の人狼にとっては、月の満ち欠けは関係ないんですね」

「いやそんなこともないよ。満月の夜には怪力になるし」

「えっ、そうなんですか?」

「ビルなら三十階建てくらい余裕で持ち上げられる」

「マジですかッ?!」

「いやごめん嘘。せいぜい五階建てくらい」

 それでも充分すごいけど。

 カケルにそんな能力があったなんて、のり子はとても驚いた。

 普段会話しているとまるで普通の友達のように思ってしまうが、満月の夜に怪力になるなんて、やはり人間じゃないんだなと、改めて実感した。

 咲子は車より速く走れるし、五治郎は口から光線が出る。

 人間にはない能力を、みんなちゃんと持っている。

「すごいですね。皆さんそれぞれ特殊能力があるんですねえ」

 なんだかちょっと寂しくなった。

 自分にも何か特殊能力があれば、みんなともっと仲良くなれるんじゃないか、そんな風に思ってしまった。

「――そう言えば御握さんは今、スランプ中なんだっけ?」

 霧之助に言われて、のり子はぎくりとした。

 すっかり忘れていたが、転校初日にそんな感じのことを自己紹介で話したような気がする。

「え、ええ、まあ……スランプ……ですね」

「早く本調子に戻るといいね」

「は、はい……」

 カケルがまた口を押さえて震えている。

 鉄拳プラス膝蹴りもお見舞いしてやろうと心の中で誓った。

「き、霧之助君はどんな特殊能力があるんですかっ?」

 早く話題を変えたくて、今度は霧之助に質問をぶつけてみた。

 すると霧之助はいつもの真顔で、

「新月の夜に、霧になれる」

 と答えたので、のり子は目を丸くした。

「き、霧になれるんですかあッ?!」

「……はずなんだけど、なかなか上手くいかないから父さんがうるさくて」

 霧之助がゲンナリした様子でため息を吐いた。

「とにかく霧になれ、吸血鬼はまず霧になれないと話にならん、の一点張りでさ」

「はあ、そうなんですか……」

「挙句の果てに『霧が無理ならとりあえず水になれ』とか言い出すし。そんなん無理だっての。加湿器じゃないんだから」

「吸血鬼も大変なんですね」

 魔界の住人も色んな苦労があるのだなあと、のり子は思った。人間界で言うところの、親から「国立大学に入れ」だの「早く結婚して子供を産め」だの言われるような感じだろうか? と考えてみた。

「――よし、とにかく合宿メンバーはこれで決まりね! じゃあ書くわよー!」

 咲子がプリント用紙に参加メンバーを意気揚々と記入していく。

「宿の手配は私に任せて! こう見えても私、人間界のことは学園一詳しいから!」

 咲子は広げた地図を指さしながら、「今巷で人気の心霊スポットはねー」とみんなに説明し始めた。

「……人間界のことは学園一詳しいんだってさ」

 のり子の耳元で、カケルがボソッと囁いた。

「な、なんですかカケル君」

「私の方が詳しいですよ、とか言わねーの?」

「言わないですよ。きっと咲子さんの方が詳しいと思いますし」

「あらら謙遜しちゃって」

 謙遜ではない。確かにのり子は生まれも育ちも人間界だが、だからこそ見えてないこともあるんじゃないだろうか。口裂け女の咲子の方が、冷静に人間界を観察できている、のり子はそんな気がしてならなかった。

「――人間界のことなら僕だって詳しいよ」

 海神とステゴサウルス妖精とのハーフ・五治郎が、えらく得意げな顔でやってきた。

「なんたって僕のパパとママは今、人間界の映画に出演中だからね! なんなら撮影現場とか見学させてあげようか? 芸能人もいっぱいいるよ!」

 みんなは地図を囲み、どこに泊まるかを相談し続けている。

「ちょっと! なんで誰も返事してくれないの! 僕の話聞いてよカケル君!」

「うるせーな。ヤキ入れっぞ」

「なんでもう全ギレモードなのッ?! 合宿メンバーに僕も入れてよ!」

「だったら最初から素直にそう言えよ」

 咲子ちゃん僕も入れて~と五治郎が涙目で訴えると、咲子が呆れ顔で「どんくさいわねアンタ」と言いながらプリントに五治郎の名前を書き加えている。なんだかんだ言ってみんな仲がいいのだ。

「――嬉しそうだね御握さん」

 霧之助に言われて、のり子は自分が自然と笑顔になっていることに気がついた。

「……はい、皆さん仲がいいなあと思って。合宿とかうらやましいです」

「え、御握さんは合宿来ないの?」

 ぴた、とみんなの動きが一斉に止まった。

 咲子やカケルたちが、のり子の顔を見たままフリーズしている。

「……え? わ、私も参加していいんですか?」

「当然でしょ」

 咲子がさも当たり前という顔で「もうプリントにも御握さんの名前書いちゃったし」と言った。

「え、ええと私……」

 みんなが無言でのり子の顔をじーっと見つめている。のり子は何を言うべきか分からず、しばらく迷った後に、

「……じゃあ、あの、私も、よろしくお願いします……」

 ぺこりと小さく頭を下げた。すると、

「やったあー!」

 みんなが万歳しながら歓声を上げたので、のり子は驚いた。一体何がそんなに嬉しいのだろうか。

「良かったあ! 御握さんに断わられたら私どうしようかと思っちゃった!」

「咲子はいつも強引すぎんだよ。御握さんドン引きしてんじゃねーか」

「カケルに言われたくないわよ。参加してくれてありがとうね御握さん! 夜は枕投げしようね!」

「ねえねえ咲子ちゃん。おやつは三百円まで?」

「そうだ五治郎、僕と契約したらおやつの上限五百円まで上げることができるけど契約しない?」

「優也に騙されちゃだめだよ五治郎。ところで宿のことなんだけど、近くに滝がない場所にしてね。うちの父さんがついて来たら嫌だし」

「霧之助様と一緒なら冥子は滝にでも雷にでも打たれますわ!」

 みんなが好き勝手に騒いでいるのを眺めながら、のり子は胸のドキドキが止まらなかった。

(――合宿なんて、私初めてだ)

 ドラマや漫画の中では何度も見たが、実際に経験したことはなかった。なので一度は合宿をやってみたいとずっと憧れを抱いていたのだ。

 今年の夏はその夢が叶う。

 のり子は夏休みが楽しみで楽しみで、待ち切れない気持ちになった。


「――じゃあ、このプリント提出してくるね」

 咲子が先生のところへプリントを出しに行った。

 長子先生は他の生徒と話している最中だったので、代わりに教育実習生の神多にプリントを手渡したら、

「なんだこのプリントは!」

 プリントを受け取った神多が突然、大声を張り上げた。

 何が起きたのかとクラス中が注目した。

「内容はともかく、名前が小さすぎる! いいかよく見なさい、名前というのはこうやって書くんだ!」

 神多がおもむろにポケットから出してきた白い紙にガリガリと何かを書き始めた。

「――こうだ! こうやって書くんだ!」

 バン! とその紙を黒板に力強く貼りつけた。

 紙にはとても大きな字で「神多真司」と書かれてある。親からもらった大事な名前は美しくハッキリ書かないとな! と神多は胸を張っている。

「……か、神多君、その紙は……」

 のり子は震える手で紙を指さした。

 神多が黒板に貼りつけた白い紙にはものすごく見覚えがある。

「ん? この紙か? 今朝廊下で拾ったんだ。メモ用紙に使うのにちょうどいいと思ってな」

 誓約書、と書いてある白い紙。

 それは間違いなくのり子の父・梅座衛門から託されたあの誓約書だった。

「――見て、あの紙、なんか文字が浮き出てきたよ」

 生徒たちがざわつき始めた。

 誓約書の真っ白だった部分に、ぼんやりと文字が浮かび上がってきた。

 それは、「私は生涯死ぬまでずっと閻道冥子を妻として愛することを誓います」という文章だった。





 

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