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13. 食堂で好きなのは梅おろしそば(かやくおにぎり付き)です





「御握さん! おっはよーう!」

 下駄箱で靴を履き替えていたら、口裂け女の咲子がやってきた。

 最近ずっと欠席続きの咲子であったが、久しぶりに登校してきた彼女は珍しく朝からハイテンションだ。つられてのり子も思わず笑顔になる。

「咲子さん久しぶりですね。なんだかとっても元気そう」

「元気元気! 人間界ですごくいいアルバイト見つけちゃってさあ、荒稼ぎしてたの!」

「どんなアルバイトですか?」

「遊園地のお化け屋敷!」

 ああそれは適材適所だ、とのり子は思った。

 咲子がお化け役を務めるお化け屋敷はさぞかし迫力満点だったであろう。

 たくさん稼げて良かったですね~などと談笑しながら廊下を歩いていたら、

「――御握のり子君」

 教育実習生の神多に呼び止められた。

「朝からすまないがぜひキミに頼みたい仕事があってね。ちょっと来てもらってもいいかな」

 なんだか妙に改まった話し方だが、校内ではお互い赤の他人という設定なので仕方がない。咲子には「じゃあ後で」と先に教室へ行ってもらった。

「一体どうしたの神多君?」

「すごい計画があるんだ。とにかくこっちに来てくれ!」

 興奮気味の神多につれられて辿り着いたのは食堂前だった。

「ここ食堂じゃない。何か食べるの?」

「何度か試してみて分かったが、爺ちゃんの念を込めた小豆にはかなりのパワーがある!」

「はあ、まあ……そうみたいだけど」

 確かに神多の小豆は閻道冥子を退散させ、恐怖の大王をも倒した実績がある。それがどの程度のレベルかはよく分からないが、威力があるのは確かだろう。

「それでその小豆がどうしたの?」

「つまりだ、この小豆を生徒全員に食べさせれば、綾菓子学園を滅ぼすことができるはずだ!」

「え、綾菓子学園を滅ぼすつもりなの? びっくりだわ」

 呆れて開いた口がふさがらない。

 学園そのものを滅ぼすつもりだったなんて寝耳に水だ。

 神多は呆れるのり子をよそに鼻息を荒くしながら話を続けた。

「明日、学年対抗の大縄大会があるだろ?」

「ああ、うん」

「大会終了後に、食堂の焼きそばが生徒全員にふるまわれるらしいんだ」

「なにかとサービスいいよねこの学校」

「その焼きそばの代わりに、この小豆を使った料理を学校中に配らせるんだよ!」

「小豆を使った料理って……どんな?」

「試作品を自分で作ってみたんだ。見てくれ」

 神多がどこからともなくお皿を出してきた。

「小豆とバナナを使ったフレンチパンケーキをパイで包み焼きしたウルトラハイブリッドパンケーキだ」

「どうしてそんな手の込んだ物を作ったの」

 丸いドーム型のパイの上に生クリームと小豆とバナナとチョコソースとセルフィーユの葉と芸術的な形の糸飴シュクル・フィレまで添えられているそれはどう見ても学校の食堂で出てくる一品ではない。

「のり子知らないのか。これは今すごく人気があるスイーツなんだぞ」

「その人気スイーツを一体どうするつもりなの」

「さっきも言ったろ? 食堂のおばさんにこれを作ってもらって、全校生徒に食べさせるんだ」

「それを食堂のおばさんに全校生徒分作らせるのは酷だよ」

「やってみなければ分からないさ。さあ行くぞ!」

「やめなよ神多君」

 どうにも止まらない神多に引きずられて食堂に入った。まだ早い時間のため、食堂には誰もいない。数時間後にはごった返すであろうテーブルの列をすり抜けて奥へと進むと、厨房でおばさんが忙しそうに準備をしているのが見える。白い三角巾に白い割烹着と定番スタイルだが、人間界と違うのは、おばさんの腕が八本あること。綾菓子学園食堂の名物おばさんは、腕が八本もある妖怪だ。八本の長い腕を器用に使い、たった一人でこの食堂を切り盛りしている。

「――おばさん、明日の焼きそばのことなんですが」

「ああ、どうしたんだい?」

 神多が声をかけると、おばさんは八本の腕を動かしながら笑顔で応えてくれた。

「焼きそばの代わりにこれを作ってくれませんか」

「おやまあ、随分とハイカラな物を用意してきたね」

 神多のパンケーキを感心そうに眺めたが、

「でも焼きそばの材料を大量に仕入れてあるからねえ」

 せっかくだけどごめんよ、とおばさんは言った。

「ほらやっぱりだめだって。あきらめようよ神多君」

「そんなことできるわけないだろ。地球の未来は俺たちにかかっているんだ!」

「いい加減目を覚ましなよ」

「作戦を立て直そう!」

 近くのテーブルに無理やり座らされた。神多がノートとペンを取り出し、せかせかと何かを書き始めた。

「計画を変更する。焼きそばを中止させるのではなく、焼きそばの中に小豆を忍ばせる方向で考えた方が良さそうだ」

「神多君は自分の人生そのものを考え直した方がいいと思うよ」

「夜中に学園に忍び込んで、焼きそばの麺の中に小豆を練り込むってのはどうかな?」

「神多君の脳みそに小豆が練り込まれてるんじゃないの?」

 あーでもないこーでもないと神多が百面相しながらノートに案を書き記していくその隣でのり子は「今日の晩御飯何にしようかな」と考えていた。

「――ようし、こうなったら……」

 どれくらいそうしていただろうか。一人でぶつぶつやっていた神多が突然立ち上がったので、頬杖をついて居眠りしていたのり子の目も覚めた。神多は手に小豆の入ったボウルをしっかりと抱えながら、鋭い目つきで厨房を睨みつけている。

「こうなったら食堂のおばさんを倒すしかない!」

「どういういきさつでその結論が出たの?」

「俺に何かあったらのり子は逃げてくれ!」

「だめだよおばさん忙しいから迷惑だよ」

「離すんだのり子! クソ真面目な男が生き急いだ、そう思ってくれればいい!」

「さすがの私も手が出てしまいそうだ。いい加減にしないと怒るよ神多君」

 のり子が神多を殴ろうとこぶしを振り上げたその時、

「……ちょっとすみません」

 そこを通して下さい、と蚊の鳴くような声がかすかに聞こえた。

 振り返るとすぐ後ろに一人の女子生徒が立っている。

 緩くウェーブした長い髪の女子で、なぜか黒いサングラスをかけている。

 女子生徒はのり子たちのすぐ横をゆっくりと通り、カウンターでおばさんに食券を渡した。

「――C組の目々沢蛇子めめさわへびこだ」

 神多が小さくつぶやいた。

 目々沢蛇子。どこかで聞いたことのある名前だ。

「――あいよっ、わかめうどん一丁お待ち!」

 おばさんから受け取ったうどんをトレイに載せた目々沢蛇子が、くるりと身体をこちらに向けて足を止めた。

 サングラスの奥の目で、のり子の顔をじっと見つめているようだ。

「……あなた、転校生の御握のり子さんでしょ」

 目々沢蛇子がとても小さな声で言った。

 もし今この食堂が昼食時で賑わっていたら、おそらく聞き取れなかっただろう。

「……咲子ちゃんにプリクラ見せてもらったわ」

 ああ、とのり子は思い出した。

 そう言えば以前、咲子から「C組の目々沢蛇子ちゃんが御握さんと話してみたいって言ってた」と聞いたことがある。確か彼女はメドゥーサだとか。

「……咲子ちゃんと人間界で遊んだんでしょ」

 彼女が再び小さな声で言った。

 耳をそばだてて集中しないと聞き逃してしまいそうだ。

「……今度は私も一緒に遊びに行ってもいい?」

「も、もちろんです!」

「……良かった」

 目々沢蛇子がにこりと嬉しそうに微笑んだ。

 サングラスで目元は分からないが、きれいな鼻、さくらんぼのような唇からして、きっととても愛らしい顔立ちなのであろう。のり子がイメージしていたメドゥーサとは随分と違う。

「……閻魔の娘が御握さんを目の仇にしてるんですってね」

「はあ、まあ……」

「……一人で抱え込んじゃだめだよ」

「え?」

「……私に力になれることがあったらいつでも言ってね」

 目々沢蛇子は人差し指を立てて「ここだけの話だけど」と声を潜めると、

「……私が本気を出せば閻魔大王だって石にすることができるわ」

 たぶんね、とつけ加えていたずらっぽく笑った。

 のり子はその笑顔に思わず見惚れて、何も言葉が出てこなかった。

 それから目々沢蛇子はテーブルに座り、静かにうどんを食べ始めた。

「――神多君。私は化け物退治をしにここへ来てるんじゃないんだ」

 これだけは伝えておかないと。

 のり子は神多の目をまっすぐに見つめて言った。

「最初は復讐するつもりだった。でも色々あって……今はこの学園が結構好きなんだ」

 ムカデとヤモリの串焼きが出てきたり、ウオノメにされそうになったりもするけれど。

「魔界にも、そりゃあ悪い化け物は当然いるんだろうけど、少なくともこの学園のみんなは愉快な人たちばかりだよ」

 初対面の相手にも、当たり前のように優しい言葉をかけることができる。

 それができる人は人間界にどれだけいるだろうか?

「――のり子の気持ちはよく分かった」

 神多がゆっくりとため息を吐いた。

「でも、それとこれとは話は別だ」

「え?」

 神多は小豆の入ったボウルをぎゅっと抱え直し、仁王立ちで宙を睨みつけた。

「こんな危険な学園が存在していいはずがない!」

「どうしたの神多君」

「綾菓子学園だけじゃない、最終的には魔界を丸ごと滅亡させるのが俺の使命なんだ!」

「魔界丸ごと?! いつからそんな危険思想を抱くようになったの?!」

「近頃、人間界で行方不明者が多発しているのを知ってるか?」

「い、いや知らない……」

「いずれも黄泉の鳥居付近で行方が分からなくなっているんだ」

「え、それって、もしかして……」

「うん。この魔界へ来ている可能性が高い」

 そんな事件が起きていたなんてのり子は全然知らなかった。

 鳥居付近で人間が消えているとなれば考えられるのは――

「……魔界の住人が、人間をさらっているってこと?」

「いや、それはないと思う。魔界にもルールがあって、生きた人間を魔界に連れ込んだ場合は届け出をしなければならないんだが、俺が調べたところ、ここ百年ほどその記録はない」

「そうなんだ……」

 無理やりさらわれたのでなければ、知らずに魔界へ迷い込んでしまったということだろうか?

「でも神多君、普通の人間は鳥居をくぐっても魔界には来れないはずだよ」

「オートロックマンションの入り口と同じだ」

「オートロック?」

「魔界の化け物たちは絶えず鳥居を出入りしているだろう? 化け物が通るその瞬間を利用すれば、普通の人間だって魔界に入ることができる」

「利用すればって、それはもう人間本人の意志で魔界に来てるじゃん。それはもうほっとけばいいじゃん」

「いいや、魔界をこのまま野放しにしておくわけにはいかないんだ!」

 神多がボウルの中の小豆をわっしとつかみ上げた。

「ちょ、ちょっと神多君?」

「危ないから下がってろ。まずは食堂のおばさんを倒してみせる!」

「まだあきらめてなかったか。やめようよ神多君」

「離してくれ! 俺はどうなってもいいんだ!」

「それには私も同意だけど、食堂のおばさん忙しそうだからやめなよ」

「ちくしょう離せ! アイツはバカがつくほど優しいヤツだった、と酒の肴にみんなで笑ってくれればそれでいい!」

「いい加減うっとうしいからもう殴るね神多君歯ぁ食いしばれ」

「――なにやってんの二人とも」

 はた、と動きを止めて振り返ると、咲子が立っていた。

 咲子だけではない、霧之助にカケル、優也、五治郎、冥子たちもいる。

 気づけば食堂の中はたくさんの生徒で溢れ返っていた。神多と二人でアホな話し合いをしているうちにいつの間にか昼食時間になっていたようだ。

「御握さん、午前中いないと思ったら神多先生と一緒にいたんだ? 二人でこんなとこで何してたの?」

 咲子に聞かれたのり子はただうつむいた。

 魔界滅亡のために焼きそばに小豆を混入しようと計画していました、なんて言えるわけがない。

「あれぇー? なんかアヤシイなあ~!」

 五治郎がニヤニヤとやたら嬉しそうな顔で近づいてきた。

「もしかして御握さんと神多先生って、そういう関係だったりするのぉー?」

 そうなの? マジで? あの二人が? とクラスメイトたちがざわつき始めた。

 咲子や霧之助たちも驚いた顔でのり子を見つめている。

 これは一体どうすればいいのか。

 のり子と神多は、人間であることを隠してこの学園に通っている。

 そういった秘密を抱えている以上、二人は恋仲であるとしておいた方が何かと行動しやすいのかも知れない。

 神多の方をちらりと見ると、こくりと頷いた。どうやら神多ものり子と同じ考えのようである。のり子は大きく息を吸い込んでクラスメイトたちに宣言した。

「――全くの誤解です。私と神多先生は少しも親しい間柄では全然ございません。もし今後もそのようなあらぬ噂を立てるようなら五治郎君を訴えますよ」

「ごめんなさい!!」

 五治郎が謝罪の雄叫びを上げた。

 なーんだつまらない、と遠巻きに見ていたギャラリーたちも次々に解散していった。

「……お、おいのり子、ここは肯定しておいた方が何かと都合が良かったんじゃないのか?」

「少女漫画的な流れだとそうなんだろうけど私の中の何かが強烈に拒絶したんだよ神多君」

 ただでさえ魔女と偽って登校しているのだ。

 これ以上の嘘の上塗りは面倒臭いことこの上ないとのり子は判断したのである。

「――ちょっと何よこれ!!」

 突然、怒鳴り声が食堂に響いた。

 声のした方を見ると、テーブルに置きっぱなしにしていた神多お手製ウルトラハイブリッドパンケーキを、閻道冥子が睨みつけている。

「御握のり子! どういうつもりなの!」

「え、ど、どうしたんですか冥子さん」

「ごまかしたって無駄よ!」

「はい?」

「見ればすぐに分かるわ! このウルトラハイブリッドパンケーキ、手作りなんでしょ!」

「見ただけでウルトラハイブリッドパンケーキって分かるのがまずすごいですね冥子さん。確かにそれは手作りですけど作ったのは……」

「こんな物で霧之助様の気を惹こうったってそうは問屋が卸さないんだからね!」

 冥子がウルトラハイブリッドパンケーキを丸ごと自分の口の中に押し込んだ。

「うわ、ちょっと冥子さん!」

 のり子は焦った。あのパンケーキは神多の祖父が念を込めた小豆を使っている。そんな物を冥子が食べたら――

「ふんっ! ざまーみろだわ!」

 パンケーキをほぼ噛まずに飲み込んだ冥子はふんぞり返った。

「だ、大丈夫なんですか冥子さん……?」

「何がよ! この際だからはっきり言っておくけど……」

 プシューッ、と耳から青い煙を出しながら冥子がドサリと倒れた。

「あわわわわ冥子さん! どうしよう神多君! 冥子さん倒れちゃったけど!」

「信じられない……っ!」

 神多が倒れた冥子を見てわなわなと身体を震わせている。

「命の危険を冒してまで俺の手作りパンケーキを全部たいらげるなんて……閻道冥子はまさか俺のこと……」

 神多はなにやら感動しているらしかった。

 あ、なんかこれメンドクサイな、と感じたのり子は、何かもうどうでも良くなったので静かに食堂を後にした。


 冥子さんはきっと大丈夫なんだろう。

 だって閻魔大王の娘だし。





 

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