帝国にて4
幸一と明美は、条約締結する為に大急ぎで会見の間に戻ってきた。
皇太子のタケルヤマトはすでに側近と護衛を従えてテーブルに着いており、二人の到着を待っていた。
「遅くなりました。」
と幸一が頭を下げるが
「いや、かまわない。楽にしてくれ。こちらの方が遅れているのでな。」
確かに、会談する相手側の席は空席だった。
「私が独断先行で国交条約と通商条約を、決めてしまったからな。大臣達も慌てただろうなぁ。」
と自虐的に呟き、幸一達の方を見て
「あれから、少し調べさせた。貴様の言う通りだったよ。同姓同名の柿本さよりが584人、そこから同生年月日の柿本さよりが25人いた。しかも、584人全員、同一指紋の上、死亡情報がない。どういう事だ?」
幸一は、肩をすくめて
「そういうものです。さよりに関して聞くだけ無意味です。で、どれかひとつでも、居場所が特定出来ましたか?」
タケルヤマトは、手で顔を覆いながら
「見付かって居れば、苦労はない。」
「でしょうねぇ」
幸一は、少しだけ目の前のタケルヤマトに同情した。
(この皇太子。かなりさよりに入れ込んでいるなぁ)
「それって、犯罪になりますか?」
「国民情報の書き換えの事か?」
「はい。」
「国民情報のなりすましは、禁固30年の刑になる。国民情報の破壊は、死刑または無期懲役になる。」
幸一は、厳しい顔をしたが
「ただ、今回の事は特殊過ぎた。さよりさんは、なりすましをしている訳じゃなく、本人の情報を増やしたに過ぎず、破壊とも言えない。しかも、原理上できない事をしてのけたことで、専門家が首を傾げている。それほどのありえないことだそうだ。その為、この事に適用出来る刑法が無いらしい。
原理的に不可能とされている事なので、罪に問えない案件になっている。
大丈夫だよ。調べさせたのは、私の信頼出来る側近で箝口令もしてある。」
ほっとする幸一だった。
「少し聞きたいのだが、さよりさんは、祖国にいられない事情が有ったのかね?」
タケルヤマト皇太子は、暗にさよりが犯罪を犯して、祖国を追われる身ではないかと示唆してきた。幸一は明るく
「いいえ。その様なことはありません。数十年来付き合って来た私達が保証します。ただあいつは、思い立ったら行動を起こすタイプなので、今回も帝国に何らかの興味を持ったから、帝国に来たのではないでしょうか?」
「そうなのか?」
タケルヤマト皇太子は、少し疑うように聞くが、幸一は肩をすくめて
「それで、周りは振り回されて苦労しております。」
疲れたように言った。その姿を見たタケルヤマト皇太子は、
「なんだか、判る」
幸一とタケルヤマト皇太子は、目を合わせるとお互い苦笑した。タケルヤマト皇太子は、
「この条約も、さよりさんが早めに結んだ方が後々帝国の為になると、さんざん聴かされていたから、この機会に締結させてもらった。」
と、条約書を手に取った。その姿を見て幸一は
「タケルヤマト皇太子様。不躾ではありますが、この国交条約と通商条約は、さよりが製作に関わっていますね。」
タケルヤマト皇太子は、少し顔をしかめたものの
「確かに原案は、さよりさんが書いて寄越したものだ。それを元に私が配下の者と議論して纏めた条約になっている。」
「やはり、さよりが関わっていたか。」
「なぜわかった?」
「私はわかりませんでしたが、我妻、サファイアと側近が、言い回しにさよりの特徴を見つけまして。」
「そう言えば、さよりさんが言ってましたね、『サファイアちゃんには、バレるかも』って」
「やはり。しかし、さよりの奴はどこで悪さしているのか?さよりを野放しにして、何もなかった事が無いので、ひどく不安なんですよ。」
「そうなのか?私は、姿を見ないのは、少し寂しくは有るが、彼女と居ると年甲斐もなく、ワクワクドキドキしていた。」
幸一は、じっと皇太子の目を見て
「タケルヤマト皇太子様に申し上げます。さよりを、どう思いでありますか?」
「さよりさんを?」
「はい。」
「そうだな。」
とつぶやき、タケルヤマト皇太子は目を瞑り、しばし瞑想した後
「そうか、これが恋という物か。」
と言って、目を開けた。
その言葉を聞いて、幸一と明美は大きく深いため息をついた。明美が挙手して
「発言をお許しいただきたい」
といって、皇太子をしっかりと見つめると
「そのような言葉は、軽々しく言ってはなりません。ましてや皇太子たるもの、他国の庶民に対していうべき御言葉じゃありません。そのことはお解りか?」
詰め寄るように言った。それを聞き
「解ったうえでの発言だ。それに、彼女はそちらの国では、貴族だろう?伯爵当主と言っておったぞ?」
幸一が
「えっ?貴族?伯爵?」
「そう言っておったのを覚えている。確かグレートブリテン及び北アイルランド連合王国国王ジョージ6世より伯爵の爵位を拝命していると。」
「あいつ、イギリスに行ってるうちに、何してきたんだ?」
「今まで立場上、色々な淑女とも会って来たが、一度たりとも女性に興味を持ったことは無かった。ある意味、憎悪していたと言っても良い。
きつい香水の香りに、私に対し媚びる態度も気に入らなかった。さよりさんだけは私の正体を知っても、私的な場所では態度を変えることは無く、1人の友人として接してくれた。
それだからだろうか、出会った時から気になる存在感を示していたのだ。それからは、会う度に彼女の違う一面を見せられ、なんだこの女性は、と思うようになっていった。
でも、それは決して不快なものではなく、寧ろ心地好い気持ちになれた。そして、今気づかされたよ。これは彼女に恋をしているとね。彼女は嫌がるだろうけど、正室に向かえ国中に知らしめたい。
さよりさんのあの純真無垢な笑顔、物の真偽を見抜ける物言い、そして時々見せる獲物を狩り取る瞬間のような鋭い目、熾烈な言葉、どれもこれも愛おしい。」
皇太子はテレもせずハッキリと言い切った。明美は、砂糖菓子を口に頬張ったような顔になり
「幸一、はっきりと惚気られたような気がするのだが、お前は平気なのか?」
「明美、お前たちが俺等の前でいつもしていることだ。俺には耐性はある。しかし、よりによってさよりかぁ」
明美は絶望した顔つきになり、幸一は一度天井を見上げ、諦めた顔になり
「タケルヤマト皇太子様、一度言いましたよね。彼女との恋は諦めてくださいっと。」
「確かに聞いたような気がする。だが、」
「だが、しかし、なんって言葉はいりません!あなたに残された道は、もうこうなったら3つしかありません。さよりを拐って進む荊の道か、さよりが用意するミルキーロードか。それとも、今の地位、財産を含め全てを手放す道か。御覚悟なさいませ。」
真剣な面持ちで幸一は言い切った。
「わかっておる。生半可な覚悟では、さよりさんを正室に迎え入れることなどできないってことは。」
「そうじゃないです。さよりと最後まで添い遂げる御覚悟です。」
すると、皇太子の後ろに控えていた1人が
「発言のお許しを頂けますか?」
と皇太子に訊ねた
「かまわない。許す」
「ありがたきとうぞんじます。」
と言って一歩前に出てきた
「貴方様は?」
幸一が問うと
「私は、帝国第一陸戦近衛兵団団長、マサナリ・ナガエと申す。殿下は生半可な心構えでは、物度とを申しなさらん。すでに御覚悟をされておる。私が御主らに聞きたいのは、先ほど示した3つの道とやらだ。
2つは解る。殿下とさより殿が婚儀を結ぶとなれば、宮廷を敵に回すこととなり、殿下が歩まれる道は荊の道となろう。皇帝を諦めるのであれば、全てを失うのもわかる。だが、わからないのは、ミルキーロードとはなんだ?。」
明美が
「幸一、勘違いしているから、正しておいた方がいいよ。」
と幸一の耳元で小声で言った
「仕方がないなぁ。私の言った3つの道は、少し誤解されているようですね。」
「誤解?」
「はい、私の言った3つの道は、1つ皇太子様がさよりの気持ちを考えず、婚姻になった場合、荊の道を歩むことになると申しました。この国の最高権力者のあなたに逆らえる者が、この国に居るのですか?まして庶民に?さよりは輿入れをするでしょう。しかし、かなりふてくされて。
そうなると、待っているのはさよりからの凄まじい攻撃です。こちらの宮廷にの事情は関係なく、周りで見てて居た堪れないほどの攻撃を、皇太子さまが一身に受けることとなります。それに耐えて歩まれる道を荊の道と申しました。
全てを手放すと言いましたのは、皇太子様が心変わりをして、さよりとの別れを申しだした時です。
今は心変わりなどしないと言われましょうが、人の心は移ろいやすいものです。その時、さよりはあなたから全ての物を取り上げるでしょう。命までは取らないと思いますが。
そして、ミルキーロードとは、さよりも皇太子様の事が好きになり、添い遂げるとなれば、皇太子様の歩まれる道は、何の障害も無い約束された道となるでしょう。貴方様が気付かぬうちに、さよりが全て御膳立てしますから。順風満帆の幸せな人生を歩めると思います」
と言うと明美が続けて
「私達の中で、『さよりを本気で怒らせるな』という物が有ります。それだけは覚えていてください。」
と言った。
「わかった。」
「まぁ、さより本人に問いただすのが1番でしょうね。」
と明美は、会見の間に置かれてある、天井までの高さのあるティーセットが入れられている豪華な作りの食器棚に近寄り、1番上の引戸を勢い良く開いた。
そこには、バツの悪そうな顔をしたさよりが、横たわっていた。
「なんで、バレるかなぁ?」
皇太子に側近、護衛の近衛兵兵団長は、さよりに指を指して何か言おうとしているのか、口がぱくぱく動くが声にならなかった。
「さより。出てきなさい。」
明美が命ずると
「ちょっと待ってね。」
ごそごそ動いて、身体の向きを変え食器棚から足を出すと、
「エイ!」
と言って飛び降りてきた。
きれいに着地を決めたかったのだろうが、そこは明美に比べ、運動神経に筋力が遥かに劣るさよりなので、バランスを崩しべちゃっと顔から床に倒れ込んだ。
さよりに慌てて駆け寄るタケルヤマト皇太子
「大丈夫ですか!!」
さよりを抱き起こすと、ケガをしていないか調べだした。
「痛タタタ、もうちょっときれいに着地できるはずだったのになぁ。」
「ケガはしてないかい?」
「大丈夫、大丈夫」
と言って二ヘラと笑って立ち上がった。そして不思議そうに
「あ~ちゃん。何であたしが居るのがわかったの?」
さよりが明美に聞くと
「気配と体温を感じて、こんなところに潜む奴は、お前ぐらいだろうって思ってな。」
何でもないように言った。
「体温検知って。孝ちゃん。あ~ちゃん、ついにサイボーグ化したの?」
「してないと思うけど?その可能性は高いな。」
「お前等、失礼だな。どこも機械化などしてない!普通判るだろ?人の気配とか扉越しに何人いるかって?な。」
帝国側の近衛兵団長に理解を求めるが、無理、と言われて
「鍛練が足らないんじゃないか?で、お前の格好はなんだ?」
人外扱いされている気がした明美は、さよりの姿に強引に話を変えた。
さよりの姿は、ここで働いている侍女の格好をしていた。
「これ?昨日からここで働いているから。臨時のアルバイトだけどね。似合う?」
と言ってその場で、1回転して見せた。
「そんなことよりもお前なぁ。連絡ぐらい」
「ごめん、孝ちゃん。仕事しなきゃ。」
さよりは食器棚に近づくと、開けられていた扉を閉め気配を消した。すると、扉がノックされ部屋付きの侍女により案内されてきたのは、外務大臣と法務大臣達だった。
幸一達は、何事もなかったように決められた席に付くと、大臣達も皇太子に一礼して席に付いた。
部屋付きの侍女に混じり、さよりがお茶を給仕していく。ある意味完璧な侍女で、部屋付きの侍女に指示を出していた。
侍女達が下がると、外務大臣がおもむろに
「タケルヤマト皇太子殿下、この度の条約書、確認させていただきました。一部補足事項に理解しがたい文言が有りましたが、原文のままで調印しても問題無しと判断させていただきました。」
「そうか。サナトリアとしてはどうだろう?」
「我が国も問題有りません。」
「それでは、調印するとしよう。」
幸一とタケルヤマト皇太子は、国交樹立書と通商条約書にお互いのサインを見せて、立ち上がり握手をした。
書類を大臣達に渡すと
「すまないが、彼らとしばし個人的に話がしたいので、席を外してくれ。そうだな、クロダ宰相は残ってくれるか?それと給仕の為にそこの侍女は残れ。」
と命令すると、部屋付き侍女と共に宰相を除く大臣達は退室していった。1人残った侍女は、テーブルに出されているティーセットを片付け出した。
部屋に残ったのは、幸一、明美、皇太子、皇太子の護衛の近衛兵団長、皇太子の側近、クロダ宰相、侍女
宰相は、何かを調べている様子だったが、納得したのか皇太子に向き直ると
「で、何の御用でしょうか。皇太子殿下に依頼された事案はまだ見付かっておりませんが?」
語外に忙しいのに!といった感情がありありの言葉を発した。
そこに、先ほどテーブルのティーセットを片付けた侍女が、新たなお茶を各人に茶菓子と共に配膳しだした。
クロダ宰相は、なかなか気が付く侍女だなと思って見ていると、ティーカップの中身が全て違う事に気付いた。
自分のもとに置かれたお茶は、好みのカルダミアンのハーブティーとそれに合う好物のハービスナイル社のハードケーキが添えてあった。皇太子殿下には、ホットグリーンティーと金平糖、近衛兵団長にはミルクティーのみ、側近にはストレートな紅茶のみ、客人たる幸一氏には珈琲、角砂糖を二つとミルクポット、チョコレートケーキ、明美嬢には、珈琲のみが置かれていた。最後に、侍女が自分用の紅茶と苺のプチケーキを持って、宰相の隣の席に付いた。
「ここで何しておる?」
クロダ宰相が、隣に座った侍女に冷たく言うと
「休憩ですが、何か?」
「ここでする必要は無いだろう。殿下の御前であるぞ!裏で休憩すればよかろう!」
クロダ宰相は侍女に叱咤するが、侍女は、どこ吹く風と言った感じで、紅茶の香りを楽しみ一口含むと
「自分で淹れたにしては、最高点。」
とお茶を楽しんでいた。クロダ宰相は、怒鳴り付けようとした時、皇太子が
「クロダ宰相、その侍女を見てもわからないか?」
と言われて、侍女を見てみると
「お前は!」
「わかったようだね。」
「タケル!なぜ彼女がここに居るんだ!」
侍女に指を指しながら、皇太子に対し名前を呼び捨てした宰相に
「クロダ宰相殿。お言葉が過ぎませんか。」
近衛兵団長が、睨み付けるが皇太子が手を上げて
「かまわない。クロダ宰相と私は幼馴染みで、従兄弟でもあるからこのようなプライベートな時は、堅苦しいことは無しにしている。」
「それでも、」
「すまない。驚いて我を忘れた。」
クロダ宰相は、近衛兵団長に詫びた。
「しかし、なぜ彼女がここに?」
「昨日から、葬儀の臨時要員としてここで働いていたらしい。」
「しかし、ここで働くには、最低中級侍女の資格がないといけないのですが?」
「あたし、特級侍女の資格持っているよ。おかげで、即採用だったよ。」
ニコッと笑うさよりに悔しそうにクロダ宰相は
「お前のおかげで、帝国中のシステムを、総点検する羽目になったんだぞ!」
「良かったじゃない!これでさらに強固なシステムに成るじゃない。」
「お前に言われたくは無い!」
憮然とした態度で、出されたハーブティーを口にすると
「旨いな」
思わず感想がこぼれた。
「ありがとうございます。」
さよりがニコニコして微笑んだ。その邪心の無い(はずがない!by明美)笑顔を見て思わず顔が火照るクロダ宰相は、誤魔化すためにハードケーキを口にした。
その瞬間なぜだか解らないが負けたと感じてしまった。
そのクロダ宰相の姿を見たさよりは、心の中でニンマリほくそ笑んだ。
そのやり取りを見ていた明美は、
「幸一、さよりの毒牙にかかった奴が、増えたんだが。」
「今さらだろ?」




