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帰るまでが任務です(仮)  作者: ねむり亀
第2章
70/144

番外編 明美のやり過ぎ?3


 朝5時 初夏とはいえ、まだ夜が明けきらぬ早朝

 九州航空発動機所有の滑走路には、1機の小型機がアイドリングをして待機していた。

 滑走路脇にテントを張り机を置き、簡易椅子に座り観察をする視察団。昨日違い飛行服に身をかためた二人のパイロットが明美の説明を聞いている。

「多くは説明しない。まず注意事だけ、急降下してもいいが死にたくなければ、高度500までに引き起こしする事。高度3500以上に上がる時は、呼吸マスクを絶対する事。その二点だけは厳守してもらえれば、各人持ち時間の1時間は墜落しなければ、どのような操縦してもかまわない。私からは以上だが聞きたい事は有るか?」

明美は、最小限の注意をすると聞くことはないか?と言うと

「この機体の限界上昇高度と限界降下角度と制限速度を教えていただきたい。」

「壊されたら嫌だから、急降下時の限界角度は80度、速度制限は800だ。上昇限界高度は、データは有るが貴様等で挑戦しろ。他には?」

「えっ!急降下爆撃機並の角度ですか!」

「それがどうかしましたか?」

「いえ。少し驚きました。」

「機体は、私の身の安全を最優先に、考えられる限り頑丈に作られているから、少々の事では空中分解はしないから。ついでに無線機は、切らないでね。交代時間や注意、警告する為に使うから。他に質問が無ければ、テストを開始して。」

「了解しました」

「で、どちらが先に乗ります?」

「では、私村中が先に」



機体は、ゆっくり滑走路に向かっていき、一旦止まりエンジンを全開にして大空へ舞い上がって行った。

約1時間後帰って来ると、短い引き継ぎをしてすぐに次のパイロットと交代すると、再び大空に舞い上がって行った。

交代したパイロットが、駆け足でテントの元に来ると興奮した口調で

「あのすばらしい機体は、なんなんですか!」

「どうした!落ち着いて話せ!」

「あの機体に付けられた発動機は、栄じゃないでしょ!なんですか、あの馬力」

「一体何があった。詳しく説明しろ!」

パンパンと手を叩く音がして、パイロットの目の前に明美が書類を突き出した。

「えっ!」

「はいはい、落ち着いて書類にまとめて報告して。それが、試験搭乗員のお仕事でしょ」

しばらく周りを見ていたが

「わかりました。すぐに報告書を提出します。その前に口頭で申し訳ありませんが、二点だけ報告させてください。

私は限界まで攻めておりませんが、6000mまで上昇時間6分弱  高度5000mにて水平飛行時、速度650を記録しました。詳しくは報告書に仕上げて報告いたします。」

この言葉に、視察団はどよめいた。開発中の機体の要求要件以上の事が満たされていたからである。

書類を纏めるために、社屋の一部屋に案内されていく村中。

続いて試験飛行を終えた剱崎も、興奮していたが

「詳しい報告は、書類にて提出します。」

と言い残し足早に社屋へと消えて行った。残った面子に明美は、

「機体を見たかったらお好きどうぞ」

と言い残し渡部社長を従えて社屋へと帰っていった。


1時間後、村中、剱崎の2名が纏めた試験飛行結果の発表か行われた。其によると


最高速度 高度6500mにて675km/h

高度6000mまで 平均5分35秒

降下制限速度 800km/h

発動機出力 推定1400馬力以上(九州航空発動機補足 ベンチテスト 1650馬力)


旋回能力は零戦と比較すると劣ると思えるものの、機体の視界性、操作性は良く、高高度での速度、降下速度での優位性から零戦を凌ぐ次期戦闘機候補として、優秀であると考えられる。


低速時における飛行の安定性も特筆するものがあり、着陸時の視界の良さと相まって、航空母艦に着艦する場合、現行機と違和感は無いと思える。


機載されている無線機の性能も良く、ノイズが少なく音声が明瞭に聞こえ、この無線機だけでも先行量産をして現行の無線機と早期に入れ替えを具申いたします。


と纏められていた。


 この会社が現在開発中の発動機ではないが、小型高出力の航空発動機の開発に遅れていた軍としては、願っても無い発動機だった。

中島と三菱がこの発動機の生産の権利を求めると、

「この発動機は、どちらで作られてもかまわないです。ただ、現在開発中の発動機の生産につきましては、この発動機を正確に図面通りに、先に作られた方と契約したいと思います。」

と渡部社長が言うと、

「この勝負、我が三菱が勝ったようなものですな。中島さんのところは、新型発動機の改修が忙しいようですしね。」

と、前谷が中島の社員に向かってほくそ笑んだ。中島の社員達は、悔しそうな顔をしていたが

「それはどうだか。三菱さんの技術も怪しいですからねぇ。」

と、明美がつぶやいた。

「どういう事ですかな?我々の技術が怪しいと言うのは?」

三菱の技術者が明美に問うと

「だって、十四試局地戦闘機のエンジンからの振動が収まらないでしょ?違う?零戦二十一型の初期不良は終わったの?二号零戦の開発だって手こずっている気がするんだけど?違う?」

狼狽えた様に

「なぜ、その情報を」

「業界は狭いからねぇ。あんたのところは手を広げ過ぎたんじゃないの?」

その言葉に三菱から来ていた技術者の一人が

「何を言う。田舎の小会社が。大した設備もないくせに、栄型の発動機を少し改修したに過ぎないこの発動機。図面が有れば2ヶ月いや1ヶ月有れば当社ならば出来る。」

その言葉に、明美は不快感を露わにして

「ほう、じゃ作ってもらいましょう。ただし、そこまで大口を叩いたからは、出来なかった時はどうしてくれますか?」

前谷が技術者の言葉を信じ

「万が一にも無いが、出来なかったら10万でも50万でも払ってやるよ。」

「じゃ、後でそんな事言って無いとか言われても困るんで、念書と言うか契約書を交わしましょうか。社長さん。今の内容で書類を作ってきてもらえる?違約金は50万で。」

「わかりました。」

と言って渡部社長が立ち上がると、

「そこまで、大袈裟なことをしなくても良いじゃないですか。」

と、前谷が言うが

「こう言う物は、責任の所在をはっきりさせておかないと、後々揉める元ですから。なに、お時間は取らせません。雛型が有りますので少しお待ち下さい。中島さんのところはどうします?」

中島の社員達は小声で話し合って

「納期を決めるのは、待ってもらえますか?我々には決裁権が無いので、今回は見送りでお願いしたい。後程、本社協議で返答したいのですが」

「かまわないですよ。ゆっくり半年かかっても、こちらは問題無いですから。」

と言って渡部社長が席を離れた。

暫し雑談をしていると、渡部社長が書類を携えて会議室に戻って来た。

二部の書類を見せ

「こちらが、この度の契約書になります。間違いないか、ご確認ください。」

三菱の営業前谷と明美が二部とも同じ内容が書かれている事を確認し署名した。

契約見届け人として、中島の技術者と藤原中尉が署名し、発動機の図面が渡された。



「しかし、三菱さんは1ヶ月で図面通りの発動機を完成させれば、無償で九州航空発動機から

開発中のあの高性能発動機の図面を無償譲渡ですか。良いじゃないですか。」

「これは、良い契約が出来たものです。発動機の開発費がロハで2基の高性能発動機が手に入るのですから。中島さんも契約すれば良かったんじゃないですか?」

「いやいや、我が社は改修中の発動機があるので、1ヶ月以内に新規発動機の作成にかかれませんかから。すると違約金50万を支払わないといけなくなりますから、契約は出来ませんよ。」

「でもあの会社、太っ腹ですねぇ。契約書を交わしていない中島さんにも発動機の図面を渡すのですから。」

「しかも、お互い完成済みの新品の発動機を2基、お土産にもらえるとは、」

「それ以外に軍には、発動機1基と試験飛行した機体を貸し出しするとは。」

「あの機体の図面も欲しかったですねぇ。」

「確かに。」

帰りの汽車で、新型発動機の話で盛り上がる2社の社員達だった。


 客が帰りがらんとした会議室で、明美は珈琲を飲みながら

「あの人等、喜んでたわねぇ。帰って図面を見てどんな幸せな顔をするかしら?」

呟くと渡部社長が肩をすくめて

「お嬢も人が悪い。天下の三菱と言えども、当社と協力会社に有るような高性能な工作機が無ければ、図面の発動機は作れない事を知っている癖に。それに電装品の購入先を教えなかったでしょう?」

少し怒りをにじました顔をして明美が

「当たり前です。大企業1社だけで何ができるとでも?私が大照4年から、10年以上かけて育てて来た、私の仲間たちの裾野の広さを知らずにあんな暴言、この私が赦すはず無いでしょう。高性能な発動機は、ネジ一本から高品質な規格部品で組まないと生まれないのに。あの人達に作れるかしら?」

その言葉を聞き、少し感心した渡部社長が好々爺の顔つきになり

「お嬢も言うようになりましたなぁ。札束をテーブルに積んで今すぐ作れと、ここに来た時とは大違いですね。

確かにどれ程の職人が何人いるか知りませんけど、大熊か林精機から工作機を買った話は聞きませんから、大変でしょう。」

と言うと、明美は恥ずかしそうにそっぽを向いた。


航空機にしろ自動車にしろ、構成部品の全てを大手企業1社が作る訳ではなく、協力会社や下請け企業などに部品の作成を依頼して、仕事を振り分けて作り上げていく物なのであって、大企業1社だけで出来る物ではない。

エンジンだけでも数百を越える構成部品で成り立っていて、それぞれ造る会社が違っていたのだが、

明美は、最初はそれが解らないで、航空機エンジンを作っているメーカー1社に丸投げすれば、希望のエンジンが当たり前のように出来ると信じていた。

 渡部社長や正に政史から、

「一つの会社で出来るわけないだろう!高性能なエンジンを作ろうと思えば、高精度な部品を安定して供給出来る環境があってこそ。その為には、高品位の部品を供給できる周辺企業を育てろ!」

と異口同音で散々言われ、まずはどんな部品を作るにも、性能の良い工作機械が必要と言われ、最初はドイツから工作機械を輸入してみたが、

「工業の裾野を広げるには、国内で工作機メーカーを育てた方が、各産業に応用が利くよ。」

とさよりから言われ、それもそうだと納得し、当時の日本国内の技術水準からしたら、遥かに高い

性能の工作機作製に挑んでもらえる会社を探し出し、開発の援助を行った。

次に、出来た工作機を買って使って貰うために、九州地方を中心に西日本の中小企業を、明美自身が

1件1件個別に数えきれないほど周り、何度も頭を下げ資金援助に技術援助、仕事の依頼を10年以上繰り返すことにより培った信頼の絆の上に、現在有るエンジンを完成させたのであった。

 高性能な工作機械の開発、切削工具の開発、精密金型製作、精密鋳造工場、それらの工場が使用する高品位素材の研究開発機関の創設、パッキンにガスケットの材料をはじめとするケミカル工場の育成、全般の素材輸入まで

明美が中心となって、銀河社の持つ資金力と情報力をフルに活用し育て上げた企業体だった。 

有る意味、西日本の中小企業の技術の結晶が、この発動機ともいえるのであった。

 明美がこの時代における最高基準の航空機に乗りたい!言う熱い想いで、協力を申し出てくれた九州航空発動機会社に無茶ぶりを押し付け、日本の貧弱な工業力の基礎力の向上を中心に技術の和が拡がって、

元々何の繋がりが無かった会社や工場が、手を取り合い協力して幾つもの技術的困難を越え、気が付くと世界トップクラスの技術集団になっていたのである。

 そうして出来た航空機エンジンの部品精度は、この時代の世界水準と比べて遜色が無いどころか頭ひとつ抜きん出ていた物だったので、世界の工業技術から遅れていた日本の水準からしたら、とてつもなく高い水準で、すぐに真似の出来る物ではなかった。


 今では年2回、明美が主催する宴会に関連会社の専門技術者が全て集まって、職種を超えた技術交換をする間柄になっていた。

 そのおかげもあって、西日本で作られる部品は東日本で注文するよりも価格は高くなるが、精度が高い物が納期通りに収められるので、大手企業からは注文が途切れることがなくなった。

ただ、この技術集団は値引き交渉を嫌うので、コストをかけたくない大企業は多少の精度落ちしてもいい場合は、東日本の中小企業から購入していた。


 明美がなぜこの時、西日本の企業しか足を運んでいないかというと、エンジンを組み立てる九州航空発動機の工場が福岡県にあった為、

出来た部品の運送手段を考えた時、トラック運送しか思い浮かばなかったので、近場に集中させた方がいいね、と軽い気持ちからだった。

後から正やさよりから、

「日本国内の工業力や技術水準を引き上げるなら、偏らせるんじゃない!搬送手段は他に列車や船があるでしょう!」

と怒られたのは、この企業共同体が完成した後だった。



「半月もかかって、発動機が出来ないだと!どうゆうことだ!」

「それが、図面に書いてある工作の寸法公差が厳しくて、若干緩めて作製したところ、すぐに動かなくなる物しか作れませんでして。」

「当たり前じゃないか?、寸法公差を厳しく作ればいいだけのことだろうが!」

「しかし、あの公差では、納期までに作成することが出来ません。それに、図面に書かれている電装装置の入手先がわからず、現状で半分もの部品がお手上げ状態になっております。」

「どうゆうことだ?送られてきた現物がある、それの図面がある、材料もある。なぜできない?俺に解るように言ってくれ。」

「それは、我が社の工場では、この発動機を構成する部品精度の達成が無理だからです。」

「なにか?我が社はロクな工員がいないので出来ないってことか?」

「何を言ってるのですか!我が社の工員は優れた職人たちです!」

「じゃ、なぜできない!九州の片田舎の工場で出来て、我が社の工場で出来ない理由を言ってみろ!」

「工作機械の性能です。」

「おいおい、我が社の工場には、ドイツから輸入した最新の工作機械があったのじゃないかね?それが使いこなせていないってことか?」

「そうじゃありません!ドイツのメーカーもあの公差で作るのは、難しいという意見でした。」

「では聞くが、あそこにある発動機は、どうやって連中は作ったんだ?あんな我々よりも資本のない田舎の工場が、我々以上の工作機を輸入して、それで作ったとでも言うのかね!」

「そうとしか思えません。職人曰く、部品 ひとつひとつが芸術品だと。」

「はぁ?何を言っておるのだね。あの発動機は我が社に2基、中島にも2基、さらに海軍にも2基納品されているのだよ。しかもあの田舎の工場では、量産の目途がついたので、さらに上の高性能な発動機の開発をしているのだよ。一人の天才が作った芸術品のような一品物ではなく、歴とした量産品の工業製品なのだよ。それが我が社では芸術品だと?いい加減な事を言うな!」

「せめて納期だけでも伸ばしてもらえませんか?せめてあと1ヶ月。」

「応じられんな。我々は一流企業なのだよ。決めたことは 確実に仕上げるからこそ一流な企業なのだよ。

そもそも、開発部の連中が出来ると言い切ったんだ。営業部に苦情を入れられても困る案件だ。

営業部としては、納期通り作れとしか言えん。それが出来ないと我が社に巨額の違約金が発生するのでな。話は終わりだ。出て行ってくれ。」

「わかりました。では、営業部に頼みたいことは、図面に書かれている電装部品を購入してきてもらいたい。この部品に関しては、工場の実力以外の物だからな。それが入手できないとあの発動機は動かないことだけは伝えましたからね。」

と言って工作部の課長が出て行った

「その部品が作ってるところがわかれば、苦労はしない。」

といって、前谷は頭を抱えた。


三菱での発動機の作製だが、いきなり躓くことになった。

部品の公差の細かさに対応が困難だったことで、取りあえず精度の出せない物は若干緩くして作製し、入手できていない電装部品は、仕方がないので付けずに稼働させた発動機は

シリンダー内での異常燃焼が起こり、まともに動かない上に、すぐに潤滑油が継ぎ目やパッキンの隙間から噴出したり、軸の焼き付けが起きたり、使えた物じゃなかった。

しかも、この発動機に付けられている電装部品が、どうゆう役割を果たしているのかわからない物が多く、

電装部品の回路は図面を見れば解るが、それが何をしている部品かがわからない。

代わりの物を作ろうにも、送られていた実機に付いていた電装部品の大きさが、真空管では作れない大きさだった為、まったく作り方がわからない。

購入したくても、それがどこで作られている物か、まったく解らない。


排気タービンに関してはもっと悲惨だった。

素材はアルミの合金なのはわかるが、排気ガスの高温に晒される風車の形状に鋳造するには、一枚一枚が薄く困難で、出来たとしても熱による変形、溶解が起こり、それを両端付けた軸の真円度を守りながらの加工も困難を極めた。

しかもこの軸は、毎分1万回転近くの高速回転するため、中心が少しでもずれた加工をしてしまうと、一瞬で焼き付いてしまう。

それができたとしても、軸受けの精度や素材が合わないと焼き付いたりオイルが噴き出したりすることに。


作製関わった者は、こんな発動機作れるはずはない、とまで言い切ったのだが、後日送られてきた発動機の完成品を目の前にして、頭を抱えたという。


ネジの1つまで分解して、測定した結果、図面通りの部品を使っており、当たり前だがちゃんと動く。


全力稼働試験も、今までの手がけてきた発動機とは、比べ物にならないほど優秀な結果を叩き出した。


営業の前谷は最初は現場からの声を甘えだとして握りつぶして、完成を急がした。

 だが、甘えでもなんでもなく、切羽詰まった現場の事情が分かってきて、九州航空発動機会社との契約の期限が半月を切って迫って来ると、打開策がないかと連日会議を重ねる日々に。


製作現場では、どうやって作ったんだ?使用している工作機械はどこの国のなんと言うメーカーの機種を使っているのか、最終的には作製現場を見たいという意見まで出るようになった。


最初は、田舎の工場に頭を下げることなんかできない、と突っぱねていたが、そうは言ってもそれ以外打開策はないと、製作現場からの突き上げが高まってきた。


そんなある日、前谷は部長室に呼び出された。


「前谷くん。なんか君の案件が困ったことに成っているようだね。製造部部長の小橋が苦情を言ってきたよ。どうする気かね。」

「はい。現在現場の責任者に対策を・・・」

「そうじゃない!納期のことだよ。何でも、違約金50万を支払う契約を締結していたそうじゃないか!どうするつもりだね!」

「申し訳ございません。」

前谷は部長に頭を下げ謝罪した。

「図面があり、開発部の技術者が出来ると請け負ってもらい、しかも納期通り出来れば、現在開発中の高性能発動機も無償で頂けると言うので、つい契約してしまいました。部長に事前相談も無く契約してしまい、申し訳ございません。」

その姿を一瞥してから、

「見せてもらった契約内容は、確かに条件的には最高の契約だった。私でもすぐに契約してしまっただろう。相手が普通の相手ならばな。 」

といって部長の立山が窓の外を見ながら言った。

「え、相手?」

立山は、諭すように

「君は、契約する相手を読み間違えたのだよ。君としては、田舎の社長相手に、条件の良い契約をしたつもりだろうけど、実はその後ろにいる相手に、仕組まれた条件の契約をさせられていたのだよ。

しかも君は、その相手に舐めてかかり、相手が怒り心頭していることにも気付かずにね。一緒にいた者から聞いたよ。結構横柄な態度でいたそうじゃないか。」

「そんな横柄な態度を取っていなかったと思いますが、その相手とは誰ですか?渡部社長じゃないのですね。」

その言葉に呆れたように

「それさえ気づいていないのかね ?その場に居ただろう?」

「申し訳ありません。渡部社長じゃないとしたら 、まさか!あの井上と言った、女ですか!。」

「思い出したかね。」

「部長。お言葉ですが、あの女が怒ったところで我が社に何の影響が有ると言うのですか?しょせんどっかの小店の部長でしょう。美人でしたから枕営業でもしているんでしょう。」

その言葉を聞いて、驚いた顔になり

「対処無しだな。そんな気持ちであの女性に対応したのかね。そりゃ、相手は怒るのも無理はない。

君は、銀河社の逆鱗に触れてはならないって知らなかったのか?」

「えっ?なんですか、それは?」

大きく溜息をすると

「とりあえず、相手が財務部長じゃなかった事が唯一の救いかもしれん。もしあの方だったら、こんな騒ぎじゃすまなかっただろう。今から大阪に行くぞ。用意しろ!」

「えっ、どうしてでしょう。」

「謝罪に決まっているだろう。銀河社の財務部長が絡む前に許してもらえれば、なんとか成るかもしれないからな。」

「本当ですか!」

立山は

「片山君、すまんが大阪迄の汽車の切符の手配を頼む。ついでに先方に持っていく菓子折一つと

今、女性に人気の菓子を適当に詰め合わせて、持って来てくれないか?」

秘書の女性に言付けると前谷に

「後は、私が話すから、君は神妙な顔をして謝罪の言葉だけ言っていい。わかったな。」


東京駅から夜行列車に乗り翌朝大阪駅に到着した二人は、駅前で軽く朝食を取り、ハイヤーに乗り銀河社へ。


「失礼する。どなたかいませんか?」

奥から小走りに少女が出て来て

「どちら様ですかぁ~」

と、少し間延びした声で対応してきた。

「三菱の立山と申します。井上外商部長様は、ご在席でしょうか?」

少女は見上げるように

「アポは、取ってますぅ?」

「いえ。なにぶん急を要する事ゆえに、アポイントメントは取っておりませんで。」

小首をかしげると

「ちょっと待っててね。調べて来るから。」

と言って、事務所に入って行った。2,3分してノートを持って出て来てくると、

「えっと、今日のお昼過ぎに帰社予定になっていますねぇ。どうします?」

「それでは、その頃にまた伺います。これは、大したものでは有りませんが、皆さんで召し上がってください。」

と言って、お菓子の詰め合わせを手渡し、銀河社を辞した。



「ふう、まさかいきなり財務部長が出てくるとは思わなかった。」

大阪駅の近く迄戻って、喫茶店に入り珈琲を注文すると、立山は大きく息を吐いた。

「立山部長。財務部長とは?」

「銀河社で我々に対応した少女がだよ。」

「えっ!あんな子供が財務部長?冗談でしょう?」

「冗談ではない。あれは少女の姿をしているが、噂通りならば私よりも2回り以上歳上だぞ。相場の魔女と呼ばれる由縁だ。」

「嘘でしょう。どう見ても十代でしょう。」

「あの会社の連中は、見た目で判断してはいかん。昔、私も痛い目にあったのだから。」

「えっ、立山部長が!」

「昔の事だ。とりあえず菓子を受け取ってくれたから、まだ大丈夫そうだな。」

「受け取ってくれなかったら?」

「日を改めた方がいい。交渉は間違いなく決裂するからな。」


 立山と前谷の二人は、昼過ぎに再度銀河社に訪問した。


「失礼する。どなたかいませんか?」

事務服を着た女性が応答に出てきた。

「どちら様でしょうか?」

「三菱の立山と申します。井上外商部長様は、帰社されておりますでしょうか?」

「しばしお待ちください。」

女性が事務所の奥に入って行き、しばらくすると明美が出てきて

「私に用があるっていうのは、貴方かい?うん?そこにいるのは、前谷さんだったかな?と言うことは発動機の件か。」

前谷を見ると、面倒くさそうな口調になった。

「私、前谷の上司の立山と申します。この度は、うちの前谷がそちらにかなり失礼なことを言ったようで、申し訳ございません。ついては、発動機についてお願いがございまして、お伺いいたしました。お話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

明美はしばし考えて

「いいわ、美由紀、応接室使うから。じゃ、上がって」

事務室に声をかけた後、2人を応接室に案内した。玄関を上がりしなに、立山は事務員に

「大したものではありませんが、お納めください。」

と言って、持参した菓子折りを渡した。



「で、話って?」

ソファーに着席すると、明美は2人に聞いた

「前谷の方が契約いたしました、新型発動機の件ですが、このままでは納期の方が遅れることが解り、今後の対応についてお話ししたいと思いまして。」

立山は明美の顔を見ながら、そう切り出した

「ま、納期通りに出来るとはこっちも思ってなかったけど、納期まであと半月近くあるのに、見切りが早い対応ですね。」

「無理なの物を引き摺って傷を大きくするより、早めにお詫びして対応した方が良いと思いましたので。

つきましては、現場の方と相談したところ、あのような素晴らしい発動機を作製した工場を、ぜひとも我が社の工員達が見たいと申しまして、後学の為に見せていただくことは出来ませんか?」

「どうして?」

「現場の工員達が見学することにより、より良い製作の切っ掛けが生まれるやもしれませんし、もしかすると、それで納期が守れるやもしれません。いかがなものでしょう?」

明美は面白くなさそうに

「納期を守る事は不可能ですね。あなた方の工場では、あの精度が出ないのでしょう?だから、あの精度出せる工場の秘密を探るために見学したいってことですよね。それと、電装部品のこともあるんじゃないかしら?」

と言うと、煙草を取り出し火を点け紫煙を吐いた。

「確かにそうなのですが、そう言われてしまうと身も蓋もありません。」

明美はしばし考えをまとめるように目を瞑り、出した返答は

「良いでしょ。納期の方は後、2ヶ月ほど待ちましょう。それ以上は無理です。理由は、そこの前谷さんが啖呵を切った言葉に、私はかなり怒りを持っていますので。財閥企業か知りませんが、あの態度は人に教えを乞うものではありませんでしたしね。でも、工場見学の方は許可いたしましょう。

そちらの職人さん達には何の非も無いことですし。ただし、こちらの準備もありますので1か月後でどうでしょう?そちらからの訪問人数は任せます。」

「ありがとうございます。早速社に戻り見学の人選に当たりたいと思います。」

立山は安堵して、横にいる前谷に

「お前からもお礼を言え。」

「ありがとうございます。」

と言って頭を下げた。しかし明美は、いたずらを思いついたような笑顔で

「いや、そんなに簡単にありがとうって言っても、いいのかな?」

と言って煙草を灰皿に押し付けた。

「と言いますと?」

「まだ、違約金のことがありますでしょ?納期が守れなかったら、50万円支払うっていう。あれは有効だからねぇ。どうしようかな?」

と言って楽しそうに微笑んだ。

「納期の延長を認めてくださったんじゃ?」

「あれはあれ、これはこれ。話を一緒にしないでね。」

言葉に詰まる2人だったが、立山が

「では、どうしろと?」

明美は、唇をニィッと上げて

「新たに契約を書き換えます。納期は延長しますが、違約金も増額します。それでも良ければ工場見学と納期の延長を受け入れましょう。どうですか?」

しばし、明美と立山の無言のにらみ合いが続き、折れたのは立山の方だった。

「解りました。その代わり納期は後4ヵ月延長してください。違約金は100万円でいかがですか?」

ニコッと微笑んだ明美は、

「さより、今のを聞いてどう思う?」

と声をかけると、明美の座っているソファーの後ろから、ひょこっと午前中に会った少女が顔を出した。

「いつから居た!」

と驚く二人を無視して、さよりは明美に

「いいんじゃないの?しかし、あぁちゃん(明美)は甘いなぁ。もっと吹っ掛けても良いのに。たぶん100万円もらい損ねると思うけど良いんだね。あたしだったら、もう少し巻き上げるんだけど。」

「そんなこと言ってるから、雷鳥さんに守銭奴って言われるんだよ。」

「はいはい、わかりました。これであたしの用は終わり?じゃ、」

と言って、手に持っていた書類を明美に渡し部屋を出て行った。

「じゃ、そうゆうことで、こちらが新たな契約書になります。内容に間違いが無ければ、署名捺印をお願いします。」

さよりから渡された書類は、新たな内容に書き換えられた契約書だった。

その内容を確認した立山と前谷の二人は、最初から相手の掌で踊らされてる恐怖を味わっていた。

「これで契約の更新は終わりですが、これらの会社を覚えておいてください。きっと、あなた方の工場の力になれると思いますよ。」

と言って、数社の名刺を2人に手渡した。

それを受け取り、2人は銀河社を後にした。

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