とある少女の思い付き
工場が立ち並び、飛行に危険性が指摘された木津川河口に有った木津川飛行場を、二つに分け
伊丹に造った陸上機専用空港 大阪第二飛行場と、堺市の大和川の河口西側に造られた真新しい
陸上機と水上機両用空港の民間飛行場第一号の大阪第一飛行場
大阪第一飛行場の滑走路脇の土手で飛行服を着た少女が、寝転んできれいに晴れ渡った空を見上げ
「うーん」
なにか悩んでいた。
「どうしたんだ?お嬢。空にため息をつくなんて」
と、火の付いた煙草を咥えて、飛行服を着た男が近づいて声をかけてきた。少女は、ちらっと近づいてきた男性の顔を見て
「大空の隆さんか。いやねぇ。もっと早く高く飛べる機体が欲しいなぁって思ってたら、ついついね。」
と言って、空を見上げる。
「おいおい、お嬢の乗っている機体って、ドイツ製の最新機じゃなかったけ?結構速度出るだろう?」
「そうだけど、馬力が無くてねぇ。あれでも私には遅いのよ。」
その言葉を聞いてあきれた顔で
「あれで遅いって。お嬢が欲しい機体って、どんな機体なんだい?」
隆は、少女の横に座り話を聞いてやることにした。
「そうねぇ。レシプロエンジンだと出力が2千馬力以上、高度1万以上で速度が最低でも700は欲しいなぁ」
「あるか!!そんな機体」
隆は、思わず大きな声を出して咥えていた煙草を、落としそうになってしまった。少女は空を見たまま
「今はないから、ため息をついてるんじゃないの。」
「あのなぁ、お前さんが乗ってる機体の馬力180馬力の高出力だろうが。お嬢が求めてるのって、
それ以上のエンジンってことだろう。そんなもんこの世にあるかぁ」
「だよね。大照4年のこの時期には無いわなぁ」
「そもそも、そんな化け物エンジン作れるのか?」
「作れるわよ!きっとそのうちに」
少女は起き上がって隆を睨み言いのけた。しかし隆は肩をすくめただけで
「たとえ作ったとして、巨大なエンジンになるだろ?単座の飛行機じゃなくならないか?」
と諭すように言った。
強力なエンジンは、大型化すればできるか、それを積む機体も大型化して単座の小型飛行機にならない。
「技術革新すれば小型高出力のエンジンが…」
「お嬢が作れるのか?」
「私?……私じゃ作れない。」
少女は黙り混んだ。
「だったら、今の機体を大事に乗ってやらないと。」
するとなにかを思い付いたように少女は跳ね起きて
「私が作れないなら?……誰かが作るのを待つ?いやそれより誰かに作らす?・・・・・・・・・
そっか!!欲しいエンジンが無けりゃ、作ればいいってことね!私が出来なきゃ、出来る人に
作ってもらえればいいって事だよね!よっしゃ!作ってもらえそうなとこ探してこよう!隆さん!
ありがとうね!」
と言って、少女は格納庫の方へ走って行った。
「おいおい!俺の話を聞けって!あぁ、行っちゃったよ。あの金持ちのじゃじゃ馬お嬢は、今度は
何をしでかすのかな?」
そう言って、隆は紫煙を晴れ渡った青空に吐き出した。
九州のとある工場の応接間
社長の渡部が、1人の少女を応接間に迎え
「大阪からわざわざ、我が社に来てもらったようだが、どう言うご用件かな?」
と切り出した。
「私専用の飛行機を作ってほしいんです。お願いします。」
と言って頭を下げてきた。
渡部は目の前にいる、日に焼け健康的な素肌に白のワンピースを着た少女が言った言葉に
「お嬢さんは、飛行機に乗れるのかな?」
と聞くと
「はい!大阪第一飛行場から近くまで飛んできました。」
と笑顔でハキハキと答えてくる。
「乗ってきた機体は、親の機体かな?」
「いいえ。私専用ですよ。」
「だったら、別に作らなくてもいいのじゃないかね?飛行機ってわかってると思うけど、安い物じゃ
ないよ。ましてや、個人用の専用機を作るとなると、量産された機体よりも高くつくんだよ。
その辺は解ってるのかな?」
渡部は、金持ちの小娘が他の誰かとは違う物が欲しいだけなんだろう?持ってるんだから、それで
我慢しろっと言いくるめる気だったが、少女は怒りを堪えているような顔で
「高くなるのは解ってます!しかし!たかが100ノット弱しか出ない!あんなくそ遅い機体なんか!
私は興味ないんです!私が欲しいのは、高度一万メートルで400ノット以上の速度が出る機体です。
もちろん単座で。」
と一気に言われ、一瞬たじろいだが、この少女はバカなのかと思った。
今、空を飛んでいる機体は、戦闘機でさえ速度は100ノット前後で、高度3千メートル前後が
実用上昇限界高度で、無理しても5千メートルまでも上がれない。それを1万メートルだと?
高度1万メートルと言う高高度じゃ空気が薄すぎて、発動機がまともに動かない。それよりも搭乗員の
呼吸をどうする?気圧も気温も低く、呼吸困難で凍え死ぬ寒さ。そんな場所まで上がれる機体だと?
「本当は、高度3万以上に上がって、地球の丸さを感じたいのですが、レシプロエンジンじゃ無理だから、せめて1万メートルまで行きたいんです!」
さらに高度を上げてきやがった。しかし今の発動機じゃ、そこまで上がれないってことも解っているみたいだが?
「今すぐ、そんな機体をよこせとは言いません。まずは単座機体用の、2千馬力以上の高高度用のエンジンの開発をお願いしたいのです。」
当方もない発動機を要求してきたなぁ。爆撃機でさえ、そんな出力のエンジンを積んでないというのに
「最終的に造っていただきたい機体の形は、こんな感じでエンジンを後ろに着けて、推進型の構造として主翼の前に水平小翼を付けた前尾翼って言うのかなぁ、エンテ型の機体とします。」
と言って、少女は大きな鞄の中から紙を取り出しテーブルに広げると、そこには渡辺が見たことのない機体の絵が描いてあった
「ちょっと待った。お嬢さん。この形の飛行機を創れって言いたいのか?」
「そうですよ。この機体の形、かっこいいと思いません?」
「確かに、」
渡部の目の前に広げられた全金属製の単翼機体の完成予定図。
機首に有るべきエンジンが後方に付いた、これまでの渡部の飛行機の概念を覆す斬新なデザイン。
しばらく考えていたが、技術者としては造ってみたいが、経営者としての渡部が声を出した。
「凄い飛行機に成るだろう。こいつは。」
「では!」
「落ち着きなさい。私は、まだ引き受けるとは言っていない。凄く魅力的な飛行機だが、この飛行機を
創るには巨額の開発費が必要となる。恥ずかしながら見ての通り、我が社は弱小な会社だ。
そこまでの開発費を捻出できるあてがない。これは、大手の三菱さん、中島さんや川崎さんの所に
持って行った方がいい。」
渡部はできることなら創ってみたいが、我が社が巨額の開発費を注ぎ込んで会社が危なくなったら
今いる社員達に申し訳なく、冒険することを諦めざる得なかった。
それと、もう一つの現実が渡部をこの話を諦めざる得なかったことだった。
「社長さん。その大手の会社は門前払いでした。ただ私が女っていうだけで。話を聞いてくれたのは、
社長さん!あなたにだけだったんです。開発費なら、私が出来るだけ持ちます。私は、社長さんの所で創っていただきたいんです。」
と、言って少女は深々と頭を下げた。その真摯な姿を見て渡部は、一瞬思案をして
「お嬢さん。飛行機工場を見学したことは有るかな?」
と声をかけた。
「いえ、ありません。」
少女は、一瞬何を言われたか理解できない顔をして答えると
「そうか。ちょっとついておいで。」
渡部は、少女を製作工程の説明がてら自社工場内の案内をした。
少女は時折設計技師や、工作機の所で少し職人に質問をする以外は、黙って工場見学をしていた。
それが終わり事務所の応接室に帰って来て
「こんなに工場だ。お嬢さんの期待に応えたいとは思うが、その飛行機がここで作れると思うかね?」
渡部は、少女の持って来た話にのってみたいが、技術者として、この工場でできる機体の限界も知っていた。
この工場の職人の腕は確かだが、ここにある設備では全金属の機体はおろか、工作機の精度では、
この少女の求める精度の発動機は、出来ないことが解っていた。
「あとお嬢さん。飛行機の開発に必要な物がなにか解ってる?高度な技術力と、お金の二つだ。
我が社の技術力はさっき見てもらった通りだ。次に飛行機にかかる高額な開発費だ。あなたがいくら
おこずかいをもらっているかわからないけど、あなたに払える金額じゃない。諦めなさい。」
静かに渡部がそう言うと
「開発費にいくらかかります。概算で結構です。その金額次第で諦めるかどうか決めます。」
少女は渡部の目を見て言い切った。誤魔化さず正直に答えるのが誠意ある大人と思い渡部は
「概算だが、機体開発に100万。発動機開発に200万。合わせて300万は最低必要になるだろ。
あなたにそれだけの高額なお金が用意できるかね?無理だろう。私でも用意できない金額だ。
それが解ったら大阪へ、お帰り。」
少女は、ぬるくなったお茶を口に付け、一度天井を見上げ息を吐き出すと、少女は渡部の顔を
見て下を向き、持って来た鞄を手に取りテーブルの上に置くとこう言った。
「じゃ、前金で500万渡しておくから、創ってね。それに社長さん、一つ考え間違ってるよ。
飛行機開発に本当に必要な物はたった一つ、夢を掴む事を諦めない気持ちだからね!」
と言って、少女は笑った
渡部は、その時の輝くような少女の笑顔を、一生涯忘れなかったと言う。




