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帰るまでが任務です(仮)  作者: ねむり亀
第3章
102/144

番外編 さより放浪記3

3話目です

3/8

「あがって、あがって。狭い所だけどね。」

サヨリは、レイーナを自分の部屋に、招き入れた。サヨリの部屋は、職場から路面電車に乗って20分ほどの小高い丘の上に建つ、15階建ての公営住宅の12階に有る1DKで、窓からの眺めは、遮る物がなく帝都が一望出来た。

「お邪魔します。」

レイーナは部屋に入って周り見渡すと、すっきり片付けられたキッチンに、フローリングの上に敷かれた淡いピンク色のカーペット。その上に置かれた座卓。

眺めの良い窓の横に、80インチほどの大型モニターが壁に設置してあった。

「立ってないで、散らかっているけどその辺に座ってて。飲み物は、とりあえず最初は缶ビールでいいかな?」

独り暮らしには、大きすぎる冷蔵庫からサヨリは、4本の缶ビールとスライスサラミとかまぼこをスライスして練りワサビを添えた小皿と、スナック菓子をボールに入れた物二つを座卓に置くと、自分も座りレイーナに缶ビールを1本渡した。

「それじゃ、女の子の友情に、乾杯!!」

と言って、お互い半分以上を飲み

「プハァ。久しぶりに女子二人で飲むわ。つまみはこんな物しかないけどいいかな?」

サヨリが、ニコニコ顔で爪楊枝で、サラミを口にした。

「サヨリさん、誰といつもは飲んでいるのですか?」

「昔は、あ~ちゃんと飲んでたなぁ。あっ、イレーナさんにあ~ちゃんって言ってもわかんないね。明美って言う女の子なんだけど、結婚しててね、主に旦那の惚気ばっか聞かされてたなぁ。今は、たまに1人で飲むわ。」

サヨリが少しさみしそうに話すの聞いてイレーナは

「すいません。私、なんか悪いこと聞いちゃいました?」

と、声をかけたが

「ぜんぜん、良く私1人で放浪する癖が有るからねぇ。前に3年ぐらいかな、1人で世界をうろうろしててね。ひょっこり帰ってもね、あたしの居場所が有って安心しちゃったんだ。だからかな、今回も大丈夫って思っているから、ホームシックなんかならないんだ。」

窓の外を見て、昔を思い出す顔つきで話すサヨリ

「そう言うイレーナさんは?」

「私ですか?良く飲みに行くのは職場の人かなぁ。」

「じゃあ、今、お付き合いしている彼氏は?」

「居ませんよぉ。」

「イレーナさんは、可愛いのに、寂しいぞ。!」

「そう言うサヨリさんは、こっち(帝国)に来て、好い人出来たんですかぁ?」

「できてない。でも、それは今まで生活が安定してなかったからだと思うの。今は、就職もして、生活が安定してきたから、これから出来るはずだ!」

サヨリは、2本目の缶ビールを開けると、グビグビと飲み

「よし。イレーナさん。どっちが先に彼氏が出来るか、競争ね!」

「わかりました?!負けませんよぉ!」

「あたしも負けないからね!それじゃ、素敵な彼氏が出来るように、乾杯!!」

「乾杯!!」

二人してビールを飲み干すと

「ビール無くなちゃった。新しいのを持って来るね。」

サヨリは、冷蔵庫に行くと今度は、冷凍室から氷と酒瓶を取り出して座卓に置き、食器棚から小振りのグラスを2つ取り出して、1つをイレーナの前に置き、もう1つを自分の前に置いて、イレーナのグラスに氷を入れて、持って来た酒瓶の酒を2つのグラスに満たした。

「それじゃ、改めて、乾杯!!」

「乾杯!!」

と言って飲んだイレーナは、強い酒精でおもいっきりむせた。

「なんですか!このお酒。強すぎます。」

「やっぱり?だから、氷入れてあげたんだけど、それでもキツイかぁ。」

「と言うか、サヨリさん。大丈夫なんですか?こんなキツイお酒ストレートで飲んで?」

「大丈夫だよ。しょせん58%の蒸留酒じゃない。あ~ちゃんと飲んでたときは、最低70%のお酒だったからねぇ」

と言って、グラスに酒を注ぎ、そのままくいっと飲み干した。

「お酒、強いんですねぇ。」

サヨリの飲みっぷりに少し驚きながら、舐めるようにグラスの入った酒を味見してテーブルに置いた。

「そう?ウーンそうかも。酔ったふりをしても、酔いつぶれちゃいけない場所とかに行ってたから、お酒には強くなちゃたかもね。」

ニヘラと笑いながら、サヨリがグラスを干した。

「どんな場所ですか?酔いつぶれちゃいけない場所って。」

「イレーナさんは行かない?王族が集まる晩餐会とか、政治家や起業家とか企業のトップや、国内外の政治家が集まるパーティーとか、マフィアとかの裏家業の人達の集会とかに行かない?」

思わず口に含んだ水を吹き出しそうになって、咳き込みながら

「有るわけないでしょう!それって冗談ですよね。」

キョトンとした顔をしてサヨリは

「やっぱり、ないかぁ。あたしの周りがおかしいのかなぁ。よく招待状をもらって行ってたんで、みんなも行ってるんだって思ってたんだけど、この話をすると、みんなドン引きになるんだよねぇ」

何でも無いことのように、サヨリは話すがイレーナは戦慄していた。

このサヨリは、本国で何した人なんだ?王族にマフィア?そこからの招待状?何が接点になっているんだ。

「そうそう、パーティーで思い出した。イレーナさん、聞いて聞いて、昔ねぇ、知り合いの王様に頼まれて参加したパーティーでね、ある王国の王子があたしに求婚してきたんだよねぇ。王子と言っても10歳も年上だし、6人もすでに奥さんいるんだよぉ。顔も身体もあたしの好みじゃなかったから、軽くお断りしたら、急に怒り出して、あたしを拘束しようとしたから、ムカついてその国を一週間後に破綻させちゃった。」

楽しそうに話すサヨリだったが、

「いったい!なにをしたのですか!」

「うん?ちょっとその国の経済をねぇ。そしたらねぇ。革命が起きちゃって。」

サヨリは、ニコッと笑ってグラスに入った酒を飲み干した。

イレーナは、内心『経済をねぇ、じゃないよ。革命って』と唸っていたがこれ以上この話を聞くとヤバいと感じて

「サ、サヨリさん。旅行は好きですか?」

露骨に話題を変える

「好きだよ。」

「私も好きなんです。サヨリさんのお国で、ここは行くべきってところありますか。」

「そうだねぇ。イレーナさんは、温泉好き?」

「けっこう好きですよ。」

「あたしも好きなんだぁ。じゃ、この辺でおすすめの温泉ってある?。」

「ありますよ。この近くだと、百合桜温泉がいいですよ。バスで30分ほど行ったとこに、落ち着いた雰囲気の良い温泉なんです。」

「今度、行って見ようかなぁ。イレーナさんは、誰と行くの?」

「たいてい、1人で行きますねぇ。」

「友達とは、行かないの?」

「そうですねぇ。あまり行かない、と言うか時間が合わなくて。」

「仕事忙しそうだもんねぇ。イレーナさんって。普段、事務所に居ないでしょう?いつも外回りなの?」

「えっ?いつも事務所に居ますよ。」

サヨリに質問されて、少し驚くが表情には出さないで、答えると、サヨリが肩をパンパン叩いて

「うそだぁ。あのビルの中で見かけたことないもん。でも、たまに駅前のカフェでお茶してるよねぇ。」

「人違いじゃ無いですか?」

イレーナはとぼけたが

「そっかなぁ?先週の金曜日、1番奥の席に座ってなかった?メールでも見てたのかなぁ?時々、PCの画像を睨み付けて、上司に呪詛をこぼしていたじやない。」

その時イレーナがつぶやいていた愚痴を言ったら、イレーナは驚いて

「なんで知っているのですか?」

ニコニコ顔で

「隣にいたもん。あのカフェ、あたしもよく利用しているんだ。あ、お酒無くなってるね。これは、きついから別のお酒持ってくるね。」

イレーナは少し唖然としてサヨリを見つめると、ニッコッと笑ってサヨリは。イレーナのグラスを持ってキッチンに行き、グラスをシンクに入れると、冷蔵庫の野菜室から別の酒瓶を取り出し、新しいグラスを持ってイレーナに手渡し、酒を注いだ。

「これは、キツくなくておいしいお酒だから、飲んでみて」

イレーナが手にしたグラスの中には、薄く黄金色に色づいた透明な酒で満たされた。

さっきのこともあり、おそるおそるグラスに口を付け、一口飲んでみると、さっきの酒とは、うって変わって、口当たりは優しく、口内で広がる香りは華やかで、喉を爽やかに駆け抜けた。

「美味しい」

サヨリも自分のグラスになみなみ入れ、くいっと一気に飲み干した。

「うん!このお酒はいつ飲んでも美味しい。」

空になったイレーナのグラスに、おかわりを注ぎ自分のグラスにも満たす。

「サヨリさん。これはどこのお酒ですか?」

サヨリは、酒瓶をイレーナに渡し

「ここの杜氏は、良い仕事してるよねぇ。」

イレーナは、酒瓶のラベルを見て

「サヨリさん!このお酒どこで手に入れたんですか!!」

驚きのあまり大声を上げた。

「普通に注文してるけど?そんなに驚くこと?」

イレーナは頭を抱えて、 

「この崋蓮別選特別醸造ってお酒は、蔵田宗山酒造のレアのお酒で、生産量が僅でいくらお金を積んでも、買えないお酒として有名なお酒なんです!

しかも、磨き六分五厘って!更にレアを越えて、幻とさえ言われているお酒ですよ!

これが口に出来るのは、皇帝陛下だけだと言われていたのに。」

「そうなんだ。知らなかったよ。あたしとしては、イレーナさんが喜んでくれたから、良かった。」

「喜びを越えて、驚きですよ。」

イレーナは酒瓶を眺めて、味わうようにグラスに入った酒を飲み干した。

「あたし、帝国国内のお酒って、あまり知らないからちょっと教えて欲しいんだけど、イレーナさんは、お酒に詳しい?」

「好きですから、多少は」

イレーナは潜入捜査の一環で、コピー商品や、偽装商品の見分け方を心得ていた。

「残り少ないんだけど、いい機会だから空けちゃおう。ちょっと待っててね。」

サヨリは、キッチンに行き青い一升瓶と枡を持ってきた。

「このお酒は、枡酒で飲まないとね。」

と言ってイレーナに枡を渡し、なみなみに注ぎ、自分の枡にもなみなみ注ぐと、丁度空になった。

「ちょうど二合有って良かった。飲んでみて。銘柄が判ったら凄いけど、判らなくても、後で見せてあげるから、このお酒の値段判ったら教えて欲しいんだけど。」

そう言われて、イレーナは枡に口を付け酒を飲んだ。

先ほどの崋蓮より、さらに芳香な花にも似た香りが鼻に抜け、口当たりはさらに柔らかく濃厚な味を感じさせ、呑み込むとするすると喉に落ち、爽やかな後味を残しながら、余韻が長く楽しめた。

「はぁ~。私のボキャブラリーでは、もう、美味しいとしか言えません。何なんですか?このお酒。」

イレーナは、サヨリから一升瓶を受け取ると、銘柄を確認した。

「宗山桜?聞いた事がないですねぇ。」

「イレーナさんも知らないのかぁ。貰い物のお酒なんだけど、調べても出てこないんだよねぇ。

だから、値段がわからなくて。あまり高いと、あたしじゃ買えないって事になったらいやじゃない。」

「さらにレアのお酒かな?蔵田宗山酒造のお酒なんですよねぇ。写真撮ってもいいですか?

私の上司なら知っているかも知れないんで、明日にでも聞いて見ます。」

「本当!お願いいたします。久しぶりに楽しく飲んだなぁ。ワアッ!もうこんな時間!イレーナさんも明日お仕事だよね。

もう寝なきゃ!イレーナさんは、あのベッドを使って。」

サヨリは、隣の部屋にあるベッドをイレーナに勧めた

「サヨリさんは?」

「あたしは、後片付けしたら、その辺で寝袋で寝るから大丈夫だよ」

どこからか出してきた寝袋を広げて、座卓に有った物をキッチンに持っていった。

「じゃ、お言葉に甘えてベッドをお借りします。」

サヨリは、洗い物をしながら、

「どうぞ、明日はあたしの出勤時間通りに動いていいかな?」

「大丈夫ですよ。私も一緒に出勤しますから。」

「それじゃ、おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」





「おはようございます。」

イレーナは、自分の職場である保安庁情報一課に、珍しく朝から出勤してきた。

「珍しいな。お前が朝からいるなんて。」

同僚のノボルがからかうように声をかけるが、冷たく

「捜査の為にね。課長は?」

ノボルは、親指で後ろのドアを指さした。

イレーナは、ドアをノックをすると

「入れ」

イレーナは、ドアを開けて室内に入りドアを閉め、課長に向き直り、敬礼して

「昨夜の報告です」

ノマードは頷くと

「聞こう。変わった事が有ったか?」

「はい。早急に、彼女の交友関係及び行動範囲の近辺調査を、お願いします。」

「理由を聞こう。」

「まず、こちらの写真をご覧ください。」

と言ってイレーナは、昨夜サヨリ宅にて写した写真データをプロジェクターにて壁に投影した。

「まず、彼女の住居は、セントール公園の丘の上に立つ、高層公設住宅の12階の1DK家賃38600圓の物件です。私が違和感を感じたのは、彼女が普段使いしていると思われる食器です。

写真をご覧ください、チーズを乗せている皿は、コルペン社の磁器の皿、クワイントシリーズに入っている皿です。

酒器のグラスはカティラス社の最高級クリスタルカッティンググラス。朝食に出されたカップは伊田焼の窯元刹磋の焼物です。」

昨夜から、今朝に至るまでに、サヨリ宅の食卓で出された数々の高級食器の写真が、写し出された

「なんだ?それ。高級食器ばかりじゃないか!コルペン社のクワイントシリーズと言えば、1セット100万圓は軽くするシリーズもんだぞ。カティラス社のクリスタルグラスは、最低でも1個2万は下らない。窯元刹磋といや、庶民がおいそれとは買える物じゃない。」

ノマードは写真を、食い入るように見ると

「本物か?」

「はい、私の鑑定ですから、精巧な贋作だとしたら見抜けませんが、それにしても数が多すぎます。チラッと彼女の食器棚を見せてもらいましたが、無造作に置かれた食器は、どれも高級食器ばかりでした。」

イレーナは、諜報員として本物を見ぬく鑑定眼の訓練も受けており、昨夜、サヨリの部屋に伺った時に、あまりにも高級食器を無造作に扱うサヨリに、冷や冷やしていたのであった。

「彼女の給料では、到底買える物ではないな。」

そんな彼女の鑑定眼を信頼しているノマード課長は、写真を見て唸った。

「彼女曰く、安売りしてくれるお店で、バーゲンセールしている時期に買ったから、市場価格より半値以下で買えた。と言っていましたが、どのメーカーもそんな安売りしてくれるでしょうか?」

「確かにおかしいな。」

「極めつけは、このお酒です。」

イレーナは昨夜呑んだ酒の写真を写しだした。

「これは!崋蓮じゃないか!しかも、磨き六分五厘だと!」

「課長も驚きますよね。」

「5合瓶とはいえ、安い酒ではない。市場価格は最低5万圓を越えるぞ。」

「これの空き瓶が3本、キッチンに置かれているのも確認しました。それだけじゃないです。このお酒、課長はご存知ですか?」

もう一つの銘柄の酒瓶を写し出した。

「宗山桜?知らんなぁ。これがどうした?」

「崋蓮より、美味しいお酒でした。しかも、彼女も価格を知らないそうです。彼女は、絶対崋蓮より高い酒と思っています。タダでもらってお返しをしたいけど、釣り合う物がどのくらいだろうと、私にたずねてきました。」

「ちょっと待って」

課長は、内線電話でどこかへかけて

「応援を呼んだので、報告の続きはそれからで構わない。それよりお前から見て彼女はどうだった。」

イレーナは、暫し考えて

「シロ、ですかね。確かに使用している食器に酒を見ると、どこからお金が出ているのか不思議ですが、彼女自体からは諜報員の匂いがしません。普通の女の子って感じです。もし、敵国の諜報員だったら超A級ですね。」

「だな。しかし、これらの入手先について考えると、どうだろ?このアンバランス」

「それは、否めません。高級食器を普段使いしている彼女は、家具類は近くの量販店の家具屋で売っている、すごくチープな物を使っています。その一方で家電関係は最新型を購入しており、使いこなしています。食生活に関して、酒類以外は、無頓着と言っていいでしょう。」

「室内を撮影されても、なんら気にもしてない様子だしな。」

グラスを掲げて笑っているサヨリの写真が、写し出されていた。そこへ部屋をノックせずに、サヨリの上司のコンドゥラ室長が笑って入室してきた。

「なんだ?サヨリがS級諜報員ってわかったのか?」

と言って、手近な椅子に腰を掛けてきたのでノマード課長は

「あぁ、彼女がS級重要要人の可能性が出てきた。」

と返答した。

「マジか?」

驚く顔を見て

「とりあえず、これらの写真を確認して欲しい。」

再び、プロジェクターに写し出されるサヨリの室内。黙って真剣に検分していたが、

「ちょっと待て!なぜここに宗山桜が有るんだ!」

宗山桜と書かれた酒瓶の写真が写し出されると、立ち上がって叫んだ。

「先輩は、この酒を知っているのですか?」

「知ってるもなにも。これが、サヨリの室内に有ったんだな。こりゃまいった。」

と言って椅子に座り込んだ。

「コンドゥラ室長。このお酒はなんなんですか?大変美味しいお酒でしたが。」

「お前!この酒を飲んだのか!」

 コンドゥラ室長はイレーナに掴みかからんばかりに、迫って来た。

「はい!サヨリさんと二人で、1合づつ分けあって飲み干しました。その、なにか、すいません。」

イレーナは、コンドゥラ室長が絶望的な顔をしたのを見てイレーナは、思わず謝ってしまった。コンドゥラ室長は、1回大きく深呼吸して

「悪かった。年甲斐もなく取り乱してしまって。」

「先輩、この酒に関して何か情報をお持ちなのですね。」

「あぁ。この酒は、市販されていない。それどころか、酒蔵か宮殿以外に有ってはいけない酒だ。」

「どういう酒なのですか?」

「俺がこの酒を知っているのは、この酒の護衛を三日間したからだ。」

「酒の護衛?」

コンドゥラ室長が昔を懐かしむように

「あぁ、まだ俺が入省したばかりの新人だった頃、ちょうど現皇帝の婚姻の儀があって、その宮中晩餐会に食される物の中にこの酒があって、俺は酒蔵から、晩餐会会場に持ち込まれるまで、異物混入や、すり替え盗難の警戒の為に三日間張り付いて警護していた。この酒は、蔵田宗山酒蔵御謹製の、皇帝陛下の婚姻の儀のみ提供される酒であり、門外不出の秘酒なんだ。」

「と言うことは、サヨリさんは、皇帝陛下の関係者なのですか!」

「それよりもなぜ、この酒を彼女が所有していたのか?この酒は、蔵出しされた後、醸造保管タンクは空にされて、洗浄し次の皇太子が元服する日まで醸造されないはず。」

しばらく写真を見ていたが、

「うん?1番倉の395?まさか、おいおい、まさかなことを起こすんじゃない!」

「なにか、わかったのですか?」

「この酒、現皇帝陛下の婚姻の儀に出された酒そのものじゃないかぁ!」

「えっ?どういう事ですか?」

「現皇帝陛下は、第395代皇帝陛下だろ。このラベルに書かれた395というのは、それを意味するんだ。あの時の酒がまだ有ったということか!」

「現皇帝陛下がご婚礼されて、64年になるということは、かなりの古酒の分類になる。イレーナが旨かったと言うことは、保存状態が良かったから、味の劣化がなく更に円熟を帯びたことになる。」

「彼女は皇帝陛下につながりがある人物?ですか。」

「いや、それはない。そもそも、彼女が我が国に来たのは、約1年前。それも、我が国の巡洋艦が誤って沈めてしまった、相手国の民間船に乗船していた要救助者で、重体の怪我人だったわけで、御落胤としたら、年齢が合わない。それに彼女は、あの酒をもらったと言っているんだろ?そのことから、この半年以内で、皇族に関わる人物と接触したと考えた方がいいだろう。」

「蔵田宗山酒造でもらったと考えると、つじつまが合いますね。お酒の保存も専門家が居るでしょうし」

「イレーナ。そうは、うまくいかないんだよ。あの酒を管理しているのは、蔵田宗山酒造総杜氏の梁本源治郎という御年357歳のじい様だ。長寿種の種族で、まだまだ達者なじい様でな、これが一癖も二癖もある頑固職人で、皇帝陛下に対しても、態度を変えず、噂では、皇帝陛下を怒鳴りつけた逸話が有るぐらいだから、サヨリなんかでは、まず相手にされないだろう。」

三人が考えていると、イレーナの携帯が鳴った。

「すいません。メールが着信したみたいで」

イレーナは、マナーモードにしていなかった事を詫びたが、メール相手がサヨリだと気付き

「サヨリさんから、メールが来ました。」

「内容は?」

「ちょっと待ってください。えっと。昨夜呑みきったお酒をお店に注文をしたら、蔵元から酒蔵見学に来ないかと言うお誘いをうけたので、一緒に行きませんか?というお誘いですね。どうしましょう?」

イレーナは、サヨリから来た異様にデコられているメールを二人に見せて、指示を仰いだ。

「おかしいなぁ。蔵田宗山酒造は、酒造りに拘るあまりに、取材やPR撮影にも酒蔵を見せたりはしない酒蔵なので、気軽に酒蔵見学なんかさせないはずだが?」

「イレーナだけか?人数の追加は可能か、問い合わせくれ。出来れば、我々も参加したい。」

「わかりました。」

イレーナは、返信メールに参加希望と、人数の追加が可能か?という内容をサヨリに送った。

「お前、結構可愛いメールを書くんだな。」

「仕事ですから、相手にあわせて、メールしているだけです。」

すぐにサヨリから折り返しのメールが届く

「ダメ見たいです。蔵元からは、女性限定にしていると、言われてるそうですね。」

そう言って、メールを見せる。

「仕方ないな。本当に蔵田宗山酒造の酒蔵見学か、確認して来い。」


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