三十六日目
妖精を含んだ翌日の朝。口内に動きがあった。どうやら意識を取り戻したらしい。必死に動こうとしているのが判る。なんか知らないが、ステータスの魔力がすごい勢いで増えて行く。もしかして口内で魔法でも使おうとしてるのか?
魔法を使えない事を鑑みて、魔素吸収は密着しているとかなり強く働くご様子。そう、魔法の行使を阻止できるくらいに。
ただ、彼女から奪わない様に意識しているためか、直接搾り取る事は無いのが幸いだ。
しかし彼女から放出された魔力・・・魔素か。それは対象の様だ。このまま暴れられても困るのでひとまず解放する事にしよう。
即魔法ブッパで吹っ飛ばされる可能性があるが、その辺りは運に天を任せるしかあるまい。
このまま消化する訳にもいかないしな。
ゆっくりと傘を開く。密着した肉を緩めつつ、舌を使って絡めとる。絡めとる時かなり暴れたがなんとか簀巻きにすることが出来た。口内から引き出し、そして目の前にゆっくりと下ろす。
舌を緩め、口内へと戻す事に成功。様子を見る事に。
俺の粘液でベトベトだな。うん。
どうやら治療液のお蔭で傷などは綺麗さっぱり治っている。服はズタボロだが。
魔法で攻撃されるかと思ったが、そんな事も無く驚いているように見える。何か手を向けてブツブツと言葉を紡いでいる。焼き払うのか。仕方ないね。
様子を見ていると彼女の小さな手が光った。すると何か彼女との間に繋がりの様な物を感じるように。何か魔法が成功した事が珍しいのかして、更に目を見開いて驚いて居る。
なんとなくだが、彼女が話している内容が判るな。どうやら意思疎通の魔法のようだ。
『あなたは何?人間が私を追っていたはず。それに私を食べるんじゃなかったの?』
『俺は松茸って種族らしい。名前はまだ無い。君を食べる気は無いよ。近くに来た時、傷だらけだったから治そうと思ってね。とりあえず口の中に引き込ませてもらった。気が障ったなら申し訳ない。』
『ううん、助けてくれたのね。ありがとう。それにしてもマツタケ・・・だっけ?見た目からしてキノコよね?あなたは魔物の一種みたいだけど、これほど明確な理性を持つキノコ型の魔物なんて見たことが無いわ。よかったら説明してもらえるかしら?』
さてどうしたものか。俺、転生者なんだ。なんて言ったら頭おかしいと思われるだろうな。いやその前にキノコだしおかしいか。
正直に話すか、それともあやふやに済ますか・・・うん、とりあえず適当に行くとしよう。
『俺自身、分からない。気が付いたらこうなってた。』
『そう、突然変異体かな。希少種ね。よく人間から私を隠し通せたわね。あいつらの中に魔法使いが居て、私の居所を調べる事ができるはずだったんだけど・・・。』
技能の事は伝えた方がいいのだろうか。ここは誠意を見せて協力してもらった方がいいか。このままだと永遠に動けそうにないしな。
『それは多分、俺の持っている技能のお蔭だと思う。』
『技能持ち!?すごい・・・キノコが技能を持っているなんて。うーん、魔法抵抗あたりかな。でも相当強い強度じゃないとアイツの探査魔法から隠すなんてできないと思うんだけど。』
『なにぶん知識がなくて良くわからないんだ。魔素吸収ってやつが原因だと思ってる。』
『魔素吸収・・・聞いた事無いわね。でも魔法は魔素を介して精霊に働きかけて世界の理に干渉するから、魔素を吸収できるなら探査魔法にも・・・・まあいいわ。とりあえず助けてくれたのには変わらない。本当にありがとう。あのままだと私、人間に捕まって大変な事になっていたわ。』
『それはよかった。しかしなんでまたあんな事に?』
彼女の表情が一気に暗くなる。ぽつり、ぽつりと現状を伝えてきた。どうも上手く精気とやらを得る事が出来ず、里で村八分にされているとの事。運悪く人間に見つかり、追い回されてここに偶々来たと言う事だ。
精気というのが何か分からないが、どうも魔素の一種の様だ。彼女は妖精の一種で花から蜜を得つつ更に精気を吸い取っているとの事。
精気は妖精自身で生成する事ができない。生成できるのは主に植物らしい。光合成の副産物みたいなもんかね?
とりあえず精気がどんなものか教えて欲しいと伝えると、さっと周りを見回す。あ、紫の食虫植物に向かっていった。
案の定食らいつかれて暴れている。
しばらく格闘し、這う這うの体で抜け出してきた。体は蜜でベトベトになっている。どうやらあの食虫植物は大量に蜜を蓄えて、虫を誘引するタイプらしい。その奥から微かに光る粘液の様な物を持ってきた。
どうもこれが精気を多く含むモノとの事。なんだこれ。花粉でも混ざってるのか?
でも何か違うな。彼女は粘液を口もとに持っていき、舐め取り始めた。他の花とは比べものにならない量の精気をアイツが持っていたらしい。久々に良質の精気を得れた様で、笑顔である。
あの花、沢山虫を食ってたからなぁ。俺に寄って来る虫のおこぼれをバクバク食ってたし。漁夫の利を得るとは、なんかムカついてきた。いつか焼き払ってやる。
とりあえず粘液を少し分けてもらう。舌に塗りつけてもらい味を確認。ほんのりと甘いな。そのまま口の中に引き込み、口内で味わう事に。
うん?
ステータス
─────────────
技能:魔素吸収(壱) 傘口舌食 粘液(壱) 毒薬生成(壱) 精母共生
OK、なんとなく理解した。あれか酵母だろこれ。予想だけど魔素を食らって生きる細菌みたいなもんだな。魔素を含む蜜、つまり酵母のエサを作り出せる植物なら共生できる訳だ。魔素と糖分を使って代謝。精気・・・魔素と糖分が結合したようなもんかね。これを蓄えると。
うーむ、ここは一つギブアンドテイクと行ってみるか。俺は口内に治療液を染み出させる。もちろん甘いやつだ。適度に舌を動かし、粘液を加えて練っていく。
ぐっちゃぐっちゅ
音がエロイな。まあ出しているのは口のあるキノコだが。5分ほど練ると、粘度が落ちた。なぜに?
さらさらとした水あめのような感触。ちょっとだけ舌に取り、口腔外へと出してみる。
うむ、なんとなく光って見えるな。どんだけ繁殖力高いんだ精気酵母ってヤツは。気持ち魔素を込める感じでやった事が功を奏したのだろうか?
『あ・・・・あなた、それっ・・・それ!』
様子がおかしい。指さす腕がプルプルと震えている。ものすごい食いつき。
舌の危険を感じたので口内へと引き込み、傘口を閉じる。ブリブリっと空気が漏れる音がした。
『ちょっと!なんで隠すのよ!それ、絶対に精気でしょ!おねがい!それをちょうだい!』
こら!上に乗ってベシベシ叩くんじゃありません!やめなさい!
『・・・・隠すのね・・・わかったわ。そんなことしても無駄よっ!』
傘の裂け目に向かって体をねじ込む様に突っ込んで来る妖精。俺の亀裂をこじ開けて侵入しようとしてくる。
やだこの子、すごい・・・じゃねぇヨ!
なにしちゃってんのコノ子。俺が普通の魔物だったら一発で食らいついてボリボリ頂いてるところだぞ!
液に到達したのか、傘からケツと足を出した状態で奇声を発している。
加えて俺の口の中を手や舌を使って舐めまわしてやがる。必死過ぎだろ・・・。
いや、精気を得られないって言ってたな。この子も特殊固体なんだろう。予想では普通の精気では足らず、供給が追いつかないって所だろうか。あれだな。異世界で妖精とのディープキスを楽しんでいると思えばいいか。感覚としては頭の中を舐めまわされる感じだけどな!
しばらくして満腹になったのか、膨れた腹を押し出しつつ目の前で大の字に寝転がっている妖精。はいてないな。うん。
『あなた・・・すごい。こんなに満足したの・・・はじめて。』
そりゃ宜しゅうござんしたね。と言うことで勝手に奪われた精気のお返しを頂くことにしよう。舌を使って動けない妖精を絡め取り、口内へと引き込む。
『ちょ・・・あなた!?私を太らせて食べるつもりだったのね!?いや・・・助けてぇぇぇ!』
オラオラオラオラオラオラぁ!
と言う事で舐めまくってみた。うむ、やはり甘いな。なんか色々と叫びまくってるが気にしない。暫くすると疲れたのか無言になった。おお、一気に甘味が。なんだこれ?
うむ。ちょっと楽しい。話し相手が今までいなかったしな。この出会いに乾杯っ!
『なんて事してくれるのよ!!』
口から引き出した妖精の顔は、なんともアレだった。なにを言っているか分からないが、俺にもわからねぇ。どうやら舐めまわした事で色々とアレな事になったらしい。話を聞くと大いに赤面して話をしてくれた。あの甘味は妖精の・・・俺はそんな趣味はねえぞ!
何度も殴られつつお互いに話を進めた結果、お互いに協力する事になった。その際、俺の生命力が半分ほど減った。すごく痛い。
俺からは、精気を含んだ蜜を提供。そして彼女からは身の安全や珍しい食べ物を提供。食べ物は魔物も含まれるらいし。妖精にとってこの辺りの魔物はザコだそうだ。まあ空から魔法をブッパすればほぼ無傷で倒せるみたいだしな。
また、俺から提供された精気が相当高品質だったらしく、今までにないほど魔力を得た模様。心なしか肌艶が良くなっているように見える。
あと、定期的に妖精のアレを頂ける事になった。妖精にとっては老廃物でしかないが、変質した高い魔力を含むとのこと。草花にも撒いてるらしい。堆肥ですね、わかります。
俺にとっては良い肥し・・・はちょっとアレだが、高い魔力を含む物質である事は間違いない。
すでに頂いて、しっかりと魔力の強化も出来た訳だし、おれはキノコだ。問題ない。うん。
俺が蜜を提供→彼女が食べる→彼女が出す→俺が食べる→俺が蜜を(略)・・・・なんというリサイクル。
俺と妖精の奇妙な共生関係が始まった。
改めて名前を聞いた所、ぶっ飛ばされた。死ぬところだったが、なんとか生きている。