九十日目
朝らしい朝が来た。俺の居場所に乗り込んで来た運の悪い小型の魔物は美味しく頂きました。粘液+毒コンボがやばい。麻痺毒で動けなくなったところをガッツリと頂ける。食事は舌管を利用して溶かして吸う方針。クモみたいだ。もはやキノコですら無い。
『ふああ・・・おはよう。』
おや、イリが起きた。あ、隣のミールも起きた模様。触手で動けず混乱している。イリに落ち着かせてもらい、ミールにも意思疎通の魔法を行ってもらう事に。
『此度は助けて頂き、ありがとうございます。えっと・・・』
『ああ、この子はまだ名前が無いみたいなの。でもいつまでもアナタって言うのもアレよね。うーん、真名は世界が認めれば何れ付くでしょう。そうね、それまでのあだ名として何かいい名前を考えてあげるわ。』
真名とはなんぞや?
あれか、ファンタジー宜しく強力な呪力を持つ名前ですな?
『今の話でどうして判るのよ。相変わらず規格外ね。そうね、真名は自分と言う個を表す音よ。これを知られると相手に全てを握られるの。そう、命も思いのまま。だから真名が分かったからと言っても全てを教えてはダメよ?』
『ちなみに私の真名はイリが最初。あとまだまだ続くんだけど、これは流石に教えれないの。』
そう言う事ね。名前が無いと言った時点で真名が無いと判断されたんだな。しかし名前なあ。なんだろ。
電動こ○しとか付いたらこの世界の神をぶっ飛ばす。
ステータス
─────────────
名前:マーラ・ハリガタ・マツタケ・ド・モドキ
・・・・・・・。
決めたわ。もうブッコロっすよ。ボッコボコにしてやる。絶対、絶対にだ!
世界?
もう要らねぇだろ。俺の菌魔法で疫病の蔓延する、毒キノコだらけの世の中にしてやんよ!
『え?真名が決まったの?すごいわね。真名の話をしたとたんに世界から認められるなんて。ああ、疑問に思うのは判るわ。真名はすべてに与えられる物では無いの。この世界に影響を与えうる個にしか無いわ。キノコの魔物だと普通は付かないはずよ。』
『真名を得たのですね、すごいです。花妖精の中でも真名を得る者は少ないのです。それで、お名前はどのような物が与えられたのですか?』
どうする・・・・伝えるのか?
まあ違う名前を伝えるのもまずいか。
『マーラねぇ・・・どんな意味があるの?』
『聞いた事無いですね。なんでしょうか?』
どうやら真名には何らかの意味がある事が多いらしい。花妖精なら花の名前、といった感じだそうだ。
仕方ないので伝える。
『ぷっ・・・あっはははは!あなたにピッタリね。しかしキノコの一族に伝わる神様とか。そんなのもあるのね。びっくり。』
『ええ、キノコさんたちにもそのような考えがあるのですね。確かに動物や人間の持つ性器はキノコに似た形をしています。性を司る神、マーラ様の名を冠するとは。貴方様はマーラ様の化身なのかも知れませんね。』
『これからあなたの事はマーラと呼ばせてもらうわ。今後も宜しくね?』
『私はマーラ様と呼ばせて頂きます。あの、何度も申し上げる事になりますが、助けて頂きありがとうございました!』
落ち着いたところで今後の方針について話し合う事に。
とりあえずミールは低い体力を増やすため、俺謹製の静蜜と蜜を食して貰う。ある程度力を得たら、イリと共に狩りに出てもらう事に。もうしばらくイリ単独での狩りだ。
と言っても慣れたモノだ。それほど強い魔物を狩る必要もないしな。ミールの腹は依然大きく膨らんだままだ。ただ気分が悪い、と言った事はないらしい。
『あ、ミール。えっと・・・ゴニョゴニョ・・なんだけど、もう少し待っててね。』
『えっ・・・あ、はい。まだ大丈夫ですが、余り長く貯めて置くと流石に・・・。』
『判ってるわ。アレは私たちにとっては毒にしかならないから。狩りから戻ってきたら教えるから、それまでマーラと一緒に待ってて。マーラ、この子を願い。ゆっくりさせてあげてね。』
了解。さあミールお嬢様、こちらでゆっくりとお休みください。と言うことで触手で出来た寝台へとエスコートする。若干引いている様だが、イリも絶賛のヌルフワベットですぜ。
ぬちゃ・・・べちょっ
ちょっと・・・と言う微妙な表情を見せるミール。舌管はトラウマを呼び起こすかもしれないな。触手を上手く使い、受け皿の様な物を用意。トグロを巻けば皿にできるのだよ。
舌管の下へ皿を持って行き、蜜を垂らす。受け皿には黄金色に淡く輝く精気を含んだ粘液。精蜜だ。ミールの目の前へ触手を動かし、蜜を持って行く。
『ほわぁ・・・・こんなにすごい精気を含んだ蜜、見たことがありません。頂いて宜しいのですか?』
まだ体が癒えていないので、少しだけ。これで体力と魔力が回復するはず。小さい指先に蜜を付け、舐め取っていくミール。舐め取る度にブルブルと震えている。ちと強すぎたか。確認するが問題ないとの事。美味しすぎて震えてしまうのだと。
まだ腹の中に蜜が溜まっているため余り食べられなかった様だ。残りは舌管内に吸い取り保存しておく。
ミールは冷えない様、触手で優しく包んでおく。先ほど狩りに出るイリに、マッサージは帰るまで行わない様言いつけられていた。なにか考えがあるらしい。
しかしミールはイリと比べると小さい。とは言っても頭一つ分ほどだ。そして胸が・・・・おうふ、すごい目で見られた。この手の話はやはり鬼門の様だ。
20分ほどするとイリが獲物を狩ってカムバック。例の如く保存処理を行って雪の下へ。作業を終えると口腔内へとイリが戻って来る。挨拶を交わし、イリが何かをミールへと説明を始めた。どうやらマッサージの事を伝えているらしい。ミールの表情がコロコロと変わっている。
話がまとまったのか、まずイリが手本を見せるとの事だ。とは言ってもマッサージするのは俺だけどな。まあいつもの様に開始。少しソフト気味に施術する事にした。少し長めの15分。優しいのもイイ。定期的にやって欲しいと言われた。
『さて。私が付いててあげるから次はミールね。この子は初めてだから、あっちは無しでお願い。あと優しくね?』
へい。ガッテンです。ゆっくりと寝台へと寝てもらい施術を開始。かなり凝ってますねお嬢様。ささ、力を抜いて。優しく、じっくりと時間をかけてマッサージを行う。結果、イリ同様に魔力の素をゲット。イリと比べると得た魔力は少ない。まあこれは追々改善するだろう。
老廃物を放出したおかげか、多少腹に改善が見られた。あと数日すればスッキリする事だろう。
『これが・・・んっ・・・お姉さまが仰っていた・・・新たなる世界・・・ですか。』
『そうよ。すごいでしょ?』
『はい。この様な世界があるとは。一度知れば戻れません。マーラ様は一歩間違えば私たち花妖精の天敵となっていたかも知れないのですね。お姉さまとの出会わなければきっと・・・。運命の神に感謝を。』
『そう言えばそうね。マーラに高い理性が無ければ延々と・・・それはそれでイイかも!?』
『お、お姉さま、ご自重くださいませ。』
さて、時間も出来た事だし今後の事について少し話をしよう。
俺たちの方針は、魔物を狩って冬を乗り切る。またミールの強化。これは精蜜を得て行けば上昇して行くだろうとの事だ。あとは戦力の増強。つまり花妖精の増員。子作りを伝えると、ミールの顔が青くなる。
詳しい話をイリから伝えてもらう。また俺も全力で支援する事を伝え、なんとか納得してもらった。どちらが受け側となるか話し合ったが、ミールが志願。と言うか、イリの事が好きだったらしい。イリの子なら欲しいとの事だ。
ああ、熱い熱い。
ひとまず体力等を付けなければ話にならないので子作りは冬を越してから、状況を見てと言う事になった。
あとはミールも過ごしていた花妖精の里について。かなり状況が悪いらしく、倒れる妖精が続出しそうだとの事だ。
『マーラが居るから私たちは大丈夫だけど・・・里は厳しいか。あ、ミールは里を出るのはいいの?』
『はい、イリお姉さま。私はお姉さまと共に暮らしたいです!』
里の妖精は全体的に食べ物、つまり蜜が確保できていないとの事。精気に関しては冬眠すれば春まで持つらしい。
花妖精は花の蜜しか食べれないのだろうか?
『私たちは花の蜜である必要は無いわ。一番は花の蜜なの。でもそれは精気も一緒に集めれるのが一番の理由ね。』
ふーむ。要は甘ければいいと。あれか。水あめを作ればいいんじゃね?
『えっと・・・水あめってなんですか?』
でんぷんと分解酵素を使えば糖になるはず。この辺りは話ても理解して貰えないだろう。元の世界では麦芽を使って飴が作れたが、同じ効果を持つ植物を探すだけで時間がかかってしまう。
ここは俺の菌魔法を使って糖化を促す菌を選定してみるか。なんとかなる気がする。
と言うかデンプンってあるのかね。魔法がある世界だしなぁ。まあやってみるか。ひとまずデンプンを多量に含む植物を特定する必要があるな。冬でも取れるモノと言えば、芋か。
『芋?あの地面の中でおっきな実を付ける草よね?あんなのが蜜の素になるの?』
出来るかわからないけど試してみる価値はあるかと。
『芋ならその辺の木を探せば見つかるわよ?蔓が木に巻き付いてるから分かりやすいわ。じゃあ試しに一つ掘り起こしてくるわね?』
5分もしない内に芋を持ってきたイリ。デカい。直径50センチ、高さ20センチといった感じだろうか。ちょっと平らな芋の様だ。水魔法で洗い、土を落として貰う。真っ二つに切ってもらうと白い実が露わになった。
『で、これをどうするの?』
まず皮を剥いてもらい、実だけにする。土魔法で作った器に入れてすり潰してもらう。この辺りはイリの魔法で力技だ。すり潰したペーストと水を混ぜてもらい液状に。本来であれば布で絞るのだが、布が無い。なのでデンプンが完全に沈殿する前の上澄み液を分離して貰う。繊維質は先に沈んでくれるはずだ。
『この白い液が蜜の素になるデンプンを含んでるのね?』
まあまだわからないけど。1時間ほど放置すると、底に白い層が溜まっていた。デンプンかな。とりあえず薬毒生成で判断できないか確認してみる。うむ、少し違うがデンプンと同じようなモノらしい。
上澄みを捨ててもらい、デンプンのみを残す。あとは別途水を加えて・・・って捨てる必要も無かったかもしれん。まあゴミを取り除く意味で捨てるのもアリか。
その器ごと加熱してもらい、デンプンを煮て行く。分解酵素は無いので糊化するだけだ。
『半透明でドロっとした液に変わりましたね。驚きです。こんな事になるんですね。』
後は分解酵素だが、これは元のイモに共生していた細菌の一種を利用する。調べて見るとイモにデンプンを分解する働きのある菌が居た。まあ菌なんてどこにでもいる。その菌がどんな能力があるのか調べるのは、本来であれば試してみるしかない。トライ&エラーの繰り返しだ。
しかしファンタジーの世界。そして俺には菌魔法と言うチート魔法がある。調べる、選別する、増やすなどお手の物だ。
人肌より少し高い程度に冷ましてもらい、デンプンを食べて糖化酵素を出す菌を選別し、デンプン糊へと投入。しばらくかけ混ぜてもらいつつ菌魔法で増殖を促した。
『あ、サラサラしてきた。どうなってるの?』
先ほど入れた液に俺の仲間が居て、それがデンプンを食べて蜜へと変えている事を説明する。
『キノコの仲間?全然見えないんだけど・・・』
とても小さい仲間と伝え、様子を確認。どうも糖化が殆ど終わったらしい。毒など無いかを薬毒生成の技能を使って確認。うむ、多分大丈夫じゃね?
『ちょっと・・・本当に甘いんだけど!?』
『本当ですね、芋が蜜に変わるなんて・・・すばらしい御力。これなら仲間が助かるかもしれません!』
色々と注意点を説明。このデンプン糖には俺の仲間が生きている。これを加熱すれば糖として保存できるようになるが、すべて加熱してしまうと、仲間がすべて死んでしまい、糖を作れなくなる。
なので、一部を残しておくこと。
『なるほど。そうすればずっと蜜を作れる訳ですね!すばらしいです、マーラ様!』
キラッキラとした目で見つめて来るミール。あと今回は俺が魔法で糖化を促したが、本来であればもっと時間がかかるはず。なので糖を作る器を綺麗にして、また適温を保つ部屋も綺麗に保つ事。しばらくすれば、その部屋に仲間が住み着き、安定して作れるようにもなるはず。と伝える。
『判りました。あの、この技法は我々の仲間に伝えてもよろしいのでしょうか?』
そのために考えた。存分に使ってほしい。もし蜜の種が無くなったらまた言ってほしい。もう一度作ると伝えておく。また、できるだけこの技術および種を分散させること。そうすれば1か所で種を失っても他の里から分けて貰えるようになるからな。
『は・・・はい!そこまで私たちの事を・・・ああ・・・。』
『里へは私が言って伝えて来るわ。あとこの蜜もあと何個か作って冬を乗り越えれるように準備しましょう。私たちならマーラが居る限り冬でも問題なく動けるわ。でも里の者たちはそんな余裕は無い。ミール、手伝ってくれるかしら?』
『もちろんです!マーラ様、我々のために・・・誠にありがとうございます!』
これで直近の問題は解決したかな。あとは精気だが、これは今回と同様に精気酵母を分ければデンプン蜜から精蜜を作れるかもしれない。あとは芋が絶滅しない事を願うだけか。まあ話を聞く限り、繁殖力旺盛で生命力も強い。森の木を締め付けて枯らす植物の様だし大丈夫か。減りすぎる様なら作付けすればいいだろう。
イリ達が芋の処理を嬉々として行っている姿を眺めつつ、一日は終わった。