六十二日目
目覚めた。視界に映るのは憔悴しきったイリの顔。とりあえず話しかけた所、どうやら休眠して十日も経っていたらしい。ぶん殴られるかと思ったが抱き付かれた。イリの目元から雫が落ちる。
俺は横たわっているのか?
力が入らない。口の中がカラカラだ。動こうとするもミシミシと音がする。干し椎茸みたいになっている事だろう。
体が水を欲しいと訴える。なので水分を下さいと伝えた。イリが顔を赤くして服を・・・違う、それじゃない。
『あ・・・あなた!紛らわしいのよ!』
近場から果物を取って来てくれた。口を開く力も無い。そのまま押し込んでもらうが、吸い出せない。イリが咀嚼し口移しで与えてくれる事に。傘の隙間から甘い果汁が流れ込む。俺の渇きをいやしてくれる。ありがとう、助かった。
30分ほどして生命力が回復を始めた事を確認。ステータスは監視していたが、相当やばいな。
ステータス
─────────────
生命力:27/2855
魔力:136/6438
名前:なし
種族:甘露松茸(魔)
技能:魔素吸収(弐) 傘口舌食(改) 粘性(弐) 薬毒生成(弐) 精母共生 剛体(壱) 菌魔法(壱)
うむ、生命力と魔力がハンパないほど上がっている。確か休眠前は生命力が200と魔力300ほどだったような。種族は甘露松茸に変わっているが意味あるのかこれ。ってかなんだ甘露松茸って。甘いのか?
あとは全体的に技能が強化されている。ありがてぇ。
傘口舌食は(改)となっているがいまいち効果が分からないな。まあこれは今後確認だ。
薬毒生成・・・確か前は毒薬生成だったような。あれか、治療液ばかり生成したので変質したって所か。
そして注目すべきは末尾。菌魔法が新たに追加されている!
ついに俺も魔法使いですよ!奥さん!
これも少しずつ調べて行こう。禁魔法だったら良かったのに。なんだよ菌魔法って。
つか名前無いのな。どうやったら付くんだろうか。
といった感じで一通り説明をイリにしてみた。
『あなた、心配させないでよ!全然起きないし、だんだん干からびて行くし、本当に心配したんだからね!』
ツンデレですね、わかります。
『ツンデレの意味が分からないけど、あまりいい意味じゃない事は分かるわ。それより本当に大丈夫?他になにか要る物とか無い?』
とりあえず暫くは体力回復のために果物を頂く事に。なんとなくだが、まだ魔物の肉は受け付けられない気がする。一日様子を見て受け付けれそうなら肉を頂くとしよう。あと何か変化は無いかイリに確認してみる。
『見た目は少し大きくなってるわ。色はちょっと明るい感じになったかな?少し前までカラカラに乾いてたけど、今は前よりもツヤツヤでしっとりとしてるわね。あとは口の中はまだ見てないけど、どんな感じか見せて貰うわね。』
ぐいっと傘口を開いて中をのぞき込むイリ。おんや?イリが覗き込む姿が見える。
『うっわ・・・気持ち悪っ!』
姿が見える事を伝えつつ情報交換する。どうも口内全体にビッシリと触手が生えているらしい。あと中央の舌が太い触手状になっており、先端に穴が開いているとの事。そりゃキモいと言われるわ。
どうも中央の舌がストローのようになっている様子。吸ったり出したりできる様だ。舌管と名付けよう。どうもその他触手に視界を得る器官が付いているみたいだ。溶けて行く魔物を見ながら食事とかどんな拷問なのかと。
あ、でも閉じると真っ暗になってなんも見えないみたいだ。まあグロ耐性はかなり付いているし大丈夫かね。
さて、取って来てもらった果物をボリボリと頂きながら数時間。体力が半分ほど回復したところで久々の精気粘液の生成をしてみよう。魔力は回復しきっていないが、色々と苦労をかけたイリへお返ししないとな!
うん?なんか精気酵母を維持するための小部屋が出来ているみたいだ。あれか、消化液や毒液に影響されずに共生できるようになったといった所か。ファンタジーの魔物の柔軟性ハンパないな。
とりあえず口内にいつものように甘味治療液を染み出させてみる。舌管の奥の小部屋で分泌できる模様。そこにも触手がびっしりあるみたいだな。とりあえず酵母と粘液を混ぜて練る。練る。練る。おおう、触手が素晴らしい動きで練ってくれている。最終的に蜂蜜の様な粘度の液となった。精蜜と呼ぶか。
蜜を集め舌管へと導く。舌をイリの前へ持って行って管の先から蜜をひねり出す。なんて言ったらいいのか。色も蜂蜜みたいだ。
以前より多少光量が上がっているか?
淡くきらきらと発光しているので綺麗に見える。
『・・・・・・。』
あの、なんか反応してください。
ゆっくりとイリが近付き、蜜を舐め取る。目を見開いたかと思うとビビビビっと羽および体を震わせた。しばらく放心していたが、目の焦点が合うと同時に、蜜を一気に舐め始める。どうやらかなり旨いらしい。
口もとをベタベタにしているがそんなの関係ネェとばかりに舐め取って行く。蜜が無くなると最後とばかりに管に口を付け、吸い出し始めた。
ジュルジュル・・・ジュルジュル
あの、もう舌を離して貰えませんかね。蜜は無いんで。無くなった事が分かったのか、舌先から顔を離し、しばし呼吸。妙にエロい。
『あなた、さっきのナニ!?』
いえ、いつも通り練った精気の蜜ですが。どうやら魔力および技能がレベルアップした影響で生成される精蜜も更に高品質となった様子。これを聞いたイリは飛び上がって狂喜乱舞している。
『もうずっと前から決めてたけど、私はあなたと一緒に生きるわ。今後も宜しくね?』
キノコになって初めて女性にモテるとか。小さい妖精だが。俺の人生っていったいなんだったのか。
まあ見た目は美可愛いし、それに強い。文句は無い。
『とりあえず進化したてで本調子じゃないわ。今日はもう休みましょう?』
いそいそと俺の口の中に入ろうとするイリ。ちょっと待て、そこで寝るのかと。
『そろそろ季節が変わって寒くなってくるのよ。あなたの中、ヌルヌルするけど温かいの。服は濡れないようにアオミズモチの皮で包むから大丈夫。じゃあちょっと入らせて・・・ってさっさと開けなさい!』
アオミズモチとは異世界の定番スライムの一種。丸い青い色をした水餅の姿をしている。雑草やコケ、動物の遺骸などを食べて生きている模様。皮は撥水性が高い様子。一匹食べて見たが、まあ何も味はしなかったな。
仕方ないので口を開く。中に降り立ち、服を脱いでいく。うむ、触手のお蔭で全方位のストリップショーを拝める。イリも気にして無い様だし問題なかろう。
しかし羽が生えている以外、元の世界の人間とあんまり変わらないな。どんな構造をしてるのか、生態など気になるところだ。おいおい聞いていくとしよう。