~バッドエンドの向こう側3~
子供の頃、ずっと一緒にいると約束した子がいた。
だけどその子は、私を置いて何処かへ行ってしまった。
子供の頃の約束を大人になってまで引きずるつもりはない。
今はもう一緒にいれなくても大丈夫。
だけど、もう一度だけ、会えないかな……
……頭がぼーっとする。
ゆっくりと自分の頭を机から離していく。
どうやら授業中に寝ていたみたいだ。
時間はとっくに昼休み、頭が働くようになるまでしばらく携帯をいじる。
昔の夢を見ていた。
子供の頃の夢、家族を交通事故で失い、姉と自分だけ生き残った。
なにもできない僕らを遠い親戚が引き取ってくれた。
だけど、私が中学を卒業したと同時に、姉が就職し、家を出ていった。
いつも支え合って来た姉の突然の裏切り。
ずっと一緒にいると言っていた、働けるようになったら、この家をでて二人で暮らそうと、そう言っていた。
でも、ゴメンと一言。
それ以来、その時の姉さんの哀しげな表情を最後に、姉さんの姿を見ていない。
連絡先もわからない。
私は高校に進学してから一人暮らしを始め、バイトをしながら学費と生活費を稼ぎ生活していた。
たまに引き取ってくれた親戚から仕送りが来るが、仕送りには手を付けず、自分から親戚に頼るようなことはしなかった。
誰かに頼るともう姉さんと会えない気がする、そう思ったからだ。
ぼけーっと外を眺めていると、突然怒鳴り声が聞こえてきた。
「てめぇ! 俺の邪魔しようってのか!」
誰かが誰かに絡まれているんだろう、自分には関係ない出来事、しかし、ぼけーっと外を眺めていた視線を下にずらすと、絡まれている人達が視界に入ってきた。
この高校では有名な双子だ。
兄の方は容姿端麗でモデルをしている、弟の方は目つきが悪く、そのせいか不良によく絡まれ、常に体のどこかに傷を作っている。
双子はこの高校の女生徒を守っているようだった。
相手の男の方は、この学校の生徒じゃないですね。
他校の生徒がこの学校の女を漁りにきたという事ですか、ご苦労なことです。
ゴソゴソと筆箱の中から丁度いいモノを見つけ、他校の生徒に当たるように窓から投げてやる。
「あぶ……ねぅえぶっ!」
残念ながら他校の生徒には当たらなかったが、その隙を見て双子が女生徒を助けたらしい。
他校の生徒はとんでもない力で殴られたのか、倒れたまま動いていなかった。
「おー、怖い怖い。 あの双子とは関わりたくないですね」
「それ、わざと僕に聞こえるように言ってる?」
いつの間にか一人のクラスメイトが私の隣に立っていた。
音もなく近づかないでほしいと、常日頃から思う。
「あなたはいつも私の声の届く所にいますからね」
「それ、僕がすごい気持ち悪い奴に聞こえるよ……」
「ええ、私も言っててすごい気持ち悪い奴だと思いましたよ」
「あの二人を助けたんでしょ?」
「そんなつもりはないですよ、あの双子が喧嘩しようがなにしようが私には関係ありませんから」
「でもコンパスを落とすのは危ないと思うよ?」
どこから見てたのかすごい気になりますね。
私はあの双子が羨ましかった。
産まれたときから一緒にいるあの双子が、姉弟という絆より、深く深く、繋がっている気がする。
彼等を見て頭に浮かんでくるのは姉の顔。
どこにいるのか、何をしているのか、全くわからない。
生きているかも、わからない。
一緒に暮らしたいとは、もう思っていない。
ただ、姉さんのことが心配なだけだ。
「おい」
機嫌の悪そうな声とともに、机の上に何かを放り投げてきた。
声のしてきた方を見ると、さっき絡まれていた双子の弟の方がこちらを睨んでいた。
「これ、お前のだろ?」
弟君が放り投げてきたのは、さっき私が落としたコンパスだった。
「違いますよ」
しれっと答えてやる。
「助かった。 サンキュ」
それだけ言うと、弟君はすぐにどこかに行ってしまった。
「コンパス拾いに行く手間が省けてよかったね」
「バレバレでしたかね」
「ほんとに関わりたくない人は、ほんとになんにもしないよ」
「なるほど」
「弟君、父親の修理屋を手伝ってるんだって。 人間関係も修理できたらいいのにね」
「そんなこと出来るわけがないでしょう?」
「でも、君には必要なことだよね」
こいつは、なにをどこまで知ってるのか、それともホントはなにも知らないのか。
近付いてくるときも声をかけられるまで気付かないし、この高校のことや生徒のことにも詳しい、だけどあまりクラスメイトと関わったりはしない。
「私は修理してもらうような人間関係を築いてはいませんよ」
「そうだね」
……わからない。
こいつの考えてることが。
別の日、またいつものように彼は私の隣にいた。
ベタベタといつも一緒にいられるのは気持ち悪いが、常に誰かが側にいるというのは安心できる気がする。
「なんでいつも僕が君の側にいるのか聞かないの?」
「聞いてどうするんです?」
「僕はどうもしないよ」
「……なんでいつも私の側にいるんですか?」
「友達だから」
何を言ってるんだこいつは。
「先にこれを言っておかないとね」
「続きがあるんですか」
「君のお姉さんは今どこにいるんだろうね」
「姉さん!?」
姉さんという単語に思わず大きな声を出してしまった。
周りの生徒の視線が、一瞬一斉に私の方へ向く。
姉さんのことをこいつに話した覚えはない、しかし今までの言動からどこかで誰かに聞いたのかもしれない。
だけど、こいつが姉さんの居場所を知っているわけがない、わけがないと思うけど、こいつなら知っているかもしれないと心のどこかで思ってしまう。
聞いてみる価値は、ある。
「どこに住んでいるのか知ってるんですか?」
「……君は、お姉さんに会ってどうするの?」
「どうって……」
私はただ、姉さんが心配なだけだ。
私を置いてどこかに行ってしまった姉さんが。
「君を置いてどこかに行ったお姉さんに会って、君は何を話すの?」
話なんてしなくてもいい、ただ姉さんと会えれば……
「約束なんてなかったことにして、どこかに逃げ出したお姉さんと会うだけでいいの?」
約束、そうだ、約束だ。
姉さんは約束を破った。
「会うだけなの? 話もしないの? 言いたいことがあるんじゃないの? それとも、文句を言うだけじゃ気持ちが納まらない?」
文句、そうだ、なんで今まで私と連絡も取らずにいたのか、文句も言いたい。
「君のお姉さんはどこかに行ったけど、僕はずっと君の側にいるよ。 何があってもね」
そうだ、こいつはいつも私の側に居てくれていた。
こいつは私を裏切らない、姉さんと違って、裏切らない。
「君のお姉さん、この近くに住んでるよ」
「姉さんの住んでいるところ、教えてくれませんか?」
「うん、もちろん」
私は彼から姉さんの住所を教えてもらい、家に向かっていった。
会うためじゃない、話をするためじゃない、私を裏切った事への、復讐をするためだ。
今までどれだけ姉さんのことを考えていたのか、姉さんには分かるはずがない。
私を捨てた姉さんには、
分からない!
「おい」
機嫌の悪そうな声が聞こえ足を止めると、私の通路を塞ぐように双子の弟君が目の前に立っていた。
「……なんですか?」
こちらも機嫌の悪そうな声で返してやる。
私には今するべきことがある、こんな奴に時間を使っている暇はない。
「そんなもん持ってどこに行くつもりだ?」
今私の手に握られているのは、刃渡り30センチほどの刺身包丁。
刺身包丁なのだから、捌くに決まっているでしょう。
「あなたには関係ないでしょう?」
「そうだな、関係ないな。 だからこんなめんどくせぇことは今回限りだ」
「なにを……っ!」
鳩尾に何かがめり込む、なにも反応できなかった。
早く、鋭い一撃、息ができなくなり、手に持っていた刺身包丁を落とし、私は地面に倒れ込んだ。
「か……は…ぁ……っ!」
ダメだ、起き上がれない。
「いつもブツブツ独り言呟きやがって、最初は気にならなかったけどよ、最近になって裏切られただの復讐だの物騒なこといい始めやがって」
独り言……?
「姉ちゃんがどうしたって? テメェを置いて逃げたって? 約束なんてもんはなぁ、そんなに簡単に破れるもんじゃねぇんだよ! 相手の事を知りもしねぇで自分勝手に解釈してんじゃねぇ!」
「な……なにも知らないあなたに……なにが分かるって言うんですか!」
「なにもしらねぇから言ってんだよ!」
起きあがろうとした私に、追い打ちとばかりに蹴りをかましてくる。
「なにもしらねぇけどよ、お前がやろうとしてることが間違ってることはわかる。 まずはお前の姉ちゃんと話をしな。 思ってること全部、ぶちまけろよ。 殺るならその後でもいいだろ、それまでこいつは預かっとく」
今更姉さんと会ってなにを話すんだ、なにを話したらいいかもわからない。
立つ気が起きない、立てるほどに痛みは引いたけど、しばらく地面に倒れたまま考えていた。
姉さんの事。
なんで会いたかったのか、よく考えてみる。
姉さんと一緒にいたかった、それは変わらなかったんだ。
だけど私の思いと姉さんの思いは違った。
悔しかった、姉さんが私と一緒にいたいと思わなかったことが、
悲しかった、姉さんと一緒にいられなかったことが、
憎かった、約束を守らなかった姉さんが、
だけど殺したかったわけじゃない、なんで家を出て行ったのか、それを知りたかった、今は姉さんが幸せに暮らしているとわかればそれでよかったはずなのに。
「私は……なにをしようとしていたんでしょう」
自分自身に問いかける、殺人、まさか自分が犯罪者になろうとしていたなんて思いたくもなかった。
あいつに殴られた鳩尾の痛みはもう無いけど、今はなぜか殴られたところが暖かかった。
私はあいつに助けられたのかもしれない。
「だ、大丈夫ですか!?」
見たところ中学生くらいの女の子だろうか、倒れている私を心配そうな顔で見つめていた。
「ええ……大丈夫ですよ」
「どこか具合が悪いんですか? 病院まで連れて行きますよ!」
「ははは……、大丈夫ですよ」
「でも、なんだか辛そうな顔をしてます」
「そうですか、でもいいんです。 今の私の顔はどんな顔でも」
確かに辛いかもしれない、自分より自分のことを知ってるのが周りの人だということが、自分より姉さんのことを知ってるのが周りの人だということが。
なにも知らない自分が、何をしようとしていたのか……
「ほら、また辛そうな顔!」
「ははは……、だから今の私の顔は、これでいいと言ったじゃないですか、どこが悪いわけでもないですから、あなたが心配するようなことではないですよ」
彼女の方を見るとスケッチブックを取り出し、何かをサラサラと描き始めた。
描き始めたと思ったらすぐに描き終わり、それをスケッチブックからビリビリと切り離し、私に渡してきた。
「はいどうぞ!」
「……なんですか? これ」
一枚の紙に描いてあるのは私の顔だった。
それもとても見ていられないような苦痛に満ちた顔をしている。
「今のあなたの顔です!」
「酷い顔ですね。 それにしても上手いですね」
自分の顔をじっくりと見たことはないが、それでもこれは間違いなく自分だ。
苦痛に満ちた顔が、自分の心に突き刺さるほどに感情が込められた絵。
「私はこんな顔を描きたくありません!」
「描きたくないのに描いてくれたんですか。 それはありがとうございます」
「だから、鏡を見てこんな顔をしないようにしてください!」
なるほど、そういうことですか。
「だから、何度も言いますが今の私の顔は……」
「じゃあ私も何度でも言います! そんな辛そうな顔しないでください!」
しないで下さいと言われても、自分でコントロールできるものでもない。
「私は、あなたの辛そうな顔じゃなくて、あなたの笑顔を描きたいです!」
「そんなの、想像して描けばいいでしょう?」
「ん~~~! 違うんです! 想像だけじゃ本当の絵は描けないんです! 笑顔って人によって全然違うんです! 家族に対する笑顔、友達に対する笑顔、恋人に対する笑顔、作り笑顔だって、大切な笑顔の一つなんです!」
「作り笑顔をすれば、あなたの満足する絵が描けるんですか?」
「違います! なんで、なんでわからないんですか! あなたは笑ったことがないんですか!? 私は、辛そうな顔なんて見たくもないし描きたくもありません!」
だったら私と関わらなければいいのに、そろそろ鬱陶しくなってきた。
「私は、みんなに笑っていてほしいんです!」
「そうですか、それが赤の他人でも、ですか」
「……あなたは、どうしたら笑顔になってくれますか? 誰になら笑顔を見せますか? 私には今好きな人がいます。 その人の前なら私は何があっても笑顔でいられます! 例え自分が報われなくても、先輩が笑顔になってくれるなら、私はどんなときでも笑顔でいられます!」
「自分の感情を押し殺してまで、笑顔でいる必要なんてないでしょう」
「あります! 私が笑顔でいると先輩も笑ってくれるんです!」
「つられているだけでしょう?」
「いいじゃないですか! それでも笑顔です!」
そうですか、もうこの子にはなにを言っても無駄な気がする。
初対面の人に、ここまで感情的になるなんて、今までこんな人には会ったことがない。
「あ……」
「ん? どうかしましたか?」
「やっと笑ってくれましたね!」
「そうですか、笑った覚えはないですが、よかったですね」
すると、いつの間に描いたのか、もう一枚の紙を手渡してきた。
そこには呆れかえってモノも言えないような、ニヤニヤした変な顔の私が描かれていた。
「酷い顔ですね。 でも、上手いですね」
このへんな笑いを浮かべている自分の絵を見ると、なぜか自分の口元が緩んでくる。
もしかしたら笑っているのかもしれない。
「ホントに酷い顔ですよね、でも、笑顔です」
ビリビリと、彼女が描いた二枚の絵を破いていく。
彼女が描いた絵を破いているのに、彼女は私のその行為をただじっと見つめているだけだった。
「こんな酷い顔の絵はいりません。 次会ったときはちゃんとした顔を描いてください」
「笑顔じゃないと描きませんからね?」
分かっていますよ、そう言い返し、私は家路へ着いた。
姉さんとは会わずに。
もう少し落ち着いてから会おうと思った、もし、またさっきの感情が表にでたら、もう止めてくれる人はいないだろう。
それに住所はもう分かってるんだ、いつでも会える。
笑顔は伝染するんですね、例えそれが絵でも……
それから数年後、私は高校を卒業し、職も見つけ、相変わらず一人暮らしをしている。
高校時代私にベッタリくっついていた彼は、姉さんの住所を聞いてから一度も姿を見ていない。
あれからよく弟君と話をする様になったのだが、どうやら私が通っていた高校には出るらしい、しかも昼夜問わず。
彼が幽霊なのか定かではないが、彼の名前は同級生にもかかわらず卒業アルバムに載っていなかった。
留学、退学した生徒は、いない。
あの日会った女の子に描いてもらった絵を見てから、私は絵に興味を持ち始めていた。
絵に込められた人の思い、引き込まれる幻想的な風景、まるでそこにいるような臨場感のある場面、それを感じることが楽しく、心に響くからだ。
今日は県内の絵画展。
県内の芸術家達の想いを込めた絵がずらりと貼り出されている。
その中でも一際目を奪われる一枚の絵、そこには大賞と描かれた一枚の絵が張り出されていた。
それは結婚式の絵で、2人は幸せだという想いが心の奥に染み込んでくる、とても心温まる絵だった。
この、心に直に浸透してくる絵に込められた想い、前にも見たことがある。
間違いない、彼女の絵だ。
この絵の新郎の方にも見覚えがある、双子の弟君だ。
幸せそうな顔をしてますね、想像だけでは本当の絵は描けない、でしたっけ。
「そろそろ私も、彼女に絵を描いてもらいに行きましょうかね」
あの頃より笑顔になったと思いますよ?
だから、あなたの絵に私の笑顔が描き出されたのなら
もう一度、姉さんに会いに行こうと思います
だからあなたの絵で
私に自信をください
姉さんの前で
笑顔でいられる自信を……
姉さんにも笑顔を分けられるくらいの
とびっきりの笑顔でいられる自信を……
壁|ω・){はい、相変わらず、評価や感想を時間があればいただければなと思います。
ジャンル恋愛にしましたが、恋愛ではないですね。
姉弟愛ってことで許してください。
ホラーって感じがしなくもないですが、ホラー要素もビミョーですからねぇw