0話 火の魔術師は試験を受ける。
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ヘッドフォンから聴こえる電子音で、俺の脳は覚醒した。
簡素な電子音。
ドシラソと軽快な4分音符が流れ、ファの音を知らせる少し長めの2分音符を感じる。
俺は対戦相手の、黒々としたローブを纏った女性を睨みつけた。
だが、相手の方はこちらを視界にも入れていない。
(ほう、俺は脅威ではないということか……)
『3……2……1……』
緑色のログメッセージが目の前に堂々と現れ、武器のロングソードを構える余裕が3秒だけ与えられる。
剣を右手に託し、体勢を整える。
一方、相手は武器を使用していない。おそらく、魔法のみだろう。
つまり、自らの魔法に自信があるということだ。俺はその態度に、少しだけ苛立ちを感じた。
所詮、相手の女性は魔法師。
俺のデータオプションには、彼女の情報がすべて記されているであろう。彼女の生い立ちから、学校、出身地、性格、スリーサイズまで。
どうでもいいことが頭に過り、俺は舌打ちを小さくした。
絶対に俺は、自らの手を汚さずに父母を殺めた魔法師たちを絶対に許さない。その決意が揺らぐことは、必ずないはずだ。
精神を研ぎ澄ます。
相手はやはり先ほどからこちらを見ず、天に向かって手のひらを向けている。
たがいに集中し、そして、
【Game start!】
俺はいつも通りに、相手に向けて武器を向けた。
「たあっ!」
戦いの先手を握ったのは、喜ばしくこの俺だ。
相手を重点的に視界は映しだす。
この戦闘相手を重点的に映し出すという能力に名前はないのだが、獰猛の瞳と呼ばれている。敵が攻撃を繰り出すことを3秒前に知らせてくれるので非常に便利だ。そのため、戦いでは先手を握りやすい。また、相手の動きを先読んで、攻撃のアシストが特典のようについている。
火の魔術ならではの能力とも言えるだろう。
俺はそれを利用し、相手の動きを読んだ。
相手は光の魔法で創られたロングソードで対抗してくる、そう読めた。
剣には剣で、魔法には魔法で、というのが彼女のスタイルだろう。
その律儀な心柄は嫌いではない。だがそれは、戦闘では命取りだ!
咄嗟に俺は彼女の傍まで跳躍し、剣を薙ぎ払う。
「くっ……」
相手は術のかかった俺のロングソードで痛めつけられた腹を押さえている。だが、この剣で斬られた人間の部位はもう元には戻らない。確実に、死へといたる。
「く、そっ……火の魔術師め……」
「意外と弱小で繊細な人間なんだね、君は。すごく、弱い」
魔術や魔法は出血などはしないが、じわじわと痛みは広がる。
「見慣れない剣術、能力……さすがあの親の息子、」
「黙ってくれるかい?」
そう言って、再び攻撃を与える。
今度こそ彼女は動きも、話もしない。
【Win!】
勝利を獲得したことを実感するには十分なログメッセージが現れた。
俺は剣を鞘に収め、彼女と同じように草原に体を預ける。
全身から疲労感がどっと溢れ、溜息が思わず漏れた。
『合格。第1回実力テストを終了します』
耳元のヘッドフォンから機械的な音声が聞こえ、俺の体は光に包まれてその場から消えた。