4話
俺とホワンとクロウは今、時速400キロで街の外へ出ようとしている。
そもそもの発端は今日の朝だった。
「今日は天気もいいし、昨日買ったベビーカーで少し遠くまでお散歩に行きましょうか♪」
とホワンがクロウをベビーカーに乗せたのだ。
それを聞いた俺は昨日以上の速度を求め、余ったAPをすべて『速度』に割り振った。
その結果、時速400キロと言う化け物じみた速度を手に入れたのだ。
街の外にはいくつか街路があった。
ホワンは迷いなく木々が生い茂る森がある方向へと向かっていく。
「今日は森の中をお散歩しましょうね、クロウちゃん!」
ホワンはそうにっこり微笑みながら走り抜ける。
「うぎゃあああああああっ!?」
一方クロウは、大声で泣き叫んでいた。昨日の4倍の速度に驚いているのだろう、当然っちゃあ当然だ。
森の中は視界が悪く道もでこぼこしていたが、高速のベビーカーはお構いなしに進む。がたがた、がたがたとタイヤと機体が揺れているが、ホワンは気づいていない。
「うーん。森の空気ってやっぱりいい物ね」
ホワンはいつも通り、ほんわかとした調子でそう語るのであった。
だがホワンが語っていたさなか、タイヤから「がりっ」と鈍い音がした。
「あら?何か踏んだのかしら」
ホワンは足元を見るが、何もなかったので「気のせいか」と安心した素振りを見せた。
……実は先ほどの音はスライムらしき生命体を轢いた音だったのだが、あまりに高速だったためホワンが気づく前に通り過ぎてしまったのだ。
ベビーカーを押している人に気づかれないまま轢き殺されるとは、かなり哀れである。
その後ホワンは2、3回スライムを気づかぬまま轢いた後、見晴らしのいい場所へと走りつく。
「久々ねー、ここに来るのも。こんなに高速でたどり着くなんて夢のようだわ」
そう言いながら、ホワンはブレーキをかける。どうやら今回の目的地はここだったらしい。
「ほら、クロウちゃん。ここでちょっと一息入れましょ」
機体が完全に止まった後、ホワンはクロウを抱きかかえる。当のクロウは
「う。うぅ……」
とかなり気持ち悪がっていた。恐らく機体の揺れが激しかったせいで酔ったのだろう。
「綺麗な空ねー。クロウちゃんもそう思うでしょ?」
「う、うぐぅ……」
「そうだ、ここでごはん食べましょうか。今日はお弁当持ってきたのよ」
「う、うぷぅ……」
ホワンは瀕死のクロウに気づかぬまま、持参していたバッグから弁当の包みを取り出した。優しいお母さんだと思うのだが、どうも子供のピンチを察する能力に欠けているようだ。
ホワンが弁当の包みを広げようとしたその時、背後からガサガサと物音が聞こえた。
「あら?どなたかいらっしゃるの?」
ホワンはそういいながら振り返ると、そこには緑色の肌をした猫背の小男が立っていた。
「ケケケ。人間の女が赤子を連れてお散歩たぁ、良いご身分だぜぇ」
小男はニタニタした顔で近寄ってくる。すると今まで危機感が無かったホワンの顔に初めて危機的な表情を見せた。
「ゴ、ゴブリン……! この地域は最近討伐があったから、魔物はいないはずなのに……!」
「ケケケ。俺たちは今日ここに着いたんだよ。運が悪かったな、お嬢さん」
詳しい話は俺には分からないが、どうやらこのゴブリンとか言う緑色の男は悪者のようだ。
「ケケケ。この森をお前たちの国に潜入するための拠点にしようと来たが、まさかこんな可愛い女と美味そうな赤子がくるなんてラッキーだなぁ。さて、おとなしく俺のおもちゃになってくれや……」
「に、逃げましょ、クロウちゃん!」
ホワンは弁当の包みをバッグに押し込み、ベビーカーの取っ手に手をかけた。
「へっ、逃がしはしねーよ。この辺り一帯は全部、ゴブリン族が包囲して……」
そしてホワンはゴブリンの話に耳も傾けず、高速で森の中を走り出した。
ホワンは走った。とても高速で走った。ベビーカーががたがた揺れて、クロウが明らかに酔ってる表情をしているがホワンは気づかない。何故ならクロウを守るために必死で逃げているからだ。ある意味自己矛盾である。
その後ホワンは2、3回先ほどのゴブリンの仲間らしき緑色の男達を轢いた後、街の入り口へとたどり着く。
「はぁっ、はぁ。怖かったわね、クロウちゃん」
ホワンは息切れしている。相当本気で走ったのだろう、無理もない。
「……うえぇぇ」
クロウは吐いている。相当揺れがきたのだろう、無理もない。
「吐いちゃうなんて、クロウちゃんも相当怖かったのね。でももう大丈夫よ」
ホワンはクロウを抱き上げ、背中をさすった。だいたいの原因はホワンにあるのだが、まぁ教える事もできないので気にしないでおこう。
「でもまさかゴブリンがこの近くにいるなんてびっくりしたわ。早く駐在所の兵士さんに伝えに行かなくちゃ!」
「!? い、いやぁ……」
ホワンは駐在所へ行く決意を固め、再び超特急で走り始めた。
クロウが一瞬『嫌だ』と言ってた気もするが、気のせいって事にしておく。
――その後駐在所に着いたホワンは、高速の走りに驚いた兵士達から要注意人物に認定されてしまうのだが……まぁそれは別のお話。