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3話

 俺は風を感じている。なぜなら時速100キロで街路を移動しているからだ。


 ベビーカー全身に風圧がかかり、なかなかに気持ちがよくなる。

 周りの景色も高速で通り過ぎ去っていく。中世めいた家々、街路を飾る草花、そして「早っ!?」と言いながらこちらを見て驚く人々。見ていて爽快だ。


 速度進化を選んだのはやはり正解だった。こんな心地よい体験、人間の頃では味わったことはない!


「おぎゃあああああっ!?」

 だが乗っているクロウは心地よくなさそうだ。まぁ突然全身に風圧がかかって、周りの景色が高速で通り過ぎ去っていたら驚くのも無理はない。


 ……一方ホワンの方は

「あらまぁ、このベビーカーすっごく走りやすいのねぇ。こんな心地よい体験、初めてよ」

 ――と言いながら走っていた。どうやら速度進化は俺自身だけではなく、ベビーカーを押している人にも効果があるようだ。


 ホワンはおどろくほどに動じていない。自分が早く動けることに疑問を持つどころか、あまつさえのほほんとした笑顔を浮かべながら楽しんでいる。どうやらホワンは俺の思った以上に天然な人なのだろう。


「おぎゃあああああっ……」

「あらあら、クロウちゃんったら新しいベビーカーに興奮してるのね?うふふ」

 泣いてるクロウに、ホワンはにっこりと話しかける。「ホワン氏、それは興奮とかじゃなくてガチ泣きだよ」と言いたいが、喋る事はできなかったので見て見ぬふりをするしかなかった。


 それから数十秒の間は平和に走った。

 俺は時速100キロで走り、ホワンはその走りについてきて、クロウは泣き叫び、通行人は高速のベビーカーを見て驚愕している。至って平和な光景だ。


 だがある瞬間、ホワンが呟いた一言で俺の平和は打ち砕かれる。


「これ、どうやったら止まるのかしら……」


 そう、止まり方が俺にもホワンにも分からないのである。




「すみませーん! 誰かこのベビーカー止められませんかー?」


 ホワンは突然、周囲の通行人に大声でそう伝える。自分では止められないので他の人に頼もうという思惑なのだろう。

 が、周囲の人々の反応は鈍い。まぁ、時速100キロで走るベビーカーと主婦なんてどう止めればいいんだよ! としか言いようがないので無理もないだろう。


「困ったわ。もうすぐ家につくっていうのに、このままじゃ通りすぎちゃうわ」

 ホワンはそれほど危機迫っていないような口ぶりで悩んでいる。もう少し自分とクロウの生命の危機を感じてほしい。


 とはいえ、このまま走り続けては俺の体も持たないかもしれない。ここは俺の進化で何とかするしかないだろう。

 俺は進化ウィンドウを開き、数多の項目を一つ一つ走りながらチェックする。


(ベビーカーを止める能力……どこにある?)

 速度低下……。違う、これは速度が遅くなるだけで走りっぱなしの状態は解除できない。

 時間停止……。違う、これは周囲の時間を止めるだけだから自分には効果が及ばない。

 ……様々な能力を一つ一つ見ていたその時、ある一つの能力に目がつく。



================

ブレーキ 消費AP1

――――――

ブレーキペダルが付きます。

このペダルを押すとベビーカーが

止まるようになります。

================



 (これだ!)

 俺はそう心の中で叫びながら、ポイントを割り振った。


 俺の背後にいるホワンの足元付近。俺の体のその部分からにょきりと何かが生えてくる感覚を感じる。痛くはないが、なんとも言えぬ感覚だ。


「あら?こんなペダルあったかしら」

 どうやら進化は成功したようだ。ホワンの足元に見事ペダルが生えたらしい。

 あとはホワンがこのペダルを踏んでくれれば多分万事解決なのだが、踏んでくれるだろうか……。


「えいっ」


 ……不安は必要なかったようだ。ホワンは思った以上にあっさりとペダルを踏んでくれた。

 ペダルが踏まれたと同時に、ベビーカー(俺)はタイヤのブレーキ音を立てながら少しずつ減速していく。そして、最終的にはぴたりと動作をやめた。


「あら、ちょうど家の前で止まれたわ」

 ホワンはそう言いながら、ベビーカーに乗っていたクロウを抱きかかえる。

 目の前にはそこそこ綺麗な一軒家が立っていた。どうやらここがホワン達の家らしい。


「うえええっ。うえええ……」

 クロウがホワンの腕の中で、かなりガチな泣き方をしている。あの速度が相当怖かったのだろう。


「あらあら、ベビーカーから離れるのがそんなに嫌なの? 明日乗せてあげるから、我慢してね」

 ホワンは俺を家の庭に置いた後、クロウをあやしながら家の中へと入っていくのだった。

 泣いてる理由に気づいてない点が気になるが、俺は見て見ぬふりをするしかなかった。


 こうして俺のベビーカーとしての一日目は、静かに幕を閉じた。

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