2話
「道具屋さぁん、注文していたベビーカーはできましたか?」
目が覚めると、そこはさまざまな品が並べられた小さな店だった。
古風なレジ台が近くに見える。そしてそこでは赤ちゃんを抱いた女性と店員らしき男が話していた。
「やぁ、ホワンさん。注文通りかわいいベビーカーができましたよ」
店員は俺のいる方向を指さす。
「まぁ、可愛い。クロウちゃんにぴったりだわ」
ホワンと呼ばれた女は、俺の方へ近づく。そして……『俺』に抱いている赤ちゃんを乗せた。
「どう? クロウちゃん。座り心地は」
「あう〜」
クロウと呼ばれた赤ん坊はぽかんとした表情で、『俺』に座っている。嬉しくもなさそうだが辛そうでもなかった。
「いやぁ、こんな良いベビーカーを独り占めできるなんてクロウ君は幸せ者ですよ!」
「ふふふ、そうですね〜」
ぽかんとした赤ん坊をよそに、店員とホワンは穏やかにそう会話した。
……どうやら俺の転生は成功したらしい。うまく動けない上鏡が見当たらないのでよく分からないが、可愛いデザインのベビーカーになったのだろう。
そして俺の買い手はこのホワンと言うおっとりとした女性になるらしい。子供のためにベビーカーを買ってあげるとは、なかなかに優しいお母さんなのだろう。まぁ肝心の赤ん坊であるクロウは喜んでなさそうだが、そこにはあまり触れないでおこう。
とにかく、買い手が優しそうで特に問題ない事は分かった。
しかしただこの親子の散歩の付き合いだけで人生……いや、ベビーカー生を過ごすだけと言うのはいささかつまらない。何かしらの動作をして、こちらからアプローチをすることはできないだろうか。
俺は手足を動かそうとしたり、車輪を動かそうとしたり、車体を揺らそうとしたり、色々やってみようとした。が、なにをやろうとしても自分の体はうんともすんとも言わない。
俺は懸命に様々なアプローチを考えた。考えに考え抜いたが、何をやっても体を動かすことはできなかった。
(ダメか。ベビーカーの状態で冒険して、凄腕のベビーカー冒険者に進化! みたいな事やりたかったのになぁ……)
そう諦めの思考がよぎったその時、一つのウィンドウが『ぴこん』と言う効果音とともに目の前に現れた。
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進化・成長ウィンドウ
このウィンドウではAPを振り分けて
進化・成長することが可能です
(APはレベルアップの度に増加します)
残り5P振り分ける事ができます。
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進化・成長ウィンドウ……? APを振り分けて成長ができる?
これは俗に言う『ステータス強化』のウィンドウだろうか。そういえば俺はさっき『進化したい』みたいな事を想像したが、もしやそれに答える形で表示されたのだろうか。
ウィンドウには説明書きだけではなく、強化項目が数えきれないほどあった。耐久力、大きさ、重さ、速度、その他もろもろ。まさにより取り見取りと言った具合だ。
これは迷う。アプローチしたいとは言ったが、ここまで多数あるとどんなアプローチで攻めていけばいいのか困ってしまう。
ここは大きさを変更して目立つか? それとも軽量化して利便性を高めるか? いや、後々世界を探索する準備として速度を上げて良いかもしれない。だが他の進化も捨てがたい……。
「じゃあお会計が2000Gちょうどですね。毎度ありがとうございました〜」
「ありがとう。さ、クロウちゃん行くわよぉ」
と、悩んでいる内にホワンは会計を済ませてしまったようだ。
もう少しじっくり選んでホワンに「まぁ、このベビーカー凄いわ!」って第一印象を与えたかったが、もはやそれを考える時間はない。
(仕方ない、今は速度だけ1ポイント上げるか)
と、俺はとりあえず速度にAPを1ポイントだけ振り分け、残りのポイントは後ほどまで様子見する事にした。
「クロウちゃん、早くおうちに帰りましょうね〜」
「うぅ〜?」
ホワンはクロウにあやす口調で話しかけながら、ベビーカー(つまり俺)の取っ手に手をかけた。
……ホワンが歩き出した次の瞬間、ベビーカーのスピードは時速100キロに達した。