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2.病院で

引き続き、改行多目です(汗


2.

 薄っすらと目を開ける。



 上手く焦点が合わない。ピンボケする画像。それらが落ち着いたとき、最初に視界へと飛び込んできたのは白い壁。次に白いカーテン、白い天井。

 ……病院か?

 俺はゆっくりと身体を起こした。



 辺りを見回すと、そこが病院であることに間違いなかった。カード式のテレビなんかがいい証拠だ。あんなもの、病院以外で見たことがない。

 でもなんで病院なんかに――そう疑問が沸いたと同時に、滑り台から落ちたことを思い出す。ひどく強く頭を打った気がする。そう認識すると、後頭部が疼いたような気がした。



「あぁ――最悪だな」

 とにかく、一刻も早くここを出なければ。三日後に試験があるのだ。うかうかしているとダブってしまう。

 立ち上がり、壁に掛けてある日めくりカレンダーを見る。滑り台から落ちたのは九月三日だから、せいぜい九月五日頃だろう。



「えーと……お、ビンゴ」

 見事に的中していた。今日は五日。

 ――十月の。



「え?」

 もう一度カレンダーを見る。日付は、いい。しかし、どう見ても九であるはずの数字が十になっている。

「……何で?」

 悩む。どう考えても、あの転落事故以来、俺は昏睡していたとしか思えない。

 ……もしかして、俺は重体だったのだろうか。



「マジかよ……」

 最悪だった。信じられない。俺は一ヶ月もずっと寝ていたのだ。その間、テストや文化祭、体育祭も終わってしまった。学校行事の大半を棒に振った訳だ。

 俺はそのままベッドに倒れこみ、悶々と奇声を出しながら回転していた。その声を聞きつけた看護婦さんがしっかりしてくださいと慌てた声で言ったが、俺は構わず悶々としつづけた。

 ――ほんとに最悪だ。



Φ



 看護婦さんに連れられ、医者の説明を受けさせられた。どうやら俺の頭に異常はないそうだ。しかし、一ヶ月も昏睡していたため、しばらくの間入院しろとのことらしい。自棄になっていた俺にとって、まさにどうでもいい事だった。まあ、秋休みと思えばいいか。

 そんなことで俺は、入院生活を満喫している訳である。



「はぁー……もう秋だな……」

 病院の白いベッドに腰掛けながら、ぼそりと呟いた。一ヶ月ぶりに見る景色は、どこか不思議な感じがする。いや、景色だけではない。肌で感じる気温も、人の表情も、かつてのそれとは別物だ。まるで自分が一人だけ取り残されたような感覚に陥ってしまった。



 思わず窓から外へと視線を彷徨わせてしまう。

「もうすぐこの一年も、終わりだぁね……」

 呆けながら、そう呟いたときだった。



「あー、洋介さん、前と同じ事言ってますよー」



 聞き覚えのある声が、俺の背後から掛けられた。驚き、咄嗟に振り返るとそこには。

「え?」

 ――公園で見かけた、あの少女がそこにいた。

 腕を後ろで組み、僅かに微笑みながら。



「ちょっ……な、何であんたがここにいるんだよ?」

 俺がそう言うと少女は、ぷう、と頬を膨らませて、怒った風に言ってきた。

「あ、あんたとは何ですかあんたとはぁっ! 私には、可奈っていうちゃんとした名前があります! これからはちゃんと名前で呼んでくださいね、洋介さん」



 いや、初対面に近いのに、そんな無茶を言わないで欲しいのだが。

 構わず少女は――可奈は、えへへと笑って言葉を紡ぐ。

「えっと、私がここにいる訳は――入院患者だからなのです。あの日はちょっと抜け出しをしてまして、そこで洋介さんを見つけたという訳でして」



 なるほど、確かに可奈は入院患者用の質素な服を着ている。そこから病状を察することはできないが、多少は重い症状なのだろうと考えたりした。

 ――って、ちょっと待て!

「……一つ聞いていいか?」

 ん? とでも言いたそうな表情を可奈は浮かべた。



 俺は構わず続ける。

「何で俺の名前を知ってるんだよ?」

「ち、超能力でこう、しゅっと読み取りました」

 少しつっかえながら、しかし即答する可奈。

 しゅっ、と読み取れたのか。

 なるほど。超能力だったのか。

 目の前の超能力者は、実にニコニコと笑っている。



「……あのさ、もしかすると、この病院は精神科だったりするのかな?」

「いいえ? 別に普通の病院ですけれど」

 むう、また頭が痛くなってきた。

 額に手を当てて、そのまま純白のベッドに身体を沈める。

「洋介さん、あの、冗談ですよ?」

 そんな俺を見かねたのだろう、可奈が少し不安そうに言ってきた。そこまで気遣ってくれるのなら、人格を疑いたくなるような冗談は控えて欲しいのだが。



「本当は、ほら、病室の前に表札があるじゃないですか。あれを見たんですよ。えへへ、別に何てことはないんですけれど」

 当たり前ですよね、と可奈は繰り返した。



 なるほど、それもそうかと俺は納得する。確かに病室の前には、『佐藤洋介』と書かれたプレートが張ってある。むしろ、そんな単純な事に気が回らなかった自分が恥ずかしくなる。やはり病院に慣れていないからなのだろう。

 

 ――病院なんかに慣れたくはないけれど。


 俺は身を起こし、中断してしまった話を続ける事にした。



「ああ、なるほど。……で、公園で気を失った俺を自分が入院している病院へ連れ帰った訳か」

 話の筋を見失ったのか、可奈は思案するような仕草をした。が、それも一瞬、再び入院に至った経緯を揚々と語り始める。

「そういう事です。でも私一人じゃ流石に連れて行けないので、洋介さんの携帯を使ってタクシーを呼びました!」



 ――俺の携帯使ったのか。

「初めてあんなものを使いました……。失敗しなかったんですよ、凄いですよね」

 はにかんだ笑みを浮かべる可奈。その長い黒髪が、眼前で優雅に揺れる。

 や、むしろタクシー会社の電話番号を暗記している方が凄いとか、なぜ救急車じゃなくてタクシーなんだとか、色々突っ込みたい所があるがあえて言わない。

「そっか。その時はありがと。で、あんたは――」

 睨まれた。俺はごほんと咳払いを一つし、言葉を紡ぐ。



「――可奈は、俺に何か用なのか?」

「え、ええっ!? あ、あのですね……」

 表情が一変、可奈は新雪のように白い頬を朱に染めて、もごもごと口を動かしている。

「――さんが――なら――暇で――一緒に――」

 途切れ途切れにしか聞こえない言葉も、小さすぎて聞き取れない。



 ……ほんと、変な子だな。

 俺が訝しげな視線で見つめていることに気づいたのか、可奈はっとした顔になり、そして真剣な顔で見つめてくる。

「洋介さん」

 ごほん、とわざとらしく咳払いをしながら、可奈が言う。

「私は今、とぉっても暇なんです。このままだと、暇過ぎてぶっ倒れるかもしれません」



 はたして暇すぎてぶっ倒れるものなのだろうか。はて、どこかで似たような言葉を聞いた記憶がある。確か、『神を殺すのは退屈である』だったっけか。ならば可奈の言うことは本当かもしれない。

 もちろん、可奈が神ならば、だけど。



「そこで洋介さん! 洋介さんは今、暇ですよね?」

 期待を込めて俺を見つめる可奈。

 ここは頷いていた方が無難かもな。

 俺は口を開く。



「いや、生憎寝ているだけで精一杯なもので」

 ん? いやいや。

 俺は今、ものすごく暇なのだけれども。

 可奈ではないが、暇すぎてぶっ倒れそうな勢いである。

 なのになんで俺は、茶目っ気満々で可奈に意地悪しているんだろうか。

「えぇっ! 暇じゃあないんですか!?」

「寝るだけで忙しいもので」

 天邪鬼な解答。意外な答えだったのだろう、可奈はあたふたしている。その姿は見ていて飽きない。



 そのまま可奈は少し考えたあと、揺れる瞳で俺の顔を覗き込んできた。

「ほんとに忙しいんですか?」

「ああ」

「ほんとに?」

「本当だ」

「ほんとにマジですか?」

「嘘だ」

「……むぅ、なら仕方ないですね――って、嘘だったんですか!」

 俺は背を丸め、くくくと笑う。さっきの仕返しだ。でもまさかここまでベタな返事がくるとはな。もしかすると、可奈にはツッコミの才能があるかもしれない。



 可奈は顔を真っ赤にしながら、むーと唸っていた。その姿はまるで猫のようで、妙に可愛らしい。

「ごめん、悪かった。俺も今すごく暇だ」

「うぅ……信じられませんよぅ」

 よほどさっきのやり取りが応えたのだろう、用心深く可奈は聞いてくる。何か涙目になってないか? いや、もう引っ掛けはしないからさ。



「マジだって。俺は暇だよ。で、何の用?」

 すると可奈は、俺の腰掛けているベッドにちょんと腰を下ろし、零れるような笑みで顔を覗き込んできた。

 そして――軽々ととんでもない事を言ったのだった。


「ごほん――ならば、一緒に公園に行きましょう!」


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