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1.入院

この作品は、携帯からの読みやすさを重視して改行を多くしてあります。パソコンからの閲覧が見苦しかった場合にはすみません(汗


「はぁー……もう秋だな……」

 見えるのはありきたりな公園の景色。赤とんぼがちらほら。俺はそれを、滑り台の上に座りながら眺めている。



「もうすぐこの一年も、終わりだぁね……」

 独り言。まるで縁側に座ってお茶を啜る老人の台詞だ、と俺は思う。ま、誰も聞いてはいないのだから、独り言くらいは許されるさ。

 ……や、別に独り言が好きなわけじゃないぞ。こんな俺にも感傷に浸りたくなることぐらい、あるんだよ?



 それにしても今日の公園の雰囲気は格別である。丁度良い気温。哀愁を感じさせる夕暮れ。なにより、夏の残滓と訪れる秋の気配の、微妙な混ざり具合がとても心地よい。例えるならば――そう、あったかい白米に、溶き卵を混ぜたような感じだ。まさに絶妙である。

 思わず口元が緩む。



「卵掛けご飯は……絶妙だよなぁ」

 とん。

 弱く肩を突っつかれる。弱く――卵を割ると、駄目なんだよな……。

「あったかご飯に、掛けるだけ……」



 とんとん。

 肩に軽い衝撃。そうそう、この位の力で、一気に割らないと、破片が混入してしまう。

「あぁ、卵掛けご飯!」

「わひゃっ!」

 感極まり、軽く叫んだ瞬間、俺の後ろで可愛らしい声がした。

 反射的に振り向く。

 そこには、狭いスペースで見事に尻餅をついた――少女が。



「痛たたぁ……。もうっ、いきなり叫ぶなんて酷いですよぉ」

「――っ!」

 じっと少女を見つめる。

 考える。全部聞かれたか、と。

 今日がどれほど独り言日和だからと言って、十七歳の高校生がぶつぶつと、挙句叫び出す様はヤバい。当の本人である俺でもそう思う。しかもここは滑り台。傍から見ていて、俺は相当な変人に映るのではないだろうか?

 互いに視線は逸らさない。逸らしたら負ける――そんな訳の分からない確信が、今の俺を動かしていた。



「……あのさ」

「はい?」

 勇気を出して、声を絞り出す。

「もしかして、聞いてた?」

 にっこりと少女は笑い、そしてきっぱりと言った。

「卵かけご飯って、美味しいです」

 ――終わった。見事に。



 俺はこの先を想像する。あぁ、アイツは独り言が好きな奴なんだ、と噂が流れる。俺は必死で否定する。そう、別に俺は独り言が好きなわけじゃないんだ。何となく、何となく独り言を呟きたくなっただけなんだ!

 ……駄目だ。どう考えても言い訳にしか聞こえない……。



「あのぅ」

 一体どうすればいいんだ――と。

 悶々としている俺に、体勢を立て直した少女が話しかけてくる。

 返答できるほど、俺のダメージは浅くない。首を縦に動かし、その先を促した。少女はしばらくその意味が分からなかったようだが、ふと得心したようにこう言った。

「ここの滑り台、面白いですよね!」

 とびっきりの笑顔で。



「は、はぁ?」

「あたし、ここが好きなんですよー。小さい頃よく滑っていて、懐かしくなってまた来ちゃいました」

 えへへ、と照れたように、零れるような笑みを浮かべて少女は笑った。

 瞬間的に思う――可愛い、と。

 小さな上背に、丸みを帯びた身体。腰まである艶やかな黒髪が、彼女の小さな身長をさらに幼く見せている。顔は、寸分の狂いもない彫像の様。大きな黒曜石の瞳。陶磁のように真っ白な肌と、僅かに上気した頬。

 もっと他に考える事があるんじゃないかと俺は思った。が、先ほどの独り言が気にならないほど、俺は少女に見入っていた。



「……滑らないんですか?」

 俺の顔を覗き込むように見つめてくる。

「あ――いや、お先にどうぞ」

 微妙な照れが混じった返答をして、俺は立ち上がった。

 一気に視界が広くなる。段々と暗くなり始めた全天が、俺の頭上を包み込んでいるのが窺える。小さな滑り台といえども、高さは中々のものだ。うっかり足を滑らせて転落でもしたら――その先は想像に難くない。



「では、お先に失礼しますっ」

 少女はそう言って、滑り台を一気に降る。

 風を受け、優雅に舞う少女の黒髪。それに目を奪われたのが俺の間違いだった。

「――って、うおっ!」

 ぼう、としていたので、うっかりと身体のバランスを崩してしまった。慌てて手摺りを掴もうとするが――届かない。そのまま身体は宙へと投げ出される。



 スローモーションで流れる世界。視界を埋め尽くす夕闇。そういえば、少女の名前を聞いていなかったな――そう思った瞬間、世界が黒く閉ざされた。

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