好きな彼女は癌
エピソード1、出会い
2001年秋。僕は一人の女性に恋をした。
その女性は僕の行きつけの店の定員さんだ。話した事もなく、いつも見ているだけだ。
じゃあ何故恋をしたかというと、見た目で一目惚れというのではなく彼女の見せる笑顔が僕の心を掴んだのだ。
その時の僕は嫌気がさしていた。頑張っても報われない人生に。たかが笑顔と思われるがだ。
しかし、僕には全く勇気がなく、話しかけたり電話番号を聞くという事が出来なく悩んでいた。そんな時に転機が訪れた!彼女が急に僕に話し掛けて来たのだ!
「あの…いつもお店に来てくださってますよね?」
僕は戸惑いながらも返事した。
「ええ。」それ以上の言葉は出なかった。憧れの彼女がせっかく話しかけてくれてるのにこの様だ。色々聞きたい事もあるのに頭がパニックに陥ってしまい、「彼氏とかっていますか?」と。
何を言ってるんだ俺の馬鹿!思わず自分の頭を叩いた。その仕草を見ていた彼女がクスっと笑いながら言った。「おもしろい方ですね。彼氏はもう半年近くいないですよ。」
それを聞いた僕は心の中で「よっしゃあ!」とガッツポーズをした。その後、他のお客に呼ばれた彼女はぺこりと頭を下げその場を後にした。
彼女が去った後もまだ緊張のせいか心臓がドクドクと。「こんな感覚になれたのは十七歳の時以来か」
エピソード2、接触
それから、通う度に彼女と話しをしていった。何気ない世間話から彼女の趣味や好きな食べ物の話しなど。わかった事は彼女の名は優。年齢は三十一歳、バツイチで好きな食べ物などが僕と一緒ということ。休みの日などは一人で出掛けたりする事が好きらしい。
仲良くなってからはますます僕は店に通った。何気ない話しでも話すだけで幸せな気分になれるからだ。そんな日々が七ヶ月ぐらいたった時に僕は思い切って優に携帯番号を聞いてみた。「もし、よかったら携帯番号教えてくれん?」
その問いに優は、「お客とそう言うことは禁止なんで…ごめんなさい。」しかし僕は諦めきれず、「じゃあメアドは!?」優はしばらく考え、「じゃあ一日一文字ずつなら。」僕はまたしても心の中でガッツポーズをした。それからは一日一文字ずつ聞いていき、そしてようやくアドレスが完成した。僕は、「じゃあ今夜さっそくメールするから!迷惑なら言ってね。」
その言葉に優は、「あの〜、私そんなにまめじゃないから返信遅いかもしれないですよ。いいんですか?」僕は言った。
「メールしてくれるだけで嬉しいから」そう言って僕は店を後にした。家までの帰りの道中僕の心臓はワクワクでとまらなかった。久々にスキップまでしてしまった。
そして家に帰った僕は優の仕事が終わるのを何を送るか考えながら待った。そして、優の仕事が終わるのを見計らいメールを送った。「初めまして!ではないけどなんか店以外でだと緊張するね。ちなみに僕の名はトシって言います。よろしくね!」そして、一時間ほど過ぎた時に返事は来た。「お疲れ様です。今家に帰って来ました。トシって名前なんですね。こちらこそよろしくお願いします。」それからというもの、毎日のようにメールをした。
その度に、デートの誘いなどをしても軽く断られていた。
そしてメールをして半年が経った。
エピソード3、衝撃
毎日のように誘いを断られていき、流石に嫌われてるのかなと思い、思い切って優にどう思ってるか聞いてみた。
「毎日断られるけど、なんか理由があるの?嫌いならはっきり言ってくれた方がいいけどな。」
その問いに優は、当然の如く、「やっぱりお客と外で会うのがまずいんで…。仕事クビになっちゃうかもだし…。」だからといって引けない僕は、「ばれなきゃ大丈夫じゃない?少し遠出するとかさ!」
…少し時間が経った後に優からのメールが来た。
「なんでそこまでしてまで私と遊びたいの?私には取り柄もないし、絶対つまんないから!」と。
僕はすかさず、「つまらんとかそういうのは僕がどう思うかだよ?っというか、僕が優を楽しくさせるし!」と。
しかし、このメールの返事が返ってくる事はなかった。そして、メールがこなくなって三日目の日に僕は衝撃の事実を知る事になるとは…。
あれは忘れもしない十二月二十四日のクリスマスイブ。その日もメールは返ってこないだろうと思いながらも、「一足早いけど、メリークリスマス!」とだけメールを送った。そして、やはり返事がないと思い、寝る準備をして布団に入ったその時だった。携帯電話が鳴ったのだ!履歴を確認してみるとそれは優からだった。「私ってずるいですか?」とだけ。僕は、「ずるくないよ。相手してくれるだけでも嬉しいし!僕が一方的に好いてるだけだし、気にしなくてもいいよ。」と。
しかし優は、「でも…トシ君の気持ち知ってるのにやっぱり私はずるいよ。ごめんね」と。
僕はなんと言っていいのかわからなく戸惑いながらも考えた。
その時優から先にメールが届いた。「クリスマスプレゼントに教えてあげます。私は癌なんですよ。だから誰かを好きになれないんです。人を好きになっては駄目なんです…」それを聞いた僕は頭が真っ白になった。何も考えれなく、何を言っていいのかもわからずただただ時間が過ぎていった。僕は考えるのをやめた。僕からの返信がないのに気を遣ったのか、「だから、私の事は諦めてください。私はすべて失って、普通の人が出来る事も諦めてきました。もし、トシ君を好きになっても私が生きていられるかわかんないから…」と。
その瞬間の優の気持ちなど、知るよしもなかった。
自分の事しか考えてなかったからだ。僕は窓の外を見ながら煙草を吸った。自分がどうしたいかもわからなかったからだ。
しかし、何時間か考えるうちに一つの結論がでた。
優が癌であれ、この先永く生きられないかもしれなくても僕は一緒にいたいと。僕は思いをぶつけた。
「ほんとの事を教えてくれてありがとう。聞いた時はびっくりしたけど、それでも僕の気持ちは変わらないから!」
優は言った。
「そんな真剣にこられたら適当にあしらえないよ。気持ちも本当に嬉しいよ。でも私には未来がないんだよ?だからトシ君を悲しませるだけだよ。」それを聞いた僕は、
「だからといって諦めれるなら苦労しないよ。僕はどんな事があっても諦めないから」
その後、優からの連絡は途絶えた。
エピソード4、すれ違い
それからというもの、メールは激減し、店で会ってもどこかぎこちなく会話もないまま二週間程が経った。僕は思った。「あ〜僕は避けられてるな。こんなんじゃ駄目だな」と。
だから僕は逆に自分から歩みよった。
優に言った。「この前はごめん。優が怒ってるのかはわかんないけど、僕は優からのメールを待ってるから」優は言った。
「怒ってはないですよ。ただ今までこんなに大切に考えてもらった事がなかったので…」
僕は思い出した。優の今までの人生は大変な苦労があったことを。元旦那からのDV、更に子供をとられてまでの無理矢理な離婚、その後に付き合った男性からも暴力を受け、追い打ちをかけるように癌になるといった悲惨な人生を。
ドラマや映画などでありそうなシチュエーションだ。それが事実彼女の身に起きた事なのだ。
僕ならきっと耐えられないと思う…いや、きっと人生が嫌になり「なんで僕だけが」ときっと絶望感にとらわれてしまうだろう。
それでも顔にも出さず仕事を真剣に頑張る姿が素敵なんだと改めて思い知った。
しかし、残念な事にうまく彼女との距離は縮まらない事に僕は悩んでいた。
だから僕は思い切って嘘をついた。
「優にちょっと頼みがあるんだけど、僕はもうすぐで転勤になっちゃうんだ。だから、最後に一度だけご飯食べに行ってくれませんか?」と。
すぐに返事が来た。
「え、トシ君どっか行っちゃうの?みんないなくなっちゃうね…でもそういう事ならいいよ」
僕は喜び半分嘘をついた罪悪感で膨れ上がった。
しかし僕は、
「ほんとに!?じゃあいつにする?優の都合のいい日に任せます」と更に嘘を重ねた。優は、「じゃあ、明日休みなんで夕方とかはどうですか?」と。
僕は「いいですよ」と言ってしまった。こんな嘘までついたのだ。決して許される事ではないし、明日会ったらそれが最後になってしまうだろう。それでも僕は明日の一回にすべてを賭けようと思った。たぶん…嫌われると思うけれども駄目でもともとなのだから。
翌日、約束の時間の一時間も前に待ち合わせ場所に着いてしまった。何を話していいのかもわからず、これが本当に最後になるにもかかわらず…。
時間の五分前に優はやってきた。
「待たせちゃった?ごめんね。さてと、どこに連れてってくれるのかな?」
少し楽しみにしてる彼女を見て悪いと思いながらも、「お腹空いてる?ご飯を先に食べに行こうか」
その言葉にたいして優は、「うん!」と笑顔で答えた。僕は普段は入った事のないお洒落な店に優と入った。店に入るとさっそく優が、「うわ〜素敵なお店ですね!トシ君はよく来るんですか?」
僕は、「たまにね。」と初めてなのにまた嘘を重ねた。そして注文したメニューが出てきて二人で食べ始めた。
「やっぱり、優に本当の事を言おう。」そう思った僕は、箸を置き優に言った。「本当は転勤するってのも、このお店にたまに来るって言ったのも嘘なんだ。ごめん。どうしても優とデートしたくて…最低だろ?ごめんな。」
しばらく沈黙が続いた。僕は心の中で「嫌われたな。これで全て終わった。」と思った。しかし優は、
「食べないの?暖かくて美味しいのに。早く食べなよ!」と。
僕は唖然とした。
普通なら怒ったりして帰るところだ。それを聞いてなかったかの如く全然違う事を言ったのだから。
僕は箸を取り食べながら質問した。
「優は怒ってないの?」
優は言った。
「嘘つかれたのは怒れるけど、トシ君は私の事ずっと見ててくれて、私が辛い時、悲しい時にいつも支えててくれたから。だからいいの。」と。
僕は安心した。完全に嫌われたと思ったからだ。
そして再び、雑談を交えながら楽しく食事をした。
食事を終えた帰り道に僕は、「また…よかったら誘ってもいいかな?」
その問いに優は、
「いいですよ。今度は違う店行きましょうね。」
エピソード5、付き合い
その後はよくご飯に行ったり、夜景を見に行ったりとデート?に似たような事をよくしていった。
そして今日も遊ぶ約束をしてあるのだ。
いつもどうり迎えに行き、いつもどうり優は、
「お待たせ。」とにっこり。僕は冗談半分に、「なんか僕ら付き合ってるみたいだね。」
優は、「付き合ってるんじゃないの?まだ告白されてませんけどねぇ〜」と。
僕は戸惑いを隠せず、「えっ!?」と思わず言ってしまった。
そうなってしまうのは当たり前の事だ。告白してくれればOKと言ってるものだから。しかし僕としては、ムードを大事にして、尚且つ格好く言いたかったのである。それを早く言ってと言われてるような気がした僕は、「僕と付き合ってください!」とムードもへったくれもなくストレートに言った。しかし優は笑顔で、「はい。よろしくお願いします」と。
僕は思わずおおはしゃぎをしてしまった。二十六歳にもなる大人が子供のようにだ。それを見ている優にクスっとまた笑われてしまった。
こうして僕らは付き合うようになった。優の残りの人生が永くはないかもしれないけれど、その時が来るまでは精一杯愛していこうと心に誓った。幸せだったと思えるぐらいに。
付き合って暫くして同居生活も始めた。毎日仕事が終わりご飯を一緒に作り、一緒に食べ、休みは一緒に出かけてと楽しく過ごしていった。今思えばこの時が一番幸せな時間だった。
エピソード6、闘病
2003年の夏。
この幸せな時間が終わりを告げようとしていた。
やはり、年齢が若いせいか癌が再発していたのだ。
体調がすぐれないから医者に診てもらいに病院に来て再発が確認されたのだ。
まさかとは思っていたがこんなに早く再発するとは僕は思っていなかった。
しかし、優は自身の体を理解していたようだった。病院に向かう車の中で僕に言った。
「トシ君、私もう一緒にいられないかも…。」と。
今思えば確かにここひと月優の体調が悪くなっているのはわかった。しかし、それが再発だとは思いもしなかった。
僕は動揺していた。どうしたらいいかもわからずただ呆然としていた。
しかし、とうの本人の優にいたっては、
「やっぱりね。だからトシ君に最初に言ってたでしょ?ほんとに当たったし!」と、気を遣ったのかわからなかったが平気なそぶりで笑っていた。
僕は、
「なんでそんなに笑っていられるの!?優は僕と一緒にいたくないって言ってるようなものだよ!」と激昂してしまった。
優はすかさず言い返してきた。
「私はトシ君のおかげで約二年間ずっと幸せだった。トシ君が支えてくれていつも一緒にいてくれたから。出会わなければ、私は最初から人生投げ捨ててた。だけど…」
優は言葉をつまらせた。
僕は、「だけど何?」と聞くと優は涙を流し始めて言った。
「…ほんとは…ほんとはもっと、ずっとトシ君と一緒にいたいよ。」
二人で号泣しながら肩を寄せ合った。優の温もりを感じながら、あとどれぐらい二人でいられるのかなと思いながら。
30分ぐらい泣き続けた優は泣き疲れて寝てしまった。
優の寝顔を見ながら思った。笑顔でわらって強がったのは僕に気を遣ってたんだな。僕の事なんか気にしなくてもいいのに…馬鹿だな。
寝てしまった優をおんぶしながらの帰り道に優が僕の耳元で囁いた。
「トシ君ごめんね。こんな風になって。」
僕は言った。
「再発したからってまだ終わりって決まってる訳じゃないよ。だから頑張って僕と一緒に癌に打ち勝とうな!」と。
優も元気がでたのか、
「そうだね。まだ死ぬって決まってる訳じゃないもんねっ!最後まで私も諦めないよ!」
この時二人で乗り越えていくことを覚悟した。
そして、二人三脚での闘病生活が始まった。
そして、優の癌の二度目の手術が行われた。今回の手術は二カ所に転移してる部分の切除だ。手術台に運ばれてく優に、
「頑張ってな!僕がついてるから!」と。
その言葉を聞いて優もにっこりと笑いながらピースサインをした。
そして手術は始まった。
手術中落ち着かない僕の体。いろんな感情が交わる。そしてどれぐらい経ったであろうか。体感的には二十四時間はある気がした。
実際は五時間だった。
手術中のランプが消え執刀医の医者が出てきた。
僕はすかさず、
「優は無事なんですか!?手術は成功なんですか!?」と聞いた。
医者は言った。
「無事に転移してる場所はすべて切除しました。もう大丈夫です!」と。
僕はその言葉を聞いて自然に涙が溢れてきた。手術を終え運ばれてくる優の顔を見て更に泣いてしまった。嬉しくて…また一緒に楽しく過ごせる事が。
エピソード7、再愛
手術は無事に成功し、晴れて退院の日を迎えた。
また五年間は再発の恐れがあるものの、そんな事は気にせず今生きて二人でいられる事を喜び合いながら病院を後にした。
帰りの道中に僕は、
「今日は退院祝いだから、優が今食べたい物をご馳走してあげるよ!」
優はすかさず言った。
「ほんと!?ん〜…お肉も食べたいし、オムライスでしょ、スパゲティー、それからトンカツ、あっお酒も飲みたいし。」
僕は、
「そんなにあっても食べれないでしょ?これから毎日食べれるから!それでもってならバイキングだね。」
優は嬉しそうに、
「行く行く!早く行うよ!」と言った。