狂騒曲【夏のホラー 2026 音 参加作品】
『カシャーーーーーーンッ!!!』
あの時私は、自分の心が砕けた音を聞いた気がする。
そして砕けてしまった『心の破片』は、私の心の下に出来たパックリと裂けた大きな闇の中にパラパラと音もなく吸い込まれるように落ちて・・・、
消えていった・・・。
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高校3年生の夏。
大学受験希望の私は、今日ずっと心に秘めている志望校を、母に打ち明けようと思っていた。
『大学受験』
高校3年生の夏休みは、本来なら志望校合格に向けて猛烈な追い込みをかける大切な時期。
それなのに私は、まだ本当に受験したい大学の話を母親に話せていないのだ。
(えっ!こんな時期まで何をそんなにのんびりしているの?)
(もう今からじゃあ、遅すぎるんじゃない?)
こんな心無い声が私の耳の奥から響くように聞こえてくる。
「そうじゃない・・・。
私だってこんな大切な時期まで、ずっと何もしてこなかった訳じゃないんだから・・・。
きっと大丈夫だよ。
でも・・・、」
そもそも高校2年生の終わりまでは、なんとか普通に毎日を過ごせていた。
希望する大学への進学希望の話だって機嫌の良い時のお母さんと話せていて、理系クラスに在籍する事だって許されていた・・・。
私は、目標とする大学への合格を目指して、日々の勉学に励んでいる。
その私の学習方法は、自宅での独学である。中学の時から始まり、今もずっと変わらない・・・。
『コツコツと日々の努力を続けていく事が、自分の糧となり力となる。
予習と復習。
教科書や学校に指定された参考書を利用して自分で学習していた。
これらは、積み重ねられた知識の結晶となり、成果となる。
それが、のちにやってくる定期テストに向けての自然の事前学習にもなっている。
真の実力というのは、瞬発力のような単なる暗記ではない。
記憶の奥までしっかりと根付いた知識だ。』
こんな私の持論は、私の好きな四字熟語『日々精進』にも重なっている。
私は、小学生の頃からよく勉強をして、新しい知識を得る事が好きな子だった。
自然観察をして、自分の視界に入ってくる様々な虫や花、木々、動物等の様々な生物を見つけては、それを百科事典で調べて、その生態に感心しながら覚えていく。
自発的な確認作業を繰り返す事は、小さなころから何より楽しかった。
ふと、小さな時の思い出が浮かんできた。
『空をのんびり眺めているのも好きだったなぁ。』
そう。単調に思えるような作業を続ける中で、自分で楽しさを見つけ出して、それを続けて過ごすことが出来るのは、自分の特技なんだと思う。
あの日も、週末にベランダに布団を敷いて寝っ転がり、空を流れていく雲の様子を観察していると、あっという間に何時間もの時間が過ぎていったっけ・・・。
空の中でまるで生きているように形を変化させていく雲の様子は、何にも囚われていない自由な姿の象徴のようで、飽きる事なんて無かった。
(決して希望した動物園に連れて行ってもらう事が出来ず、空を何時間も虚しく眺めていた訳じゃない。私は、ちゃんと楽しんで過ごしていたんだ。)
あれあれっ?いつの間にか私の心が暗くなってきている・・・。いけないっ!
今日は、このまま引き下がっちゃダメ!ちゃんとお母さんに『言いたい事を伝えなきゃ!』
最後まで諦めちゃダメ!
なんだったっけ?どうして私は、今日お母さんにこの話をしようと思ったんだったっけ?
落ち着け、私!『今日は、良いことがありそう!きっと大丈夫!』って思ったんだったよね。
そうだよ、今日はいい日なんだ!
近所の大きな公園の遊歩道を散歩していたら、すごく珍しく樹を駆け回る野リスの姿を見る事が出来たんだった。
そして嬉しくなって公園の一番奥まで歩いて行ったら、更になんと、高台から富士山の姿を見る事も久しぶりに出来たんだった。
こんなラッキー・デーは滅多にない!
私は、とても幸せな気分になったし、シンデレラの『夢はひそかに』が頭の中で自然に流れ始めたんだった。
だから、今日こそはお母さんに話してみようって勇気が持てたんじゃない!
あれっ?
でもなんだか様子が変だぞ?
私、今お母さんから何て言われたんだったっけ???
落ち着け、私・・・。落ち着いて・・・。
「瑠璃ちゃん、それは貴方には無理ね。
だって貴方は、女の子じゃない。
いい、家には余分なお金は無いのよ。
その進学希望の話をお兄ちゃんが言ったのなら、将来それ以上の稼ぎを得る事が出来るじゃない。
だからお母さんも真剣に考えるわ。
でもそうじゃない。
そもそも貴方には、そんな価値なんて無いのよ。
もうっ!
わざわざ『大事な話がある』なんて言うから、私たちの為に就職先でも見つけてきてくれたのかとでも思ったわ。
まったく、それがよりにもよって自分の為の、大学のそれも理系の大学に進学したい話だっただなんて・・・。
わざわざ『大事な話』だなんて話してくる内容とは到底思えないわ。」
ザワザワとした不気味な黒い煙のような物が私の足元から這い上がってきていた。
胸の鼓動が早くなってくるのを自分でもはっきりと自覚していた。
私の心の乱れ(動揺)は、そのまま頭の中で奏でる音楽にも同じような不協和音を興じ始めていた。
「お母さんお願い聞いて。
そもそも理系の大学に進学したいっていう希望に、男女の違いなんて無いと思うの。
大学って自分のやりたい事に合わせて自由に決めるのが志望校の決め方なんじゃないかな?
お兄ちゃんは、今文系の大学を目指しているんだよね。
でもお母さんは、本当はそれを望んでいないから、お兄ちゃんにはもっと頑張って欲しいって思っているんだよね。
でも、お兄ちゃんは少しもそんな事を考えていないと思うよ。
だって数学や理科が好きじゃない・・・というか出来ないから。
実際、塾や家庭教師までつけてお兄ちゃんは勉強しているというのに、『難しい』、『訳が分からない』って言っているじゃない。
・・・だからお母さんが望むように技術職に就職するためにお兄ちゃんが理系に進学するのは、私も難しいと思うな。実際もう2浪もしているじゃ・・・」
「何を言っているのっ!!!貴方は一体何様のつもりで話しているの!
あのね、お兄ちゃんはね、貴方なんかよりも何倍も頭がいいのよ。
本当に何にも分かっていないのね、貴方は・・」
母は、私から言われたくない話が始まりそうになったと感じたようで、顔を真っ赤にして怒りを露わにしていた。
そう、母がここまで偏屈になったのも、そもそも兄の浪人が原因なのだ。
兄は、去年の大学受験も失敗したのだった。
だから今年私が受験を希望すると、兄と同時に大学受験をすることになってしまうのだ。
母は、出来の良い大事な大事な息子が、妹なんかと一緒に受験をするという現状の把握を拒否しようとしているようだった。
そして手っ取り早い解決法として、私の受験を諦めさせる方向に話を持っていこうとさえし始めていたのだった。
「ちょっと待ってよ、お母さん。
どうして私の方が頭が悪いなんて今度は言い始めるの?
学校の成績だって・・・そうだったね。私とお兄ちゃんの学校は違うから、行内順位や成績で話したって、それは違うんだったね・・・。
じゃあはっきりと分かる基準で言えばいいのかな。
今年になってからの受けている模擬テストの結果だって、偏差値だって全部私の方が上じゃない・・・」
(しまった!
最後はまずい!禁句だってわかっていたはずなのに・・・。頭が悪いだなんて言われて『売り言葉に買い言葉』でつい反射的に口から出てしまった・・・。)
手遅れだった・・・。
母の怒りはもう止まらなくなっていた。もはや大事な息子を攻撃いている者(私)を排除しようと躍起になっていた。
「いつも言っているでしょ。
それは、たまたまなのよ。
お兄ちゃんは、この間の模試は、たまたま調子が悪かっただけよ。
・・・そう。その前もそうね。
はぁ、本当に嫌になるわ。
貴方のその自信過剰な所・・・。
自分が優れているってずっと勘違いしちゃって、偉そうにそうやって私に言ってくる所・・・。
レベルが低い学校に行って、ちょっと成績が良いからって、自分がお兄ちゃんより優れているだなんて勘違いをしているのも本当に気持ち悪いわ・・・。
貴方なんてお兄ちゃんと比べる対象ですらないのに・・・。」
「ちょ、ちょっ・・・、ちょっと待ってよ、お母さん。
勘違いってどういう事?
私はお母さんに言われた通り”県内一の進学率の女子高に進学した”んだよ。
そうだね、いつもお兄ちゃんの進学した男子校とはレベルが違うとお母さんは言うけれど、実際は男子校、女子高の違い以外は、どちらも同じ位のレベルの進学校じゃない。
その進学校で、私はちゃんと上位の成績にいるよう頑張ってきたんだよ。
そうやって頑張ってきたから、希望する大学を受験をしたいって相談しているだけなんだよ。
その娘に対して、その言い方はあんまりなんじゃない?」
あまりの動揺で、頭の中がグルグルとしてきていた。
音楽にもならない不協和音が鳴り響いていた・・・。
「いいかげんにしなさいっ!
貴方は本当に、自己中心的な女ね。
お兄ちゃんは、あんなに頑張ったのに、たまたま運悪く2浪しちゃっただけだというのに・・・。
本来ならお兄ちゃんのような頭のいい子がお前みたいな子と一緒に受験しなきゃいけないような状況になってしまったという事だけで、どれ位お兄ちゃんを傷つけているのかが、貴方には少しも分からないようね!
それも抜け抜けと、もともとはお兄ちゃんが目指していたはずの『理系』を貴方が受験したいと言い出すだなんて・・・。
全く、貴方みたいな女に、こんなお兄ちゃんを馬鹿にされるような理不尽な事を言われなきゃいけないなんて、本当に情けないったらないわっ!」
「お母さん・・・。酷過ぎるよ・・・。
私は、お母さんの本当の娘じゃないの?
私はただ、受験をしたい。希望する大学を受験してみたいって口にしただけだよ。
それが、そんなに理不尽な事なの?」
「そうだよ。
お兄ちゃんが最優先。当り前な事じゃない。」
『カシャーーーーーーンッ!!!』
私は、この時自分の心が砕けた音を聞いた気がする。
そして砕けてしまった『心の破片』は、私の心の下に出来たパックリと裂けた大きな闇の中にパラパラと音もなく吸い込まれるように落ちて・・・、
消えていった・・・。
もう狂騒曲も何も聞こえない・・・。
頭の中は真っ黒だった。




