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身勝手で想いを口にしない彼が気づいた、何でもない宝物

作者: 雪月花
掲載日:2026/06/21


 子爵家に生まれた俺には、都合のいい幼馴染がいた。


 彼女が暮らすのは、領地の北部にあるサルビア村。

 珍しい薬草を栽培するこの村は、定期的に視察で訪れる場所のひとつだった。

 そんな肌寒い土地で、曇天の下、薬草をカゴいっぱいに積んでいるのが、幼馴染のサーナだった。


 幼い頃に出会った彼女とは、駆け回って遊んだ記憶がある。

 けれどあの頃の記憶は、不思議と輪郭がぼやけていた。

 きっとまだ、人の悪意なんて知らない世界が眩しすぎたんだろう。


 物心がつくと同時に、俺の元には家柄や金に目が眩んだ奴らが群がるようになった。

 特に女はひどかった。

 俺に擦り寄り、どうにか取り入ろうとしてくる。

 よく分からないまま愛想よくしていると、言葉巧みに小部屋に押し込まれ、襲われそうにもなった。


 その時初めて理解した。

 連中が見ているのは俺自身じゃない、子爵家の血だけなのだと。

 

 そうして他人への不信感を募らせた俺は……

 いっそこの権力を振りかざして、好きなように生きてやろうと思うようになった。




 **===========**


「今日も呼んでくれ」

 視察が終わった俺は、館のソファに身を沈めながら使用人に声をかけた。


「分かりました」

 いつもの指示に、誰のことかを確かめもせずに使用人が去っていく。

 彼を見送ってから、俺は襟元を緩めて息をついた。


 


 俺の家が治める領地は、王都から遠く離れた辺境地だ。

 昔から中央の干渉が薄く、周辺一帯を子爵家が実質的に統治している。

 だから領地内ならどこへ行っても顔が効き、どれだけ好き勝手しても誰も逆らわない。

 

 今だってサルビア村の娘を夜の相手に呼びつけているのに、咎める者などひとりもいなかった。




 しばらくして寝室でくつろいでいると、扉が控えめにノックされた。


「ヴァル、来たよ」

 同時に聞き慣れた声がする。

 扉を開けて出迎えると、そこには薄手のワンピースにコートを羽織ったサーナが立っていた。

 

「うぅ……寒かったぁ」

 彼女は俺の横をすり抜けてさっと部屋の中に入り、暖炉の前でしゃがむと手をかざした。

 そうしてしばらく暖をとってから、コートを脱いでそばに置く。


 ーーサーナは、部屋に来るといつもこうしていた。

 冷えた体を抱くのは、俺が嫌がるからだ。


 ベッドに腰掛けてぼんやり待っていると、彼女はその隣にぽすんと座った。

 すると、ほのかなラベンダーの香りがふわりと鼻をくすぐる。


 ーーサーナは俺が視察に訪れると、仕事を早く切り上げて、いつ呼ばれてもいいように湯を浴びる。

 そして俺が前に『いい匂い』だと言った、ラベンダーの香りをまとわせていた。


 漂う匂いに誘われるように、俺はサーナを抱きしめた。

 彼女の頭に顔を埋めると、優しい香りに包まれる。


「今日もお仕事お疲れ様」

 柔らかい声と共に、彼女もゆるゆると俺の背中に手を回した。


 ーーサーナは、俺が求めるまで自分からは動かない。

 相手からいきなりベタベタされると、俺が不機嫌になるのを知っているから……




 俺が好き勝手し始めたころ、他の女と同じように、何となく目についた彼女を呼びつけた。

 それからは、この村に来るたびに一夜を共にする仲だ。

 けれど恋仲というわけでもなく、ただそれだけの関係だ。

 同じ女と長く続くなんて面倒だと思っていたのに、不思議とサーナだけは苦にならなかった。

 



 ーーーーーー


「……でさ、だからって俺の仕事にするんだぜ? それは違うと思うだろ?」

 ベッドの中から天井を見上げ、俺はいつものように仕事の不満をもらしていた。

 すると、すぐ横から小さくあくびを噛み殺す音が聞こえた。

 ぴたりとくっついているサーナに視線を移す。

「……もう寝るか?」

「ううん。お喋りしたいから、大丈夫だよ」

 すると彼女が俺を見て、にへらっと笑った。

 その様子に不思議と気が楽になる。


 だからまた、俺はぶつぶつと愚痴をこぼし始めた。

 いつからだろう。

 こうしてやり終わったあとは、妙に喋りたくなることが多い。

 多分あれだ。

 女に喋らせておくと、面白くもない話を聞くのが嫌で……

 気づけば、こっちから喋るようになっていた。

 

 あと、相手の反応を見るのも面白くって。

 嫌そうにしながらも、それを隠そうとする女。

 内容が分かってないのに、必死に俺を持ち上げようとする女。

 

 けれどサーナは変わっていて、ただうんうんと聞いてくれていた。

 そして「いつも頑張ってくれてありがとう、未来の子爵様」と言いながら、横からギューッと俺に抱きつく。


「……他のやつにも、こういうことしてる?」

「ううん、してないよ! どういうこと?」

「なんかさ、そういう店の女みたいで……」

「えぇ? こんなことするのはヴァルとだけだし! それに薬草(ハーブ)が大好きだから、そんな時間があるなら家にこもってるって知ってるでしょ!?」

「……あははっ! それもそうだ!」


 彼女らしい言い分に、俺は大いに笑った。

 他の女なら、きっと怒るか開き直るだろう。

 けれどサーナは、必死に否定する。

 彼女の素直な好意は悪い気がしなくて、俺はよく意地悪なことを言っていた。


 むくっと体を起こしたサーナが、上から俺の顔を覗き込んだ。

「……笑いすぎじゃない?」

 頬を染めて、じとりとした目を向ける。

「サーナの部屋が、強烈だったことも思い出してさ」

 そう言いながら、前に一度だけ訪れた彼女の部屋を思い浮かべた。

 大量の薬草に包まれた、青苦い匂いが充満するあの部屋を……


薬草(ハーブ)独特の匂い、私は好きなのにな」

「あれは酷すぎないか? 一人暮らしを始めたって言うから、たまにはこっちから行ってみたのに。……あんなふうに気持ちが萎えたのは、さすがに初めてだったなー」

 俺はククッと笑ってみせた。


「……もぅ」

 けれど彼女は小さくむくれて、俺に抱きつくように顔を伏せただけだった。


 ーーサーナは、他の女との関係を匂わせても、特に気にしていない。

 これから先を期待するような素振りもなく、ただ二人で同じ時を過ごすのを好んでいる。


 だからだろうな。

 彼女といる時だけは、余計なことを考えずに済む。

 

 俺はサーナの背中に腕を回し、そのまま体勢をくるりと入れ替えて、仰向けになった彼女に覆い被さった。

 そして前髪を撫でるようにかきあげる。


「ふふっ、どうしたの?」

 くすぐったそうにサーナが目を細めて笑った。

 俺はそんな彼女の顔をまじまじと見つめた。

 

 うーん、領都のやつの方が、垢抜けてて綺麗だよなぁ。

 サーナはあんまり化粧もしないし、着飾ったりもしないし……


 品定めされているとは知らないサーナは、相変わらずきょとんとしていた。

 

 肉付きもいいってわけじゃないし。

 ただ、この白くて柔らかい肌は、領都のやつにはない良さだけど。

 

 俺は彼女の頬にキスを落とすと、そのまま首筋に唇を沿わせた。

 サーナが甘い吐息をもらし、俺にしがみつくように腕を回す。


 窓の外では、しんしんと静かな雪が降っていた。

 領都のやつらと違って、サルビア村の女はあまり日に焼けない。

 そんなサーナの透き通るような肌が、うっすらと色づいていくのも結構好きだった。




 **===========**


 あれから何度目かの視察の日。

 今日もサーナを部屋に呼び、いつものように逢瀬を重ねていた。

 行為が終わると、彼女は決まって水を飲む。

 喉が渇くというサーナのために、いつからか俺の部屋には、水の入ったガラスポットとコップが用意されるようになっていた。


 その様子を何気なく見ていると、飲み終えたサーナがコップを元の位置に戻した。

 するとベッドで待つ俺の隣へ、慣れたように潜り込んでくる。

「やっぱりここが、一番あったかいや」

 サーナはそう言うと、ぴたりと俺にくっつくいた。

 彼女がいつもの場所に収まってから、俺はゆっくりと口を開いた。


「今度、お見合いをすることになったんだよなぁ」

「へぇ〜、どんな人?」

「親が勝手に見つけてきたから知らない。……気になる?」

「うん。将来の子爵夫人様でしょ? 私達の暮らしを良くしてくれる方がいいなぁ〜」

 サーナがニコニコと天井を見つめた。

 その瞳には、ただ純粋に素敵な子爵夫人の姿が浮かんでいそうだ。

 そして「薬草(ハーブ)が好きだったらもっといいな〜」と呟いていた。


「けどさ、縁談がまとまったらもう会え……っ」

 彼女の反応に、また意地悪したい気持ちが湧いたけれど、言葉を飲み込んだ。

 サーナの目がトロンとしており、いかにも眠そうだったからだ。

 俺が黙ったことに気づいた彼女が、重い瞼をなんとか持ち上げて喋る。

「……ごめんなさい。今、収穫期が重なってて……」

「寝ていいぞ」

「…………おやすみな、さ……ぃ」


 疲れ切っているサーナは、そう言い終わるとすぐに眠ってしまった。

 穏やかな寝息をたてて、満足そうな笑みを浮かべている。

 そんな彼女を見ていると、不意にある考えがよぎった。


〝こいつのためにも、頑張らないとなぁ〟


 ……?

 一瞬引っかかったけれど、まぁ領民を守らなきゃとか、そんなことだろうと深く考えなかった。


 けれどーー




 数日後。

 領都に戻った俺は、屋敷の応接間で令嬢とお茶を飲んでいた。

 彼女が俺のお見合い相手だった。


 結婚にいつまでも乗り気じゃない俺のために、両親が見繕った名家の令嬢だ。

 挨拶を終え二人きりになると、当たり障りのない会話が続いていた。


「まぁ。ヴァルデ様はお若いのに、そのようなことに携わっているのですね」

「まだまだ力不足ですがーー」

「そういえばわたくし、最近は演劇鑑賞に凝っておりますの」

「へぇ、それは楽しそうですね」

 俺はよそ行きの笑顔を貼り付けたまま、紅茶を手に取った。


 あ、無理だ。

 こいつのために、頑張れないな〜


 そんな拒否反応にも似た思いが、気づけば胸に巣食っていた。

 同時に〝頑張れない〟って何だ?

 と、ふと我に帰る。


 俺は自分語りを続ける令嬢に適当な相槌を打ちながらも、改めて相手を見た。


 全然抱ける、むしろ余裕。

 何が無理なんだろう?


 そう思い、紅茶に口をつけながら、わざとらしく開いた白い胸元をちらりと見た。

 

 けど、同じ白くて柔らかそうな肌なら、サーナの方がいいな。

 …………

 ……ん?

 なんで今サーナが?


 自分の本音に驚いた俺は、カップを机に戻し、思わず窓の外を見やった。

 晴れ渡る空をぼんやりと眺めながら〝おいおい、まじかよ〟と、どこか他人事みたいに自分へ呆れていた。


「ヴァルデ様? 聞いてくれていますの?」

「用事を思い出したので失礼する」

「……え? ヴァルデ様?」

 さっと立ち上がり、早々に部屋を去る俺の背中に、困惑した令嬢の声が当たった。

 

 けれどこれ以上ここにいても無意味だと、立ち止まることはなかった。




 **===========**


 サルビア村の定期視察の日。

 いつもの部屋で、サーナと過ごす夜の時間が来た。


「今日も一段と冷えるね〜」

 そう言って暖炉で暖まる彼女の後ろ姿を見つめながら、ベッドに座った俺は悶々と考えていた。

 

 ……妻にするならサーナがいいって、まじかよ。

 そりゃあ、気心がしれてる仲だけど。

 でも相手はただの村娘だし、俺の親父だって反対するだろう?

 しかも社交場に連れて行くとなると『とびっきりの美人でもないのに、なんで平民を?』って視線で見られるよな?

 ……まぁ、あいつの奥さんよりは可愛いかも。

 あそこの領地の地味な夫婦よりは、俺らの方が華があるし。

 てか、いろいろ大変な時に、悩み事を増やさないでくれよ……


「ーール、ヴァル?」

 気がつくと俺の前に立ったサーナが、心配そうに覗き込んでいた。

「大丈夫? 何か考え事?」

「あ、あぁ」

「……お香持ってきたの。焚いていい?」

「別にいいけど」

 彼女は暖炉のそばに置いたコートの所まで戻ると、ポケットから何かを取り出した。

 そしてサイドボードの上で、ごそごそと準備をしてから香に火を付ける。

 

「こうするとね、カモミールのいい香りがするの。疲れに効くらしいよ。実は前にヴァルが、他の土地から持ってきてくれたものなんだ」

 サーナはニコリと笑うと、俺の隣に座った。

 彼女の薬草好きが高じて作ったお香のようだ。

 今日はこれを焚きたかったからか、ラベンダーの香りはしない。

 けれど腕を引いて抱き寄せると、彼女からは石鹸の素朴な香りがした。


「……落ち着く」

「いい香りでしょ?」

 サーナのことを言ってみたのに、勘違いしたままの彼女の声が華やぐ。

 その様子も何だかおかしくって、答える代わりにキスを落とした。


 カモミールの香りが、ゆっくりと部屋を満たしていく。

 ここ最近ずっと抱えていた面倒事を、今なら少し吐き出せそうだった。


「最近さ……じわじわと南の方から病が流行りだしてさ、それがついに領都にまで広がって……親父も困り果ててるんだ」

 唇を離した俺は、彼女の目を見ながら喋り続けた。

 そのままワンピースの胸元についたリボンを解いていく。


「領都が大変なことになってるって聞いたけど、病気なんだ……」

 彼女も視線を合わせたまま、俺の動きに合わせて袖から腕を抜いた。


「そう、高熱が出たかと思ったら、皮膚が黒ずんで次から次へと倒れていくんだ。前からあった病だけど、ここまで流行るなんて……」

 うつむいて動かなくなった俺に、サーナがそっと手を伸ばした。

 お返しにとばかりに、今度は彼女が俺のボタンを外していく。

 

「う〜ん。その症状なら、あの書物に書いてた気がするなぁ」

 外し終えたサーナは、ぼんやりと宙を見つめた。

「あの書物?」

「私の家に古くから伝わる、薬の作り方の本なの。製法がかなり難しいんだけどーー」

 そこまで言った彼女が、不意にニヤリと笑った。

 次に何を言うのか察した俺は、サーナより先に口を開く。

薬草(ハーブ)オタクのサーナなら作れる?」

「もちろん」

「……やるじゃないか、サーナ!」

 俺は思わず彼女の両手を握りしめた。


「えぇ?? ……きゃっ!」

 困惑したままのサーナを抱え込むように、ベッドへ倒れ込む。


「これで()()()()()、うまくいくかもしれない!」

 珍しくはしゃぐ俺に、サーナは目をまん丸にさせて驚いていた。

 けれど俺がじゃれつくように彼女を求めると、クスクスと楽しそうに受け入れる。

 

 俺は目の前の白い肌に夢中になりながらも、思いがけず手にした好機に、内心ひどく浮き足立っていた。




 **===========**


 次の日。

 夜が明けるとすぐ、サーナに例の薬を作らせた。

 何時間もかけて精製されたそれを受け取ると、俺は休む間もなく彼女を連れて領都へ戻った。


 屋敷についた俺は、サーナを引き連れて父親がいる執務室に向かった。

 事情の分かっていない彼女が、思わず声を上げる。


「待って待って、どこに向かっているの? ……え?」

「なんだ、騒がしいな」

 俺が扉を勢いよく開けると、執務机に向かい書類に目を通していた父親が顔を上げた。


「父上、今回の病の件が解決出来るかもしれない」

「どういうことだ?」

「彼女、サルビア村のサーナっていうんだけど、話してたらその薬が作れるらしくて」

「本当か?」

 父親が俺の後ろに隠れているサーナに目を向けた。

 彼女はおずおずと一歩前に出ると、緊張したように口を開いた。

「は、はい。書物に書いている病気と同じなら、この薬で毒素を中和できるかと……」


 それを聞いた父親は、従者たちを呼び出し何かを早急に話し合っていた。

「……試す価値はあるな」

 最後に頷き合って一呼吸置くと、その様子を見守っていた俺とサーナに向き直る。


「では早速、街の診療所へ向かってくれ」

「こちらへどうぞ」

「わ、分かりましたっ」

 サーナが従者のひとりに案内されて、扉の方へと向かった。

 俺もあとを追おうとしてふと立ち止まり、肩越しに父親を見た。


「こいつの薬が役に立ったら、そばに置くつもりだから!」

 そう言い捨てると、足を止めて振り向いたサーナの背中を押すようにして部屋を出た。


「……どういうこと?」

「まぁまぁ、今は診療所が先だろ?」

 困惑するサーナとは逆に、俺はニヤニヤと笑って先を急かした。




 **===========**


 数日後。

 診療所で薬を飲んだ患者たちの熱はみるみる下がり、意識を失っていた者たちも次々と目を覚ました。

 その知らせは瞬く間に広がり、サルビア村で薬を量産して輸出する話にまで膨らんだ。


 サーナは精法を数名に伝授し、薬作りに日々追われている。

 それが一段落ついたころ、俺は再び父親の執務机の前に立っていた。


「サーナの薬がすごく役に立っただろ?」

「あぁ、そうだな。これで古くから続く問題のひとつが解決した。ありがたいことだ」

「国王様からの評価も上々だし」

「うむ。サルビア村の珍しい薬草は、元々他国でも価値が高いものだった。今後はさらに注目を集めていくに違いない」

「だろ? しかも彼女だけが持つ知識は、これからも利用出来るだろうからーー」

 俺は一生懸命説明していた。

 なぜだか分からないほど必死に。


「そばに置くと言っていたな? 使用人にでもするつもりか?」

「いいや、それだと契約に期限があるだろ? だから逃げられないように伴侶にしようと思う」

「……そうきたか」

 息をついた父親が、どこか呆れているように見えた。


 するとそこへ、父親から呼び出されていたサーナが現れた。

「失礼します……」

 静かに扉を開けると、俺もいることに気づいて少しだけ表情を緩めた。

 けれどカチコチのまま歩いてきて、ぴたりと横に並ぶ。

 そんなサーナに、父親が少しだけ声を和らげた。

 

「サーナさん。この度は我が領民たち、ひいては王国の人々のために力を貸してくれたことを、誠に感謝している。ありがとう」

「……いいえ、滅相もございません」

 うつむいたサーナが、もじもじと手をすり合わせた。


「息子とどういった関係かは知っています。なにぶん口の悪い倅でしてね。自分の立場を利用して、無理に従わせているのではないかと気になっていました」

「えっ……?」

「正直に言っていい。もしあなたが関係を切りたいのなら、手助けしましょう」

 驚いた俺は、たまらず口を挟んだ。

「なっ、父上っ!」

「ヴァルデ、お前は黙っておきなさい」

 けれどすぐに制されてしまった。


 それを伺うように横目で見ていたサーナは、前を向いてからゆっくりと口を開いた。


「…………私、ヴァルデ様と過ごす時間、好きです。たしかに乱暴な言い方の時もあるけれど、2人きりの時にお仕事の不安をこぼす彼を見て、同い年の男の子なんだな〜って。たくさん頑張ってくれてるんだな〜って思うんです」

 サーナが緊張しながらも、ニコッと笑って答えた。


「……なんだそれ。まるで子供あつかいだな」

 俺はつい、照れ隠しに小声で返した。

「だ、だって、正直にって言われたから……あ、でもどうしても関係を続けたいってわけじゃないです。領主様が切った方がいいと言うなら切りますっ!」

 何かを勘違いしたサーナが、慌てて言い募った。


 すると父親は、サーナと俺を交互に見てから告げた。

「ヴァルデ、お前の好きにするといい。ただしお前の口からちゃんと説明するんだ。分かったな」

「!! ……あぁ!」

 俺は柄にもなく、即座に頷いた。




 **===========**


 それからサーナは、俺の屋敷で暮らし始めた。

 とりあえず子爵家に籍だけ先に入れて、細かなことは後回しだ。

 

 うまくいったなぁと、ほくそ笑みながら執務をこなしていると、メイドたちが慌ただしくやってきた

「ヴァルデ様! サーナ様が掃除や雑用をやりたがります! 今も広間の掃除をーー」

「止めて下さいませんか!?」

 お手上げだという彼女らの態度に、嫌な予感がしてすぐに席を立つ。

 

 急いでサーナの元に駆けつけると、彼女は羽箒を握って、ランプの埃を払っていた。

 よく見るとメイドの服まで着ている。

「……サーナ、何を?」

「何をって、使用人らしいことを……」

 ゆるゆると羽箒を下ろしたサーナが、ようやく俺の方を向いた。

「あのさぁ、サーナは次期子爵夫人なんだから、そんなことはしなくていい」

「……それ、本気で言ってたの?」

「あぁ」


 俺が力強く頷いても、彼女は眉根を寄せて首をかしげたままだった。

 そして周りをチラチラと気にしてから、遠慮がちに口を開く。

「私って、功績を認められたから置いてもらってるんでしょ? だったら働かないと……」

「働くって、今でも薬作りに関わっているだろ? 何かしたいなら、薬草(ハーブ)でも育ててたらどうだ? 庭園はちゃんと用意してあるし」

「それは……そうだけど」

 サーナがまだ納得しきれない顔でいる。

 

「じゃ、俺は忙しいから戻るぞ」

「…………」

 彼女は背を向けた俺に、いつまでも無言の視線を投げかけていた。



 

 ーーまたある日のこと。

 俺が支度を終えて寝室に向かうと、すでに待っていたサーナがベッドの上で寝転んでいた。

 入ってきた俺に気づき、さっと身を起こしてベッドの端に座る。


「……ここ最近、甘い香りがしないか?」

 俺は部屋の匂いを嗅ぎながら彼女の元に向かい、その隣に腰かけた。

 すると、近くの机で香が焚かれているのが目に入った。


「気分が盛り上がる香りだよ!」

 得意げにサーナが胸を張った。

「……そのやけにセクシーな夜着は?」

「ヴァルが喜ぶと思って、用意してもらったの!」

「嬉しいけど、俺の趣味が子爵家に筒抜けになるからやめて」

「えぇー、じゃあどうすればいいの?」

 しゅんと肩を落とした彼女が、口をへの字に曲げた。


「どうすればって?」

「……私って、その、夜のお相手用ってことでしょ? だからーー」

「待て待て、俺がいつそんなことを言った?」

「だって、ここに来てからやけに体が磨き上げられるよね?」

 そう言ってサーナは、自分の右腕を俺の前に差し出して続けた。

「見て見て、すごくすべすべでもちもち。自分の腕じゃないみたい」

「…………だな」

 サーナの驚き様に呆れながらも、俺もついでに彼女の腕をふにふにと触った。


 貴族用の上質なクリームを使っているからだろうか。

 彼女の言う通り、さらにそそられる肌になっている。

 

「しかも私が日焼けしないように、メイドさんに指示を出してるでしょ? 少し外に行くだけで、日傘やら帽子やらが用意されて……」

「…………」

 俺は気まずさを誤魔化すように、彼女の白い肌をペタペタと辿っていった。


 それはあれだ。

 俺の好みだ。


「だから何か、観賞用的な扱いなのかなって……待って、お腹はムニムニしないで。恥ずかしいから」

 サーナが俺の手を掴んで、そっと押し返した。

 俺はその手を自分の額に当てた。

「はぁ……身だしなみを整えるのも、日焼けしないように気を使うのも、令嬢なら普通だから……っ!」

「でも私ーー」

「次期子爵夫人になったから、そんなもんだ」

 これ以上話すと、自分の妙なこだわりまで知られそうで、俺はぴしゃりと言い切った。


「…………」

 彼女は困ったように眉をよせながらも、小さく頬を膨らませていた。




 ーーさらに数日が過ぎたころ。

 サーナがいまだに状況を飲み込めていないから、俺はあえて自分の仕事の補佐をさせてみた。

 子爵夫人になったら、簡単な執務の手伝いをしたりもする。


 まぁ、平民だったサーナに執務なんて無理だろうから、全部俺がやる覚悟だった。

 何ヶ月も前から、そのための手筈を整えていたんだけど。


 だから彼女にも出来そうな、本当に簡単なことをお願いした。


「……分かったわ。お金を管理しているオリバーさんに確認してもらったあとに、街で一番大きなノルディ銀行のエイノさんに持っていけばいいんでしょ?」

「あ……あぁ。」

 予想に反して、サーナはニコニコと要領よく答えた。

「ふふっ。ヴァルの話を聞いてたから、なんとなく分かるよ」

 彼女は俺が差し出した書類の束を大切そうに抱えると、「ヤギみたいな銀行員さんだよね?」とクスクス笑いながら部屋を出ていった。

 

 まさか普段の話をあそこまで覚えていたとは思わず、俺はしばらく閉まった扉を見つめていた。




 **===========**


 あれからサーナは、自分に求められているものを少しずつ理解したようで、変なことをしなくなった。

 執務の手伝いも流れを理解しているからか、単純だけど欠かせない作業をお願いすることが出来た。


「……どうしたの? そんなに私の顔をじっと見て」

 寝室のベッドで隣り合って座っていると、サーナが不思議そうに声をかけてきた。

「んー、案外当たりだったんだなぁって」

「?? 何のこと?」

「べつにー」

 俺はサッと目を逸らした。

 すると、サーナ用に置いてある水入りのガラスポットが視界に入った。


「あ、そうだ。夫婦になったんだから、もう避妊薬は飲まないでくれよ」

「……気づいてたんだ」

「あぁ。村にいるころからな」


 返事をしてから視線を戻すと、顔を真っ赤にさせたサーナが瞳を潤ませていた。

 俺と目が合うとハッとして、照れくさそうにうつむく。

「私って、本当にヴァルの奥さんなんだね」

「何をいまさら……?」


 俺が首をかしげて見ていると、サーナはどこか気恥ずかしそうに、ふいと横を向いて呟いた。

「……やっと分かったよ。だって回りくどくて、何言ってるのか分からなかったんだもん」

「?? どうした?」

「べつにー」

 顔を上げた彼女が、白い歯をこぼして満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、もう飲むのやめるね」

 

 サーナはそう言うと、初めて自分から俺に抱きついてきた。




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