第3話 初めての約束
退院してから一週間。
白石結衣は学校へ復帰していた。
久しぶりに教室へ入った瞬間、クラス中から拍手が起こった。
「おかえり!」
「待ってたぞ!」
「無理すんなよ!」
結衣は少し驚きながらも嬉しそうに笑った。
「ただいま」
その笑顔を見て、悠真も安心する。
やはり結衣には教室が似合う。
病室よりも。
白い天井よりも。
みんなと笑っている方がずっと似合っていた。
昼休み。
結衣は友達に囲まれていた。
入院中の出来事を聞かれたり、退院祝いのお菓子をもらったりしている。
その様子を少し離れた場所から見ていた悠真に、
「ニヤニヤしてるぞ」
翔太が声をかけた。
「してない」
「してる」
即答だった。
「神崎、お前さ」
「なんだよ」
「もう好きって認めろよ」
悠真はむせた。
「だから違う!」
「説得力ゼロ」
翔太は笑う。
そして小声で言った。
「時間、そんなにないんだろ」
その言葉に悠真は黙った。
翔太には結衣の病気のことを話していた。
信頼できる親友だからだ。
翔太も真剣な表情になる。
「後悔するなよ」
それだけ言って去っていった。
放課後。
結衣は校門で待っていた。
「神崎くん!」
「どうした?」
「今日少し時間ある?」
「あるけど」
すると結衣は嬉しそうに笑う。
「やった」
まるで子供みたいだった。
「行きたい場所があるの」
二人が向かったのは駅前の大型書店だった。
「本屋?」
「うん」
結衣は迷わず文庫本コーナーへ向かう。
「私ね」
本棚を見ながら言う。
「本が好きなんだ」
「意外かも」
「ひどい」
結衣は笑った。
「入院中もよく読んでたよ」
そう言いながら一冊の小説を手に取る。
タイトルは恋愛小説だった。
「恋愛もの好きなのか?」
「好き」
即答だった。
「ハッピーエンドが好き」
その言葉に少し胸が痛む。
結衣自身の未来を思ってしまったからだ。
しかし結衣は明るく続けた。
「だって幸せな気持ちになれるでしょ?」
「そうだな」
悠真も笑った。
本屋を出る頃には夕方になっていた。
空がオレンジ色に染まっている。
「綺麗だね」
結衣が立ち止まる。
夕日を見上げる横顔。
悠真は思わず見惚れた。
本当に綺麗だった。
夕焼けよりも。
その瞬間。
結衣が振り向く。
目が合う。
慌てて視線を逸らした。
「どうしたの?」
「なんでもない」
顔が熱い。
結衣は不思議そうにしていた。
そのまま公園へ向かう。
二人の好きな場所になりつつあった。
ベンチに座る。
風が心地いい。
「ねぇ」
結衣が言った。
「やりたいことリスト覚えてる?」
「もちろん」
「一個追加してもいい?」
悠真は頷く。
結衣は少しだけ恥ずかしそうに笑った。
そして。
「遊園地に行きたい」
そう言った。
「遊園地?」
「うん」
目を輝かせている。
「最後に行ったの小学生の時なんだ」
「じゃあ行こう」
悠真は即答した。
結衣が驚く。
「そんな簡単に?」
「簡単だろ」
「ふふっ」
結衣は笑った。
「神崎くんって本当にすごい」
「何が?」
「私の無茶なお願い全部受け入れる」
悠真は少し考えた。
そして言う。
「叶えたいから」
「え?」
「白石さんの願い」
自然に出た言葉だった。
結衣は固まる。
頬が少し赤くなる。
「そっか……」
それ以上は何も言わなかった。
でも。
どこか嬉しそうだった。
帰り道。
駅前で別れる。
「また明日」
「うん」
結衣は手を振る。
そして。
少しだけ立ち止まった。
「神崎くん」
「ん?」
「今度の休み」
悠真の心臓が跳ねる。
「遊園地行こ?」
数秒、思考が止まった。
「いいの?」
「うん」
結衣は笑う。
「二人で」
その一言で心拍数が限界まで上がった。
「分かった」
なんとか返事をする。
結衣は満足そうに微笑んだ。
「楽しみにしてるね」
夜。
悠真はベッドの上で天井を見つめていた。
遊園地。
二人で。
休日に。
それはもうデートではないのか。
考えるたびに顔が熱くなる。
だが。
同時に思う。
もっと思い出を作りたい。
もっと一緒にいたい。
もっと笑っていてほしい。
その願いは日に日に強くなっていた。
一方。
結衣もまた眠れずにいた。
机の上にはやりたいことリスト。
その下に新しく書き加えられた文字。
・遊園地へ行く
そして小さく付け足された一文。
できれば好きな人と。
結衣はその文字を見て顔を赤くする。
誰にも見せられない。
でも。
心の中ではっきりしていた。
神崎悠真。
その名前を思い浮かべるだけで胸が温かくなる。
そして少しだけ苦しくなる。
残された時間を思い出してしまうから。
「もっと一緒にいたいな……」
夜空を見上げながら。
結衣は静かに願った。
第2章 第3話 終




