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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

短編集

銀時計の誓い

作者: 魚住エスカ
掲載日:2026/06/02

 土砂降りの夜は月明かりもなく闇の中。

 街灯が仄めくだけ。

 夜警として巡回をするのが私の役目だ。

 傘とランタンを持ち雨音だけが響くこの街を練り歩く。

 特に何でもない日だ、外を出歩くような人は居ない。

 緊張感のない静かな街を半分ほど歩いたところだろうか。

 軒下に女性が座っている。

 黒い髪で真紅のワンピース。この雨の中傘もなく歩いたのだろう。ずぶ濡れになっている。

「おい、君、どうした」

 駆け寄り、目線を合わせて声をかける。

 しかし髪で顔が隠れて見えない。

「あ……あ……」

 何か言いたげだが掠れた声は雨音にかき消される。

「すまない、顔を上げてくれたら少し聞き取りやすいだろう」

 提案は聞き受けられなかった。

 強引に髪を掻き分けるのもなんだか違うなと思い、彼女を安全なところへ連れて行こうと考えた。

「わかった、とりあえずこんなところにいては体に悪い。暖かい部屋へ行こう。少なくともそこで暖を取りなさい……ほら、手が冷え切っている」

 彼女はなにも言わずただ私におぶられたのだった。

 持っていた傘も邪魔になり、腰のベルトに差し込んでおいたので私自身も濡れることになったが、今しがたの辛抱である。

 しかし、身体が冷え切っている。早く何とかしないと……。

 急ごうとしたその時、女性は突然動きだす。

「な、なんだ!」

 声を発した時には遅かった。

 既に背後を取られているわけだから、間に合うわけがない。

 首筋への痛覚。漏れ出す自分の体温。

 不覚、魔物であったか。

 携えた剣を握るに至らず、その場で崩れる。

 倒れてもなお、女性は私の首を食いちぎらんと咥えている。

 冷たい雫と生ぬるい鼻息が当たる。

 液体が喉を通る音が、体温を引き剥がす音として耳元で響く。

 奪われた体温が静かに私の命の灯火を消していく。


 ――酷暑の中蜃気楼を前に彷徨う私。

 渇きが全身を支配する。

 永遠に辿りつかぬその先……。

 ふと気がつくと私は雨の中路上で倒れていたようだ。

 ぐしょぐしょになった服はどことなく赤く見える。

 首元に違和感はあるものの、特に問題はない。

 しかし違和感があるとすれば……謎の衝動に駆られている。

 何かを欲している。

 多分知っている……だけど選択肢に入れたくないという願望。

 そして自分に起こった出来事を整理すると見えてくる。

 渦巻く欲は私の目の色も変えていたようだ。

 ランタンなしでもこの夜を歩けている。

 さも当然のように。

 そして必然がやってくる。

「巡回終わったか?……ん?どうした?」

 相棒だ。ともに警護の仕事をずっと続けてる。

 でも今はただその相棒の信用を食すことしか考えられない。

 酷い飢えが私の理性を蒸発させる。

「な、なんの真似だ!やめろ!」

 相棒の首筋に牙を立ている。漏れ出た液はとても、それはとても甘美なものだった。

 もう声は聞こえない。

 意識はそれを吸い続けることに向いている。

 やがてそれも尽きる。

 相棒だった者は既に絶命している。

 一時の欲望に身を置いた結末は大切な人を失うという結果を生んだ。

 そのことに気づくのには少し時間がかかった。

 でも、横たわる相棒をみて自分の業を知る。

 何をやってしまった?これは自分の仕業?

 混乱の挙句、その場を逃げることしかできなかった。

 私は一体……。

 夜が明けようとしている。

 本能的にそれを避けようとしている。

 逃げた先は廃屋。

 埃まみれのあばらやに身を寄せる。

 そしてずっとずっと自分のしでかしたことについて考えて考えて……頭を抱えて気持ち悪くなる。

 きっと朝なんだろう。

 みんなが相棒の死を見て私を探し、殺しにくるだろう。

 あぁ、仕方がなかったんだと赦しを求める。

 ひたすら苦悩が埋め尽くしている間にも時は過ぎ、また次の闇は訪れる。

 本能に刻まれた“飢え“がまた巡りだす。

 だが、半日考え続けた頭はそれを必死で抑える。

 そんなことを何日か繰り返すことになった。

 それはそれはとても壮絶で、自傷でもしないと自我が飛びそうになり、睡眠をも恐怖の対象になった。

 自分の腕に食らいつくこともあった。

 数日して理性がぼんやりしていたのか、廃屋を出てしまっている。

 でも向かったのは墓所――相棒の墓。

 この街の人々が埋葬される墓所にきっと相棒の墓もあることだろうと。

 そして赦しを乞うことで私は救われる。そう考えた。

 真新しい墓が一つある。

 相棒の名が刻まれている。

 奇しくもまた今日は雨が降っている。

 ぐしょぐしょになっていたのは服だけでなく自分の顔もだった。

 共にこの街を守ると誓いを込めて買った銀時計。

 ポケットから取り出し、中を開く。

 あの日の時間からきっと止まっている。

 文字盤は割れてしまっている。

 もう忘れないし、繰り返さない。

 そう誓って相棒の時を返すように、手の銀時計を墓に添える。

 雨は緩やかになり、静かにこの夜に終わりを告げる。

 さあ、夜明けだ。

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